小寺信良の週刊 Electric Zooma!

第899回

Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語

撮影者が写らない360度カメラ実現! 1型センサーの驚き、リコー「THETA Z1」

度肝を抜かれた1インチセンサーの360度カメラ

2月のCP+で実機が展示されたリコー「THETA Z1」は、あらゆる意味で度肝を抜かれた製品だった。これまでTHETAは、年々スペックを上げつつも基本的なサイズ感は維持してきたが、ことZ1に関しては1インチセンサーを搭載したことでボディも大型化し、もちろんレンズも新設計となった。価格の方も従来の2~4万円台から、一気に公式ストア価格126,900円(税込)と跳ね上がった。

リコー「THETA Z1」

発表時は3月下旬より発売とされたが、若干伸びて5月24日となった。もちろん従来機も併売されるので、今後もTHETAはずっと10万円越えという事ではないだろう。これまでは2017年発売の「THETA V」が4K撮影可能ということでフラッグシップであったが、今後はこれがミドルクラスになり、Z1がフラッグシップという事になる。

そんなTHETA Z1だが、発表が早かったこともあって、すでにレビューも色々出ている。基本的な使い勝手については僚誌デジカメWatchわっき氏のレビューに詳しい。

今回このタイミングでなぜZ1を取り上げたかというと、もちろん発売直後ということもあるが、実は5月8日に以前からTHETA V用にリリースされていたプラグインがZ1対応となったほか、15日にも新しいプラグインがリリースされた。着々と機能が追加されていっており、今回は改めて基本性能とともに、新しいプラグインも含めてテストしてみたい。

THETAの業務用モデル?

従来のTHETAは、手にすっぽり隠れる程度のサイズ感から、カメラというよりはガジェットっぽい見られ方をするカメラだった。一方Z1は、見た目はまったくTHETA以外の何ものでもないのだが、レンズがかなり大型な事もあって、かなり「カメラ感」がある。おそらく業務ユーザーにとっても、現場で取りだしてオモチャ感のないルックスは、使いやすいはずだ。

レンズの大きさから、かなりカメラ感が出てきた
左からTHETA V、THETA Z1

Z1のポイントはなんと言っても、2,000万画素の1型センサーを2枚搭載したこと。1型といえば、一般的にはハイエンドコンパクトデジカメで使用するクラスだ。これがこのボディに2枚も入っているとは、にわかには信じがたい。

この幅に1インチセンサーが2枚

その構造の秘密は、製品発表時の記事に詳しい。なんとプリズムを使って光を3回も折り曲げて、センサーまで届けているという。物理現象は効率100%にはなり得ないので、どうしてもロスや歪みが出る。3回も屈曲させるカメラを作る、しかも本体内に2つ搭載するというのは、相当難易度の高い設計・製造技術が要求されるはずだ。

新型レンズユニットのモックアップ。下部の四角い部分が1型センサー
独自の三回屈曲構造技術を採用。下部の対になっている四角いパーツが1型センサーで、薄緑の三角形・四角形パーツがプリズム。丸いのはTHETA Z1のレンズ

レンズは10群14枚となっており、絞りはF2.1/3.5/5.6の3つから選択可能だ。通常は絞れば周辺部の解像感が上がるので、日中の撮影には威力を発揮するだろう。

レンズももちろん新開発

静止画の最大解像度は6,720×3,360、動画は3,840×1,920/29.97fps/56Mbpsとなっている。マイクは前後に2ペアで合計4chぶんあり、フロントは左右、バックは上下に付けられている。

背面のマイクは上下に並ぶ

ボディ表示は、以前はLEDによるアイコン表示ぐらいだったのだが、Z1には小さなディスプレイが付けられ、常時バッテリー残量や撮影可能残数が本体だけで確認できるようになった。後述するプラグインの選択も、このディスプレイとボタンだけで可能だ。

小型ディスプレイでステータスがわかるようになった

内蔵メモリーは約19GBで、MicroSDカードなどのメモリーカードを入れることはできない。底部にはUSB Type-C端子があり、三脚穴もある。

底部には三脚穴とUSB端子
横のボタンは電源、ネットワーク、モード、Fnキーとなっている
キャリングポーチも付属

確実に上がった画質

では早速撮影してみよう。まずは静止画だが、ファイル形式としてJPEGか、RAW+JPEGが選択できる。オート撮影の場合、このファイル形式の選択で使える機能が異なる。JPEGの場合は補正機能として、ノイズ低減、DR補正、HDR合成の3タイプが選択できるが、RAW+JPEGの場合は、DR補正が使えるのみとなる。RAWで撮れば補正は後処理でできるから、という事だろう。カメラ側で補正機能を利用したい場合は、ファイル形式に注意だ。

JPEGモードでは撮影時に4タイプの補正機能が使える

各補正機能をテストしてみたが、空の飛び具合を見ればHDRで撮影する意義はある。

補正なし
ノイズ低減
DR補正
HDR合成

また今回のZ1に搭載された機能として、絞りがある。撮影モードを絞り優先に設定すると、F2.1、F3.5、F5.6の3つから選択できる。

360度撮影において絞りがあることにどのような意義があるのかというところがポイントになる。一般的には、絞るほど被写界深度が深くなるので、合焦する範囲が拡がるというメリットがあるわけだが、そもそもフィッシュアイを超える画角を持つレンズではほとんどパンフォーカスのようになっているので、元々被写界深度の問題は大きくない。

