鳥居一豊の「良作×良品」

第104回

驚きのホームシアター新スタイル! ソニー「HT-A9」で「ハサウェイ」

ソニーの「HT-A9」

4本のワイヤレススピーカーで、最大12chのサラウンド再生を実現

ホームシアターには、サウンドバーなどの手軽なシステムから単品のスピーカーやAVアンプで構成する本格的なシステムまでさまざまなスタイルがある。本格的なシステムが複数の機器(特に後方や天井のスピーカー)を設置することが難しいため敬遠される傾向があるのに対し、Dolby Atmosのようなイマーシブオーディオと呼ばれる最新の立体音響に対応したサウンドバーでは、オプションでリアスピーカーの増設ができるモデルも増えている。単品コンポによる本格的なシステムはおおげさと感じるのは昔から変わらないが、手軽に使えるサウンドバーでは満足できず、手軽さと本格的な立体音響の両方を求めている人が増えているのだろう。

そんなあなたのためのホームシアター機器が誕生した。それがソニーの「HT-A9」(実売約22万円)。4本のワイヤレススピーカーとコントロールボックスのセットとなるホームシアターシステムだ。ワイヤレススピーカーは今や手軽なオーディオとしても人気の高いアイテムで、スマホ用の小型スピーカーをはじめ、Wi-Fiに対応し動画配信サービスやハイレゾ再生にも対応できるような本格的なワイヤレススピーカーもある。

もちろんホームシアターでも、5GHz帯の無線電波を使用して、最大8chの信号を非圧縮で伝送できる規格「WiSA」があり、いくつかのメーカーから対応するスピーカーなどが発売されている。各スピーカーに電源を接続する必要はあるが、スピーカーごとに配線を引き回す必要がないので、リビングなどに設置するときのハードルはかなり低くなる。まだ生まれたての規格だが、これはなかなか期待できそう。

そんな状況で、ソニーはワイヤレススピーカー4台で最大12chの仮想スピーカーを再現する「360 Spatial Sound Mapping」という独自の技術を開発し、HT-A9というシステムに搭載した。最大12chだから、Atmosならば7.1.4ch構成の再生が可能。サラウンド再生のチャンネル数としても十分だ。しかもホームシアターシステムとして、4本のワイヤレススピーカーとコントロールユニットのセットとして商品化しているので、製品選びなどで頭を悩ませる必要も無いし、各スピーカーは出荷時点でペアリング済み。つまり、それぞれを電源につなぐだけでOKという簡単な使い勝手まで実現してしまった。これはまさしく画期的な新技術だ。さっそくその実力を試してみることにした。

ソニー「HT-A9」4本のスピーカーとコントロールボックスで構成されている

設置は簡単。スピーカーの左右の距離や高さを揃える必要もなし

今までにないスタイルの製品なので、解説すべきことがたくさんあるが、ただ説明を羅列してもわかりにくいので、実際に設置などをしながら紹介していこう。前述の通り、HT-A9は4本のワイヤレススピーカーと1台のコントロールボックスで構成されている。このほかに、オプションでワイヤレスサブウーファー「SA-SW5」(実売83,000円前後)、「SA-SW3」(実売44,000円前後)を追加できる。今回の取材では、HT-A9とSA-SW5をお借りした。

コントロールボックスは、薄型テレビやBDレコーダ/プレーヤーなどを接続し、サラウンド信号の処理などを行なうもので、いわばAVアンプ的なもの。サイズはかなりコンパクトで横幅150mm。AVアンプがこんなに小さくなるのかと驚くが、AVアンプはその名の通りアンプが大部分を占めており、ワイヤレススピーカーは各スピーカーにアンプが内蔵されているため、コントロールボックスそのものはコンパクト化できるのだ。テレビの周りに置く機器がコンパクトで邪魔にならないというだけで、リビングでの使いやすさも想像できるだろう。

HT-A9のコントロールボックス。前面にはディスプレイしかないシンプルな箱で操作ボタンはタッチセンサー式
HT-A9のコントロールボックスの背面。HDMI入出力のほか、ネットワーク端子、電源アダプター用の端子、S-センター出力用の端子があり、電源ボタンも背面にある

コントロールボックスの操作ボタンはタッチセンサー式で数は最小限、電源ボタンも背面にある。そのほかはHDMI入出力やネットワーク端子、電源アダプター用の端子などがあるだけ。至ってシンプルだ。

まずは配線を行なうが、HDMI出力を薄型テレビやプロジェクターなどに接続し、BDレコーダ/プレーヤーなどをHDMI入力に接続し、電源アダプターを接続するだけだ。ネットワーク端子もあるが、Wi-Fi対応なので無線接続でも構わない。接続についても必要最小限だ。なお、S-センター出力はセンタースピーカー用の音声出力で、「センタースピーカー」モードを備えるソニーの薄型テレビとの接続用。これを使うとテレビの内蔵スピーカーをセンタースピーカーとして使うことができ、映画の台詞などが画面から聴こえるような感覚で楽しめるようになる。配線はこれで完了だ。

続いては4本のスピーカー。横幅160cmで高さが313mmの円筒形で、思ったよりも大きめな印象。ひとつひとつはちょっとしたスマートスピーカーのようなサイズだ。スピーカーの内部には、フルレンジスピーカーとツイーター、そして上向きスピーカーの3つが内蔵されている。フルレンジスピーカーは口径70×82mm、ツイーターは口径19mm、上向きスピーカーが口径46×54mmとなる。要するに、2ウェイ構成のスピーカーの上部にイネーブルドスピーカーが一体化されたものだ。なお、内蔵するアンプはデジタルアンプで、3つのユニットごとにそれぞれ42Wのアンプが合計3基内蔵されている。

