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CD不況の今、音楽を買いたい人が集まるイベント「M3」って何?
2016年11月11日 08:30
日本レコード協会の「2015年度 音楽メディアユーザー実態調査」によれば、音楽を聴く手段として主にYouTubeを使う人は、回答項目の中で最多の50.7%。CD(41.8%)やコンサート・ライブなどの生演奏(14%)などを大きく上回る傾向が続いている。「CDが売れなくなった」と言われてからずいぶん経つが、一方そんな現在でも、全国から1万人近い人々が集まり、たった4時間半ほどで数多くのCDが売れているイベントがある。1998年から行なわれ、'16年秋で38回目の開催となった「M3」だ。
M3は「Music Media-mix Market」の頭文字をとったもので、正式名称は「音系・メディアミックス同人即売会」。一般的なCDショップに並ぶメジャーレーベル作品とは異なり、自主製作のCD/DVDなどが中心。店舗で販売されている作品もあるが、ここに来ないと手に入らない作品も多く、お気に入りのアーティストによる新作をいち早く入手できるのが、この日に集まる人々の大きなモチベーションになっている。
音楽を聴く手段が多様化した今、この場所に直接足を運んでCDを買うのはどんな人々で、作り手と聴き手にとって、どんな魅力があるイベントなのか、M3準備会事務局を運営する相川宏達氏に話を聞いた。
M3とは?
M3に出展するサークル参加者(出展者)は、特にプロ/アマチュアといった制限はない。既存の楽曲をアレンジしたり、有名ゲームの世界観などから着想した“二次創作”の音楽が並ぶのが、同人イベントである特色。その一方で、全くのオリジナルで制作された楽曲も多く、ポップスや、クラシック、ロック、テクノなどジャンルも様々だ。CDだけではなく、音楽/映像に関連するハードウェア制作や、作品の評論まで、展示の内容は幅広い。
一口に“同人"といっても、初めて参加するサークルもあれば、普段はプロのアーティスト/クリエイターとして活動しながら“仕事としてではなく、どうしても作りたかった”オリジナル作品を、このイベントに向けて制作した人に出会えるのも面白い。そうした制作者と近い距離で、作品に込められた想いを聞いたり、曲の感想を伝えるといったやりとりが、あちこちで行なわれている。また、楽器メーカーや、音楽制作関連の企業などの展示スペースもあり、楽器の試奏や、アーティストを招いたライブなど、それぞれが自由に盛り上がっている。
毎年、春と秋の2回行なわれ、10月30日に行なわれた今回の「M3-2016秋」は、北海道から沖縄まで38の都道府県から1,300以上のサークルが、このイベントに合わせた新作などを持って集まり、海外からの参加者も増加したという。頒布(販売)されるCDなどを求める人は“お客さん”ではなく“一般参加者”。出展内容などが書かれたカタログ(1,000円)を購入し、それを入場証として使う仕組みだ。
会場は、東京・大田区の「東京流通センター」(TRC)。第1ホール(約4,000m2)、第2ホール(1F/2F合わせて約4,000m2)のスペースが、スタートするとあっという間に参加者で埋め尽くされ、人気サークルの新作には、順番待ちの列ができる。
M3にはどんな人が参加している?
――そもそも、M3はどのようにして始まったのでしょうか?
相川氏(以下敬称略):コミックマーケット(コミケ)で、音楽やラジオドラマなどを発表していたサークルで知り合った人たちから「自分たちで即売会をやりたい」というアイディアが出て、準備会を立ち上げました。当時のコミケは、「音楽」というジャンルは無く、「ソフトウェア」など他のジャンルとして出す形でした。M3という名称や、“音系”という言葉を使うことも、準備会のミーティングで決まったものです。1998年3月に、浅草橋の東京文具共和会館で開催したのがM3の最初でした。
――なぜ“音楽”ではなく“音系”なのでしょうか?
相川:当時から、音楽に限らず、ラジオドラマやMADテープ(既存の音素材を繋ぎ合わせるなど編集し、新たな意味を持たせた作品)のような、「音楽」と書くと除外されるジャンルが多かったためです。音を表現に用いることを総合的に「音系」と称しています。
初期の頃は、イベントスタッフを出展者が兼ねていたり、一般来場者もコミケでサークルとつながっている人たちが多く集まりました。そのうち、“イベントを作ることが楽しい”という人たちが専任のスタッフとして集まり、今は、カタログ制作などの事前作業、参加者の誘導など当日作業のスタッフを合わせると100人以上になります。皆さんボランティアで、それぞれ普段の仕事や学校生活をしながら、時間を捻出しています。
――「音系」といっても、オリジナル作品や、ゲーム/アニメの2次創作などを含めて、かなり幅広いと思いますが、どういった出展が多いですか?
