レビュー

攻めるマランツ、CINEMAアンプ最上位「AV10/AMP10」の“空前絶後サウンド”

マランツの新ハイエンドAVプリアンプ「AV10」

"本気度"がすごい、CINEMAシリーズ最上位セパレート「AV10/AMP10」

マランツのAVアンプに、貴方はどんなイメージをお持ちだろう。スリムな筐体デザインのシンプルなAVアンプ、あるいはHDMI端子を備えたステレオ・プリメインアンプ的なもの……。いずれにせよ、いわゆる“王道的な仕様・形態”とは少し異なる立ち位置に在るように思う。

そんな同社が、2022年秋から新たな攻勢に出ている。マランツらしさを随所に盛り込むことで、新世代マランツを想起させるラインナップを「CINEMA」シリーズとして拡充しているのだ。

米国での創業から70年が経つマランツ。拠点を日本に移してからも度々革新を推し進めてきたが、今回ほどサウンドデザインに込めた思いの丈をエンジニアがぶつけるのは初めてといってよい。彼らの本気度がこれまでと大きく違うのだ。フラッグシップのセパレートAVアンプ「AV10」「AMP10」(各110万円/3月発売)の発表である。

新ハイエンドAVパワーアンプ「AMP10」

同社のピュアオーディオ製品のコスメティックを継承し、その内部には自家薬篭中のオリジナル回路やテクノロジーを結集。同社AVアンプ史上、最も意欲的かつ本格的なコンセプトに基づく2モデルといってよい。ここでは、その特徴やサウンドインプレッションを詳細に渡ってご報告するとしよう。

HDAM-SA3×19ch搭載。マスタークロックとDACの距離差にも配慮した「AV10」

AVプリ「AV10」

AV10を前にしてまず最初に実感するのは、AVアンプらしからぬパネルフェイスだ。トラップドアを擁した中央部のパネルは、表面上は小さな丸窓が与えられたのみで、同社のHi-Fiアンプのデザインとコスメティックを踏襲している。使用時にはこの丸窓のディスプレイは必要最小限のインフォメーションだけに止め、コンテンツ視聴に集中してほしいという意図が象徴されているようだ。

トラップドアは8mm厚のアルミ製

しかし、ひとたびトラップドアを開ければ、セットアップに必要な細かな情報を表示可能な大型ディスプレイが現われる。この辺りの使い分けはいかにも確信犯的だ。

トラップドアを開くと大型ディスプレイが

筐体はピュアデジタル部、D/A変換部、ピュアアナログ部の3つのセクションに分離され、2.5mm厚のアルミ製サイドカバーと2.5mm厚フロントパネル、1.2mm厚トップカバーや剛性の高い脚部など、全体はたいそうリジットな仕上がりである。

筐体の構造図

その内部は前述の3つの回路セクションが整然とレイアウトされ、相互干渉を食い止める配置。とりわけ目立つのは、マランツ史上最高グレードの高速電圧増幅モジュールHDAM-SA3を19ch分搭載していることで、しかもそれを理想的な縦配置にて最短のシグナルパスで結合している点だ。

ピュアデジタル部、D/A変換部、ピュアアナログ部の3つのセクションに分離する事で、ノイズ干渉を抑えている
HDAM-SA3
このHDAM-SA3基板が、19ch分搭載されている

HDAM-SA3の回路規模は、先代のフラッグシップ機「AV8805A」のそれと比べて、チャンネル辺りのトランジスタ数が2倍の40個となり、全チャンネル分で1.5倍以上の760個に達する。そこには高品位な表面実装パーツが惜しげもなく投入されている。

肝心のデコード用DSP・ICも、最新型のADI SHARC+「Griffin Lite XP DSP」で、トータル2,000 MIPSの処理能力を持つ(AV8805Aは1,600 MIPS)。またESS社のハイグレード2ch・D/AコンバーターES9018を10基搭載し、これを同社最高峰のSACDプレーヤーSA-10と同等のマスタークロックで制御するという贅沢な構成だ。ここを多チャンネル構成のDACで済ますメーカーが多い中で、2チャンネル仕様の採用にこだわったのは、エンジニアの矜持といえよう。

加えて個人的にも感心させられたのが、マスタークロックと各DACチップとの基板上の距離差に伴うインピーダンス変化をなくすべく、信号経路のパターンに工夫を施して均一化した点だ。一般にAVアンプでここまで配慮した例はなく、後ほど書き記すチャンネル間のシームレスな音のつながりに確実に貢献している。

