小寺信良の週刊 Electric Zooma!
第949回
これぞヘッドフォンの未来。ソニーハイエンドNC第4世代「WH-1000XM4」
2020年8月19日 08:00
まだまだ進化するハイエンド機
製品型番というのはグレードが上がるごとに数字があがるものというセオリーがあったが、最近は商品がヒットしたら型番はそのままに“Mark II”とか“III”とかで刻んでいくという方法論が使われるようになった。ヒット商品のいいイメージをそのまま新製品に引き継げるというメリットはあるが、逆に先代を買った人にはぐぬぬという気持ちを想起させる手法である。
元々カメラではよく使われてきた手法だが、ソニーはオーディオ製品にこの法則を採用している。設計から何から全部刷新すれば新型番になるだろうが、前作の改良モデルであれば“Mark いくつ”という手法で刻んでいくことで立ち位置を明確にするというのは、ある意味納得できるところである。
ソニーのノイズキャンセリングヘッドフォンの最高峰1000Xシリーズは、初代「MDR-1000X」が2016年、型番変わって「WH-1000XM2」が2017年、M3が2018年発売。そして今年9月4日、「WH-1000XM4」が発売となる。カラーはM3と同じくブラックとプラチナシルバーの2色で、店頭予想価格は4万円前後。
前作のM3はノイズキャンセリング性能やタッチ操作など使い勝手の面で非常に評判が良く、ANA国際線ファーストクラス全路線で採用されている。ある意味ノイキャンの完成形との評価もあったモデルだが、そこで立ち止まってはいられないのがメーカーの宿命である。ノイズキャンセリング、音質の向上に加え、「スマート機能」を搭載する方向で、より賢いヘッドフォンへと進化した。
在宅勤務やリモート会議などが増えたことで、ヘッドフォンは音楽を聴くという基本機能以外にも多くのスペックが期待されるようになっている。また一歩進化したWH-1000XM4を、さっそく試してみよう。
一見同じに見えるが……
WH-1000Xシリーズは、厚手のイヤーカップでエンクロージャの外側がスパッと切り落としたようなデザインが特徴的だ。ヘッドフォンとして斬新な形ではないが、オーソドックスなスタイルとも違い、ミニマルなデザインでモノトーンな印象を与えることに成功している。
今回もM4もそのテイストを継承しているが、細かいところでさらにミニマル感が増している。M3まではエンクロージャを支える二股のアーム部へヘッドバンドの部材はやや光沢感のある素材だったが、M4はこうした樹脂製パーツもエンクロージャ部と同じマット仕上げとなっている。
また二股アームとカップ部の隙間もギリギリまで狭く、段差も少なくなっており、外してテーブルなどの上に置いた際のなめらかな美しさがある。純粋にモノとしての仕上げの良さを感じさせる作りとなっている。
イヤーパッドも改善され、耳に当たる面積が10%ほど増えたという。いわゆる接地面積が拡がれば、それだけ頭にかかる圧力が分散されるので、より柔らかい装着感を実現している。実際に今装着して原稿を書いているが、ヘッドフォンによくあるこめかみ部分が圧迫されて「耳が凝る」感じはほどんどない。ただし密着感は以前より上がっているので、この季節にずっと装着してると暑いのが難点である。
また今回は、装着者の発話を聞き取る性能を向上させるため、左ハウジングの下部に3つのマイクを配置した。ハウジング上部には以前からノイズキャンセリングに使っていたフィードフォワード用マイクが左右に一つずつあるが、これらと合わせて合計5つのマイクを使って発話音声を処理する。
また今回から、ヘッドフォンを外したかどうかを検出するため、近接センサーも搭載されている。加えて加速度センサーも内部に搭載しており、後述するスマート機能の動作を実現している。
ドライバー部分は40mm HDドライバーユニットとしてM3からの変更はなく、ノイズキャンセリングプロセッサ「QN1」の搭載も同様だ。ただし今回はBluetoothオーディオSoCとQN1が連携してノイズキャンセリング処理を行なう事で、さらに高いキャンセリング効果を生み出すという。
対応コーデックだが、SBCは当然として、AACとLDACに対応。M3と違い、今回はaptXおよびaptX HDに対応していない。すでにソニーのBluetoothスピーカーは対応しなくなって久しいが、その波がついにヘッドフォンまで来たという事である。
