西田宗千佳のRandomTracking
テクノロジー企業Netflixの正体。快適さを支える画質、配信、テレビ
(2016/5/31 10:00)
Netflix本社訪問記第2弾は、テクノロジーに特化してお届けする。Netflixのようなサービスを使う場合、我々が楽しむのはあくまで「映像作品」であり、背景にある技術を楽しんでいるわけではない。しかし、ただ使うだけでは見えない技術が優れた環境を作り上げることで、我々は映像作品を楽しむことに専念できるのだ。
Netflixは、本社のあるカリフォルニア州ロス・ガトスの他、ビバリーヒルズにも大きな拠点を持ち、日本を含めた各国にも現地法人がある。だが、ロス・ガトスのオフィスと他は役割が異なる。ビバリーヒルズ(2017年にはハリウッドに移転する)のオフィスはコンテンツ制作の、各国の現地法人はそれぞれの土地でのビジネスのために作られたものだ。
それに対しロス・ガトスの本社は、ほとんどが「テクノロジー」を担当する人員で構成されているという。約1,500人が働くこのオフィスは、Netflixの中でもっとも大きな拠点であり、現在も拡張が進められている。Netflixの本質が「テクノロジーの会社」であるからだ。
特に、テクノロジーによるイノベーションであるネット配信は、そうした部分が大きい。Netflixを支える技術のうち、「画質」「配信」「テレビ」「レコメンデーション」の4軸について、チーフ・プロダクト・オフィサーのNeil Hunt氏をはじめとした技術陣に、詳しく聞くことができた。
HDRは4Kからモバイルまで急速に普及する
Netflixは現在、4KとHDRの配信に力を入れている。6月2日(日本時間では6月3日)に配信が開始される「火花」も、4K+HDRの環境で制作された。「火花」については、HDR配信は夏からの予定だ。もちろんUltra HD Blu-rayほどのビットレートはないが、Netflixはネット配信において、できる限り高画質なものを配信しようと努力している。チーフ・プロダクト・オフィサーのNiel Hunt氏は、「4KとHDRは、間違いなく、これから大きな市場になる」と断言する。
Hunt氏(以下敬称略):Ultra Hidefにおいては、4KとHDRをひとつのカテゴリーとして訴求していきます。HDRでは、ナチュラルなシーンがよりリアルになりますからね。
現状、HDRは20%多くの帯域を必要とします。4Kは2Kに比べて300%の帯域を必要としますから、それよりはリーズナブルです。現在、2Kのコンテンツは5Mbpsくらいから提供していますが、4Kは15~17Mbps、4K+HDRになると20Mbpsでしょうか。Hidef(2K)+HDRですと、10Mbpsくらいになります。アダプティブ・ストリーミングで提供しますので、回線速度に合わせて、最適なものを視聴できます。HDR情報と映像の解像度は切り離して持っていますので、対応さえしていれば、より低い解像度でもHDRには対応できます。
HDRの規格には、ドルビーの「ドルビービジョン」と「HDR10」の2つがありますが、我々は両方に対応します。どのHDR対応テレビでも視聴できます。10年目の、Blu-rayとHD DVDのフォーマット戦争を覚えていらっしゃいますよね? あれはとても破壊的なものでした。あのような争いを、私たちは避けたいのです。ですから、可能性のあるものは皆採用します。
我々のエンコーディングチームは、4K+HDRではまず20Mbpsが最適、との結論を出していますが、より高いビットレートのことも無視はしていません。
4Kは映像ビジネスにとって重要なものだが、Hunt氏は「HDRはさらに重要でパワフル。4K以上に立ち上がりが早いだろう」と話す。
Hunt:映像を比較してみれば、HDRは4K以上にパワフルです。撮影段階でRAW撮影し、編集・グレーディングの段階で配慮する必要がありますし、そのためにはリファレンスモデルが必要となりますが、価値は疑いありません。現在、過去に制作した作品についても、HDRへリマスターできないか、初期的なトライアルをはじめています。それだけ、HDRが大きなアドバンテージになると考えているからです。
HDRはどこまで広がるのか? 筆者がモバイルも含めた可能性について問うと、Hunt氏は「その可能性は高い」と答えた。
Hunt:もちろん、ディスプレイは必要になります。現在のスマートフォンのディスプレイは、ハイエンドなものでも500から600nitsしかありません。スタンダードな製品は300nitsもあればいいところでしょうか。これが800nitsくらいになる必要はあり、若干の時間がかかるでしょう。HEVCでのハードウェアデコーダーも必須です。