HT-A9の各スピーカーの内部。円筒形の前面に2ウェイスピーカーがあり、上部に斜め上を向いたイネーブルドスピーカーがある
HT-A9のスピーカー。前面はパンチングメタルで覆われており、うっすらとスピーカーがあることがわかる
スピーカーのサイズ感

スピーカーの背面には壁掛け用のネジ穴なども備わっているので、壁掛けも可能。電源端子は底面にあるが、電源コードは後方から出るようになっていて、設置しても電源コードが目立たないように設置できる。底面には電源ボタンと手動接続用のリンクボタンがあるが、コントロールボックスの電源を入れると連動して電源が入るので、基本的に操作の必要はない。ワイヤレスなので接続の必要もない。

背面には、壁掛け用のネジ穴なども備わっている。ふだんはカバーで隠されているので、ほとんど目立たない
スピーカーの天面を見たところ。こちらもパンチングメタルで覆われている。ここの奥にもスピーカーが見える

この4本のスピーカーだが、実は4本とも同じではなく、それぞれ配置する場所が決まっている。FL(フロント左)、FR(フロント右)、RL(リア左)、RR(リア右)となる。スピーカーの底面に名称と部屋の中に置く場所が示されている。部屋の中のテレビを置いた面を向いて、テレビの両サイドにフロントスピーカーを置き、部屋の後方にリアスピーカーを置く。設置で注意することはこれだけだ。イラストもあるので、左右を間違えないように置き場所を決めよう。

スピーカーのFL(フロント左)とFR(フロント右)の名称があるのがわかる。上部には部屋の中での配置を示したイラストもある

置き場所についてだが、ほとんど気にすることはないようだ。フロント側はテレビを置いたラックに置いてもいいし、壁掛けしてもいい。リア側も後ろの方にある棚などがあればそこに置いてもいい。床への直置きだけは非推奨とのことなので、適当な高さのある台や棚があれば、そこに置けばいいというわけだ。

これはなかなか大胆な提案だ。オーディオのことをちょっとでも知っていると、スピーカーの左右はテレビを中心に等距離で高さも揃えるなど、いろいろと作法があることも知っているだろうが、それはほぼ気にしなくていい。それよりも、部屋の家具やインテリアをうまく活かして、邪魔にならない場所に置いて気軽に使ってくださいというわけだ。スピーカーが4本というと置き場所に困ると思いがちだが、左右の間隔や距離などを気にする必要がないならば、スピーカー自体も決して大きすぎるわけではないし、わざわざ置き場所を確保する必要もない。これならば4本のスピーカーと言っても設置に困ることはないだろう。

このほか、オプションのワイヤレスサブウーファーのSA-SW5も設置。こちらもワイヤレスなので電源を接続するだけでいい。ワイヤレスサブウーファーは2種類あり、そのうちの大きな方をお借りしているが、こちらはやや大きめ。スピーカーユニットは、前面に口径180cmのドライバーがあり、底面にはパッシブラジエーターを備える。なかなかに本格的な作りだ。サブウーファーも設置位置は基本的にはあまり気にしなくていいが、4本のスピーカーの設置の自由度に比べると多少は設置位置を気にした方がいい。

別売のサブウーファーのSA-SW5。やや大柄なサイズの本格的なサブウーファーだ
側面から底面付近を見たところ。下部はスタンドを兼ねた空間が設けてあり、パッシブラジエーターの低音を四方に放射する作りになっている
SA-SW5の背面。メイン電源ボタンや手動接続用のボタンがあるが、基本的な操作は不要。接続用の端子などもない

かなりでたらめな設置でもOK。脅威の「360 Spatial Sound Mapping」

まずは、あえてでたらめな設置を行なった。フロントの2本は片方がスタンド置きで、もう片方をラック置き。高さも距離も違う。厳密にはスタンド置きのフロント左は視聴位置の方に向けて置き、フロント右は正面向きとしている。後方も、リア右はコントロールボックスを置いたAVラックに置き、リア左は昔使っていたスピーカーを置き台として壁の近くに置いている。我ながらゾッとするような配置だ。こんな配置でもきちんと空間が再現できるのかどうか。実際に試してみようじゃないか。

フロント側のスピーカー配置。あえて見た目にもバランスが悪いとわかる設置としている
リア右のスピーカーはAVラックの上に置いた。高さを揃えることなども気にしない
リア左のスピーカーはわざわざ昔使っていたスピーカーを引っ張り出してきて、その上に置いた

コントロールボックスの電源をオンにしてグリーンのインジケーターが点灯すると、ほぼ同時に4つのスピーカーのインジケーターもグリーンの点灯になる。実際はオプションのサブウーファーだけうまく認識せず、電源コードを挿しただけの状態の赤色のままだったが、サブウーファーの電源を入れ直したらきちんと認識し、グリーンのランプが点灯した。プロジェクターの画面には、初期設定のメニュー画面が表示され、これから初期設定を行なう。メニューの指示通りに操作するだけだ。

かんたん設定選択の画面。最初は一番上の「かんたん初期設定」を選び、必要な設定のすべてを行なう

初期設定では、ネットワーク設定などを含めてさまざまな設定があるが、ここではサウンド設定について解説。まずは音場最適化を行なう。いわゆる自動音場補正だ。AVアンプでは付属のマイクを使って測定するが、HT-A9ではマイクなどを設置する必要はない。実は4本のスピーカーにはマイクが内蔵されていて、各スピーカーが互いの音を聴いて測定を行なう。

