西田宗千佳のRandomTracking
第431回
テレビ見逃し配信「TVer」はどう定着したのか。開始3年半の現状と今後
2019年5月17日 07:00
地上デジタル放送の無料見逃し配信を中心にした映像配信サービス「TVer(ティーバー)」がスタートして、3年以上が経過している。テレビを見ていれば日常的に「TVerで」という言葉は耳にするし、「見逃し配信」という形態も、ようやく定着してきたように思う。
だが、TVerが日本全体でどのように使われているのか、どのような人々がいつ見ているのか、広告収入がどのくらいあるのか、といった“実績”は、あまり知られていない。そして、「テレビでのTVer利用」が始まるまでに、なぜこんなに時間がかかったのかも見えづらい。
そこで、TVerの現状がどうなのかを、運営している人々に聞いた。取材に答えてくれたのは、在京局の担当者であるTBSテレビ 編成局 コンテンツ推進部長の鳥井隆氏、同 部次長の岡野恒氏、営業局 営業推進部 部次長の城間弘光氏だ。
「100万再生は珍しくない」、見逃し配信媒体として定着
まず、TVerがどんなサービスなのかを振り返っておこう。TVerが発表されたのは2015年7月のこと。その後10月に正式サービスをスタートし、現在に至る。
TVerは複数のテレビ局が集まって作る共同体であり、日本テレビ・テレビ朝日・TBSテレビ・テレビ東京・フジテレビという在京民放5社と、プレゼントキャストにより運営されている。在京民放キー局はそれぞれに「見逃し配信」をスタートさせていたが、それらをまとめるポータル的なものを作り、わかりやすくまとめよう……という意図があった。
また、当時はテレビ番組について、ネット検索から違法配信サイトへ誘導されてしまう率も高かった。公式なネット配信があればそちらの方が検索で上に来ることが増えるため、違法配信サイトの力を弱めることができる。これも、TVerの大きな役割だ。
当時の狙いについては、本連載で2015年7月に掲載したTVerへのインタビューをご覧いただきたい。
本質的な狙いは、テレビを見なくなった層に「テレビ番組との出会い」を作り出すことだ。その場所として「スマホアプリ」を選び、入り口もブランドも一元化したのがTVer、ということができる。
見逃し配信が軸であるため、コンテンツは一週間程度で入れ替わっていく。ひとつの番組のコンテンツが大量にある例は少なく、最新の番組が放送後一週間程度配信されている場合が多い。
当初は在京民放キー局のコンテンツが中心だったが、今は毎日放送・朝日放送テレビ・テレビ大阪・関西テレビ放送・読売テレビ放送といった関西圏の局、各地方局のコンテンツもTVerで配信するようになっている。そうした事情もあり、50前後からスタートしたコンテンツ数は常時200を超えている。まだ「すべての番組が見逃し配信されている」とはいえないまでも、かなり充実したといっていいだろう。
では、スタートから3年以上が経過し、どのくらいの利用者がいるのか? ここで、TVer側から公開されたデータを示そう。
これは、2019年4月時点でのTVerの利用状況だ。月間動画再生数は6,000万、毎月動画を再生する「月間MAU」は700万。そして、スマホを中心としたスマートデバイスでの再生が全体の8割を占めており、「スマホからテレビ番組との出会いを実現する」という狙いは達成できている、と言えそうだ。動画単品の視聴量も、「配信後すぐに100万再生を超えるものが珍しくなくなった」(TVer)という。そのためTVer側も「見逃し配信の定着や違法配信サイト対策については、一定の成果が得られたのでは」と評価している。
「ドラマ好きの若い女性」に支持されるTVer
TVerは複数のテレビ局が乗り合う形で展開するビジネスだ。そのため、TVerの事務局としての運営の考え方もあるが、各コンテンツの出し方などは、テレビ局側の意向が影響している。そのため、完全な一体運営がなされているわけではない。
例えば、フジテレビは自社のサービスでユーザー登録をした上でサービス利用を行なう方針であるため、視聴にはTVerアプリだけでなく、「フジテレビオンデマンド」アプリが必要になる。どの番組をどう出すかは、フジテレビに限らず、どの局もそれぞれの方針で行なっている。
