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第612回

「テレビは変わらなけれならない」。レグザはなぜ生成AIを組み込むのか

CES 2025でのTVS REGZAブース。Hisenseブースの一部を使う形で展示が行なわれた

以前ならば、CESの主役といえば「テレビ」だった。だがそんな時代はもう過ぎ去っている。

HDMI 2.2が発表されたがその向かう方向は「大型サイネージ」や「ゲーム向けデバイス」という側面が強く、テレビをCES会場でアピールする企業は少数派となった。

そんな中、Hisense(ハイセンス)は強く“テレビ推し”だった。「アメリカや日本などの市場でトップの数量を売っている」という自信からの積極展開と言える。

実は日本市場においてトップなのはHisenseブランドではない。

正確にいえば、Hisense傘下の「TVS REGZA」がトップシェアにいる。

そんなTVS REGZAは、今年もHisenseブースの一部を使う形でCESに出展した。

今年もアピールの中心はこだわり=クラフトマンシップ

同社は海外展開も再開しているが、展示の目的は主に、技術面でのこだわりをアピールすることだ。この点は昨年のCESでインタビューしている。

では、今年はどんな点をアピールしたのか?

核となる技術は「AI」だ。REGZAは以前からAIを活用してきたが、今年はさらにフォーカスを絞ってきた印象だ。

こうした技術導入の狙いはどこにあるのか? そして、Hisenseの中でのREGZAは今どんな位置付けなのか?

TVS REGZA取締役副社長の石橋泰博氏にCES会場で聞いた。

TVS REGZAの取締役副社長 石橋泰博氏

「テレビはCESの主役ではない」が、超大型化が明確に

REGZAの話の前に、今のCESでの「テレビ」がどんな状況なのかをまとめておこう。

前述のように、テレビはすでにCESの主役ではない。日本の大手家電メーカーがCESに出展しなくなっていることもあるし、同時に、大手のフォーカスがテレビから「企業としての姿勢のアピール」に移っているという事情もあるだろう。

ソニーはブースにテレビなどのコンシューマ向け家電製品を置かなくなって久しい。パナソニックは最新の「Z95B」などを少数展示するだけだ。

パナソニックブースには新型の有機ELテレビ「Z95B」などがあったが、主役ではない

サムスン・LGの韓国系2社も、テレビを置いてはいるが展示の軸にはしていない。どこも商談用に外部に作った部屋で製品を見せるにとどまっており、CESの場では本格的なアピールをしていない状況だ。

LGブース。商品としての投入が決まった透明OLEDを展示するが、それ以外のテレビは脇役

他方、中国系メーカーはテレビを大々的に展示している。「世界的に数を売るメーカー」が日系から韓国系に移り、さらには中国系の勢力が増している、という事情はあるだろう。

Hisenseブースはテレビもかなり広いスペースで扱う。一方でゲーミング関連製品など、より力が入ったものも

そんな中で、今年のディスプレイのテーマは「100インチオーバー」だ。

HDMIのライセンシング団体であるHDMI Licensing Administrator, Incは、会見で「85インチから100インチの超大型スクリーンが急成長している」と述べた。

HDMIも100インチ級テレビ拡大を重視

会場でも、100インチクラスのテレビが多数あったし、150インチを超えるマイクロLEDを使ったテレビも複数メーカーが発表した。

TCLが展示した、163インチのマイクロLED採用テレビ

もちろんHisenseも“超大画面”のトレンドを強く推す。プレスカンファレンスでは「100インチオーバー市場の世界出荷シェア63.4%」「アメリカでの87インチ以上市場でナンバーワン」と鼻息が荒い。

Hisenseプレスカンファレンスでは、超大型クラスでの強さをアピール

その上で、日本でも「テレビ市場シェアナンバーワン」と強調する。

テレビでの日本シェアトップをアピール

100インチというと日本だと縁遠く感じる人もいそうだが、課題は「どう運ぶか」「どう家に入れるのか」という話であり、価格的には「超富裕層しか買えない」という話でもなくなっては来ている。だからREGZAは日本でも超大型路線を推している状況にあるのだろう。

今後もAIをフル活用するREGZA

とはいえ、今回のCESでREGZAがアピールしたのは、単純な大画面の価値ではない。以下で紹介する機能は「今後発売を予定している次世代のREGZAに搭載される可能性がある」ものだが、どの製品にいつ搭載されるのかは未定だ。

昨年からの継続として、ネットコンテンツの画像内容をAI解析し、コンテンツ種別を見分けつつ画質最適化する機能は強化された。現状でも「夜景」「花火/星空」「リング競技」「ゴルフ/サッカー」「映画」「アニメ」を判別していたが、今年のREGZAに搭載予定の機能では「音楽ライブ」も判別する。

