西田宗千佳の
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消費電力“1/8”となったフルデジタルスピーカー

~クラリオン「01DRIVE」の秘密~


 今回は、クラリオンが開発したスピーカー技術「01DRIVE」を採り上げる。この技術は、先日開催されたCEATEC JAPAN 2012にも展示されていたので、そこで見た、という読者の方もいるかもしれない。

 クラリオンといえば、現在はカーオーディオやカーナビといった製品群のイメージが強く、家庭向け製品は最近少ない。本技術も、そもそもは自動車向けを考えて開発がスタートしたものだ。だが、その際立った特徴により、この12月に家庭用・個人用スピーカーとしても販売される。「ZP1」というモデルで、価格はオープンプライス。店頭予想価格は24,800円前後だ。

 クラリオンはなぜスピーカーシステムを新規開発しようとしたのか? そして、そこからどのような経緯を経て、久々の「クラリオン製・家庭向け製品」の展開が決まったのだろうか? 同社で01DRIVEの開発を担当する、技術統括本部 コア技術開発統括部 AVコア開発部 音響・スピーカー開発グループ主査の上原正吉氏に話を聞いた。

クラリオン・技術統括本部 コア技術開発統括部 AVコア開発部 音響・スピーカー開発グループ主査の上原正吉氏今回の主役である「01DRIVE」。中央に見える12本の飛びでた「線」の存在が、このスピーカーの特徴


■ 電池一本で音が鳴る省電力。アンプからスピーカーまで完全デジタル駆動

 01DRIVEとはなにかの話の前に、とにかくこの動画を見ていただきたい。

【動画】乾電池を外すと音が止まる。つまり、単3電池だけでスピーカーを駆動している
01DRIVE開発機材。スピーカーの上にちょこんと乗っているのが、単三電池が1本入った電池ボックス。これが回路を制御して音を鳴らすまで、すべてを担当する「電源」だ

 これは、クラリオンが01DRIVEのプロトタイプといえる、開発途上のモデルである。スピーカーの隣で筆者が手に持っているのは、ごくふつうの単三電池が1本入る電池ボックスだ。実は、これがこのシステム全体の電源である。入力された音をアンプが処理し、スピーカーで鳴らすまでが、たった1.5Vの出力しかない、単三電池1本で行なわれている。だから、電池を抜けば音は止まるし、入れれば再び聞こえてくる。

 実際にはこのシステム、スペック的には「5V以下で駆動」ということで、1.5Vを5Vにして使っているが、出力が小さいことに変わりはない。サイズの小さなスピーカーや、音質がとても悪いシステムであれば、電池だけで動くものもある。しかし、これはかなりきちんとしたスピーカーシステムだ。全域にわたってクセのない素直な音が、一般家庭や車の中でなら十二分に満足できる大きさで出力される。

 従来、カーオーディオは12Vで駆動していた。だが、それを半分以下の5Vに抑えて、音質的にも同等のものを実現する。この「大幅な省電力化」こそが01DRIVEの狙いであり、真骨頂だ。

 その具体的な特徴を、上原氏は次のように説明する。

上原氏(以下敬称略):01DRIVEは、アンプからスピーカーまですべてデジタル駆動される「フルデジタルスピーカーシステム」です。通常スピーカーは、入力された音声をアンプでDA変換し、さらにアナログ信号でスピーカーに入力します。しかし01DRIVEでは、デジタル進法を処理部が「複数のデジタル信号」に変換、それを組み合わせてデジタル信号のままスピーカーに入力し、音声を再現します。

01DRIVEの基本的な仕組み。音声をアナログ信号でなく「デジタル信号」としてスピーカーに伝えて振動させ、音にする

 その仕組みは、図を見てもらうのがわかりやすいだろう。音声信号はデジタルのまま、信号処理用LSIに届く。ここからデジタルで複数のチャンネル(これは左右の、という意味ではない。詳しくは後述)の信号に分割され、そのチャンネルを受けるスピーカーへと伝わって音になる。アナログ信号に変換される部分は一切ない。

