小寺信良の週刊 Electric Zooma!
第986回
“攻めてる”気鋭イヤフォンSTATUS、EARIN。左右確認不要!?
2021年5月19日 08:00
オーディオ革命はベンチャーから
ここのところ、オーディオ名門の残念なニュースが立て続けに報じられている。オンキヨーが債務超過により上場廃止が確定的となり、ホームAV事業の譲渡を検討しているという。昨年8月にはホームAV事業を主体に再編するという発表をしたばかりで、それを売るというわけだから大変な話である。
また今月に入って、ドイツのゼンハイザーがコンシューマ事業を売却することが報じられた。ゼンハイザーブランドは維持しつつ、コンシューマ事業はSonova(ソノヴァ)が展開。譲渡後のゼンハイザーはプロオーディオやマイクのNeumann(ノイマン)の事業などに集中するそうだ。
しかし、こうした動きもわかるような気がする。昨今面白いオーディオ製品はことごとくベンチャーやIT企業からリリースされており、品質も悪くない。もちろん、自社工場を持たないこれらの企業は既存オーディオメーカーなどの協力がなければ製品が作れないのも事実だが、企画力やスピード感、着眼点といったところで勝負できている。
今回ご紹介する製品も、そんなベンチャーの製品だ。「Between Pro」はニューヨークに拠点を構えるSTATUSの新作で、5月11日よりクラウドファンディングで先行発売を開始している。7月には一般発売の見込みで、小売希望価格は19,800円。
もう一つ「A-3」は、現在の完全ワイヤレスブームを作ったスウェーデンEARINの新作で、5月より全国で発売が開始されている。小売希望価格は27,800円。
昨今は完全ワイヤレスも1万円以下で買えるご時世ではあるが、多少高くても「面白い製品」は魅力がある。どんな音なのか、早速テストしてみよう。
「低音の常識」を覆す3ドライバー機「Between Pro」
まずはSTATUSのBetween Proから見ていこう。STATUSの創業は2014年で、過去スタジオモニターの「CB-1」、Bluetoothイヤフォンの「BT One」といった製品をリリースしてきた。Between Proは、同社としては初となるイヤフォンタイプの製品となる。
ボディはカナル型を基本に、背面に板状の基板部がくっついているという形状だ。一見すると複雑な形状のように見えるが、基板部が細身でツートンのカラーリングもセンスがいい。装着してもコジャレ感があるところは上手い作りだ。
ドライバは、低音用の10mmダイナミック型と、中音域・高音域を担当する2つのBAドライバの合計3ドライバ機となる。従来3ドライバ機は高級機の部類であったが、19,800円はかなり安いと言える。バッテリーがダイナミックドライバとBAドライバの間に置かれているのはなかなかユニークだ。普通に考えたら、ダイナミックドライバの前にバッテリーを配置するのは音の出を邪魔しそうだが、あえて音を回り込ませる設計にしてあるのだろう。
周波数特性も面白い。通常は20Hz~20kHzぐらいが妥当なところだが、本機は10Hz~30kHzをカバーしている。STATUSは低域表現に関して独自のこだわりを持っており、一般的なイヤフォンが200Hz付近にピークを持たせているのに対し、より低い20Hz付近から立ち上げることで、ライブ会場にいるようなより深くクリアな低域を表現するという。
連続使用時間も優れている。3ドライバながらイヤフォン単体で12時間再生は、かなり立派なスペックだ。対応コーデックはSBC、AAC、aptXで、IPX4相当の防水性能も備える。
基板部上面にボタンがあり、再生や停止、ボリュームのアップダウン、曲のスキップなどが割り当てられている。バッテリー残量はボタン脇のLEDで判断する。
また上部と底部にマイクがあり、通話中にノイズリダクションが働くcVcに対応。チップセットはQualcommの「QCC3040」で、昨年夏にエントリー/ミドルレンジ向けSoCとして発表され、昨年末ぐらいから搭載製品が登場してきているところだ。Bluetoothバージョンは5.2で、状況に応じてマスターを左右で入れ替える「TrueWireless Mirroring」に対応。残念ながら音楽再生時にノイズキャンセルは使えない。
ケースにもバッテリーを内蔵し、イヤフォンを3回充電できる。合計再生時間は48時間で、普段遣いなら一週間ぐらいは充電無しでいけそうだ。フル充電までの時間は、ケース・イヤフォンともに90分。
ケース底部には、充電用USB-Cコネクタとフルリセット用のボタンがある。普通これらは背面にありそうなものだが、底部に充電ポートがあると、充電中はずっとケースを倒しておく事になる。まあ平時はポートを目立たないようにする工夫だろう。
なおイヤーピースは3サイズが付属する。またフィットウィングと呼ばれるカバー部も3サイズが用意されている。