ただaptXはAndroidやPCで標準的に搭載される高音質コーデックであり、あらゆるソースを受ける側が敢えて対応しないという選択はいかがなものか。LDACの優位性は理解するところではあるが、ユーザーの利便性を損ねてまでaptXを排除するのであれば、LDACをソフトウェアベースでインストールできるよう提供すべきだろう。実際にLinuxではLDACがインストールできるようになっており、WindowsやMacOSでも技術的には不可能ではないように思える。
専用ケースは楕円形のポーチで、収納方法を示す台紙が入っている。また台紙にはタッチ操作の絵柄も記されており、久しぶりに使ったらすっかり使い方を忘れていたという際にも思い出せるようになっている。
付属品としては、ワイヤード接続用のステレオミニケーブルと、充電用のUSB-Cケーブルがある。充電用ケーブルは全長約20cmと短いのが不思議だが、本機は充電しながら使用することができない(充電すると電源が切れる)ので、敢えて短いケーブルを添付してアピールしているとも考えられる。
M4は補正のナチュラルさに注目すべし
ではまず音質面からチェックしていこう。ドライバの構造はM3と同じなので、本質的に音の傾向は同じだ。ただ今回は圧縮音源の高域補正技術「DSEE HX」がブラッシュアップされ、補正力が上がっている。
これまでDSEE HXは、実は2つの実装パターンがあった。一つはM3までのヘッドフォンに搭載されているタイプで、動作モードを固定するか数パターンから選択するという、プリセット主体のもの。もう一つは一部のウォークマンに搭載されているタイプで、リアルタイムで曲のパターンを解析し、AI技術で自動的に最適なアップスケーリングを行なうもの。後者は当然プロセッサパワーが必要になるので、これまでヘッドフォンには搭載されなかった。
だが今回M4では、ヘッドフォンでは初めて後者AIタイプのDSEE HXを搭載した。名称も変更され、このAI動作パターンは「DSEE Extreme」という名称で呼ばれることとなる。今後M4に続く製品でも、徐々にDSEE Extremeの搭載が始まるだろう。
リアルタイムで最適なアップスケーリングを行なう為には、沢山のパターンをAIに学習させる必要があるが、そのソースにはソニーミュージックのハイレゾカタログを使用したという。学習結果の評価にはソニーミュージックのエンジニアが協力している。
またM4からはDSEE Extreme使用中にも、イコライザーが併用できるようになった。M3までは、DSEE HX使用時には自動的にイコライザーがOFFになっていた。ただしLDACでハイレゾ音源を伝送している際には、そもそもDSEEの補正が必要ないので、イコライザーだけがONになる。
実際にウォークマンA100シリーズを使ってハイレゾ音源をLDAC接続して使用してみたが、設定画面上はDSEEをONにできる。だが実際には機能していないようで、ON/OFFの切り換えに反応していない。
人の声を軽減できる新アルゴリズム
続いて新しくなったノイズキャンセリング性能をテストしてみよう。M3もかなり性能が高く、それで不満がないという方も十分いるはずだ。今回のM4では、QN1とSoCを連携させる新アルゴリズムにより、人の声を中心とした日常ノイズに対してさらにキャンセリング効果が向上したという。一方で飛行機や車のロードノイズのような低域のノイズキャンセリング性能は、それほど変わっていない。
昨今は人混みの中に出かけるのもなかなかはばかられるところであるが、逆に家に居る時間が長くなったことで、家族が見ているテレビの音に悩まされている人も多いのではないかと思う。仕事に集中したいのにテレビがうるさいというのは、なかなかしんどいものである。
試しにテレビを通常音量の状態にしておき、ノイズキャンセリングをON、外音取り込みを“0”にして画面前1mに座ってみたが、男性タレントのトークはかすかに聞こえる程度にまで低減された。3mも離れたらほぼ何も聞こえない状態である。一方笑い声や女性の甲高いトーンの声などは、キャンセリングをすり抜ける格好で聞こえてくるものの、音楽を流すとマスキングされてしまうので、ほとんど聞こえない。