DACとマスタークロックを搭載したデジタル部の基板。マスタークロックと各DACの距離差は、インピーダンスマッチングで均一化されている

電源部もこうした各回路のハイグレードな構成に見合うもの。同社伝統のトロイダル型電源トランスは、OFC巻き線にアルミニウム製ケース、アルミニウム製ベースを奢った。トランス二次側も各回路セクション毎に巻き線をしっかり分けているのはもちろんだ。

本機は同社の白河工場で生産されるが、設計部隊と音質検討が二人三脚で開発を進められるのは何よりのメリット。例えば設計者が選定した電解コンデンサーの音を聴き、それとは違うものを使いたいと音質検討の担当者がいえば、すぐに別銘柄で再設計が行なわれるというスムーズな連携なのである。

「AV10」の内部

大きくモディファイされたClass Dアンプ搭載の「AMP10」

AVパワーアンプ「AMP10」

次にAMP10を見てみよう。Class Dアンプを19ch分搭載した本機は、200W/8Ω、400W/4Ωをギャランティーする。2ch毎にノーマル/BTL/バイアンプの切替えが可能という点は、例えばフロントスピーカーのみ駆動力を上げたいという時にチャンネルが余っていれば有効な使い方である。

パワーアンプユニットの背面を見たところ。2ch毎にノーマル/BTL/バイアンプを切り替えるスイッチが搭載されている
内部写真。2chのClass Dアンプユニットが整然と並んでいるのがわかる

この回路はデンマークのICE Power社との共同開発によって誕生したもので、オリジナル回路に対してマランツの要望からモディファイが図られている。例えば、HDAM-SA2を各chに組み込んだり、ワイヤリングを極力なくして接点ロスを減らすなど、要となるキーデバイス以外のパーツはほぼ独自に刷新されている。

開発が進み、実際に搭載されているパワーアンプユニット。接続用のワイヤーが無くなり、バスバーで接続しているのがわかる
左が初期段階、右が製品に搭載されたもの。ほとんどのパーツが変わっているのがわかる

ここでひとつ疑問が浮かぶのが、AV10ではHDAM-SA3を採用しているのに、AMP10ではHDAM-SA2という一世代前のものを使っていることだ。この辺りは、プリアンプのAV10は、どのようなパワーアンプと組み合わされるかわからず、低インピーダンス性能が要求される。一方で、前段および後段の回路が確定しているAMP10では役割が違うというわけだ。こうした適材適所の使い分けもまた、エンジニアのこだわりといってよい。

あえてHDAM-SA2が使われている

本機もAV10同様に1.2mmや2.5mmの鋼板、アルミ板等を多用した新型3ピース構成のリジ ットな筐体から成っている。とくにセンターシャーシのシールド構造やACインレットアルミケース、銅メッキのメインシャーシなど、長年のノウハウの蓄積によって盛り込まれた要素技術は見逃せない。

また、低インピーダンス化と筐体、パワーアンプモジュールの剛性強化も兼ねて、大電流信号伝送用のバスバーが惜しげもなく採用されている。こうした要素は前述のワイヤリング排除の一環でもある。

筐体の構造
惜しげもなく投入されたバスバーとカッパースクリュー

電源部はパワーアンプ出力段専用設計のスイッチング回路で、高品質なフィルターコイルが組合せられたもの。ハイカレント・ショットキーバリアダイオードと大容量コンデンサーを擁した強力な内容だ。ちなみにスイッチング電源の選択は、大電流供給時の一瞬の電圧降下にも強いからである。

一方の小信号増幅部の電源は、OFC巻き線のトロイダル型トランスで、メイン電源の後段に各アンプモジュール毎に個別に電源回路を実装しているのが特徴。こうした仕様も実に頼もしい。

電源部

国産AVアンプで“空前絶後”のクオリティ

では音を聴いてみよう。スピーカーはB&Wの最新モデル「801D4」をメインにした「9.3.4」構成で、 フロントスピーカーとセンターをバイアンプ接続とした。

スピーカー構成

まずはCDのステレオ再生、デンマークを拠点に世界的に活躍する女性ジャズ・ヴォーカリスト/シーネ・エイ。スキャットを多用した歌唱スタイルに特徴のある歌手だが、その声を実に瑞々しく、艶やかに再現してくれた。バックの伴奏陣の音色、各楽器の響きや質感のディテイル描写も申し分なく、豊かなサウンドステージが浮かび上がった。音像フォルムにも立体感がある。