 冒頭のデモでわかるように、この技術の最大の特徴は低電圧駆動による省電力性だ。カタログ上、消費電力は従来の技術の8分の1。電圧は5Vだから半分以下になる。

 ではなぜ消費電力が下がるのか? それは、01DRIVEが採用しているフルデジタルスピーカー技術の特徴である「マルチドライバー出力」にある。

上原:01DRIVEでは、Trigence Semiconductor社の「Dnote」という技術を採用しています。同社の1チップLSIを使い、音声は44.1kHzもしくは48kHzで入力されたものを、専用LSIで256bitオーバーサンプリングし、6チャンネル分、11MHzという高速な振幅の音声信号に分割し、1つのスピーカーに6チャンネルのマルチボイスコイルを組み込んで、それぞれを同時に鳴らすことで音声にしています。

 実際には、6チャンネル分を等価に分割しているのですが、音量にあわせ必要な分だけ鳴る仕組みです。各チャンネルは少しずつずれて信号がでていて、それをマルチかつランダムに組み合わせています。各チャンネルの音量+鳴る時間の差によって、トータルでの音量が決まる仕組みです。

01DRIVEでスピーカーを駆動させる仕組み。6チャンネルのデジタル信号に音を分割し、それをスピーカーにある6チャンネルのボイスコアに入力、その重ね合わせで音を表現する省電力化の仕組み。音量によってボイスコアの駆動数が変わり、その分消費電力も変わる
Z8/Z17F。上がスピーカー、右下がナビ

 これについて、上原氏は「マルチコアCPUのようなもの」とも言う。01DRIVEのスピーカーには6つのボイスコアがあるが、このコアの使用量は音量などによって変化する。時にはすべてのボイスコアが働くが、そうでない時には、不要な部分は止まっている。常に全力でエネルギーを与えるわけではないので、トータルでの消費電力は抑えられる……という考え方なのだ。

 ちなみに、01DRIVEシリーズの中でも、カーオーディオ向けである「Z8/Z17」の場合、スピーカー1つあたり、0.93Wのユニットを6個利用している。

 ここでクラリオンが重要と考えているのは「実用域での特性」だ。


フルデジタルスピーカーは、音量が小さい領域から適切な領域で、特に効率が圧倒的に良くなる。一般的なデジタルアンプに比べ、効率が90%以上だという

上原:01DRIVEは、特に小音量下での特性が優れているのが特徴です。全体では90%以上の効率が得られます。一般家庭などであれば問題なく感じられる音量の範囲では、特に消費電力効率が良くなるわけです。

 そもそも、クラリオンが省電力にこだわったスピーカーを作ろうとした理由は、やはり彼らが主な用途として考えているカーオーディオ用途にあった。車の世界で「省電力化」が急務となっていたからだ。

上原:EVやハイブリッド車の比率が上昇していく中で、クラリオンとしてどういった技術で貢献するか、というテーマがありました。現在の自動車では、特に消費電力が大きいのがエアコンとオーディオです。オーディオとして、低電圧駆動で省電力化に応えられるだろう、という発想がありました。

 例えばガソリン車でもアイドリングストップ車が多くなっていますが、それらの車種では、アイドリングストップ時のバッテリー消費を抑えるために省電力化が重要なのです。全体の燃費を上げるためには車重の軽減が必要ですが、省電力化によってバッテリー消費量が減れば、搭載するバッテリーを小さなものにし、車重を軽減できます。

 もちろん、オーディオで省電力化できる部分は小さいかも知れません。ですが、今、自動車は1kgを減らすために四苦八苦しているところ。そこで100gでも200gでも減らすことが出来ればプラスだと考えました。我々はまずOEM向けにご提案を進めていますが、自動車メーカーの方々からは、かなり好意的に受け止めていただけています。

 自動車向けのOEMがベースということで、特に重要だった点がいくつかある。それは、特別な配線を増やさずに対応できるということと、低電圧で駆動し、電圧の変化にも強いという点だ。01DRIVEは、既存のカーオーディオが使っている2本のケーブルに、電源と音(データ)を流す形で動作する。配線追加に伴う設計変更がないことは、自動車メーカーにとっても、自動車関連のアフターマーケットにも重要だろう。そして低電圧での安定駆動は、01DRIVEの得意分野であり、アイドリングストップ車やEVなどでも重要となる。5V以下の電圧で、少々その電圧が変化したとしても、大きな問題を起こすことなく再生が可能だ。

上原:そのようなニーズに答えられる技術をリサーチしている中で「フルデジタルスピーカー」が目に入ったわけです。特に電圧変動への強さという意味では、従来のデジタルアンプ・アナログスピーカーでは限界がありました。