だから、操作としては画面の指示通りに「開始」を選ぶだけだ。後は余計な音を出さないように、部屋の隅で静かにしているだけでいい。

音場最適化の開始画面。画面の右のイラストに4本のスピーカーとサブウーファーが表示されている。サブウーファーがきちんと認識されていないと、画面には表示されないので、きちんと確認しよう
測定完了の画面。球体のような空間イメージが表示される
測定を終了すると、「360 Spatial Sound Mapping」のデモ音声が再生される。森の中で鳥などがあちらこちらで鳴いている音だ

測定自体は各スピーカーからテスト音が鳴るだけだ。ただし、4つのスピーカーの音に加えて、上向きスピーカーの4つの音も測定する。テスト音が都合8回鳴るわけだ。このテスト音の鳴り方で、HT-A9が厳密には4.0.4ch(取材ではサブウーファーを追加した4.1.4ch)構成のシステムだとわかる。これを元に最大12チャンネルの仮想スピーカーを作り出すというわけだ。

測定と最適化はあっという間に終わるので、これで準備は完了だ。サウンド設定では手動で微調整することもできるようになっているが、結論から言うと特に手動調整をする必要はない。センターに定位するはずの映画のセリフが左右のどちらかに片寄って聞こえるなど、気になる場合だけ微調整すればいいし、逆に言うとビシッと調整を追い込むための機能ではない。これは左右の偏り(方向)、音場の調整(高さ)、サブウーファーの調整の3つがある。

音場の調整では、手動で微調整ができる。方向、高さ、サブウーファーの調整項目がある
方向の調整。映画のセリフなどが左右に片寄る場合に調整する
高さの調整。音場全体の高さを微調整する。画面から聴こえるセリフの高さが画面と一致するようにするとわかりやすい
サブウーファーの調整。サブウーファーの低音が遅れる場合に調整する。視聴位置とサブウーファーの距離を測って一番近いものを選べばいい

「360 Spatial Sound Mapping」の効果はたいしたもので、これだけでたらめに設置しても、空間のイメージがきちんと整っている。Dolby Atmosのようなオブジェクトオーディオは、実際に設置したスピーカーを個別に制御して、自由に音の位置を設定できる技術だ。そのため、従来のサラウンドが各チャンネルにどれだけ音を配分するかを映画の音の制作時点で決めているのに対し、オブジェクトオーディオではその音が出るべき位置の空間情報しか決まっていない。AVアンプなどのサラウンドプロセッサーが実際に配置されたスピーカーの数と位置に合わせて各チャンネルの音を配分するのだ。

「360 Spatial Sound Mapping」も同様の考え方で設計されており、4本のスピーカーは単なる音源でしかなく、生成されたフロント右スピーカーの音は、実在するフロント右スピーカーの場所からは聴こえない。4本(正確にはイネーブルドスピーカーを加えた8本)のスピーカーが協調して理想的な位置にフロント右スピーカーの音を出現させるわけだ。だから、実際にスピーカーを置く位置がでたらめでもきちんとした空間から音が再現される。

これは調整後に再生される「360 Spatial Sound Mapping」のデモを見ただけでわかる。森林の中で風がそよぎ、あちこちで鳥の声が聴こえるものだが、見た目のちぐはぐなスピーカー配置からは想像できないほどきちんとした空間が再現されているのがわかる。これはちょっと驚くはずだ。スピーカーの測定や補正のアルゴリズムがよく出来ているためだということが第一だが、各スピーカーが基本的に同一で音色を整える必要がないこと、4本のスピーカーのそれぞれにマイクがあり、それぞれが互いに音を聴いて測定しているので精度が高いことなどの理由が考えられる。

ちなみに、映画館などでの実際の測定でも1箇所だけで測定することはなく、複数箇所で測定を行なっている。これによって、映画館のような広い場所のどこで聴いても想定通りの空間が再現できるようにしている。

気になった点は2つだけ。サブウーファーの低音の偏りは補正できないということ。なぜならサブウーファーは1本しかないからだ。もしも左右に2本あれば、左右の音量バランスを調整することで左右の好きな場所に定位させられる。スピーカー4本(正確には8本)で自由自在な位置に音を定位させられるのと同じ原理だ。このため、サブウーファーの低音だけ位置が片寄ってしまう。低音は方向感は感じにくいのであまり気にしなくてもいいのだが、筆者が神経質なことと、4本のスピーカーによる空間があまりにも整っているので、低音だけが異質な場所から聴こえる感じが強まるように感じた。

この問題を解決するには、サブウーファーの物理的な位置を変更するしかない。取材では2本のフロントスピーカーのど真ん中に置いた。部屋の中央は定在波の影響が目立ちやすいので左右のどちらかにずらして置くこともセオリーだが、このあたりは好みで決めれば良い。低音の位置が気にならないならば邪魔にならない部屋の隅でいいし、気になるならばフロント側のスピーカーの真ん中当たりがいい。テレビを置いたラックの脇とか、偏りが気にならない範囲で左右のどちらかにずらして置くのが、邪魔になりにくくしかも定在波の影響も避けられる配置だ。