しかし、どちらにしろ、モバイルにもHDRの波はやってきます。特にハイエンドモバイルデバイスでは、そうしたものがスタンダードになるでしょう。ディスプレイ輝度がどこまで高くなるかが、カギです。
Netflixは4K+HDRのような高画質にも対応する一方で、モバイル機器向けの小さなビットレートのものもある。Netflixは、回線速度にあわせてビットレートを自動的に変える「アダプティブ・ビットレート」を採用しており、ビットレートをあまり気にすることはないが、実はかなり細かい配慮の上、データを制作している、という。
Hunt:モバイルから4Kまで、非常に多くのビットレートを使っています。様々な機器があるわけですが、それぞれのジャンルに基準(スタンダード)を設けて対応しています。エンコーディング・スタンダードは半ダースくらいあるのですが、ひとつのスタンダードには、実はビットレート別に10から20もの設定が用意され、それぞれがエンコードして蓄積されています。ですから、モバイル向けのもっとも小さな250kbpsの映像から、20Mbpsを超える4K+HDRまで、どれでも快適な体験ができるんです。
その秘密は、エンコードにあります。
エンコーディングには非常に大きな演算資源を使い、その分エネルギーも消費します。我々は映像を小さな断片に分け、マルチパスエンコーディングを行ない、最適化していきます。多数のプロファイルに対応する必要があるため、放送向けに進化したシステムとはまったく異なるアプローチが必要なのです。
ちなみに、エンコーディングはどこで行なっているのだろうか? Hunt氏はニヤリと笑いながら、次のように答えてくれた。
Hunt:自分たちでエンコーディングしているのですが、全部のエンコードを、アマゾンのクラウドであるAWSの上で行なっています。いまは、だいたい3,000くらいのAWSのインスタンスを使っているんですが、こんなに多くのエンコーディングタスクをAWSでやっているカスタマーは、他にないと思いますよ(笑)。
90%は「近くから配信」、Netflixを支えるOpen Connect
次は「配信技術」についてだ。現在Netflixは、190以上の国でビジネスを展開している。インターネットという低廉かつ便利なインフラが普及したことで、Netflixのようなビジネスは可能になった。
一方で、ネット配信には「インフラへのインパクト」の問題もつきまとう。アメリカの場合には、プライムタイム(視聴率の高い時間帯。米国では20時~23時頃)にはネットの全ダウンロードストリームのうち、3割以上がNetflixだと言われている。それだけのインパクトがあると、「回線が混み合うのでは」という印象も持つ。実際、回線占有について、Netflixは批判にもさらされてきた。だが、Netflixを使っていても、モバイル環境やWi-Fi環境で、回線そのものが不調になった時は別として、「突然画質が落ちる」という経験はあまりない。もちろんそこには、同社なりの努力が存在するのだ。コンテンツデリバリー担当副社長のKen Florance氏は、そこにあった「シンプルな解決方法」を説明してくれた。
Florance:もうすぐ「火花」の配信が始まりますが、我々はほとんどの作品を、全世界で同時に配信します。配信時には、様々な解像度・画質に基づく複数のプロファイルの映像を配信するのですが、それら 当然巨大なデータになります。世界の海を渡るケーブルネットワークは、本来非常に高価なインフラです。巨大なデータを頻繁にやりとりするのは大変です。ですから、データは各地に置いたデータセンターにまずコピーしてしまいます。日本だと、東京・大阪・京都など、非常に多くの場所へとコピーされていきます。
重要なのは、こうした作業は深夜に行なわれるということです。その時なら、回線利用のピークからずれているので、利用料が安くなりますからね。
Netflixはレコメンデーションのために、利用者がなにを好むのかを検出する技術を持っていますが、それに似た技術を使い、「どの地域のサーバーではどんなコンテンツが多く再生されるのか」を分析しています。そして、それに合わせて各地域に必要なものをコピーするようにしているわけです。
いちいち世界中からアメリカにアクセスにいくのも非効率だから、こうしたデリバリーのためのネットワークを作るのも当然ではある。しかし、Netflixはそれを徹底しようとしている。
Florance:そうしたデータを収納するためのサーバーを、我々はインターネット・サービスプロバイダー(ISP)の「内側」に配置するようにしています。さらには、東京のような結束点となる場所から、各都市へと分散する形で配置します。こうすれば、Netflixの利用者がコンテンツにアクセスする際にも、可能な限り「ローカルに近い」場所からデータを取得することになり、ISPの回線コストを削減することができます。そしてもちろん、Netflixの利用者に対し、ベストなクオリティの映像を届けることができるわけです。