しかし家庭内でのノイズのほとんどは、エアコンやエアサーキュレータのファンノイズが主たるものだろう。これに関するキャンセル効果はかなり期待できる。また外音取り込み機能は22段階で設定できるので、どれぐらい聞こえた方がいいかは自分でアレンジできる。
ウォークマンA100シリーズ本体と付属イヤフォンによるノイズキャンセリングと比較してみたが、A100シリーズのノイキャンでは人の声はあまりキャンセリングされないのに対し、M4ではほぼ人の声も聞こえなくなる。集中するには最高のデバイスである。
手放しでモードチェンジ
最後に音質以外の新機能をテストしてみたい。今回のM4はセンサーやマイクの数が増えており、これまでできなかったことが可能になっている。例えばヘッドフォンを外すと自動で音楽を停止するという機能は、すでにAppleの初代EarPodsで実現しているわけだが、M4ではこの機能を搭載した。検出精度もよく、比較的すぐ止まり、すぐ再生する。また音楽が停止している際はタッチパネルが無効化されるので、ちょっと触っただけで再生再開したとか、ボリュームが爆上がりしていたといったトラブルもない。
外音取り込みモードの切り換えには、「場所」の情報も使われる。止まっている、電車等で移動している、歩いているなどの、人の行動別にモードが切り替わるだけでなく、特定の場所に行ったら設定モードが切り替わる機能を備えている。
これはペアリングしているスマートフォンが把握しているGPS情報を元にした機能だ。例えば、同じ「止まっている」状態でも、家では外音取り込みあり、いつものファミレスでは外音取り込みなし、といった自動切換ができるわけである。
これだけではない。今回の目玉機能は「スピーク・トゥ・チャット」機能である。これはヘッドフォンを外さず、さらには操作もせずに自然に会話ができる機能だ。
ノイズキャンセリング中は相手の声がほぼ聞こえないので、ヘッドフォンを外さないと話ができないわけだが、自分が声を発するとそれを検知して、自動で音楽再生を停止し、外音取り込みモードに切り換える。特にウエイクワードなどもなく、いきなり発話してもモードが切り替わるのだ。早い話がヘッドフォンしたままで「ファミチキください」と言えば、それ以降は店員さんとの会話が可能になるわけである。会話が終了して一定時間が経過すると、ノイズキャンセリングと音楽再生が再開する。
実際に試してみたが、最初の一言は自分でも聞こえないぐらいキャンセリングされているので、音量には要注意だ。空気を読まない大声だったりする可能性もあるので、最初は小さい声で機能をONにしてから、会話をはじめるといいだろう。
人と話するときはヘッドフォン外しなさいよという礼儀作法の問題もあろうかと思うが、両手が塞がっているとか手が汚れているとかでヘッドフォンが外せない場合には役に立つ機能である。
総論
すでにM3を買った方には、買い換えるほどではないかな? と思っているかもしれない。確かに音質面で劇的な進化があったとは言えないが、M3の装着感がちょっとキツいという方は、M4は検討の余地がある。加えて長時間の利用では、聴き疲れする音では辛いところだが、AIによる動的なDSEE Extremeは、音楽ソースに合わせて毎回チューニングされるので、主にストリーミングで音楽を聴く方には待望の機能だろう。
ノイズキャンセリングに関しては、人の声のキャンセル性能が上がったことで、人の声が聞こえると集中できないというタイプの方にはベストな選択となるだろう。今はスタバで仕事するなんてこともあまりなくなってしまったと思うが、在宅勤務ではテレビ音声がかなりシャットアウトできるのは強い。
またAI的なアプローチによって、「ヘッドフォンを使う」という行為に対しての利便性を上げてきたのは、いい傾向だ。まさにヘッドフォンは、「移動するスマートスピーカー」並みに賢くなるべきである。それは、Alexa対応という話では全然ない。M4は、ヘッドフォンの未来を描く第一歩である。
M4唯一の弱点は、aptXおよびaptX HDに対応しない点だろう。いかに自社コーデックLDACが優秀だからといっても、普及率が全然違う。4万円もするハイエンドワイヤレスイヤフォンがaptX系に対応しないというのは、営業戦略上かなりのマイナスに働きかねない。
さて、筆者も先月BOSEのQuiet Comfortが壊れて以来、代わりのヘッドフォンが欲しいところである。ノイキャンの性能、ハイレゾ伝送も可能、圧縮音源も補正できるといった点で、M4は最有力候補となりそうだ。