相川:色々な軸がありますね。動画や絵が軸となっているものもありますし、音と関わるハードウェア、道具だったり、評論のような第3者的な関わり方もあります。何らかの表現行為が音につながっている、という形が多いです。
オリジナル作品に加えて、“元ネタを使って遊ぶ”ような2次創作も大きなウェイトを占めます。MADなどは典型的な例ですが、音響をネタに“再構築”に取り組む人もいる。どのジャンルとどのジャンルがうまく交わるのか、思いもよらなかった結びつきが生まれてくるので、そんな驚きが楽しいところです。
メディアの変遷や流行など、様々な要素が作品に影響
――今、どれくらいの人が来場して、作品数はどれほどになるのでしょうか?
相川:来場者数のカウントはしていませんが、'16年秋は、(一般参加者の入場証となる)カタログの販売数は約7,000部を超えるほどで、出展したサークル数は1,334サークルでした。各サークルが登録時に申請した作品数は延べ約3,200でした。ただ、登録時の入力フォームでは最大3作品の記入で、実際は3タイトル以上を用意するサークルが多いため、これよりはるかに多いタイトルが用意されているはずです。
サークル参加も一般参加も、秋より春の方が多いですね。年2回あるコミケの、12月~8月の期間の方が、9月~11月に比べて時間的に余裕があるためだと思います。
――第1回の頃は、どれくらいの規模だったのでしょうか?
相川:発行部数は500部程度だったと思います。入場料はカタログ代含め300円でした。参加サークルは、カタログ掲載分で53サークルでした。そのうち、今も同じサークル名でM3へ出展しているのは9サークルあります。それ以外に、別名義で活動を続けているケースもあると思います。
――これまで、参加するサークルや展示の種類などが、大きく変化したタイミングなどはありましたか?
相川:世の中の動向には敏感ですね。M3のこれまでの参加サークルの傾向を見ると、一番そうした影響が大きいのは2次創作だと思います。最初は、美少女ゲームなどの「ゲームアレンジCD」をやりたいという人が多かったですね。
その後、制作する手段が変わったことは大きいです。第1回の1998年は、CD-Rが爆発的に普及する前夜でした。当時、ライトワンスのCDもありましたが、それはマスターなどに使われていた高価なもので、配布用として使うのは無理でした。配布メディアはカセットテープや、MD、FDなどが中心でした。
その後、ソニーから数万円で買える廉価なCD-Rライターが登場して、メディアもだんだん値下がりすることで、CDが代表的なメディアになりました。音楽を作るために、シンセサイザーがあって、PCでミックスしたものが、CDというデジタルメディアへ記録されることによって、ようやく“作る手段がつながった”と言えます。
ボーカロイド(VOCALOID)の影響も大きかったですね。DTMの打ち込みでオケを作るのは、それまでも成り立っていましたが、“人間に残された最後の部分”だったボーカルが、ボーカロイドによって歌もDTMに取り込まれました。道具の進化によって、新しいジャンルを始められた人や、DTMを始められた人もいます。
もう一つは、ネットメディアの影響ですね。特にニコニコ動画の影響は大きかったです。作者が投稿して、オープンで聴けて、コメントが付いて、反響を作者が知るまでの時間が短くなりました。
作られてから、受け手の反応があって、それに触発されて次の作品が生まれるサイクルが短くなりました。そうした新しい作品が、M3にも登場してくる現象が起きたのが数年前のことです。「歌ってみた」ジャンルの人がニコ動で歌った曲をM3で頒布すると、一般来場者の層にも影響がありました。“歌ってみた”ジャンルに反応していたのは若い人、中学生などでしたので、それまで来ていなかったような人がM3に突然増えて、中には親同伴で買い求めに来たりといったこともありました。社会現象やブームがM3にも流れ込み、これまで積み重なってきました。その新しい参加者の層が重なって、今の厚みになっていると思います。
サークルの配置はどうやって決めている?
――会場を回っていると、サークルの出展場所はジャンルごとにある程度分かれているようですが、たまに、一つ隣のブースが全然別ジャンルだったりと、意外な並びの場所もあるように思います。サークルの配置には、何か決まったルールなどがあるのでしょうか?
相川:まずサークル申し込みの段階で、「自分たちは、このジャンル、このエリアに配置されたいという希望を受け付けます。それから、スタッフの中で、ジャンルの動向に詳しい人たちが協力して、「ココとココは近く」などの配置を決めます。“配置合宿”と称して、2日間くらいかけて決めています。
重要なのが、そのジャンルの中の隆盛を見極めることでしょうね。あるサークルがジャンルの中で人気で勢いがあって、(購入する人の)列ができそうだと分かっている場合は、その列が整理しやすい(壁際などの)場所に配置します。
スタッフそれぞれに、注目しているジャンルがあります。そのジャンルの中で、今の位置付けを知っている人が知恵を出し合うことで、できるだけ当日の人の流れを合理的にしようとしています。
サークルの注目度を測る方法として、例えばTwitterフォロワー数などで、機械的に分類するという方法ももちろんありますが、「新作があるかどうか」は重要ですし、「新作の注目度がどれくらい高いか」は、その雰囲気を掴んだ人間でないと分かりません。好きで注目しているジャンルだからこそ、そういったことが分かるんですね。
――ゲームなど、“その文化を分かっている人向け”の作品も多い中で、それとは全く別に、純粋に“自分の作りたい音楽を聴いてほしい”というオリジナル作品のサークルも共存しているのが、M3の面白いところだと思います。
相川:“同人=ゲームアレンジ”というイメージもあるかもしれませんが、M3のサークル数や、内容などをみると、オリジナルと2次創作の割合は、6:4か、7:3くらいでオリジナル指向が高いと思います。
――今はネットで色々な表現手段はありますが、それまでは出せる場所が少なかったというのが理由でしょうか?