当初はハードルを下げる目的から、TVer上での統一的なユーザー登録は存在しなかった。今も、ユーザー登録が必須というわけではない。だが、2018年5月より、アプリ利用開始時に「任意のアンケート」の形で、生年月と性別、郵便番号を入力するようになっている。その結果、「約1,400万件分の属性データが取得済み」で、そこから、TVerの視聴者のイメージがつかめるようになってきた。
もっとも特徴的なのは、女性比率の高さだ。映像配信などのIT系サービスは、どうしても男性比率が高くなりがちだ。だがTVerは、男女比が6:4もしくは5:5と、女性比率がかなり高い。そしてその年齢層も、「ボリュームゾーンは20歳から24歳」(TVer事務局)というから、地上波の視聴世代に比べると明確に下の世代をとれている、といっていい。若い女性がカバーできている理由は、圧倒的に「ドラマ」だ。
一方で、運営サイドにはまた別の姿も見えてきている。
TVer側は「現在のTVerの見られ方は“直行直帰”」と認識している。“直行直帰”とは、目当ての番組だけを見て、アプリを閉じてしまう人のことを指す。「それがあたりまえでしょ」と思うかも知れないが、他の動画サイトを考えると、そうでもない。YouTubeやニコニコ動画である動画を見たあと、なんとなくおすすめ動画や気になる動画を検索して見続けてしまう……という行為は誰もがやったことがあるはず。Netflixなどのサービスでは、続きの回や続編などを「イッキ見」することも多い。
動画サービスにおいては、目的の動画を見せたあと、いかに他の動画も見せて「アプリ内での滞留率を上げるか」が重要になっている。しかし、TVerはまだそれがうまくいっておらず、目的の番組を見るサービス、になっている。
「TVerも、見逃しや違法配信対策といった大義を超えてきています。“直行直帰”では深夜帯や地方局の番組が埋もれがちです。運営サイドでは懸念しています」
TVer側はそう説明する。
ドラマや人気バラエティは、そもそも知名度も誘引力も高い。SNSなどでもバズりやすい。一方で、知名度の低い番組は、テレビ放送のように「流れてくる」形でないと出会いにくい部分もある。TVerのようなサービスには、放送とは違う形での「番組との出会い」が求められているのだが、それは現状、まだうまくいっていない、ということなのだろう。それは、TVerというアプリの中でのブラウズ以上に、SNSなどでの周知が効いている証拠かも知れない。
意外に思えるかもしれないが、TVerで見逃し配信を見た人が「リアルタイムのテレビ視聴に回帰したかどうか」を示す証拠はない。そうした行動を正確に把握するのが難しいためだ。TVerは「視聴数」で計測されており、テレビは「視聴率」で計測されている。その相関関係は、明確ではない。だが、視聴数が増えると視聴率も上がることから、「おそらく一定の押し上げ効果があり得る」というのが、現在の読みである。
一方、どんな番組でも効果があるか、というと、そうとも言えないようだ。
ドラマのように連続している番組については、見逃し配信が次の視聴につながる効果がはっきりしているが、バラエティ番組などのように毎回が独立している番組の場合、押し上げ効果が証明しづらい。
とはいうものの、テレビ局内でTVerは、番組プロモーションの場として戦略に組み込まれるのがあたりまえになり、「普通にやる空気になった」とTVer側は言う。
そこでは、単純に本編の見逃し配信を出すだけではなく、ダイジェスト版などを配信するところも増えている。これまで、ドラマのダイジェスト版といえば「昼間や深夜の枠で放送し、生視聴への回帰を促す定番策」だったのだが、それをTVerで流すのが有効、と考えられるようになるくらい状況は変わってきた、ということだ。
スマートテレビ対応に時間がかかった理由とは
TVerに関する直近の大きなニュースといえば「スマートテレビ上での視聴に対応したこと」だろう。
テレビ番組だからテレビで見たい、というのは当然のこと。2015年のスタート時より指摘されてきたが、2019年4月になってようやく実現。AmazonのFire TVシリーズや、ソニーのテレビ・BRAVIAのAndroid TV機能搭載モデルに「TVerテレビアプリ」が提供開始された。
なぜこんなに時間がかかったのか?