ネットコンテンツの高画質化では、今年は「音楽ライブ」判別に対応

音声については、オーディオの中から「声」や「ざわめき」などをAIで分離し、音声を聞きやすくする「AIオーディオミックス機能」もある。

音の中から「声」「ざわめき」などを認識し、利用者が聞きやすいようミックスを変える「AIオーディオミックス機能」

ビデオ会議サービスでは、タイプや周囲の音をノイズとして除去する機能が基本搭載されるようになったが、AIオーディオミックスはそれを「テレビ向けのオーディオ」に搭載したようなものだ。

ノイズを小さくして聞きやすくしたり、実況だけを消したりできる。この種の機能は他社も搭載を進めており、今後大きなトレンドになるだろう。AIによる音声分離はこれまで、「オーディオビジュアル的な価値観による音質重視」とはいえなかった。そうした部分をどこまで追求できるかがポイントになりそうだ。

テレビを変えるために「生成AIで作品との出会いを増やす」

そして最大の機能が「生成AIボイスナビゲーター」である。

生成AIを使った番組発見機能でもある「生成AIボイスナビゲーター」

これは簡単にいえば、音声によって生成AIに話しかけ、番組の発見を助ける機能だ。生成AIを検索エンジン的に使う流れはあるが、それをテレビに「番組検索とUI快適化のために使う」と考えればいいだろう。

CESでのデモではバンダイチャンネルの協力を得て、バンダイチャンネルに登録されている作品が提示されるようになっていた。

声で対話し、生成AIからおすすめの作品を提示してもらう

生成AIボイスナビゲーターはいわゆるクラウド上の生成AIで動作しているが、どの生成AIを使っているかは未公表。しかし反応はかなり素早く、応答速度重視のものにカスタマイズを加えて動かしているのだろう……という予測が成り立つ。

では、REGZAはなぜ生成AIボイスナビゲーターのような機能を搭載したのだろうか? 石橋副社長は次のように説明する。

石橋副社長(以下敬称略):テレビにとって重要なのはイマーシブな体験です。イマーシブな体験に重要なのは、いうまでもなくサウンドと映像です。

しかし我々は、もうそれだけでは足りないと考えているのです。

これからは「サウンド+映像+UX」。すなわち、テレビの使い方を変えていかなくてはなりません。

テレビを「見る」だけでは利用者がどんどん減っていってしまいます。それを防ぐには、テレビの価値を高めていかないといけないわけです。

「テレビをもっと使ってもらう」には、コンテンツをもっと見てもらう必要がある。そのためにはコンテンツとの出会いを増やす必要があるわけで、機能強化は必須だ。

今も多くのテレビメーカーは、「アプリベースの配信コンテンツをいかにレコメンドに組み込むか」に腐心している。しかし、リモコンで操作して探すのは意外と面倒なもので、結局一定のものだけを見るようになってしまう。

「もっと見てもらう」には、自分が見るとすでにわかっている作品ではなく、「見るかもしれないが思いついていない作品」を提示してもらう必要がある。

しかも、1つの本質として、テレビを見ている最中に皆が「検索」という比較的頭を使う行動をするのか、というとそうでもない。見たい番組自体を考えることすら面倒だからだ。

だから、生成AIボイスナビゲーターも正確には「検索機能」ではない。生成AIに話しかけることで、コミュニケーションをしながら作品を提示してもらうことを目指す。

当然そのためには、「自分がどんなものを好むのか」も知っている必要があるが、それ以外も重要になってくる。

石橋:究極の姿というのは、ソファーに座った瞬間に見たいものが出てくる、という形だと思います。

今のレコメンドのように、「気づいたら同じものばかり出る」形では不完全です。

LLM(大規模言語モデル、生成AIの基盤技術)のいいところは、いい加減な言葉でもちゃんと反応してくれるところです。ファジーな言葉で対話することで内容を絞り込んでいけます。そうやって最短でコンテンツにリーチしていければと考えています。

「アニメのクールが終わり、次なに見ようか?」という話はよくあります。その時に見ていたものと同じシリーズや似たジャンルだけが出てくるのでは意味がなくて、「今期はこんなのもありますよ」と提示してくれるべきです。

また、世の中や周囲で話題の話があれば、それも作品提案には反映されるべきです。

すなわち視聴履歴のみからリファレンスを取るのではなく、季節・時間・時事問題を含め、あらゆる情報から学習し、ユーザーに気づきを与えたならそれを学習して……という仕組みが必要になります。

当然その場合、1つの課題が出てくる。提案には「個人の識別」が必須だが、「テレビでどう個人を識別するか」という問題が出てくる。

今のテレビにはアカウント機能はあっても、見ているのが誰かを識別することはしていない。また、テレビは複数人で同時で見ることもあるが、その時をどう扱うか、という問題もある。

現状、次世代REGZA向けの機能で「個人を識別する機能を搭載するか」という判断は公開されていない。しかし「あくまで今後考えられる方向性」と断りつつ、石橋氏は次のように説明する。

