小寺信良の週刊 Electric Zooma!
第1010回
4スピーカーで圧倒的な立体音響。ソニー「HT-A9」を聴く
2021年11月17日 08:00
Dolby Atmos当たり前の時代へ
Dolby Atmosに初めて対応した作品は、ピクサーの「メリダとおそろしの森」で、2012年の事である。対応する劇場も徐々に増えていったが、家庭への展開が始まったのは2014年頃だった。
当時はディスクリートにスピーカーを置くというのがセオリーであり、一般家庭の天井にスピーカーを設置するなどはかなり無理筋な話で、一部のホームシアター派に受け入れられたに過ぎなかった。だが2020年頃からサウンドバーだけでDolby Atmosに対応する製品が各社から出始め、一気に裾野が広がった感がある。
加えて音楽の世界でも、2019年末にAmazon Musicが3DオーディオとしてDolby Atmosおよび360 Reality Audio(360RA)の配信を開始、今年6月にはApple Musicでも配信が始まり、「空間オーディオ」として注目を集めている。
前方のスピーカーやイヤフォン・ヘッドフォンでDolby Atmosを楽しめる環境になり、従来のステレオ再生とは違うサウンドフィールドを体験できるようになってきたが、一方でどうしても「バーチャル」な再現である限界や課題も見えてきたように思える。
そんな中、4本のスピーカーを囲むように設置し、その空間の中で仮想スピーカーを構築するというユニークな製品がある。今年8月より発売を開始したソニー「HT-A9」だ。実売22万円程度とかなり高額なスピーカーシステムとなるが、先日一部部品の調達に遅れが生じているとして、需要に対して供給が十分に出来ない状況が続くことが想定されるとしてお詫びが発表されている。それだけ人気があるということだろう。
本連載でもようやく評価機をお借りすることができたので、早速試してみた。
予想外にデカイ
公開されている写真などからすると、スピーカーサイズは円柱タイプだったころのAmazon Echoぐらいのサイズを想像されるかもしれない。実際筆者もそれぐらいのサイズかと思っていたのだが、1つ1つのスピーカーはかなりデカくて驚いた。大きめのブックシェルフぐらいのサイズである。円筒形で奥行きがないので、フットプリントはそれほど大きくないが、わりと高さがあるスピーカーである。
すべて同サイズで設計されているが、底部に配置位置が記されており、それどおりに設置する必要がある。結線は電源のみで、音声接続はすべてワイヤレスとなる。
スピーカーの内部構造は、正面向きにウーファとツイーター、斜め上むきにミドルレンジのスピーカーを備えた3ウェイとなる。前面と天面はパンチンググリルに覆われており、これは外すことはできない。
付属の電源ケーブルは、本体カラーに合わせた白が付属するが、長さが1.5m程度しかない。そうそう都合よく部屋の4方向から電源が取れるわけではないと思うので、すっきりした配線を目指すなら、テーブルタップで延長するより、個別に長さの違う電源ケーブルを用意したいところである。
そのシステムの中核となるのが、コントロールボックスだ。このボックスと4つのスピーカーは、ワイヤレスでリンクされる。早い時期からソニーは自社モノラルBluetoothスピーカーをワイヤレスでリンクしてステレオ再生するという機能を搭載してきたが、それの集大成のようなシステムである。
コントロールボックス背面には、HDMI入力、HDMI出力、イーサネット端子、S-センター出力、アップデート用USB端子がある。電源はACアダプタだ。S-センター出力は対応するブラビアと接続すると、テレビ側のスピーカーをセンタースピーカーに設定できるという独自端子である。
リモコンも見ておこう。入力切替のほか、サウンドモードのプリセットがあり、音量調整や低音調整もできる。赤外線リモコンとなっており、コントロールボックス前面に受光部がある。
また今回はサブウーファとして「SA-SW5」もお借りしている。今年8月に発売が開始された新製品で、ソニーストア価格82,500円となっている。これもワイヤレス接続可能で、電源をつなぐだけで対応サウンドバーやホームシアターシステムとリンクできる。
設置場所の苦労がない作り
従来ディスクリート型のサラウンドシステムは、どこにどのようにスピーカーを配置するかが割と厳密に規定されており、このためにスピーカー用スタンドを購入する必要があるなど、インストールに手間と知識が必要だった。
だが本機は実際に4つスピーカーを置くとはいえ、それらを使って12個のファントムスピーカーを想定する「360 Spatial Sound Mapping」のシステムなので、個別のスピーカーの位置はあまり問題にならない。
今回の設置環境は、フロントスピーカーはテレビの両脇に同じ高さに設置できたが、背面は棚の位置と高さが違うため、正確に正方形に設置できているわけではない。
使用前に音響測定を行なうわけだが、スピーカー内部にマイクが仕込んであり、4つのマイクが互いに音を聴きあって補正する作りになっている。置いたらすぐ測定に入れるというのは、配置換えを色々試してみたい人に便利な作りだ。
実際にそれぞれのスピーカーに耳を当てて聴けば、そこから音が出ていることは間違いないのだが、4つトータルで聴くとそのスピーカー位置から音が出ているようには聴こえないという作りになっている。
