小寺信良の週刊 Electric Zooma!
第898回
LEDを背にした人を黒つぶれせずに配信! Roland「V-600UHD」のHDR to SDRをガチ検証
2019年5月16日 08:00
世界初へ挑む
ローランドと言えば、電子楽器メーカーの老舗だが、映像機器もかなりの歴史を積み上げてきている。特にスイッチャー製品は、小規模・低価格にフォーカスし、音楽イベントでのステージ映像や、ネットのライブ配信の現場では、もはや定番というポジションを築き上げているところだ。
そんなローランドから、今年6月に新しいスイッチャーがお目見えする。同社初となる4Kスイッチャー、「V-600UHD」だ。すでに2月に発表されているのでニュースとしてはご存じの方もあるだろうが、まだ発売前ということで、その動作は確認できていなかった。
この4月に行なわれたNAB 2019のローランドブースでは、V-600UHDも展示され、メインの機能は動作していることが確認できた。すでにヨーロッパでは大量受注が発生するなど、滑り出しも上々のようだ。
このスイッチャーには多くの機能があるが、世界発となるのが“HDRで入力された信号をSDRに変換して出力できる”ことだ。なぜそんな必要があるのか、具体的にどういうシーンで使えるのかを実際にテストできるというお話しを伺い、筆者は大阪に飛んだ。
コンパクトな4Kスイッチャー
まず簡単にV-600UHDのスペックを確認しておこう。映像入力はHDMI 4系統、SDI 2系統、アナログRGB入力1系統を備える。このアナログRGBは、HDMI 1入力と切り換えとなる。各入力にはスケーラーを搭載しており、別途コンバータを用意する事なく、上はDCI 4Kから下はHDまで、PC解像度まで含め多彩な入力に対応する。
入力系統は6だが、クロスポイントは8だ。これは4K映像の切り出し機能やバックカラー等に割り当てできる。内部処理は4:4:4/10bitで、にじみのない正確なピクセル単位の出力が可能。出力はHDMIが3系統とSDIが1系統、マルチビューが1系統となる。出力はPGMやPVW、AUXなど自由にアサイン可能だ。
段としては1M/E型で、キーヤーとPinPが融合したCompositionとDSKが、1系統ずつある。つまりPinPを2系統、キーを2系統、PinPとキーの1系統ずつの3組み合わせが選択できる。音声はXLR入力と出力が2chぶんある。
注目のHDR入力は、HLGとHDR10の両対応。メーカー独自のLog出力には対応しない。もちろん、HDRのままでも出力できるが、今回のウリはHDRからSDRへのコンバート機能も内蔵したことだ。
テレビ放送用途でも、HDRからSDRへのコンバータは必要だった。地上波とBS4Kをサイマルで放送する際には、まずは4K/HDRでコンテンツを作って、地上波用に4KからHDにダウンコンバートし、同時にHDRからSDRへの変換を行なう。こうしたコンバータは、スイッチャー本体とは別体で用意するのが普通だ。
従来こうした変換は、Colorfront Engineを搭載したAJAの「FS-HDR」あたりが実績のあるところだが、価格が100万円を超える。もちろん放送クオリティだから仕方がないところではあるが、V-600UHDは大雑把に言えば、こうした変換機能までスイッチャーに内蔵したわけである。
テレビ放送ではHDRからSDR変換が必要になるのはご理解頂けたかと思うが、ローランドのスイッチャーはテレビ放送向けではなく、イベントやネット配信向けである。そこでなぜHDR-SDR変換が必要なのか。
その謎を解くカギは、LEDディスプレイにある。例えば音楽ライブのステージの背景に、巨大LEDディスプレイが設置されて、手前でアーティストが演奏するといったステージ構成は、今や当たり前になってきている。それがさらに一般化して、最近では展示会のメーカーブースでも、ステージの背景にLEDディスプレイを採用するところも出てきている。
今回は大阪にあるイベント映像会社・株式会社シーマさんにご協力をお願いして、実際にこうしたステージングの映像装置である200型のLEDディスプレイを倉庫内に組んでいただいた。これを背景にして、実際にHDRとSDRのカメラで撮り比べてみて、V-600UHDがどのように機能するのかを検証してみたい。
高輝度化が進むイベント映像の世界
音楽イベントを想定した場合、業界外の人からすれば1つの大きな技術会社がぜんぶ一手に引き受けているように見えるかもしれないが、実際には様々な業種が混在して1つのステージを作りあげている。照明、音響、舞台装置、舞台映像は、別々の会社が担当しているのだ。
ただ会社規模が大きくなると、音響会社が舞台映像も手がけるようになったり、照明会社も舞台映像を手がけるようになったりと、境界線が滲んできているところだという。
シーマは、この中の舞台映像を専門に手がける会社である。ステージ背景にディスプレイを設置し、投影する映像の制作も行なう。そしてライブイベントでの背景の映像送出も手がけている。
現在こうしたイベント映像を扱う会社は、小規模な事業者まで含めて日本全国に数百社存在するが、正確な数は把握できないという。その中でもシーマは、いち早く映像のトレンドを掴み、新しい機材をどんどん導入して業界を牽引している会社の一つである。
今回組んで頂いたのは、1枚が正方形の2.6mmドットピッチパネルを9×5で組み合わせた、200型のHD解像度LEDディスプレイだ。100%輝度出力で、だいたい1,000nits程度が出せるという。