もうひとつ気になる点は視覚的な違和感だ。4本のスピーカーの実際の位置は再現される空間とはあまり関係がなく、空間はきちんと正しく再現されるのは間違いない。が、実際に目の前にあるスピーカーのちぐはぐな位置と再現される空間が“違いすぎて”違和感がある。スピーカーが白いので映画を見ていても気になる。これはもう精神的な問題なので、慣れてしまえば気にならなくなるとも思うし、ふだんからスピーカーの位置をあまり気にしてない人ならば、まるで気にならないだろう。このあたりは、実際の部屋の家具の配置などに問題が出ない範囲で好きなだけ理想を追求すればいい。

筆者はそのへん、病的なレベルで正しい位置を気にするので、本格的な視聴の前にきちんと設置し直した。今までも言っている通り、4本のスピーカーがすべて視聴位置から等距離になること、視聴位置からみて左右の配置が前後とも揃っていること、フロント、リアのそれぞれの高さと向きを揃えることなどだ。実際には完全に理想通りの位置にするには、専用のスタンドを誂える必要もあり、見た目に不自然さを感じない配置と実際の距離だけは揃えるレベルとした。

設置し直した後のフロント側。フロントスピーカーは常設のサブウーファーの上に配置。サブウーファーは部屋の中央とした
設置し直した後のリア側。スピーカーはいつものサラウンドバックスピーカーの手前にスタンド設置した

これで見た目にも美しい配置となった(部屋が乱雑なのはご容赦ください)。スピーカー配置を変更したら、サウンド設定で音場の最適化をやり直そう。実際のスピーカーの配置をきちんとHT-A9にも教えてあげないと、正しく空間の再現ができなくなってしまう。測定が完了し、さぞかし優れた音場が再現されるだろうと期待したが、思った以上に再生された音場に変化はなかった。強いて言えば、個々の音の定位が良好になるなど、多少の差はあるが、詳細に聴き比べてわかる程度の差だ。綿密に距離まで揃えてセッティングをやり直したほどの効果ではない。

その意味でも、HT-A9は神経質にセッティングを追い込んで使うものではないとわかる。セッティングを追い込むならばAVアンプと単品スピーカーの組み合わせの方が成果は大きいだろうとも思う。あくまでも気軽に使えて、それでいて本格的なシステムに匹敵するサラウンド再生を楽しめるものだ。

いくつかセッティングを試した結果から言うと、サラウンド空間の再現に影響が大きいのは、左右のスピーカーの間隔だとわかった。スピーカーの間隔は広いほどいい。設置した部屋にもよると思うが、17畳ちょっとの広さ(短辺方向の幅が5mほど)では、スピーカーの間隔は2mくらいは欲しくなる。1mくらいになると空間自体の広さがずいぶん狭くなってしまう。

だから、スピーカーの高さや距離などは気にせず、壁際に置くのが良さそうに思うし、見た目的には良さそうな薄型テレビの両脇にフロントスピーカーを置くのも、60型以上の大画面でない限りおすすめしない。あとはサブウーファーの配置を部屋の隅よりは部屋の中央付近の方が音の偏りがなく個人的には好ましいと感じたくらいだ。

いずれにしても、スピーカーの設置位置を厳密に考える必要がないというのは、セッティングの自由度を大きく広げるし、使い勝手も良いということが改めてわかった。これだけ置き場所の自由度があるならば、4本のスピーカーを置くとしても困ることはほとんどないだろう。

視聴の前に、細々とした設定も確認

視聴インプレッションの前に、細々とした設定の確認などを済ませてしまおう。ワイヤレススピーカーは基本的に自動接続だが、手動で接続を行なうこともできる。自動設定がうまく行かない場合のためのものだが、一通り紹介しよう。

手動リンクをする場合は、ワイヤレススピーカー設定のメニューで「手動」を選び、手動リンクを開始する。画面の指示通りに、4つのスピーカー(オプションのサブウーファー)のリンクボタンを長押ししてペアリングモードにする。そこで開始を選択すると手動でスピーカー接続が行なわれる。きちんとスピーカーが無線接続しているかどうかの確認もできる。このほか、電波干渉などの影響で音が途切れる場合、「ワイヤレス再生品質」を音質優先と接続優先を選ぶこともできる。音質優先で使用するのが理想だが、音切れが激しい場合は接続優先を選ぼう。

設定の項目一覧。スピーカー設定や音声設定など、ほぼAVアンプと変わらない項目が揃っている
ワイヤレス設定の画面。リンクモードの切り替えや手動接続などが行える。音切れが発生する場合の「ワイヤレス再生品質」の選択画面もある

HT-A9はDolby AtmosやDTS:Xに対応するなど、最新のAVアンプとほぼ変わらない機能を持つ。HDMI2.1対応で8K/60pや4K/120p信号の伝送にも対応。Dolby VisionやHDR10、HLGなどのHDR方式にも対応する。このほか、ストリーミング音楽配信サービスのSpotifyに対応するほか、Chromecat Built-in、AirPlay2対応などのネットワーク機能も備える。

ハイレゾ音源は最大192kHz/24bitまで対応し、DSD音源は最大5.6MHz、音声フォーマットもWAV、FLAC、ALAC、AAC、MP3など幅広く対応している。また、Bluetooth送受信も可能で、受信時はLDAC、AAC、SBCに対応。送信時はLDAC、SBCに対応する。このため、圧縮音源をより高音質で再生できる「DSEE Extreme」も備えている。AI機能で楽曲に合わせた最適な高音質化が行なえる最新仕様だ。