石橋:個人の識別は必要になります。しかし、これまでの経緯として、家庭内のテレビで「カメラを使って識別する」のは好まれない傾向にあります。

一方、テレビでの識別はスマホとは違います。

要は「あなたは西田さんですよね?」と識別する必要はなく、「お父さんですね?」とわかればいい。家族の中の誰か、というのが分かれば十分です。

そこで期待するのがミリ波技術です。すでに我々は搭載していますが、ミリ波を使えば、「テレビの前にいるのが家族の誰か」「何人がテレビを見ているか」わかると考えています。

REGZAにはすでにミリ波が搭載されており、テレビの前のどのくらいの場所に人がいるかを判断して画質最適化に生かしている

ここに1つ大きなポイントがある。

現在のテレビでは、「いつどのチャンネルを見ていたか」「どこで番組から離脱したか」「どの映像配信を見ていたか」などの視聴データが取得可能である。そのデータは匿名化された上で集計され、ビジネスに活用されている。REGZAは東芝時代からこの種の技術を重視して活用しており、テレビの利用開始時に許諾条件なども示される。

こうした視聴データからの収益は「みるコレ」などのクラウドサービスを運営する原資であり、REGZAにとってのサービス収益にもなっている。

そして本質的に、生成AIは使えば使うほどコストがかかり、そのコストは一般的なクラウドサービスよりも高い。

石橋:サービスを運営するにはコストがかかります。しかし、テレビという製品の性質上、「ハードを購入していただいたお客様からサービス利用料を徴取する」のは難しいですし、本体価格に転嫁するのも難しいところがあります。

いわゆるIoTの難しいところは、サービスのために必要な費用をどう徴収するのか、というビジネスモデルにあります。サービスから収益を得るのは日本では特に難しいのですが、可能性はどこかにある。

ビジネスモデルを組み立てられるという自信があったわけではないですが、我々も7年かけてやっと黒字のところまで来ました。

現在のところ、LLMを使ったサービスのビジネスモデルどうなるかは、わかりません。しかしこちらについても、ビジネスモデルを組み立てられると思っています。

Hisenseとの関係はどう作られていったのか

テレビは変わらなければいけない。

一方で、テレビは家庭に定着した多少保守的な商品ではある。東芝時代もREGZA時代も、録画やレコメンドなどの技術を磨いてきた。その前で言えば、画質や音質の「ソフトウエア導入」も同様に早期から取り組んでいるテーマではあった。

一方で、現在はテレビも「保守的に低価格化を進めなくては競争力が出づらい」時代ではある。Hisenseは要素を絞りつつ世界に向けて大量の部材調達をし、そのコストメリットで勝っている部分がある。

同社は2018年に「TVS REGZA」としてHisense傘下に入って今がある。結果として現在は、Hisenseとしてのシェアを背景にコスト競争力とバリエーション力を持ち、多数の製品を出すことで国内シェアを拡大することができている。

石橋氏との取材はCESのHisenseブース内にあるスペースで行なわれた。壁には大きく「No.1」の文字が

他方で、REGZAとして続けてきたことをHisenseの中で続けるには相応な努力も必要だっただろう。

石橋:現在我々はサイズから付加価値まで多数のバリエーション製品をお出ししていますが、これもHisenseあってのことです。「こういうものを作りたい」と思った時に、要求に合うものが出てくるから作れるわけです。結果として、バリエーションを増やしてもコストがミニマム化できるので幅を広げられるわけです。

残念ながら東芝時代には、いろいろ開発はしていましたが数量が小さく、種別を増やすことができませんでした。

現在、多くのテレビは「国内むけであってもグローバルな部分が厚く、日本ローカルが薄い」というイメージを受けるところも少なくありません。

とはいえコストにとっては、ハードウエアの共通化による製造コスト低減が重要でもあります。その上で、必要となる「日本ローカル」な部分について、アプリから品質保証まで、どう厚くしていくか。ここが大切なことです。

幸いなことに、Hisenseは我々の事情をよくわかってくれています。日本向けの事情であっても開発できますし、そこで培った技術をHisenseのテレビに生かすことも相談しながら進めていけています。

「最初から、うまい補完関係ができていたのですか?」

そう筆者が聞くと、石橋氏は「そんなわけないじゃないですか」と苦笑する。

石橋:最初の時期には、どうREGZAの価値を活用するのかということで、本当に大量のミーティングを重ねました。しょっちゅう中国に行って、どうすべきかということを話し合ったんです。結果として、今があるわけですが。

「REGZAの価値を残す」だけでなく「伸ばせている」ということは、関係者によるコミュニケーションと努力の末に生まれたものであり、その努力は今も続いているということなのだろう。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
 メールマガジン「小寺・西田の『マンデーランチビュッフェ』」を小寺信良氏と共同で配信中。 Xは@mnishi41