小寺信良の週刊 Electric Zooma!

第790回

Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語

そろそろキテる!? EARINからAirPodsまで、完全分離型イヤフォン4種を試す

市民権を得た左右分離型Bluetoothイヤフォン

 左右を接続するケーブルさえも無くした、左右完全分離型イヤフォンが人気だ。筆者が知るかぎり、大手メーカーで最初にこの難関に挑んだのは、2008年のCESで発表されたSENNHEISERの「MX W1」だろう。前年に発表された伝送技術「Kleer」を使った製品で、当時編集部でもレビューしている。

左からfFLAT5「Aria One」、Epickal AB「EARIN M-1」、ONKYO「W800BT」

 Kleerは当時としては画期的な伝送方式で、TDKやAKGなどから採用製品がリリースされたものの、トランスミッタもペアで使わなければならなかった。当時はまだスマホ時代ではないが、ワイヤレスという手軽さ、快適さとは、若干かみ合わせの悪さがあったように思う。

 そこから5年後、Bluetoothイヤフォンはバッテリの小型化に苦労しつつも、2013年頃には“スポーツ用”としての活路を開いた。この当時、スポーツ用ワイヤレスイヤフォンの比較記事を書いたが、このときゲームチェンジャーとなったのが、JayBirdの「BlueBuds X」である。競合製品がすべて、バッテリを搭載するために大型ハウジングを搭載せざるを得なかった中、ほぼ普通のカナル型と同じ容積でワイヤレスイヤフォンを実現したのは、衝撃的であった。

 こうした流れの中、2016年から再び左右分離型のイヤフォンが登場し始めた。ドイツBragiの「The Dash」、スウェーデンEpickal ABの「EARIN M-1」といった製品が登場し、高い評価を得た。急に製品が出てきた理由は、バッテリの小型化およびBluetoothの省電力化と、左右間を安全にワイヤレスで繋ぐ伝送に目処が付いたから、という技術的要素が大きい。

 そして2016年9月、AppleがiPhone 7/7 Plusの発表に合わせて、AirPodsを発表するわけである。国内発売は12月末までずれ込んだが、多くのメディアが取り上げたことで、左右分離型イヤフォンは一躍市民権を得た。

 そこで今回は、左右分離型の道を切り開いた4製品を、使い勝手や音質も含めて紹介したい。

AppleのAirPods

利用可能コーデックを確認

 今回取り上げるのは、Epickal AB(日本ではモダニティ扱い) の「EARIN M-1」、ONKYO「W800BT」、fFLAT5「Aria One」、Apple「AirPods」の4つである。多くの人は、Bluetoothイヤフォンをスマートフォンと組み合わせて使用する事だろう。音楽のストリーミングサービスを利用する場合は、通信端末から直接聴くのが近道であり、スマートフォンは今や一番メジャーな音楽プレーヤーだと言える。

 ただ、音質的に十分なパフォーマンスが発揮させるためには、スマートフォンとイヤフォンそれぞれが対応しているオーディオコーデックの理解は不可欠だ。

 全てのBluetoothイヤフォンが対応しているコーデックが、SBCである。音楽を出す側も受ける側も最低限これには対応しているので、ペアリングさえできれば音が出ないと言うことはない。ただしSBCは今となっては古いコーデックになってしまったので、音質的にはあまり期待できない。

 SBCよりも高音質が期待できるのが、AACとaptXだ。ここでは細かいスペックは省略するが、AACはiPhoneに標準搭載されている。一方aptXはAndroidでの採用が多いが、100%対応しているわけではない。aptXの開発元であるCSRは今やQualcommの傘下なので、Snapdragon採用のスマートフォンなら対応を期待していいが、オリジナルチップを搭載しているスマートフォンでは対応していない可能性もあり得る。

 aptX対応スマートフォンは、aptXの公式サイトにまとめられているので、ご自分のスマホが対応しているのかわからない方はここで検索するといいだろう。

 一方今回のイヤフォン4製品のコーデック対応状況をまとめると、以下のようになる。

製品SBCAACaptX
EARIN M-1
W800BT××
Aria One×
AirPods×

 SBCはBluetooth標準コーデックなのですべて対応しているが、EARIN M-1の全対応が光る。逆にW800BTがSBCしか対応していないのが残念だ。Aria OneはatpX対応Androidで、AirPodsはiPhoneで聴くのがベスト、という事になる。