音声設定の画面。DSEE Extremeの入/切が行なえる。基本的には「入」のままでいい

サウンドモードは、オート/スタンダード/ボイス/ナイトモード/ミュージックが選べるが、このほかに「ドルビー・スピーカー・バーチャライザー」、「DTS Neural:X」も選べる。いずれも2チャンネル音声や5.1/7.1chの音声を立体音響で再現するためのものなので、好みに応じて選べば良い。このほか、eARC機能や自動電源オフなどの設定もある。電源連動に関しては、HDMIのCEC機能にも対応しているので、HDMIで接続した薄型テレビの電源オンに連動してHT-A9の電源も入るように設定が可能。基本的な操作をテレビのリモコンで行なえるので、より便利に使えるだろう。

サウンドエフェクトでは5つのサウンドモードとは別に「ドルビー・スピーカー・バーチャライザー」、「DTS Neural:X」を選択することも可能だ
eARC機能にも対応しており、対応する薄型テレビならばドルビーTrue HD音声のDolby Atmos信号、リニアPCM5.1ch信号などの送受信なども行なえる
本体設定では、表示言語の選択や自動電源オフなどの基本的な設定がある

「360 Reality Audio」にも対応。音の実力もなかなかのもの

いよいよ視聴だ。HT-A9がSpotifyなどのストリーミング音楽配信サービスに対応しているのは、紹介した通りだが、そのほかにもちょっと面白いものを発見した「360 Reality Audio」だ。「360 Reality Audio」は音楽版のイマーシブオーディオと呼べるもので、Amazon Music HDやDEEZER HiFiなどで立体オーディオとして音源が配信されている。

360 Reality Audioは前方6ch(左右チャンネルが上中下の3つある)、後方4ch(左右チャンネルが上下の2つある)の構成となっていて、HT-A9ではその通りのチャンネル構成での立体的な再現が可能だ。Atmosなどの7.1.4chなどと言わず、最大12チャンネルと言っているのはこのため。AtmosやDTS:Xだけでなく、さまざまなサラウンド方式にも対応可能なのだ。ちなみに、Apple Musicの空間オーディオも、Apple TV 4KなどのHDMI接続を行なう端末を使えばAtmos信号として再生が可能だ。

「音楽をきく」メニューの一覧。SpotifyやChromecast Built-inなどの項目のほか、「360 Reality Audio」もある

せっかくなので、「360 Reality Audio」を試してみよう。ほとんどの人が音楽はステレオ音源で楽しんでいるし、音楽をわざわざサラウンドで聴く必要を感じていないかもしれないが、こうしたサラウンド再生が可能なホームシアター機器ならば、音楽再生もバーチャルサラウンドで聴いている人もいると思うし、なにより音楽も立体音響になるとなかなか楽しい。「360 Reality Audio」の項目を選ぶと、デモサウンドのほか、「360 Reality Audio」の解説や楽しみ方、再生アプリのダウンロード方法などが紹介される。

デモサウンドを聴いてみると、単なるステレオ再生ではなく、空間の広がりを伴った立体的なステージが再現された。これがなかなか楽しいし、HT-A9のスピーカーのつながりの良さというか、4本のスピーカーということを意識させない自然な空間の再現と相まって、ライブステージに居るのともまた違って、演奏している歌手やバンドのすぐ側にいるような臨場感のある音を楽しめた。

また、ソニーが運営するデモ音源配信サイトの「Airtist Connection」をChromecast Buit-in経由で再生してみると、きちんと「360 Reality Audio」が再生された。これはなかなか楽しい。部屋全体が音の包まれるような感覚があり、よりリアルな音場と明瞭な音像定位が楽しめる。

「360 Reality Audio」の解説画面。デモサウンドのほか、対応サービスなどを紹介している
Chromecast Built-in経由で「Airtist Connection」の音源を再生中。「360 Spatial Sound Mapping」が適用されていることがわかる

スマホ用アプリの「MusicCenter」を使うとスマホから操作できるほか、自宅のNASに保存した楽曲なども再生できるので通常のステレオ音声の音楽なども聴いてみたが、HT-A9は基本的な音の実力も思った以上に優秀だ。音場の広さや奥行きといった空間再現はもちろんだが、ボーカルの音像定位もしっかりとしているし、きめ細かな音まで丁寧に再現してくれる。試しにサブウーファーのSA-SW5の電源をオフにして、HT-A9単独でも聴いてみたが、音楽コンテンツならばサブウーファーなしでも低音感は十分だ。オーディオ用のスピーカーとして見るとやや小ぶりではあるが、低音まで十分な再生能力があり、中高域の伸びもスムーズ。聴きやすい自然な音で音楽をしっかりと楽しめる。

ちなみにサウンドモードを「ミュージック」とするとステレオ再生になる。その他のオートやスタンダードはサラウンド化されるが、左右の広がりが大きくなる程度で派手なサラウンド化はされない。「360 Reality Audio」のようなイマーシブオーディオを求めるならば、リモコンにある「Immersive AE(Audio Enhancement)」ボタンを押す。こうすると、左右の広がりに加えて高さ感のある空間再現になる。「360 Reality Audio」のようにきちんとマルチチャンネル制作されたものではないが、バーチャルサラウンド的な人工的なサラウンド感ではなく、なかなかに自然な包囲感のある音響になる。

これが実に面白かったのが、現在公開中の映画「竜とそばかすの姫」の主題歌「U」。映画も面白かったが、歌姫を題材とした作品だけに音楽や音響が実に面白い作品で、オリジナルサウンドトラックもさっそく購入した。だが、映画館でまさに仮想空間に飛び込んだような臨場感溢れる音で再現された主題歌「U」は、ステレオ再生で聴くといまひとつ物足りなかったのだ。

