小寺信良の週刊 Electric Zooma!
第783回
コンテンツのHDR化、IP伝送による作り手側の混乱。InterBEEで見た理想と現実
2016年12月7日 09:30
充実の展示で今年も「魅せた」InterBEE
毎年11月に行なわれる、国内最大の映像機材展InterBEE 2016が、今年も幕張メッセにて開催された。今年は展示エリアとして2ホールから8ホールまでを使用し、さらにはイベントホール側でもPAスピーカーの試聴を行なうなど、会場をフルに使って、盛りだくさんの内容が詰め込まれたイベントとなった。
ここ数年、放送の方は4K技術がキーとはなっていたものの、事業者によっては興味の有り無しがはっきりと分かれるため、展示の方も4Kに関係ない人は来ないという状況になっていたが、今年は放送とともにネット系の事業者や映像クリエイターなどが多く詰めかけた。特に近年は女性来場者が多く目に付くようになったのも、新しい変化であろう。
例年この手のイベントには、技術的なハイライトが付きものである。いわゆる“今回の見所”というヤツだ。だが今回のInterBEEは、来場者によって全然目線が違う部分を受け止めるだけの多様性があり、皆さんにご紹介する見所も絞れないのが悩ましい。
そこで今回は、筆者が興味を持ったものをダイジェストでご紹介したいと思う。
HDRコンテンツ、作り手側の混乱
コンシューマのイベントではよく見かけるようになったHDR。一般の方にとってHDと4Kは、見比べても違いがわからないと言う人も少なくない。解像度とは、慣れていない人の目にはよくわからないものなのだ。一方でHDRは、コントラストや明るさといった問題なので、誰にでもよく違いがわかる。
これまでHDRは、4Kとセットで語られることが多かったが、国際標準規格であるITU-R BT.2100が策定、4K・8KだけでなくHDのHDRも規定されることとなった。
HDとなればテレビ放送だけでなく、ネットのストリーミングコンテンツも視野に入ってくる。事実HDR対応ディスプレイを搭載するスマートフォンも登場しており、HDRコンテンツに関しては、テレビよりも買い換えサイクルが早いスマートフォンのほうが主戦場となる可能性もある。そういう意味では、コンテンツにしてもハードウェアにしても新鮮味を以て迎えられる、「ウリになる技術」がHDRなのである。
HDRコンテンツは、映画制作のワークフローを流用する形で制作する。まず撮影時には、高ダイナミックレンジの光の信号を電気信号に変換する伝達関数、OETF(Opto-Electronic Transfer Function)を使って収録する。収録したものを再生する際には、ディスプレイ側での変換関数、EOTF(Electro-Optical Transfer Function)を用いて復元する。
現在一般向けのHDR用としては、Perceptual Quantization(PQ)とHybrid Log Gamma(HLG)の2つのガンマカーブが規格化されている。OETFとEOTFは同じセットになっていなければ、撮影時の状況が復元できない。つまり、システムとして採用カーブまで含めてパッケージング化された運用環境が必須になるわけだ。このシステムが、ドルビーによるドルビービジョンであり、ITU-Rで規格化されたHLGであり、米国CTA(Consumer Technology Association)が策定したHDR10というわけである。
映像制作過程としては、基本的にOETFによって変換された信号を、そのまま扱う事になる。スイッチャーやファイルシステムなどからすれば、一般的な映像信号と同じだが、人間の方はそうはいかないので、モニターだけEOTFで復元した映像を見る事になる。
こうしたワークフローは、デジタルシネマでは当たり前のものとなっているが、テレビに関しては誰もやったことがない世界である。これまでEOSムービーなどデジタル一眼で撮影した映像など、“ムービーチック”な映像表現はテレビの世界に入っていた。しかし、特殊なガンマカーブをキープした状態で制作を行なうというワークフローは、テレビにはなかった。
InterBEE会場では、多くのセッションやデモンストレーションが行なわれていたが、HDRの制作ワークフローの話はどこにいっても満員であった。これまでやったことのない作業が降りかかる可能性が出てきた技術者、特に中継や編集を行なう技術者にとっては、「知らない・わからない・やったことない」は死活問題となり得る。
覚えることは山ほどあるが、まずどこから手を付けていいのか、それを探れるのが今年のInterBEEのポイントであっただろう。ちなみに日本は政府主導により放送のHDR化で先頭を走るつもりなので、ワールドワイドで見れば、放送技術者がHDR化で慌てふためいているのも日本だけである。
平行で走ることになったIP伝送
放送の4K化とも関わるのだが、ここ数年の放送業界の宿題は“映像のIP伝送”である。映像のIP伝送とはそもそもなんなのか、またそのメリットをご存じない方は、丁度昨年のInterBEEでこのあたりをまとめているので、ご一読いただくといいだろう。1年前の状況ではあるが、ベーシックな知識の理解としては丁度いいところだと思う。