 今回は同じ再生環境でテストするため、Mac miniでaptXを有効化し、AACと両対応にするという方法をとった。aptXを有効化する手段に付いては、こちらの記事が詳しい。

日本市場でも高評価、 Epickal AB 「EARIN M-1」

 左右分離型イヤフォンとして、日本で早くから入手可能になったのがEARIN M-1だろう。Amazonでは2015年12月頃にはすでに注文できたようである。価格としては通販サイトでは26,000円前後といったところである。

スタートアップから一躍メジャー製品となった「EARIN M-1」

 イヤフォン自体はかなり小型で、小指程度の太さである。筒型のケースにはめ込んで充電するというスタイルで、充電の接点がロゴっぽくなっているあたりが、なかなか上手い。ケース内のバッテリは75分でフル充電となり、イヤフォンを3回充電できる。イヤフォンの充電時間も75分で、使用時間は2時間半~3時間といったところだ。

この小ささは、「BlueBuds X」以来の衝撃

 イヤーピースには標準でComply製のフォームタイプが付属しており、フィット感、遮音性ともに良好だ。シリコンタプも同梱されている。音のバランスとしては、変なクセがなく、リラックスして聴ける音だが、解像感や音の派手さという点ではやや後続モデルに劣る。

 EARIN M-1の評価が高いのは、ユーザビリティが非常によく考え抜かれている点であろう。この製品には、どこにも電源ボタンがない。ケース経由で充電し、ケースから取り出すとペアリングモードになる。一度スマートフォンとペアリングすれば、次からは自動的に繋がるので、取り出して耳に入れる。ケースに戻すの繰り返しだけで完結する。このあたりの割り切りまくった使い勝手は、AirPodsにも大きな影響を与えたはずだ。

円柱形の収納ケース
充電中は内部にぴったり収まる

 専用アプリがあり、これにより左右のバッテリ残量が確認できるほか、左右のバランスや低域のブーストも可能だ。左側がマスターとなっており、Bluetoothでスマートフォンと接続される。そして左から右のユニットへと送信される。左側に機能が多いため、使っていると左側のバッテリーの減りが早い。

専用アプリでバッテリ残量が把握できる

 すでに先日のCESのタイミングに合わせて後継機のM-2も発表されており、そちらも期待したい。

鳴り物入りONKYO 「W800BT」

 製品発表という点では、W800BTは非常に早かった。2015年9月のIFAで発表され、登場が期待されたが、製品の発売は2016年9月と1年かかった。

 そのぶん期待値が高まったのか、市場想定価格3万円弱という価格にもかかわらず、昨年10月には品切れということでONKYOからお詫びも出るほどの人気商品となった。現在、安いところでは2万2千円台で売るところも結構あるようだ。

 イヤフォン本体、ケースともに大柄ではあるが、発売まで時間をかけて練られた製品らしく、丁寧な作りでモノとしての魅力も感じられる。構造としてドライバ部があり、そのうしろにおそらくバッテリとアンテナ部と思われる部分の2層構造となっており、この後ろの部分が大きい。直径としてはだいたい100円玉と同じぐらいである。

やや大ぶりなW800BT
ケースもかなり大きい

 イヤーピースはシリコン製で、耳に当て込むスタビライザーも付いているので、フィット感は悪くない。電源は左右のロゴ部分にあるボタンを2秒押す。長押しするとペアリングモードである。

 右側がマスターとなっているようで、こちらがスマートフォンに繋がり、左側にも転送するという仕組みだ。そのせいか、時々左側だけが音が途切れる事がある。駅構内のような雑踏でも途切れるが、自宅で使っている時でも途切れることがあるので、外部からの電波干渉の量が問題というわけでもないようだ。