映画の音響は5.1chだと思われるが、5.1chでミックスダウンされた「U」はその包囲感や音の移動、そして立体的な音像の定位も含めて非常に魅力的な楽曲だったが、サントラのステレオ音源ではその空間がしぼんでしまう。しかも、そこに散りばめられた音はきちんと入っているので、細々とした音が混濁しているようにも感じた。空間が狭苦しく、そこに音がぎっしりと詰め込まれて窮屈な印象になるのだ。聴き慣れればステレオ収録としてまっとうにミキシングされたものとわかるが、この曲は5.1ch音声版がオリジナルだと思うし、360 Reality Audioのようなフォーマットで配信するべき楽曲だと思う。

そんな曲が、HT-A9で「Immersive AE」オンで聴くと、空間が広々とし、奥行きや高さが甦る。まさしく映画館で聴いたときの「U」だ。これにはちょっと驚いたし、BD発売や配信が始まって映画と同じ5.1ch音響が自宅で再生できるまでおあずけだと思っていただけに感激もひとしおだった。

HT-A9の「Immersive AE」は、ドルビーサラウンドやDTS Virtual:Xのような、2chや5.1/7.1chを立体音響のサラウンド化するものだと考えていいが、従来の機械的なサラウンド化に比べて非常に自然で違和感がない。空間が広がるぶんだけ定位が曖昧になるようなこともなく、広がり感を強調した音がより豊かに広がる。360 Reality Audioのようなマルチチャンネルの音楽コンテンツの面白さを自分の好きな楽曲でも楽しめるという点でも見逃せないものがある。筆者は映画のサントラを聴くことが非常に多いので、ステレオ音源でもこうした映画と同じサラウンドで楽しめるのはとてもうれしい。

「竜とそばかすの姫」の「U」のステレオ音源をネットワーク経由で再生し、「360 Spatial Sound Mapping」で再生したところ。下部中央でリニアPCM2.0ch音源を再生していることがわかる

スポーツからゲームまで、様々な音源をイマーシブオーディオで楽しむ

今度はテレビ放送。メジャーリーグやウインブルドンのテニス大会などの録画番組のほか、ちょうどよく東京五輪の開催中だったので試合の中継なども視聴してみた。スポーツ中継は多くがステレオ音声だが、「Immersive AE」を使うとなかなかの臨場感が味わえる。メジャーリーグならば観衆の声援などが豊かに部屋中に響くようになり、その一方で解説のアナウンスなどは画面の中央に明瞭に定位する。テニス大会を見ればコートでボールが弾む音がよく響き、選手のボールを打つときの声もしっかりと聴こえる。東京五輪の水泳では無観客のため声援のない競技場の響きが寂しさを感じるが、水面を叩く水音の響きは鮮明。まさしくその場で観戦している感覚だ。

音声はいずれも2chだが、それでも「Immersive AE」による空間感はかなりのもので、スポーツ中継はなかなか相性のよいコンテンツだと思った。ちなみにサウンドモードはスタンダードがアナウンスや解説の声の明瞭さが増し、音色的にフラットなバランスのため、もっともリアルな感触があった。じっくりと解説を聞くならば、声を強調するボイスもいいかもしれない。

東京五輪の男子400mメドレーリレー予選の様子。地デジ放送のため音声はステレオ。それでもかなりの臨場感が味わえた
ウインブルドンのテニス大会の中継。こちらも音声はステレオ。競技や会場の違いで周囲に広がる声援の聴こえ方もずいぶんと違いがあった

続いてはゲーム。PS5で「バイオハザード:ヴィレッジ」と「FINAL FANTASY VII REMAKE:INTERGRADE」をプレイした。音声はどちらも7.1ch出力。7.1ch出力となると、サラウンドモードを「シネマ」とするだけでなかなか映画的な音響で楽しめるし、作り手の想定通りのサラウンド再生が楽しめる。「シネマ」モードは音場のスケールも大きいが、低音感も充実するので、「バイオハザード:ヴィレッジ」での銃撃音や襲ってくる獣人たちの足音や叫び声の迫力が増す、「FINAL FANTASY VII REMAKE:INTERGRADE」はBGMのスケール感が豊かになり、魔法などの効果音もパワフル。周囲に居るキャラクターの物音や声もきちんとその方向から聴こえるなど、まさしく映画を見ているような音響だ。

PS5の「バイオハザード:ヴィレッジ」の画面。リニアPCMで7.1ch出力の音声を360 Spatial Sound Mappingで再生していることがわかる
こちらはPS5の「FINAL FANTASY VII REMAKE:INTERGRADE」。音声出力はこちらもリニアPCM7.1ch出力だ

これが「Immersive AE」をオンにすると、臨場感がさらに増す。あくまでも映画やテレビゲームとして、画面の向こうで展開する物語を見ている感じが、感覚的には画面の中に入って実際にプレイしているような気分になる。BGMや効果音の包囲感が自分をすっぽりと包み込んだような感じになるためだ。7.1chでは前後左右ではあっても天井が抜けている感覚があるし、音と音との間に隙間を感じてしまう。それが「Immersive AE」をオンにすると空間がきれいにつながって、別の場所にいるようにさえ感じる。画面に集中してしまえば、まさしく目に映ったゲームの中に居るような感覚になる。