我々はこうしたネットワークを「Open Connect」と呼んでいます。日本でも、NTTやKDDIなどの通信事業者と密接な連携をとって展開しています。インターネットが健全に成長していくためには、こうした仕組みが重要と考えます。現在は、すべてのNetflixへのアクセスのうち、90%がOpen Connectを使ったものになっています。
Netflixは体験向上のため、ISPと連携してのコンテンツ配信最適化にかなり積極的だ。2013年から「ISPスピードインデックス」と呼ばれる、ISPでのプライムタイムの速度統計を公表している他、5月18日には、「Fast.com」という、非常にシンプルな速度計測サイトも公表した。ネット全体の快適さをアップすること、そしてその中でNetflixが最適な体験を生み出すように工夫することが「インターネット健全な成長には重要」(Florance 氏)と考えているからだ。
Florance:2007年には、我々は小さなコンテンツ・デリバリー・ネットワーク(CDN)を借りて展開しました。その時には他になかったからです。どうすればいいのかわからないし、誰も教えてはくれない。結局、もっと効率的なネットワークを作るために、ISPと密に連携することになりました。そうした開発を始めたのは、2011年頃のことだったかと……、少なくとも、最初のシステムの運用を開始したのは、2013年のことですね。
我々はISPなどに、我々が設計したサーバーを送って設置してもらっています。彼らがやることは、これを置いてネットワークにつなぐだけです。仮にトラブルが起きても、新しいものを送り、入れ替え、私たちに送り返してくれればいい。手間をかけずにメンテナンスできることが重要です。
現在はモバイルネットワークでも帯域最適化が重要になりました。Open Connectのような仕組みを使うことも重要ですし、映像そのものを、伝送時にモバイルに最適化するパターンもあります。モバイルネットワークの事業者は自身のネットワークのことをよく知っていますから、彼らと協力して対策を行なっています。
写真は、NetflixがOpen Connectを構成するために使っているサーバーだ。ISPはどこでも、Netflixに連絡すれば、最適なネットワークを構築するための相談ができる。そして場合によっては、これらのサーバーが貸し出されることになる。重要なのは、この中には「最初からコンテンツが大量に入った形で」各所に送られる、ということだ。機械だけを送っているわけではない。
Florance:要は、世界中のネット回線の帯域を合わせた量よりも、Netflixが必要とする帯域の方が多いのです。海を渡る回線にしても、全部をまとめても足りないので、転送しようがありません。だから、とりあえず必要なものは入れた形で送り、その地域で必要とされるコンテンツを、状況に応じて追加・入れ替えしています。深夜2時から5時の間に、そっと、大量のカタログを常に入れ替え続けているのです。
16年版「Recommended TV」は快適さが大幅アップ
Netflixは、テレビメーカーと共同で「Netflix Recommended TV」(日本ではNetflix推奨テレビ)というプログラムを展開している。
Netflixはテレビのリモコンに「Netflixボタン」を搭載してもらう活動をしており、こちらは主にマーケティング的な意味合いが強い。だが、「Netflix Recommended TV」プログラムを担当する、ビジネスデベロップメント担当ディレクターのDavid Holland氏と、プラットフォーム・プロダクトマネジメント担当ディレクターのBrady Gunderson氏は、「Recommended TVはマーケティングプログラムではない」と口をそろえる。
Holland:数年前から、Netflixをテレビで見られるようになってきました。しかし、テレビに内蔵されていた機能は、スマートフォンやPCに比べると動作速度などに難点があったのも事実です。Netflix対応テレビをもっていてもゲーム機で視聴している、という人が多いのがその証拠です。操作方法も違うしハードウェアも違うのですが、我々は最適な体験を提供したいと思っています。
Gunderson:ですが、テレビを買うとき「快適さ」はわからない。量販店に行ってサイズや画質の話を聞くことができても、快適さについて教えてくれることはないわけです。ですから我々が、「ネットで映像を見る時に快適なテレビはどれか」という指針を示したい、と考えたんです。これはスマートTVの快適さを考えるものです。だから、Netflix Recommended TVでは「他社のサービスも快適」に使えます。
