小寺信良の週刊 Electric Zooma!
第1178回

まだまだ続く快進撃。ソニー「WH-1000XM6」を試す
2025年6月11日 08:00
フラッグシップの系譜
ソニーのオーバーヘッド型フラッグシップ「WH-1000X」シリーズは、少々複雑な生い立ちを持っている。2016年にはその前身として「MDRー1000X」が発売されたが、翌年ネックバンド型や完全分離型モデルと合わせた「1000X」としてブランドが立ち上がり、2世代目からは「WH-1000XM2」と命名された。つまり初代は「MDRー1000X」ということになるが、「WH-1000X」とか「WH-1000X1」という製品は存在しないのである。
ノイキャンが非常に強力ということで、以降WHー1000Xシリーズは根強いファンを抱えることとなった。そんなシリーズも今年で6モデル目となる。
5月30日に発売されたフラッグシップモデル「WH-1000XM6」は、ソニーストアでの直販価格は59,400円。前作「WH-1000XM5」も引き続き併売されるが、「WH-1000XM4」は終売となる。
「WH-1000XM5」が発売されたのは、もう3年前だ。ヘッドフォン派にとっては、待ちに待った1台ということになるだろう。
今回は「WH-1000XM5」もお借りして、どのあたりが変わったのかを中心にテストしてみたい。
3年ぶり以上の進化点
WH-1000XM6のデザインは、基本的には前作同様無駄を削ぎ落としたシンプルな形状で、ハイエンドらしいストイックさを感じさせる。ただ細かい部分ではまた違うニュアンスになっており、改良が進んでいる。
特徴的なハウジング部は、先端がスパッと切り落とされた断面を持っているが、XM5では楕円形になっていたものが、XM6では真円となっている。その切り口の影響もあるのか、ハウジングとしてはXM6の方が若干丸っこい感じがする。
ヘッドバンドのクッション部分も、頭に接触するあたりから徐々に平たくなり、頭部への重量の負担を軽減している。ちなみに重量はXM5から4g増えているだけで、ほぼ変わっていない。
構造部分で大きく変わったのは、アームの折りたたみ機構だ。NX5ではハウジングが横に捻じれるだけで根本は曲がらなかったが、XM6では横のねじれに加えて、根本から折りたためるようになっている。
このため、専用ケースへの収納方法にも違いがある。とはいえ、ケースとしてはそれほど劇的に小さくなっているわけではない。この根本おり曲げ方式の収納自体は、特に珍しいものではなく一般的だ。逆になんでXM5では曲げなかったのか、そちらの方が不思議である。
またハウジングのねじれ方向も、XM5とは逆になっている。首掛けした際には、XM5は内部が外側を向くスタイルだったが、これはあまりかっこよくない。XM6では背中が外側を向くスタイルになっており、こちらのほうが自然だ。逆になんでXM5はこの方向にしたのか、そこもまた謎である。
そのほか細かいところでは、電源ボタンが円形に変更された。XM5ではノイキャンモード変更ボタンと同じ細長だったが、装着して手探りで電源を入り切りする時には、どっちが電源ボタンか分かりにくかった。XM6ではすぐにわかる。逆になんでXM5では同じようなボタンにしたのか以下略。
ドライバー口径はXM5と同じ30mmで振動板素材も同じだが、今回はドーム部の剛性をアップさせ、ボイスコイルボビンに穴を空ける独特の構造になっている。これにより、高音域の再現特性を高めるという。
ノイズキャンセリングプロセッサーは7年前のMX3以来同じだった「QN1」から刷新され、「QN3」となった。「QN2」というチップは存在せず、カナル型の「WFー1000XM5」に「QN2e」というチップが搭載されたことがあるのみだ。QN3はQN1と比較して、7倍以上の処理速度を実現したという。
ノイズキャンセリングのアルゴリズムは、「アダプティブNCオプティマイザー」に進化している。これはメガネの有無、環境音、気圧の変化などをリアルタイムで検知して、常に最適なノイズキャンセリングを実現するという。ヘッドフォンの内側にもマイクが左右2基ずつ追加されており、これでヘッドフォンの装着状態を検出する。
D/A変換時の量子化ノイズ対策も変更され、量子化ノイズを先読みしてフィードフォワード処理を行なう「先読み型」を採用した。一般に量子化されたデジタル信号をアナログに戻すと、元の信号よりもカクカクの波形になるので、そこがノイズになる。通常はこれにディザリング処理と、ノイズをフィードバック処理するノイズシェーピングを行って丸めている。
このフィードバック処理を、QN3の高速演算処理を使って先読みしてやろう、という方法論のようだ。急速な音の立ち上がり部分にスピード感が得られるという。
多様なリスニングを実現
ではさっそく試してみよう。まず装着感だが、XM5の特徴はなんといってもその軽い装着感だった。締め付けもそれほど強くなく、本体の軽さも相まって、割と長時間の装着にも対応できるのがポイントだった。
一方XM6の装着感は、かなりがっちりぴったりしている。なんというか、「ヘルメット感」のある装着感だ。それだけ隙間もなく密閉されているということだろうが、頭のサイズによってはしんどいという人もあるかもしれない。軽い装着感が好みの人は、XM5の方が無難だろう。
音の方も聞いてみよう。まずはノーマルセッティングでXM5とXM6を比較してみた。再生機はPixel8で、LDAC接続である。Amazon MusicでxPropagandaのアルバム「The Heart Is Strange」を聴いていく。80年代にトレヴァー・ホーンのプロデュースで一世を風靡したPropagandaの女性メンバーで再結成したグループである。
ボーカル入りの「Chasing Utopia」で比較すると、同じシリーズということもあり、XM5とXM6は音質的にはかなり近い。細かいところでは、XM6の方がハスキーなボーカルの輪郭がはっきりして、キレのいい表現となっている。逆にいえば、ちょっとガサガサした感じまで聞き取れる表現力を持つ。