相川:それもあると思いますが、マンガ同人などとのつながりが、だんだん希薄になっているのかもしれません。ゲームアレンジは、“ゲームネタ”が存在する場所でなければ成立しませんが、M3は“自分の作品を出したい”人が多いのかもしれません。
――相川さんご自身も、高音質録音やSACD制作などを手掛ける「アイ・クオリア」として、企業出展されていますね。M3において、企業による出展が始まったのは、いつごろからだったのでしょうか。
相川:'08年のM3開催10周年イベントで企業出展を募ったことがあり、'11年春から本格的に受け付けるようになりました。楽器メーカー、ソフトハウス、レーベルをはじめ、様々な内容の出展をしていただいています。
――相川さんは、最初はサークルとしても出展されていたとのことですが、どんな展示だったのですか?
相川:マンガのイメージアルバムに楽曲を提供していました。私はクラシックを学んだので、オーケストラ風の曲を書いて、打ち込みをしてもらった曲をまとめてアルバム作ったり、オーケストラ音楽などのオリジナルも作っていました。
“場を提供する”のがM3
――人気アーティストの作品は、ボーカル参加などで複数のブースに出展されていることも多いですね。ある一般参加の方が、そのアーティストの出展情報をまとめてリスト化してくれたので、効率よく会場を回れて、大変ありがたいと思ったことがあります。
相川:M3のサイトの出展リストは、ソースを見ると分かっていただけると思いますが、タブ区切りテキストになっていて、情報を取り出しやすくしています。「加工したければどうぞ」という意図を理解して、スマホ用の検索アプリにしたり、Webアプリにしてサークル検索などの仕組みを作る人もいます。ご自身が当日参加するために始めたことだと思いますが、こうした技術を持っている人がアプリなどを作るのも、M3への一つの関わり方、参加の仕方なのではないでしょうか。
――YouTubeなどで音楽が聞かれることが多い中で、今もCDを買いに、この場へ足を運ぶ人が多いのは、どういった理由があるとお考えでしょうか。
相川:単なる頒布の場所でなく、出展者と一般参加者の交流の場となっているということがM3の最大の存在理由です。作品の発表と受容が両者の動機であることは間違いありませんが、それよりも、作品を軸にして交流が生まれることに大きな意義があると考えています。作り手は作品を超えて語りたいことを、受け手や他の出展者にも伝えられます。受け手はその印象を直接作り手に語り掛けて大きな創作の輪に参加できます。こうした関係がリアルの体験となるのがM3で、この場を共有することがM3へ参加する理由になっていると思います。
これが商業イベントだったら、「場を盛り上げないといけない」のかもしれませんが、M3は、場を演出するつもりはありません。できるのは「好き勝手にやってください」という場所を作ることです。先ほど話した通り、色々なタイミングで流行が起こり、他の産業からの影響だとか、ネットワークの進化といった、我々がコントロールできない要素で、新しいトレンドが生まれてきます。それを見越して演出するというのは難しく、おこがましいことでもあると思います。新しいことが起こったら、それが入ってきやすいようにしておけば、M3としては十分だと思います。
――確かに、演奏を楽しんでいたり、ブースの装飾で個性を表現をするなど、それぞれ自由に自分の世界を楽しんでいる雰囲気があると思います。数や規模が増えればそれでいいのではないということですね。
相川:いま実際に創作をしている人が、結果としてM3に参加していますが、たとえM3へ直接参加しなくても、もの作りをする人がこれほど多くいるということが、面白いし重要なことだと思います。最近は、海外からの参加者も目に付きます。数として多いのはアジア圏、特に韓国や台湾で、欧米からの方も多いですね。
相川:以前、「台湾で似たようなイベントをやりたい」と話をされたこともあります。ただ、台湾で独自にM3のようなイベントを立ち上げられるかというと、難しいらしいですね。それは、個人として創作する土壌がまだ備わってないからとのことです。マンガ同人は既に有名なイベントもありますが、音系はまだ薄くて、単独で“M3台湾版”のようなことを始めるのは今は無理だとその方々は言っていました。将来的にどうなるか分かりませんが、そう考えると、日本でいまM3に出展される方が千数百人いることが、すごいと思います。
幸い、日本は好きなように言ったりやったりできる国なので、その中で、自分なりのやり方を見つけていけばいいと思います。そうした数が増えて、結果的にM3へ参加してくれるのはありがたいことですが、まずは、やりたい方が好きなようにできることが大事だと思います。
M3に出てくる作品を聴く楽しみの一つは、「どこか自分の知らない場所で作られた」のとは違って、M3で会える人が作っているという“身近な共感”があると思います。聴き手の側にも、そうした能動性があって参加していることが、共感できる素地になっているのだと思います。