 音質的には、一言で言えば「まじめ」。コーデックがSBCにしか対応していないが、それを上手くイヤフォン側で補正しており、低音から高音まで、なかなか綺麗に聴かせてくれる。SBCでよくここまでまとめたなという気がする。ただ、コーデック部分でだいぶ情報は落ちているので、密度感としてはやや薄い音となってしまうのが残念だ。

 使い勝手という点では、ケースで充電する際、細長いピンに差し込まないといけない。これがなかなか一発で差し込めないため、イライラする。他社がマグネットでピタッとくっついたり、型どおりにはめ込むだけといった簡易さがない点はマイナスポイントだ。

ケースのピンとイヤフォンの穴を合わせて収納するのが大変

 連続使用時間は約3時間で、ケース内充電は90分。ケース内バッテリの充電は2時間で、イヤフォンを5回充電できる容量がある。ケースからUSBケーブルが生えているのは他社にない作りである。

 音質のチューニングは悪くないだけに、AACもしくはatpX対応の次世代モデルが待たれるところだ。音響機器メーカーとしては、次のタイミングでぜひaptX HD対応まで実現してほしい。

fFLAT5「Aria One」

 聞き慣れないブランドだが、2015年に香港で創業のオーディオ機器メーカーのようだ。2016年5月という早い段階から日本での販売が開始されており、発売当初の価格は26,784円(税込)。現在は2万1千円台に落ち着いてきているようだ。

 イヤフォン本体はやや大きめで、左右で色が違うところはわかりやすいと言えばわかりやすいのだが、正面からみると不揃い感があり、その点では賛否分かれそうだ。ただこの製品は、左右別々にモノラルのBluetoothイヤフォンとしても使える。このため、ステレオ製品として使うには、ペアリングの手順が重要となる。

左右で色が違うのがポイント? のAria One

 まず右側のイヤフォンから電源を入れ、スマートフォンとペアリングする。その後左側の電源を入れると、右側とペアリングされ、ステレオ仕様となる。使い始めで毎回こうした儀式が必要になるため、他社製品と比べれば段取りが多い。

 イヤフォン背面のロゴ部分が電源ボタンになっているのだが、お借りした製品では右側のボタンが妙に固い。耳に入れてからボタンを押すのは無理な堅さであるが、電源を入れればボイスでステータスを知らせてくるので、やはり耳に入れた状態から電源を入れるという事なのだろう。IPX5相当の防水・防滴性能を持つことから、堅牢性は高いのだろうが、使い勝手という点ではちぐはぐな印象を受ける。

ロゴ部分がボタンになっているが、押しづらい

 ケースは卵型で、イヤフォンを置くと磁石でピタッと型にはまるため、収納や取り出しは簡単だ。ただし充電するには、真ん中のファンクションボタンを押す必要がある。固定電話の子機でさえ台に置くだけで勝手に充電されるのがお約束になっている時代に、この仕様はないだろう。

卵型の収納ケース
ケースへの収納はスムーズだが、ボタンを押さないと充電が始まらない

 パッケージには日本語も併記されているものの、取扱説明書は英語と中国語しかない。デザインとして日本語を使っているというだけなのだろうか。

 ドライブユニットは、古河電工と共同開発した振動板「MCPET」(Microcellular Formed PET/超微細発泡樹脂)を採用したダイナミック型。PETの耐熱性、耐湿性はそのままに密度、振動特性を向上させたという。姉妹品としてすでに「Aria Two」も製品化されているが、こちらも同様だ。

 音質としては、aptX対応とも相まって、抜けがよく、低域から高域までバランスのとれたサウンドが楽しめる。イヤーピースはシリコン型3サイズとコンプライ3サイズ、抜け防止のスタビライザーも付属する。