ポイントはそこではなく、今回テストした中では、フリンジの低減に大きく寄与するようだ。例えば明るい空抜けの細い枝葉の周囲には、パープルフリンジが出やすい。これはレンズの収差によるところが大きく、特に収差はレンズ周辺部で顕著になる。

原理的には、絞りを開けることでレンズの広い部分から光を取り込めば、フリンジが出る可能性が高まる。逆に絞ればそれだけレンズの周辺の光はカットされて使わなくなるので、フリンジが出る可能性が減るというわけだ。

今回は同じアングルでF2.1とF5.6で撮り比べてみたが、やはり絞ったほうがフリンジが少ないことが確認できた。晴天での撮影では、なるべく絞った方が良好な結果が得られるだろう。また絞ったことで周辺部分の解像感も上がっている。1インチセンサーによる画質向上と相まって、切り出しで使っても十分な画質が得られるカメラとなった。

F2.1で撮影。空抜けの松葉に紫色のフリンジが目立つ
F5.8で撮影。フリンジがかなり低減されている

プラグインの効果をテスト

カメラに機能拡張プラグインをインストールしていくという手法はソニーのCyber-shotがよく知られるところだが、リコーからもTHETA用プラグインがいくつかリリースされている。プラグインは、パソコン用の管理ソフトからカメラ本体へ転送することで、利用できるようになる。Z1では、カメラに転送したプラグインのうち、3つを切り換えて使う事ができる。

パソコン用の管理ツールで、プラグインをインストール、3つのスロットに割り当てる

今回は、5月8日にZ1向けにアップデートされた「Automatic Face Blur BETA」と、5月15日に新規でリリースされた「Time Shift Shooting」の2つを試してみよう。

すでにTHETA V用としてリリースされていた「Automatic Face Blur BETA」
Z1用に新規にリリースされた「Time Shift Shooting」

本体にプラグインをインストールしたら、Modeボタンを長押しする。するとプラグイン選択画面になるので、そのままModeボタンを押して切り換え、シャッターボタンで決定する。なおプラグインを有効にすると、ネットワーク機能が使えなくなってしまうので、スマートフォンを使ったモニタリングや画像転送が一時的に使えなくなる。

まず「Automatic Face Blur BETA」だが、これは撮影された画像の中から顔を探し、そこにモザイクをかけるという機能だ。ブラーと言いつつモザイクなのはプラグインのネーミングとしてどうなのかという疑問も残る。撮影後にカメラ側で演算するので、多少待たされることになる。

いくつかのセチュエーションでテストしてみたが、帽子の影で顔が暗いといった場合には、顔認識がうまくいかず、モザイクがかからないこともあった。

顔が影になっていると、顔認識に失敗するようだ
条件が良ければ半分だけモザイクがかかったりする
完全に顔が露出していれば問題なくモザイクがかかる

まだベータということなので、今後のブラッシュアップが待たれるところである。なお、このモザイクは画像に直接焼き込んでいるわけではなく、マスク情報だけを書き込んでいるようだ。スマートフォンのアプリで見るとモザイクがかかっているが、カメラ内のファイルを直接取りだすと、モザイクがかかっていない画像を得ることができる。

もう一つのプラグイン、「Time Shift Shooting」を試してみよう。通常の撮影では、フロントとバックのカメラを同時に撮影する。だがそれでは、撮影者が必ず写る事になる。

エンターテイメント用途ではそれでも構わなかったが、業務で使おうとすると、「オマエ誰やねん」という事になりかねない。特に360度写真は不動産関係で利用されるケースが多く、これまでは撮影者が写らないよう、扉の影に隠れてからスマホでシャッターを押すといった工夫が必要だった。だが部屋ならともかく、更地のような何もない場所では隠れるところがない。必然的に撮影者が写れば、「オマエ誰やねん」という事になる。

そこで「Time Shift Shooting」では、最初にフロントのカメラ、5秒後にバックのカメラを撮影する事により、撮影者が反対側へ逃げることができるようにした。隠れる場所がない広い場所でも、撮影者が写らない360度写真ができるというわけだ。

隠れる場所がないところでも、撮影者が写っていない360度写真が撮影可能

Time Shift sample 1 #theta360 -Spherical Image - RICOH THETA

それを逆手に取れば、1つの360度写真の両側に同じ人物が写った写真を撮影する事もできる。表と裏を使って、アイデア次第で面白い表現ができそうだ。

逆に1人の人間が2箇所に写っている写真も撮れる

Time Shift Sample 2 #theta360 -Spherical Image - RICOH THETA

なおこれらのプラグインは、動画モードでは動作しない。動画モードでプラグインを選択すると、自動的に静止画モードへ移る。

総論

360度カメラは、3Dと同じように一過性のブームで終わるかと思いきや、様々なところで活用されるようになった。これは、案外再生の間口が広いというところが大きいだろう。HMDで見られるのは当然のこと、スマホでもタブレットでも見られる手軽さが強みだ。

加えて360度をそのまま見せるのではなく、Insta360のように放り投げたり振り回したりといった撮影方法が開拓されたり、GoPro Fusionのようにアングル切り出しを前提とした使い方など、様々な切り口が見つかっていることも、廃れない要因だろう。

360度カメラの元祖とも言えるTHETAは、ストレートに360度画像を見せるカメラとしてその地位を確保しているが、派手なソリューションには手を出さず、地道に画質向上や使い勝手の改善方向へと駒を進めているように見える。こうした地に足の付いた開発方針が、業務用でも使われ始めている理由ではないだろうか。

小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「小寺・西田のマンデーランチビュッフェ」( http://yakan-hiko.com/kodera.html )も好評配信中。