余裕のある低音と安定のバランス
試聴するにあたり、約20時間のエージングを行なった。イヤフォン単体でも12時間再生できるので、途中1回充電するにしてもエージングは楽である。ペアリングやバッテリー残量をアナウンスする音声は、ささやくような男性の声(英語)。アナウンスに男性の声が採用されるのは珍しい。
いつものように低域の確認にはドナルド・フェイゲンの「Morph the cat」を聴いているが、たしかに底の方から持ち上がってくる低域には無駄な成分がなく、スッキリとして聴きやすい。ブーミーなイヤフォンは低音の膨らみで他の音がマスキングされてしまう傾向がある曲だが、低音がブーミーになる一歩手前で踏みとどまっており、よく整理されている。
ハイレゾ版ビートルズの「Something」では、ビビリが発生しがちなタム回しの部分も綺麗に抜けており、確かにSTATUSが主張するように200Hz付近のもやっとした感じがない。
オアシスの「Wonderwall」では、モコモコしたベースが全体をマスキングしがちだが、その部分も出すぎることがなくスッキリしている。チェロパート(実際の演奏はメロトロン)のボーイングも分離感がある。高域の抜けも十分で、うるさすぎることもなくボーカルの邪魔をしない。なおシンバルと同時にリミッターが働いている様子もちゃんと聞き取れる、正直な表現をする。よって音圧を上げてある昨今の曲は、素直に楽しめないかもしれない。
ドッカンドッカン出る低音を期待すると肩透かしになると思うが、下の方に余裕があるので、トータルでは非常に安定感のあるサウンドになっている。これは当面お気に入りのイヤフォンになりそうだ。
あのEARINからダイナミック型モデル「A-3」
EARINといえば、今のブームの火付け役として、完全ワイヤレス「M-1」が印象に残るところだ。ワールドワイドでは2014年に製品が出ていたようである。
EARINのM-1を世界最初の完全ワイヤレスイヤフォンとして紹介しているところもあるが、左右が独立したイヤフォンとしては、それより6年も前の2008年にゼンハイザーが「MX W1」というモデルを出している。このことからも、当時のゼンハイザーの先進性がわかる。
さてEARIN A-3だが、完全ワイヤレスであることは当然ながら、同社としては初のダイナミック型となっている。ダイナミック型はどうしてもドライブユニットが大きいので、サイズも大型化しがちだが、A-3は驚くほどの小型化を実現している。このあたりはブームを牽引したメーカーとしては、譲れないポイントだろう。
カラーはシルバーとブラックがあるが、色違いはケースだけで、イヤフォン本体はどちらもブラックである。
ボディとしては甲高のブーツのような形をしており、極限まで無駄を削り込んだ形状だ。ゴムやシリコンのイヤピースはなく、樹脂製の本体を直接耳穴に入れるという、AirPodsでおなじみになったオープンスタイルだ。スピーカーの開口部が2箇所に分かれており、前方へも音を放出する設計となっている。
表面にボタンはないが、ロゴが書いてある面がタッチセンサーになっており、曲の再生・停止、スキップ等が可能になっている。
内蔵ドライバは14.3mmのダイナミック型で、周波数特性は20Hz~20kHzとなっている。コーデックはSBC、AAC、aptXの3方式。Bluetoothバージョンは5.0。防塵・防滴性能はIP52となっており、防塵には強いが防滴はそれほど強くない。
SoCはQualcommの「QCC5121」で、これは2018年発表のミドルレンジ向けと、1世代古い。接続はTrueWireless Stereo Plus(TWS+)に対応するが、前出のTrueWireless Mirroring登場以前のSoCなので、それには対応しない。TWS+はスマホ側も対応が必要なので、相手を選ばないTrueWireless Mirroringよりは接続性は劣る。
またSoCとしてはアクティブノイズキャンセリングに対応しているが、本機ではその機能は搭載されていない。オープン型なので、搭載しても効果はそれほど高くはならないだろう。インイヤーのオープン型でアクティブノイズキャンセリングに挑戦しているのは、筆者の知る限り「Galaxy Buds Live」ぐらいである。
マイクは左右で2つずつ搭載しており、通話時のノイズリダクションには対応する。
装着センサーも搭載しており、耳からイヤフォンを外すと、数秒後に音楽再生が停止する。ただセンシングにムラがあり、止まらないときもある。
面白いのは、左右を自動的に識別する機能を搭載していることだ。したがって本機には、LRの区別がない。おそらくボディの上下をセンシングするセンサーを使って、LRを識別するようだ。左右を固定したまま頭を下げて逆さまにしてみると、左右が入れ替わる。ただ音楽再生の途中で入れ替わるようなことはなく、音楽伝送がされていないタイミングでセンシングするようだ。