さてこの1,000nitsというキーワードが出たことでピンとくる方も多いと思うが、こうした高輝度なLEDディスプレイを使ったステージを撮影しようとすると、もはやSDRのカメラでは上手く撮影できない事になる。
机上の計算ではHDRなら撮れる、SDRでは撮れないという事になるが、では実際そうなのか。今回はそれをテストしてみようというわけである。
1シーンを撮るだけならSDRでも行けるが……
1,000nitsの輝度を背負って手前に人物が立った場合、一般的なライティングでは目視でも背景のほうが明るすぎて、人物がシルエットになってしまう。背景が明るい場合、それに負けないよう人物のほうにも強力なライトが必要だ。今回は人物用のライトの輝度が足りなかったため、背景のLEDは70%出力に抑えて頂いた。それでも十分な明るさである。
まず一般的にありそうなPowerPointのグラフを背景に、V-600UHDのSDR変換パラメータをテストしてみる。カメラはHDR対応のソニー「PXW-Z280」で、HLG出力をV-600UHDに入力している。
V-600UHDでは、各入力ごとにソースがSDRかHDRかを選択できる。入力がHDRで出力がSDRの場合、どのようなガンマカーブで出力するかは、Correctionというパラメータで調整できる。以下は、Correctionがプラス方向へMax、±0、マイナス方向へMax、マニュアルで調整した値(-32)だ。マニュアル調整値は、背景のグラフで横方向の単位線がギリギリ認識できるところとした。
加えてSDRのカメラはソニー「HXR-NX5J」で、同じような見え方になるよう、セットアップしてみた。グラフがバックの状態で、顔の見え方がHDRとだいたい同じになるようカメラ側の絞りを設定した。
この状態で背景を変えてみる。黒バックに企業ロゴというのは、プレゼンテーションの演出ではよくあるパターンだ。絞り、シャッタースピード、ISO感度を固定した場合、HDRとSDRのカメラでは見え方に違いが出る。
HDRのカメラはそれなりに暗部が絞まっており、見え方としても妥当なところだが、SDRではあきらかに黒浮きが目立つ。背景のLEDディスプレイのグリッド線が見えてしまっている。この原因は、SDR側のダイナミックレンジが狭いからだ。つまり明るい方を基準した場合、下へ向かってのダイナミックレンジが狭いから黒浮きするわけである。
仮にこれを逆にして、黒バックで輝度を適正値に設定した場合、グラフバックに変わった瞬間、背景のグラフは白飛びして見えないはずである。いずれにしても、これだけ高輝度の被写体があると、SDRのカメラではダイナミックレンジが足りないという事になる。
もちろん、ISO感度や絞りをオートにして自動追従させるという手はあるが、そうなると背景の輝度が変わるたびに画面の輝度追従シーンが放映されることになる。これではいかにも見苦しい。30年ぐらい前ならしょうがないねと言われただろうが、アマチュアならともかくも、プロの映像技術でそういう運用は恥ずかしい。
結論から言えば、最終的な配信や完パケはSDRだとしても、LEDディスプレイを背景に背負ったシーンの場合、カメラだけはHDRでないと、輝度が追従しきれないという事になる。そこからSDRへ変換してやれば、綺麗な出力を得ることができるというわけだ。
この原理は難しくない。静止画に置けるHDR撮影と同じ考え方だ。高ダイナミックなシーンを標sRGBにギュウギュウに閉じ込めるのと、原理的には同じだ。ただそれをリアルタイムに動画で行なう必要があるから、大変なだけである。本来ならこの変換カーブをHi, Mid, Lowの三つに分けて調整する必要があるが、ローランドのV-600UHDではCorrectionというパラメータ1つでいい具合にやってくれるというわけだ。
総論
我々がSDRとHDRを比較する場合、どうしても0%の黒を基準にして、HDRは明るい方にダイナミックレンジが広いと認識している。以下はあくまでも模式図であり、ダイナミックレンジ比を正確に表してはいないが、イメージとして捉えるには十分だろう。
だが実際にカメラで、絞りやISO感度をある程度固定して明るいシーンを撮影することを考えれば、白飛びを避けるため、明るい方を基準にする。HDRとSDR双方を明るいほう基準で揃えた場合、暗いシーンが来たときは、HDRはまだ暗い方に向けて余裕があるが、SDRでは下が足りないため、黒浮きするわけだ。
常時明るい絵だけを撮るなら、SDRもHDRもつじつまを合わせることができるが、輝度が激しく変化した場合、HDRのほうが断然カバレッジが広い。このカバレッジを、うまいことSDRに押し込めるのが、V-600UHDのCorrectionというパラメータという事になる。
もちろん、一度設定したら終わりではなく、放送中に多少のフォローは必要だろうが、それでもLEDディスプレイを背負ったステージの中継においては、大きく力を発揮するだろう。
世の中に4K HDR対応スイッチャーはいくつか存在するが、そもそもHDRが必要なシーンといえば、カメラから出力まですべてHDRで通すという考え方が普通で、主に放送用途で考えられてきた。だが高輝度LEDを使ったイベントユースを考えれば、最終アウトプットはSDRでも、HDRで撮影しないと輝度が入らない。そういうところに目を付けたのは、永らくイベント用のスイッチャーとして経験を積み重ねてきたローランドならではの発想と言えるだろう。