 重量と言う意味で大きいのは、電圧が小さく発熱も小さいことです。従来のアンプの場合、ヒートシンクも必要になります。これは特に自動車の場合、熱源になるので取り外したいのです。フルデジタルスピーカーならば、そういった部分でパーツを減らせます。

自動車におけるオーディオシステムのニーズ。単に消費電力が下がるだけでなく、電圧低下に対する柔軟さも求められているという車内に01DRIVEを搭載した際のシステム構成図。既存のオーディオ用配線を利用して駆動電力と音声データを伝送。スピーカーの直前で変換ユニットを通し、スピーカー駆動用デジタル信号にする

 01DRIVEの場合、各スピーカーにはそれぞれ処理用LSIユニットがセットで使われる。オーディオ信号自身は同社製ナビゲーションユニットから、非圧縮のデータとして出力され、それをスピーカーの近くにあるユニットで処理し、スピーカーへ渡す。処理用のユニットが必要になる一方で、それ以外のパーツは大幅に削減・軽量化が行なわれた上で、省電力化も実現できる。そしてその結果、自動車というシステム全体で見た時には、より効率的になる、という仕掛けなのだ。


■ 音質チューンに2年、高応答性が魅力。「震災」を契機にモバイルスピーカーも

 もちろん、消費電力だけで、音が悪くては意味が薄い。01DRIVEは、音質もかなり良好だ。

01DRIVEを使ったポータブルスピーカー「ZP1」(実売24,800円前後/12月上旬発売)。背面には太陽電池パネルを内蔵し、窓際に置けば、充電しながら連続使用も可能。スマートフォン用のモバイルバッテリにもなる

 今回は、スマートフォンとの連携など、小型機器との組み合わせで使うモバイルスピーカー「01DRIVE ZP1」を中心に試聴したが、ポータブル向けとしてはかなり好ましい音質だと感じた。全域にわたって素直な音で、無音に近い領域からの音の立ち上がりの切れ味がいい。ZP1は、2つのボイスコアを搭載した小径スピーカーを3つ搭載し、ステレオ+ツイータという形で鳴らしている。その効果か、ポップスやドラマのせりふなど、カジュアルに聞きたい領域でかなり良好な音に感じるのだが、それだけでなく、全体的に澄んだ印象の音なので、クラシックなどでも効果を感じる。多少指向性が高く、スピーカーの正面で聴いた方が良いとは感じたが、大きく気になるほどではない。サイズから見ても、2万円台という価格から見ても、十分に競争力のある存在だと思う。

上原:01DRIVEのもう一つの特徴として、音の応答性の良さがあります。結果、音の締まりが良くなり、歯切れの良さにもつながります。全体的に解像度の高い音になりますので、クリアかつ定位感に優れ、臨場感も良い音となりました。


デジタルスピーカーは音信号の入力から発声までの応答性が素早いのが特徴。これが、音の締まり・歯切れの向上に繋がり、澄んだクリアな感触を生み出す

 すでに述べたように、01DRIVEのフルデジタルスピーカーシステムの動作原理そのものは、クラリオンのオリジナルではない。Trigence社からライセンス供与を受けたもので、他社も利用できる。しかし、良好な音質を実現するため、クラリオンは「企画開始から2年半以上にわたって」(上原氏)、このシステムに最適なスピーカーの開発とチューニングに費やしてきた。だからスピーカーそのものは同社のオリジナルで、この高音質もクラリオンの努力の賜物でもある。

上原:まったく新しい技術だったので、どうやって音をよくするのか、手探りで進めてきました。当初は正直、面白味のない音しかでなかったんです。そこに、社内外の様々な方々からご意見をいただきつつ、チューニングを行ない、ここまでの音質にたどりつきました。デジタルではあるのですが、やはり電源は強化しないといい音になりません。そういうアナログ的な部分もやっています。デジタルデータをそのまま流せば、と思っていたのですが、ちゃんと違う強化をすると音が変わってくるんです。

 特にスピーカーについては、コーン紙の素材まで含めたチューニングを行なっています。いままでの大きくスピーカーと違うのは、ボイスコイルが多重に巻かれていることです。スピーカーの重量が大きく変わりますし、マグネットとボイスコイルによる磁束の漏れも、アナログスピーカーとはまったく異なるものになっています。結局この部分だけで、2年近くは開発をしていました。他社で同様のものを作るのは、容易なことではないと思います。