ケースは持ち運びしやすい薄型で、手に馴染みやすい。背面の黒い部分がワイヤレス充電ポートとペアリングボタンの兼用になっている。イヤフォンをケースに入れ、蓋を開けた状態でボタンを長押しすると、ペアリングモードに入る。連続再生時間は、本体のみで5時間。ケース側で30時間となっている。
音質評価が難しいボディ設計
では実際に聴いてみる。こちらも同じく20時間ほどエージングしている。
本機の音質評価は、かなり難しい。それというのも、装着方法というか装着位置によって、かなり音が変わるからだ。普通に軽く耳に差し込んだだけでは、低音があまり出ない。オープン型なので元々密閉しないため、低域が抜けがちではあるのだが、うまく装着すると低域も出るようになる。
筆者の場合は、ブーツ先端を若干下向きにし、耳に入れたあとつま先を若干上げるような位置に装着すると、密閉感が高まり低域がちゃんと出るようになるようだ。一方逆につま先を下げるように挿入した場合、高域がマスクされてマイルドな音になる。
本機にはシリコンやスポンジのようなクッション性がなく、硬い樹脂を耳にはめ込むだけなので、各個人で装着位置がかなりズレると思われる。したがって本機に対する音質評価も、かなりバラバラになることが予想される。
ダイナミックドライバの口径が14.3mmとかなり大型のフルレンジ一発にも関わらず、低音重視ではなく、中高域の抜けの良さやスピード感に特徴があるイヤフォンである。このあたりがオープン型設計の面白いところだ。人気となったM-1が丸い音だったので、その反省もあるのか、解像感がよく華やかな音にチューニングしてあるようだ。
ドナルド・フェイゲンの「Morph the cat」では、低音のゴリゴリ感は大きく後退し、アタック感が強調されたベースとなる。中高域が綺麗に抜けるので、ステレオセパレーションを強く感じさせる作りだ。
ハイレゾ版ビートルズの「Something」では、低音部がスッキリしているため、ベースがセンターから若干右よりに定位しているのが聴き取れる。ビビリが発生しがちなタム回しもスッキリしており、ボーカルがかなり前面に出てくる。歌ものをリラックスして楽しむにはいいイヤフォンだ。
オアシスの「Wonderwall」では、冒頭のアコースティックギターストロークが耳に気持ち良い。モコモコしたベースはまったく邪魔にならず、ボーカルの裏で鳴っているギターのアルペジオのキラキラ感がよく表現され、意外に凝ったアレンジであることが聴き取れる。
オープンイヤーなので周囲の音もよく聞こえる。また閉塞感がないので、長時間の装着にも息苦しさを感じさせないのもメリットだ。耳穴からボディが大きく飛び出す感じもないので、横になって聴くときも邪魔にならない。
ただ本体が樹脂製なので、結構滑る。つまめるような形状ではあるのだが、ツルッと滑って落とすことも多い。屋外での使用時には誤って排水溝などに落としてしまわないよう、注意したいところだ。
タッチセンサーの動作については、専用アプリで設定できる。シングルタップがメインのクラッシックモードは機能が豊富だが、ちょっと触っただけで反応してしまうのがいやな場合は、ダブルタップしないと反応しないハイブリッドモードに変更もできる。
総論
今回取り上げた2モデルは、どちらも新進気鋭のベンチャー製品だが、方向性が全く異なっているのが面白かった。
STATUSのアプローチは、低音を盛れば盛るほどブーミーになりがちな表現を避け、さらに下に引っ張ることでライブ感を出した音作りだ。トリプルドライバーで2万円切りはかなり珍しいイヤフォンでもある。
シリコンイヤーチップもなかなか優秀で、パッシブながら遮音性も高い。ボディ全体は大きめだが、デザイン的に綺麗にまとめており、装着感も悪くない。
EARIN A-3は、ダイナミック型ながら小型軽量を実現、難しいところに挑戦してきた意欲作だ。また左右を見分けて装着しなければならないという面倒がないという点でも、画期的だ。
一方で装着時のハマり具合によって音質、特に低音がかなり変わるため、音質に関する評価は人によってかなり違ってくるだろう。ただ中高域のヌケの良さは装着状態に関わらずそれほど変わらないので、低音にこだわらないボーカル物やヒーリング系を聴くなら誰でも気持ちよく使えるはずだ。
装着感としてはカナル型のようにギッシリしておらず開放感があるので、装着していて楽である。遮音を必要としない、長時間の「なんとなくリスニング」には丁度いい。
完全ワイヤレスはこれまでAirPodsの一人勝ちのところがあったが、ある程度興味ある人には行き渡り、2台目3台目は違うやつを、と考えている人も多いだろう。そんななか、大手メーカーではなくこうした新進気鋭のメーカーに挑戦してみるのも、面白いと思う。本連載でもメジャー・マイナーにこだわらず、なるべく多くの製品をご紹介していきたいと思っている。