このようなシームレスな空間の再現ができる理由は「360 Spatial Sound Mapping」の大きな特長だが、電気的に仮想スピーカーを生成する技術などの優位性がすべてと言うわけではないだろう。基本となる4つのスピーカーが同一のものであること、天井側の仮想スピーカーが4チャンネル相当で面を構築できていることが大きい。これは、本格的な7.1.4ch構成などでも同様で、スピーカーは基本的に同一のものである方が音のつながりは良いし、天井に配置するトップスピーカーは2chよりも4chの方がシームレスな空間感で良好と感じる。これらを最小数である4本のスピーカーで実現したことがHT-A9の一番の特長かもしれない。

しかも4本のスピーカーをセットにしたから、スピーカーの特性を最適にチューニングしてなおかつ4本とも同じ特性を実現できるし、設置性や使い勝手の良さも実現できる。まさにこれは今までにない新しいスタイルのホームシアターであり、今後の主流になるとさえ思ってしまう。

ほぼ映画に近い音作りということもあり、サブウーファーの効果も大きい。効果音もしっかりと重低音まで響くのでリアリティが増すし、音楽も含めて重量感やスケール感が増す。HT-A9だけで20万円を超えるし、サブウーファーもそれなりの価格なので必須とは言わないが、やはり映画やゲームならばサブウーファーの追加を前向きに検討するといいだろう。

「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ」でAtmosの真髄に迫る

「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ」
(C)創通・サンライズ

最後はお待ちかねの「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ」。本作は劇場でBD(劇場先行通常版、劇場限定版)を先行発売しており、すでに自宅で何度も見ている人も少なくないだろう。BD版なので、映像はDolby Visionではなく2K SDRだが、音声は劇場版と同じDolby Atmos音声を収録している。ガンダム作品としては初めて、最初からAtmosで制作された。なお、BD再生は自宅にあるパナソニック「DP-UB9000」をHDMI接続で使っている。映像入力はリモコンでも切替ができるが、画面メニューでも操作できる。HDMI入力を選ぶ場合は「HDMI」に切り替えればいい。

メニュー画面の「映像をみる」を選んだところ。「TV」または「HDMI」のどちらかを選択できる

Atmos音声の場合、先ほどまでのテレビ放送やゲームの音声とは異なり、「Immersive AE」はオンで固定される。Atmos自体がイマーシブオーディオなので、当然だろう。画面表示を確認しても、Atmos音声であることが確認できる。

BD版「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ」のタイトル画面。HT-A9の画面表示を確認すると、Atmos音声であることがわかる
Atmos時に「Immersive AE」をボタンを押しても、「固定」となっていてオン/オフはできない

「閃光のハサウェイ」の物語そのものは「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア」の後に続くもので、ブライト・ノアの息子、ハサウェイ・ノアが主人公となっている。反地球連邦政府運動「マフティー・ナビーユ・エリン」のリーダーとなった彼は、地球連邦政府の閣僚を暗殺し、人類はすべて宇宙に住むべきと主張する。戦争と呼べるほどの大規模な戦いではない事件を舞台に描かれる、大人になった少年のドラマだ。

詳しいストーリーの紹介は控え、見どころとなるモビルスーツ戦の場面を見ていこう。マフティーがモビルスーツでハサウェイの宿泊しているホテルを攻撃する場面。ホテルを攻撃したモビルスーツは連邦側のモビルスーツの追撃を受け、市街地で戦闘を開始する。そして、ハサウェイたちが避難した公園にモビルスーツが降り立ち、戦闘を行なう。サブフライトシステムから飛び降り、自由落下の状態で戦闘を行うモビルスーツも迫力があるが、注目したいのは銃撃音がリアルな音に変わっていること。これまでの特徴的な効果音からは一新され、より本物っぽい銃撃音や効果音が使われているのが新鮮だ。ストーリーも含めて、よりリアルなドラマになったためだろう。

HT-A9は銃撃の重々しい響きもしっかりと再現するし、銃撃が飛び交うときの移動感もなかなかのもの。下降しながらの戦いのため、上から迫る連邦のモビルスーツと下から迎え撃つマフティー側という感じで3次元的な戦いが描かれるが、Atmosの空間表現もあり、その落下しながら戦う様子やジェット噴射を使って落下速度を抑えて敵をやりすごすなど、有利な高い位置を入れ替えながら戦う様子を描いているのが面白い。初見では敵との位置関係がわかりにくくもあるのだが、リアルな音や移動感がしっかりと再現できているので、立体的な空中の戦いがよく伝わる。このあたりの空間表現の見事さはたいしたものだ。これがスピーカーを置く位置などをほぼ気にしなくてよいのだから立派なものだ。

市街地に降り立ったモビルスーツはそのまま戦闘に突入するが、モビルスーツが降りた公園には避難してきたハサウェイたちがいた。この場面では、ハサウェイたちの視点から20mを超えるようなモビルスーツの戦いが描かれる。目の前を歩き回るモビルスーツの足音はもはや恐怖でしかないし、ビームサーベルの刃は周囲に細かな粒子を飛び散らせ、公園の木々を焼く。巨大な火花が降り注ぐ戦場はちょっとした花火のようで、なんとも美しい映像だったりもするが、音の方はまさに阿鼻叫喚の地獄絵図だ。

音の定位が明瞭でまさしく自分の目の前にモビルスーツがあると感じる迫力は満点で、まさに蹂躙されるという言葉そのもの。サブウーファーを追加したこともあり、モビルスーツの足音や動作音だけでなく、公園の木々を焼く炎の燃えさかる感じも迫力たっぷりだ。轟音の中でも個々の音はくっきりとしていて、ハサウェイたちの声も明瞭だ。このあたりの膨大な数の音を出しながら、個々の音を鮮明に鳴らすのはAtmosならではの音響だが、HT-A9も情報量をたっぷりとしかも鮮明に再現できる実力を持っている。本来のDolby Atmosならばスピーカーが12本必要なところを4本のスピーカーで実現しているのだから、細かな音の再現性や情報量の豊かさも立派なものだ。