昨年以前の構図は、国内では“SMPTE2022派”と、ソニーの“ネットワーク・メディア・インターフェース(NMI)派”に二分、海外も含めるとEvertzが推奨する“ASPEN派”の三つ巴になっていた。さらにはTriCasterで知られるNewtek社が独自のネットワークデバイスインターフェース(NDI)を無償提供するするといった動きが加わり、決め手がない状況になっていた。
このままでは採用が進まないと見た各社は、少なくともSMPTE2022とNMIに相乗りする動きを見せている。また複数の方式が共存できるよう調整する組織としてAIMS(Alliance for IP Media Solutions)も立ち上がり、現時点では50社以上が加盟し、作業に当たっている。
特に日本においては、ソニー、パナソニック、東芝、NEC、池上通信機など放送機器大手メーカーが多く、4K伝送の推進と共に世界でも技術的注目が集まっている。AIMSでは、日本国内での調整機構としてサブワーキンググループを設置し、パナソニックを幹事会社として各社が知恵を絞っている。
InterBEEでは、そういった思惑が静かに現われた展示が多かった。ソニーのNMI関係の展示では、「IP Live」と銘打って、ソニーだけでなくアライアンス各社のブースともIPネットワークで繋ぎ、相互に伝送を行なった。NECやリーダー電子など様々なブースに「IP Live」のプレートが展示され、アライアンスの広がりを強調した。
一方パナソニックはAIMSの幹事会社という立場もあり、あらゆるフォーマットに対応するという動きを見せた。SMPTE2022やMNIだけでなく、NewtekのNDIのパートナーにもなった。さらにはBlackMagic Designが推奨してきた12G SDIへも対応製品を参考出展するなど、技術の幅の広さを感じさせた。
NewtekのNDIは、今年のIBCでIPシリーズ4製品を発表したが、国内ではInterBEEで初お披露目となった。内訳は、プロセッサ部のVMC1ビデオミックスエンジン、4-Stripeコントロールパネル、Studio Inputモジュール、Studio Outputモジュールである。
他の方式が4Kを軸に展開しているのに対し、NDIはHD解像度をベースに展開しているのもポイントだ。上記のシステムとしては64ソースを入力できるが、SDIの入出力は4つしかないなど、完全にIPに割り切っている。4K・8Kへの対応は、NDI第2世代のバージョンで対応するという。
またネットワーク系ソリューションということでは、Amazonが同社のクラウド上でGrassValleyの編集ソフト「EDIUS」を動作させるデモを行なっていた。
これが実用化されれば、非力なマシンでもハイエンドな編集が可能になるだけでなく、一時的に編集人数が必要な場合にも、フレキシブルに対応できる。さらには素材共有もできるなど、未来の編集ワークフローを感じさせる動きだ。
もちろん同様のシステムは他のクラウドサービスでも着々と準備を進めており、映像のプロ業務にフォーカスしたネット上の「陣取り合戦」が始まる。
総論
今回のInterBEEでは、8Kへの取り組みも少しずつ行なわれてきたのも、技術的な見所であった。これはまではNHKの旗振りのもと、アストロデザインだけががんばっている印象だったが、今年は他社もレコーダやカメラなどの製品を展示した。
先のリオデジャネイロオリンピックでは、NHKが8Kの試験放送を行なったばかりだが、コンシューマ製品にはそれを見るための装置が一つもなく、まだまだ技術展示の域を出ていない現実がある。ただ少なくとも技術開発の面では、先へ進み始めたことはわかる。
一方で放送技術者側の関心は薄く、4KもIP化もHDRも控えているのに、8Kの事などはまだ当面は考えられないという。メーカー側もそれは心得ていて、普段は4K、いざとなったら8Kでも使えるという拡張性をアピールするが、それがどれぐらい響くのか。
伝送のIP化で難しいのは、放送技術者にはネットワークに詳しい人間が少ないという事である。これまでのメタル線によるSDI接続は一方向の一本道であり、トラブルシューティングも簡単だった。
一方IPでは何がどこまで来ているのかを把握する事が難しく、なまじルーターに沢山集まってくるが故に、1つの機材トラブルで多くの回線が道連れになる可能性がある。BlackMagic Designの12G SDIが今さらながら見直されてきているのは、IP伝送システムに対する運用ハードル、もっと言えば「IPがわかる人材の不足」の裏返しと言えるのかもしれない。
コンシューマでは、来年はいよいよUHD Blu-rayやストリーミングサービスから、HDRコンテンツの供給が本格化するものと思われる。再生機器市場も大いに盛り上がるだろう。一方で映像制作の現場は、やるところはそればっかりだし、やらないところは全然関係ないと言った具合に、二分化が進むと思われる。
最初はテストもかねて、わかりやすいコンテンツばかりがズラズラと並んでしまうかもしれないが、この手の技術はすぐ「あたりまえ」になって行く。そういう意味では、早めに体験したほうが技術の進歩は大きく感じられるだろう。