それにしてもAMP10の駆動力は抜群だ。エネルギーの押出しやローエンドの厚みに不満はなく、どっしりと構えて微動だにしない。定格出力のスペックのみを比較すれば、AMP10はハイファイ用インテーグレーテッドアンプのPM-10とまったく同じなのだが、低域の重心の低さは本機が勝っているような印象である。

AVパワーアンプ「AMP10」

続いてUHD BDにて映画「フォードvsフェラーリ」のチャプター17を視聴。フォード首脳陣と主人公の一人シェルビーが会話している背後で、ドライバーのケン・マイルスがサーキットにてGT40のテスト走行をしている場面だ。

会話の後ろで常にエキゾーストサウンドが聞こえるわけだが、フレーム外であったり、あるいは映像のアングルが変わる中で、音の方向も明瞭に切り替わり、シームレスにチャンネル間がつながって聞こえるのだ。

私はこのシーンを何十回も観てきたが、AV10/AMP10のパフォーマンスは屈指のリアリティであった。過去三本指に入る臨場感体験と言っても過言でない。ドライバーのケンが映し出されたシーンでは、当然ながらエキゾーストサウンドは大きく、全チャンネルを総動員してバリバリとけたたましく響く。しかし他のシーンになると、サーキットを周回する小さな音に変わる。特に首脳陣が対話している背後ではかなり小さいのだが、その様子は一律ではない。遠ざかったり、近付いたり、あるいは右回りだったり左回りだったりと、方向や距離感が変化するのがわかる。切れ目なくエキゾーストサウンドがチャンネル間を移動する様子は見事という他ない。

おそらくこの辺りの再現性・描写力には、前述したAV10のDAC周辺のケアやクロックへの配慮、あるいはHDAM-SA3の高いポテンシャルが現れているのではないだろうか。回路のSN比の良さや、情報量をきっちり掬い上げるノウハウが活きているのである。

圧巻だったのは、「THE BATMAN -ザ・バットマン-」の雨中のカーチェイスだ。大排気量ロケットエンジンを積んだバット・モービルの凄まじい爆音と、敵のリーダーが運転するマセラッティの甲高いエンジン音の対比も素晴らしいのだが、クラッシュシーンの激しさ、トレーラーやその荷物等の重量物が砕け散る際の轟音と質量感が非常にリアルで手に汗握った。この視聴を通じて、“鋭い瞬発力分厚いとエネルギー感の両立”という、二律背反するような要件を満たしているこのAV10/AMP10のペアの能力・実力の高さは、国産モデルとしては空前絶後といってよいレベルにあると感じた次第だ。

AVプリ「AV10」
マランツの川崎視聴室で試聴する筆者

これまでのマランツのフラッグシップAVアンプを遡ってみると、電源や筐体の分離・強化、ハイファイアンプのテクノロジーの実装など、節目節目で大胆にメスを入れ、ブラッシュアップを図ってきた。そうしたアプローチの集大成が今回のAV10/AMP10ということもできよう。

昨年同じ川崎視聴室で聴かせていただいた「CINEMA 70s」や「CINEMA 50」も、新世代マランツのAVフィロソフィーを感じさせる素晴らしいものだったが、このAV10/AMP10の組合わせは表現力のキャンバスが何倍にも拡大し、なおかつより緻密で多彩な筆致になっている印象なのだ。

今回、新たに掲げられたモデルラインの標語は、「Sound for What You See/あなたが今、みているもののための音を。」というもの。これは、視聴者が今楽しんでいるコンテンツの醍醐味をフルに引き出すことを念頭にしたものである。AV10/AMP10を今回じっくり視聴し、それは確実にパフォーマンスに反映されていると明確に実感できたことを最後に付しておきたい。

AV10/AMP10を手掛けた3人に話しを聞きながら取材した。左端がディーアンドエムホールディングス グローバル プロダクト ディベロップメント プロダクトエンジニアリングの飯原弘樹氏、右端が同渡邉敬太氏。中央はマランツのサウンドマスター・尾形好宣氏

(協力:マランツ)

小原由夫

測定器メーカーのエンジニア、オーディオビジュアル専門誌の編集者を経て、1992年に独立。アナログオーディオ、ハイレゾ(ネットワーク)オーディオ、ヘッドホンオーディオ、200インチ投写と三次元立体音響対応のオーディオビジュアル、自作オーディオなど、さまざまなオーディオ分野を実践している。 主な執筆誌に、ステレオサウンド、HiVi(以上、ステレオサウンド)、オーディオアクセサリー、Analog(以上、音元出版)、単行本として「ジェフ・ポーカロの(ほぼ)全仕事」(DU BOOKS)