とどめは、ハサウェイが乗るΞ(クスィー)ガンダムの登場だ。第5世代モビルスーツと呼ばれるΞガンダムはミノフスキーフライト技術によって自由に空を飛び、マッハを超える速度での飛行も可能だ。それまでのモビルスーツとは動きがまるで違うし、連邦側の第5世代モビルスーツであるペーネロペーとの空中戦はモビルスーツ戦とは思えない。

何発ものミサイルを打ち合うと、火薬が爆発したような発射音が周囲から聴こえてミサイルが飛んでいく。それらをバルカン砲で迎撃しながらの空中戦は今までにない戦いだ。自由に飛び回るモビルスーツ同士の戦いだから、映像はさらに3次元的になるが、その動き回る感じも音で絶妙にサポートしているので、まるでモビルスーツに乗って操縦している感覚になる。

自信を持って「これでAtmosを楽しんでほしい」と言える逸品

接近したΞガンダムとペーネロペーがビームサーベルで斬り合う近接戦などを含め、見応えたっぷりの戦闘だ。本作品は3部作となっており、第1部である本作ではモビルスーツ戦よりもドラマの比重の方が大きい。それでも見応えは十分で、すでに何度も見て楽しんでいる。最初に映画館で見たときにも感じたが、この作品はモビルスーツ戦の描き方からしてこれまでのガンダムとは大きく違っているし、スピード感のある空中戦は一度見ただけではその凄さがわかりにくいほどだ。

奥の深い大人向けのドラマも含めて、BDや配信で何度も見ることを前提にしていると思う。そんな作品を自宅で何度も見るとき、Atmosの音響で楽しめるかどうかは重要だろう。映画館で一度でも見たことがあれば、その記憶を思い出すこともできるが、初見がステレオ音声では、本作の空中戦の感覚、目の前に迫るモビルスーツの迫力を十分に再現できないのではないか。

Atmos音声を採用した作品はどんどん増えていて、今や新作が5.1chや7.1ch音声だとがっかりするくらいだ。だからぜひとも自宅にもDolby Atmosのシステムをおすすめしたいと思っていたが、HT-A9の登場でようやく自信を持っておすすめできるようになったと感じた。

HT-A9は、Atmos対応のホームシアター機器としては、単品コンポによる本格的なシステムに匹敵する実力があるモデルだと断言できる。しかも、スピーカーセッティングなどあまりしたことのない人でも気軽に使いこなせるのは素晴らしいとしか言い様がない。使い勝手の良さとセッティングの自由度の高さと音質の良さの両方を満足するには、HT-A9のようなパッケージでないと不可能だと思うくらいだ。

お手軽というと、初心者向けというイメージを持たれてしまいそうだが、これは立派に本格的なシステムだ。仮に20万円ほどの予算があれば、単品のAVアンプとスピーカーの組み合わせも選択できる。しかし、そのためにはスピーカー優先の配置ができるようなホームシアターのための部屋があり、スピーカーセッティングを含めて自分で調整などができることが前提となる。そうでないと、HT-A9のような極めて質の高い空間再現は実現するのは難しいだろう。

今回HT-A9のシステムで音を聴いていて、何度か「俺の今までの苦労と投資をどうしてくれるんだ!」と思った。最初の段階でのでたらめな置き方でほぼ満足できるレベルの空間再現ができたことは驚きどころか悔しいくらいだ。そのくらい、筆者の視聴室にある6.2.4chのシステムと比べても空間再現は遜色がない。筆者はここまで到達するのに20年かかった。総額はいくらかわからない(数えたくない)。それが20万円ちょっとで誰でも手に入る。ある程度のスペースのある空間があれば誰でも実現できる。科学と人類の進歩万歳。

Atmosに限らないが、イマーシブオーディオはどんどん普及していて、360 Reality Audioなどで音楽にも広がりつつある。いよいよサラウンド再生が当たり前のものになる時代がやってきたと思っている。このタイミングでHT-A9が登場したのは決して偶然ではない。サラウンド再生が再び盛り上がる日が来るかもしれない。なにより、ホームシアターやDolby Atmosに興味はあっても、そのハードルの高さに諦めていた人にとって、HT-A9は待望の存在である。お待たせしました。あなたのためのホームシアター「HT-A9」です。

鳥居一豊

1968年東京生まれの千葉育ち。AV系の専門誌で編集スタッフとして勤務後、フリーのAVライターとして独立。薄型テレビやBDレコーダからヘッドホンやAVアンプ、スピーカーまでAV系のジャンル全般をカバーする。モノ情報誌「GetNavi」(学研パブリッシング)や「特選街」(マキノ出版)、AV専門誌「HiVi」(ステレオサウンド社)のほか、Web系情報サイト「ASCII.jp」などで、AV機器の製品紹介記事や取材記事を執筆。最近、シアター専用の防音室を備える新居への引越が完了し、オーディオ&ビジュアルのための環境がさらに充実した。待望の大型スピーカー(B&W MATRIX801S3)を導入し、幸せな日々を過ごしている(システムに関してはまだまだ発展途上だが)。映画やアニメを愛好し、週に40~60本程度の番組を録画する生活は相変わらず。深夜でもかなりの大音量で映画を見られるので、むしろ悪化している。