2015年スタートの段階でテレビ対応できない理由の一つとしては、「モバイルとテレビの両方に対応した動画広告送出用サーバーがない」ということもあった、と説明されている。
だが、やはり大きかったのは「地上波放送の広告ビジネスとのバッティングがないか」だったようだ。現在に至るも、「地上波に影響がないのか」ということについて、テレビ局内での統一見解があるわけではなく、反対もあるようだ。
「ですが、テレビで見たい、という声は大きくなっています。ニーズがあるなら、まずは対応してみよう、ということ」とTVer側は説明する。
ただし効果や競合の測定を含めたテストは慎重に進められた。2018年1月から3月末まで、ソニーのBRAVIAを対象に、テレビ向け配信の「実証実験」が行なわれた。機種を限定してテストが行なわれた理由は「そうでないと傾向の測定が難しかったから」だという。ただ、そこから実施までに1年もの時間が必要だったのは、やはり「動きが遅い」と感じてしまう。
TVerをスマホとテレビで展開する上での難しさは、スマホとテレビでは「視聴の仕方が違うだろう」と想定される点だ。スマホはおそらく一人で見ているが、テレビは複数人で同時に見ている可能性も高い。そうすると本来は、広告の内容も変える必要があるが、「現在はそこまでの議論に至っていない」という。
「広告媒体」としての優秀さに期待感
TVerは無料サービスであり、運営は広告収入で行なわれている。TVer側の説明では、現状での広告収入は「在京5局を合わせて、年間50億円から60億円の間」だという。テレビ局側の収入としては、もちろん、地上波からの収入の方が圧倒的に多い。
だが、TVerを運営していく中で、「広告を交えた映像メディア」として、非常に特徴的な状況も見えてきた。
次の資料は、TVerが広告営業を目的に年初に公開した「TVerメディアガイド」からの抜粋である。
現在、すでにTVerでの見逃し配信は数十万回再生が通常のこととなっている。これまで述べたように、再生開始とともに100万再生を超えるのも当たり前で、1,000万回・2,000万回という数が見られている番組も珍しくない。しかも、ユーザーはスマホで平均30分近く連続視聴し、毎月6.6回も見る。長時間視聴が習慣として定着している人がTVerを見ているのだ。
もうひとつのポイントが、広告視聴の「質」だ。
無料動画を見ていて広告が始まると、ボタンを押して飛ばしたくなる……というのは、(サービス運営者には申し訳ないが)誰もが抱いたことのある感情だろう。だが、TVer側の調査によると、TVerでは「CMが始まったので視聴から離脱が増える」という例が少ないという。
また、ソーシャルメディアで流れてくるインフィード広告と比べて「音声再生率」「CM視聴完了率」が高いのもポイントだ。TVer側のデータでは、CMの視聴完了率は98%。非常に高い数字だ。
なぜこうした傾向があるのか? TVer側は「テレビ番組ではCMを見るもの、という意識があるからではないか」と分析している。
TVerはこれまで、広告として「純広告」と呼ばれる形態だけを扱ってきた。純広告とは、特定の番組の枠をスポンサーが買い取り、そこに広告を流す形態のこと。多くの人が考える「広告」といえばこれだろう。
だが、これからTVerは「運用型広告」の販売を始める。広告の枠に合わせて入札が行なわれ、広告視聴の「実績」に合わせて広告費を支払う形態である。広告に対する反応に合わせてオペレーションしながら出稿されるため、広告主としても費用対効果が高く、日本の場合、ネット広告の8割程度が運用型である。すなわち、TVerはようやく本格的に「ネットの媒体」になっていくのだ。