3サイズのコンプライが付属
スタビライザーも3サイズと付属品はどっさり

Apple 「AirPods」

 個人的に所有しているため、すでに1カ月程度利用している。イヤフォンも小型、ケースも小型で、完全分離型イヤフォンの中ではもっとも知名度が高いと言えるだろう。Apple Storeでの価格は税別1万6,800円。発売以来品薄が続いており、執筆時点でも出荷日は6週間後となっている。

左右分離型を一躍メジャーにしたAirPods

 当然の事ながらiPhoneに対してガッツリ最適化された製品で、AirPodsを2回タップするとSiriが起動したり、音楽の再生・ポーズが可能だ。また質感も他のApple製アクセサリと同じで、白くてツルツルした樹脂製である。そのため冬場のかじかんだ手で取り出そうとすると滑って落としたりする。

 電源ボタンなどはなく、ケースに入れたままiPhoneに近づけるとペアリング画面が出るので、「接続」をタップすればペアリング完了だ。iPhone以外の機器に対しては、蓋を開けてケース背面の設定ボタンを長押しすると、ペアリングモードになる。

扱いの簡単さもウリの一つ

 光学センサーとモーション加速度センサーも備えており、耳に入れるとiPhoneからの音が聴けるようになる。片方を外すと音楽再生がポーズ、また入れると再生が再開するなど、再生装置とのコンビネーションがよくできている。ユーザビリティの面では、一番こなれている

 ケースへの収納は、イヤフォンの長い柄の部分を差し込むと、あとは磁石でピタッと吸い付く。柄の先端が金属接点になっており、ケース底部にある接点と接続して充電されるという仕掛けだ。耳型の部分の凹みにピッタリはまるので、接点が逆になったりすることはない。

ケースの底に充電用の接点が見える

 イヤフォンは1回の充電で、約5時間の再生が可能だ。バッテリがなくなると、「ポンポポン」という情けない音がするのですぐわかる。充電ケースで15分充電すれば、3時間の再生が可能になるという、急速充電にも対応している。ケースの内蔵バッテリーは、イヤフォンを4~5回程度充電できる。

 音質は、iPhone 7/7 Plusに付属するLightning端子直結のイヤフォンとよく似ている。低域の抜けをよくした、派手なサウンドが魅力だ。ドンシャリではあるのだが、このイヤフォンの特性上、外部音も相当に入ってくるので、そのバックグラウンドノイズの中でも音楽のエッセンスが聴き取れるようなチューニングとなっている。

総論

 分離型イヤフォンとしての歴史を作った4製品を見てきたが、数カ月の差で技術的にもアイデア的にも大きな進歩が見られる。右と左が別々だと、電源を両方入れないといけないだとか、どっちをペアリングするんだとか、各メーカーの様々な試行錯誤が行なわれた過程がよくわかる。

 その点では、電源は入りっぱなし、ペアリングもしっぱなしというEARINの考え方は、ユーザビリティの面で大きな進化が見られる。Bluetooth4.0で採用されたBluetooth Low Energyの恩恵をフルに活用した事例とも言える。

 Apple AirPodsは、この発想を取り込みつつ独自機能を加えて、ペアリングのスマートさや着脱を感知する仕掛けなどを入れてきた。組み合わせるならiPhoneがベストということにはなるが、今後登場するであろう後続製品のリファレンスとなるだろう。つまり音質もある程度の水準が求められるだけでなく、使い勝手の面で非常に評価が厳しくなることが予想される。

 そういった流れとは別に、中国メーカーによる爆安攻撃も始まっている。実際アキバでは店頭価格で税抜き2,980円で売られるモデルもあり、あっという間に消耗戦に突入する可能性もある。

 とは言うものの、左右を接続する方法として「近距離磁気誘導(NFMI)」を用いるSoCも量産が開始され、多くのメーカーが苦労してきた部分に解決の目処がたった。EARINの後継モデルも次はNFMIを採用するようで、今後の主流はこれになりそうだ。有象無象の低価格競争に巻き込まれないためには、製品をどういうコンセプトでまとめるかが勝負になっていくだろう。

小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「金曜ランチビュッフェ」(http://yakan-hiko.com/kodera.html)も好評配信中。