バーチャルサラウンドと混同されるかもしれないが、本機は壁や天井の反射を使って本当に音を回していくので、バーチャルシステムではない。したがって聴こえ方に個人差が少ないのがポイントである。
では早速音を聴いてみよう。まずは映像コンテンツからである。今回はコントロールボックスのHDMI入力にAmazon FireTV 4K Maxを直接接続し、HDMI出力をテレビに接続している。Dolby Atmos対応コンテンツとして、Netflixの「ロスト・イン・スペース」を視聴した。
今回はサブウーファも設置しているので、低音が十分なのは言うまでもないが、40インチというあまり大きくもない画面サイズと比較して、大きな音の空間が出現することが体感できた。映像コンテンツは四六時中ドンパチしているわけではないので、前方からのセリフに集中するシーン、森の中での環境音が広がるシーンなど刻々と変わっていくわけだが、その都度「ああ、なるほど」とサウンドフィールド構成の違いがわかる。
しっかり背面にも物理的なスピーカーがあるせいか、フロントのみのシステムに比べると、音がふんわり広がる感じではなく、定位に具体性が感じられる。
満足度の高い音楽再生
このシステムが最大限の能力を発揮するのは、音楽再生ではないかと思う。音楽は、常時サラウンドで音が鳴り続けるからだ。
冒頭にも書いたが、今は「空間オーディオ」が注目されており、かなりのコンテンツが空間オーディオ対応となっている。本機は2chソースもサラウンド化する「Immersive Audio Enhancement」機能もあるが、やはり元から3Dオーディオのソースを再生できるところにメリットがある。
本機のリモコンには「Music Service」のボタンがあるが、これを押すとSpotifyに繋がる。あいにくSpotifyは空間オーディオコンテンツを配信していない。
本機でAmazon Musicのストリームを直接受けるには、スマホアプリ「Music Center」を使ってAmazonのアカウントとリンクさせる必要がある。その後はスマホのAmazon Musicアプリから本機を選んでAlexa Castで再生するだけだ。なおスマホと本機とはGoogle Castでも接続可能なのだが、そちらで再生すると空間オーディオ再生にならない。ここは注意する必要がある。
サウンドモードに「ミュージック」があるが、これに切り替えると各楽器の明瞭感が増して、普通にオーディオ装置として十分なサウンドとなる。切り替えが面倒な人は「オートサウンド」を選んでおけばいいだろう。
本機は360RA対応なので、Amazon Musicで提供されている360RAコンテンツはそのまま立体音響空間内で再生される。このときは、「Immersive Audio Enhancement」がONに固定されるほか、サウンドモードの設定変更も効かなくなる。要するに最適な音響設定にガシッと固定されるわけである。
音楽再生においては、やはりサブウーファーは欲しいところだ。一度サブウーファーなしで聴いてみたが、4スピーカーだけだと若干低域が物足りない。「SA-SW5」はかなり大型だが、もうちょっと小型の「SA-SW3」でも音楽再生では十分だろう。
一方で気になるのは、Dolby Atmosの音楽コンテンツはどうなるのか、というところである。元々映像コンテンツはDolby Atmos対応なのに、音楽コンテンツが再生できないはずはない。実際に試してみると、普通に再生しただけでは立体音響にならず、前方2chだけの再生になってしまう。
だがリモコンで「Immersive Audio Enhancement」をONにすると、2chソースをベースに演算して立体音響として再生される。これはこれで非常に効果は高いが、せっかくDolby Atmosのデコード機能があるのに、音楽でそれが使われないのは残念だ。
なおBluetooth再生においても、本機はLDAC対応なので、ハイレゾコンテンツの再生にも対応する。ハイレゾと空間オーディオ両方に対応できるシステムというわけである。
総論
立体音響のために4つスピーカーの設置するのはなかなか大変な気がするが、昔はディスクリートなシステムしかなかったので、みんな苦労してスピーカーを5つも6つも設置していたものである。それが今や、位置が自由になり、音の空間もしっかりしたシステムが実現したわけだ。環境測定も、基本的にはサウンドバーとあまり変わらないが、やはりちゃんと背面にもスピーカーがあるシステムは、立体感も本物である。
一方で本システムは、環境は測定できるが、リスナーの座り位置は把握できない。このため、リモコンによるリアスピーカーの音量設定は割と重要になる。画面寄りで前のほうに座ってしまうと、背面の音が小さくてサラウンド感が減少するからである。
昨今のDolby Atmos対応サウンドシステムの中では、本機は機能的にも価格的にもまさに「大トロ」に相当する。我々一般庶民としては、サイズがもっと小さい、半額ぐらいのシステムが欲しいところだ。
HT-A9の登場で、ステレオでもなくバーチャルサラウンドでもない、小数スピーカーで限りなくディスクリートに近いサウンドフィールドの世界が、ようやく完成してきたのを感じさせる。