一方XM5はそのあたりのガサ付きが綺麗に丸められており、非常に聴きやすい音になっている。XM5が音楽的な滑らかさを追求したのに対し、XM6はどこまでもリアリティを追求した音になっている。どちらが好みかで選択すればいいだろう。
ヘッドフォンの設定アプリは、昨年10月から「Headphones Connect」から「Sound Connect」に変更になっている。XM6独自の機能としては、新しく「リスニングモード」が追加されている。
これは使用シーンに応じてサウンド空間を変更できる機能で、通常はスタンダードで使用する。これを「BGM」に切り替えると、若干サウンドがオフ気味、つまり遠くから聞こえてくる感じをシミュレーションしてくれる。BGMはマイルーム/リビング/カフェから選択することができ、順番に音源が遠くに行く感じがする。「カフェ」などは、「ああこういう喫茶店あるあるw」という音である。
「シネマ」はソニーの独自の立体音響「360 Reality Audio Upmix」に対応させるモードだ。2Dというかステレオミックスのサウンドを立体的なサラウンド音源に変換して聞かせてくれる。これまでは同社Xperia上でしか利用できなかったが、XM6ではスマホの機種に関わらず利用できるようになった。
通常のサウンドより低音がドーンとディープになり、音源全体がグッと奥行きを持った立体になる。設定としてはシネマ向きのチューニングなのだろうが、ソースは音楽でも可能である。低音が特徴的な音楽を聴くと、まるでULTシリーズで聴いてるようなサウンドになってめちゃめちゃ楽しい。
ただし低音はセンターに定位しているものにしか反応しないようで、コーラスなどで左右に振っているベース音には効果がないようだ。音域だけでなく定位でも囲い込んでいるものと思われる。
ナチュラルさを追求したノイキャンと通話性能
次にチップも新しくなったノイキャン性能を試してみよう。交通量の多い交差点にて、双方のノイキャンをテストしてみた。
基本的にはどちらも完全に無音にすることを目的としておらず、あくまでも自然にノイズレベルを下げるということを主眼に置いている。
実際にテストしてみると、XM5はノイキャン最高と言われたヘッドフォンだけあって、かなりのイズレベルも低い。それほど強い締め付けを感じさせないフィット感ながらもかなり効き具合を発揮する。
一方XM6は、ガツンと強力に効かせるというよりも、場面場面に合わせて適切な格好でやっていこうという方針のようで、何がなんでもノイズカットするというわけでもないようだ。あまりにも聞こえなさすぎると安全性に問題があるということも考慮されているのか、突然の音はある程度通すといった具合に、ノイキャンレベルをずっと調整し続けている。
先日出張する機会があったので、XM6を飛行機の機内でもテストしてみた。
機内はノイズレベルとしては一定ではあるが、ノイズレベルの抑制はかなり効いている。「ドー」という低音までは完全になくなるわけではないが、機内アナウンスも全く聞こえないわけではなく、女性アナウンスは注意すれば聞き取れる。一方機長アナウンスのような男性の声は、何か言っているなとはわかるが、内容が聞き取れるほどではなかった。
飛行機内では気圧がかなり変化するが、気圧変化でノイキャンのレベルが変わるようには感じられなかった。ただ耳の方が気圧の影響を受けるので、時おり耳抜きを行なうなどして対処する関係上、ずっとリニアに変化しなかったという確証はない。あくまでも体験上は気圧変化でも変わらないようだ、という感想である。
次に通話性能をテストしてみた。XM5が登場した2022年はコロナ禍の真っ最中で、イヤフォンでは外音取り込みがブームになり始めていた。リモート会議に向けて、イヤフォンやヘッドフォンの通話性能もそろそろ評価軸に乗り始めた頃であるが、フラッグシップヘッドフォンはまだテレワーク利用を重視した設計ではなかった。
一方XM6は通話のために6基のマイクを使ってビームフォーミングを行うことで、より鋭い指向性を実現している。実際にテストしてみると、確かにXM6の方が音声としては低域まで綺麗に拾っており、いわゆる生音に近い集音ができている。
しかし両モデルともに特筆すべきは、背後に車がガンガンに通ってもほとんど通話音声に影響していないということだ。これは街中路上で通話するようなことがあっても、かなりのレベルで対応できるということになる。
ただ今回のテストでは風がほぼ無風だったので、フカレによる影響は観測できなかった。以前「CH-720N」の時にテストした限りでは、XM5はフカレに弱かったので、風がある現場においては、もう少し差が大きくなるかもしれない。
総論
3年ぶりという、WHシリーズとしてはちょっと間が空いた更新となったXM6だが、ノイキャンプロセッサの刷新や著名マスタリングエンジニアを動員した音作りなど、時間をかけて再設計したことがわかるモデルとなっている。
音質的なブラッシュアップもさることながら、スマートなノイキャンやリスニングモードの新設、また今回はテストしなかったが位置情報をトレースしながらの通勤・通学をサポートするシーンモードなど、生活の中でいかにスマートに音楽を聴かせていくかという工夫に溢れた製品となっている。
音質としてはXM5までの傾向を継承しており、あの音を期待している人には、期待を裏切らない作りとなっている。もっとも違う点は、装着時のフィット感だろう。かなりがっしり囲まれる感じがあり、見た目は近いがアーム部のハード設計としてはかなり違ったものになっているようだ。
とはいえXM5も改めて聴いてみると、完成度が高いヘッドフォンである。3年前の製品ゆえに流通価格もこなれてきているので、今からXM5に行く人がいてもおかしくない。併売される理由も、イヤこれはこれでまだアリ、とソニーが判断したということなのだろう。