特に今年のRecommended TVは、電源を入れてからの、レジュームを含む再生までの時間が劇的に短くなって、快適ですよ。
どんな感じなのか、2014年のRecommendedモデルと今年のRecommendedモデルを、実際に比べてもらって映像に収めてきたので、とりあえずムービーをご覧いただきたい。秒数を数えるのが馬鹿らしくなるくらいに違う。ここでテストしたLGエレクトロニクスのもの、ソニーのものは、どちらも日本で販売されている。
Holland:開発には、テレビメーカーと密接な協力のもとに行なっています。もちろん、テレビのOSや機器にビルドインされている仕組みはテレビメーカー側が開発しており、アプリ側は我々が開発しているわけですが、どういう問題があってなにができるかを、チップベンダーも交えて話し合いました。その中で生まれたものなので、「テクノロジーに関するプログラム」なのです。
Gunderson:基本的は、すべてデータで判断しています。他の機器に比べて、スマートTVの動作は確かに遅かった。調査の満足度も高くなかった。ですから、問題となっていた部分をやはりデータから洗い出し、修正を試みていったわけです。
Holland:Netflixが視聴できるような「スマートTV」の市場は急速に拡大しています。簡単さ・快適さにフォーカスすることで、テレビはもっと変化できるはずです。
グローバルな「レコメンデーション」に挑戦、「広告という名の林檎」には手を出さず
Netflixは、大量のコンテンツから自分が見たいものを提示する「レコメンド」を活用していることで知られている。レコメンデーション技術やユーザーインターフェイスなどを担当する、プロダクト・イノベーション担当副社長のTodd Yellin氏は、その仕組みを説明してくれた。なお、Yellin氏には1月のCESでもインタビューしている。その時の記事と合わせてお読みいただけるとありがたい。
Yellin:サービス多くは、まず最初にアンケートでたくさんの情報を集めようとします。年齢・性別・住んでいるところ・好きな作品・年収など……。でも、そういうのはいいんですよ。そこを重視するのは間違っていたんです。みんな、年齢と性別を重視しすぎています。ユーザーは世界中にいるんですから。
重要なのは「なにを見たか」。要は、どんな風にプレイボタンを押して、どこまで見てくれたか、ということです。どんなところに住んでるかなんて関係ありません。だって、日本人ならみんな同じ趣向、なんてことはないじゃないですか。日本で見ているあなたと同じような趣向を持つ人がオーストラリアにいるかもしれない。
みなさんが映像を見つける時にはいくつものアプローチがあります。また、視聴スタイルもいろいろです。見初めて5分で止めたら「興味がなかったんだな」とわかりますし、逆に5時間見ていたら、「これは途中で寝ちゃったんだな」とわかります(笑)。振る舞いから、コンテンツの好みはかなりわかります。どのコンテンツが好きな人が、どのようなコンテンツを他に好きなのか、といったことも、大量のタグと組み合わせることで見つけられます。
今は、国ごとにカタログが異なっており、その結果、レコメンドにも「ぶれ」が出ます。いつの日か、すべての国のNetflixのカタログが1つになればいいのですが、まだまだ難しい。ですので今、各国のカタログの違いを理解した上で、グローバルなアルゴリズムを使って、ぴったりと合うレコメンデーションができるよう、開発を続けています。
レコメンデーションには、いろいろな方法がある。我々は、スマートフォンの上で様々な活動をする。ソーシャルメディアへの投稿をしたり、人からオススメされた作品を見たりしている。そうした行動からは、本来様々なものが見えてくるはずだ。SNSを運営する企業は、そうした行動を広告事業に生かしている。Netflixは広告を入れないでビジネスをしているが、SNS連携などの行動からは、さらに多くの「嗜好」が読み取れるはずである。そうした連携をどう考えているだろうか?
Yellin:プライバシーはとても重要なものです。我々もFacebookなどとの連携機能を持っていますが、利用者からの明確な許諾を得ることなしに、それを使うことはありません。
そもそもです。我々の手元には、非常に多くのプライバシー情報が集まります。広告でビジネスをするとすれば、我々の情報は、枝に実った黄金の林檎のようなものですよ。でも、それは絶対に取ってはいけないんです。我々が広告を入れずにビジネスをしているのは、そういうことです。