 結果、01DRIVEはとても素直な音の出る、良いスピーカーになった。ただ、あまりに素直なスピーカーになったため、データに強い圧縮をかけたものや、音圧を稼ぐためにコンプを強くかけすぎたような楽曲の場合、そのひずみが目立ちやすくなった、という副作用も、若干ある。「フルデジタルであるがゆえに、デジタル音源をそのまま再現するため、若干ひずみがわかりやすくなっているかもしれません」と上原氏は言う。それは音が悪いという意味ではなく、そういう色のあるスピーカーだ、と思えばいいだろう。

 車載用は1つのスピーカーで6chのボイスコイルを利用しているが、ZP1は1つ2ch×3のスピーカーで再現している。この違いは主に「ボイスコイルをスピーカーにいくつ巻けるのか」(上原氏)に起因するものだという。小型であるZP1向けでは、その分スピーカーを増やして対応した。他方で、この状態であっても、一般家庭用途を考えると、十分すぎるほど大きな音がするので問題はない。

 省電力性能は、ZP1でも同様に実現されている。ZP1内には、今のスマートフォン並の2,500mAhのバッテリーしか積んでいない。だが動作時間は最大30時間と、同クラスの製品の数倍長持ち。しかも実はこのスピーカー、アナログ入力のない、Bluetooth専用スピーカーなのだ。それで30時間も動作する、というのはなかなか凄い。なお、この30時間という値は「ピンクノイズを長時間、最大音量で流すという、音楽以上に厳しい条件での計測値」(上原氏)とのことなので、音を絞った、実用域に近い使い方ならば、効率はもっと良いと考えていい。背面には太陽電池パネルがあり、ここからの充電(太陽光が望ましいが、蛍光灯程度でもOK)でも、1時間の充電で3時間も聴ける。

 実は元々、同社は家庭用に01DRIVEを商品化する予定はなかった。一時はカラオケなども手がけていたものの、今はカー用品が中心のビジネス展開であるからだ。だが、その考えを変えるきっかけが、開発中に存在した。

 2011年3月11日に起きた、東日本大震災だ。

上原:最初はカー向けだけでした。しかし、震災とそれに伴う原発事故を経験し、「低消費電力でなにかできることはないだろうか」という発想が、開発チームの中に広がっていったんです。

 きっと、音楽を聴くという楽しみはなくならないでしょう。だとするならば、この技術を色々な分野に投入してはどうだろうか、手軽に持ち運べるものにしてはどうだろうか、という発想が生まれたのです。

 結果ZP1は、同社が久々に「一般的な家電市場」に出荷する製品となった。フルデジタルスピーカーの特徴を生かし、アナログ入力はない。だが、スマートフォンで普及したBluetoothでの連携を軸に据え、簡単につないで使えるよう、ボタンなどの形状もこだわった。フルデジタル技術とデジタル通信の相性の良さも、このような仕様に決めた理由である、という。Bluetooth用LSIにしても、省電力であるという特徴を生かせるよう、市場からできるだけ消費電力が低いものを調達して利用している、という。

 自動車の中での可能性と、家庭でのワイヤレスの可能性。そこを考え、CEATECでは、参考展示の形ではあるが、LEDを使ったシーリングライトの中に01DRIVEを仕込み、音が天井から降るような製品も公開した。「スマートフォン連携を軸に新しいニーズを開拓する」(上原氏)狙いだ。

 スピーカーから出る音のすべてをデジタル信号で、という考え方は、きわめて画期的なものだ。上原氏も「10年、20年に一度の変化」と話す。そこで生まれる省電力性能は、確かに画期的なものだし、音作りにも新しい可能性を感じる。その可能性はどこまで発掘されるのか。パーツ数が少なく消費電力が小さいことで、高音質スピーカーがどこまで広がっていくのか。注目しておいて損はない。

(2012年 11月 22日)


= 西田宗千佳 = 1971 年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、PCfan、DIME、日経トレンディなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。近著に、「漂流するソニーのDNA プレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「メイドインジャパンとiPad、どこが違う?世界で勝てるデジタル家電」(朝日新聞出版)、「知らないとヤバイ!クラウドとプラットフォームでいま何が起きているのか?」(徳間書店、神尾寿氏との共著)などがある。

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[Reported by 西田宗千佳]