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“初にしてひとつの完成形”。アニソンにも最適!? マランツのUSB DAC/ヘッドフォンアンプ「HD-DAC1」

 フルサイズの単品コンポを室内で楽しむピュアオーディオをメインとすると、サブ的なジャンルだったヘッドフォン。だが、昨今のブームと製品数増加により、音質を追求する“もう1つのオーディオのスタイル”としての地位を築くまでとなった。ヘッドフォンにハマると、それをキチンとドライブするためのヘッドフォンアンプにも興味が出てくる。細かな音が聴き取りやすいため、ハイレゾとの親和性も高く、USB DAC機能を搭載したアンプが多いのも御存知の通りだ。

マランツ「HD-DAC1」

 こうした流れを受け、ヘッドフォンアンプやUSB DAC市場に、ピュアオーディオメーカーの参入が相次いでいる。従来は小さなメーカーが一部のマニア向けに製品を開発していたが、長年ピュアオーディオ機器の開発で培ったノウハウを持つ大手メーカーが登場した事で、音質的には新たなステージに入った印象だ。

 そして、10月上旬に新しい注目機が登場する。マランツが手掛ける初のヘッドフォンアンプであり、USB DAC機能も搭載した「HD-DAC1」だ。

 注目の理由は大きく3つある。

 1つ目は“マランツ初のヘッドフォンアンプ”である事。“初”と書くと、なんだか新興メーカー参入というイメージだが、実際は真逆だ。ヘッドフォンアンプも要するにアンプである事に変わりはない。アンプメーカーとしてのマランツは約60年の歴史を持つ、泣く子も黙る老舗中の老舗。また、同社は従来からフルサイズの単品コンポにもヘッドフォンアンプを搭載しており、その音質には定評がある。新参者どころか、アンプを知り尽くした“アンプの王様”が、ヘッドフォンアンプ市場へついに登場という感じだ。

「HD-DAC1」の背面。固定出力、可変出力を備えている

 2つ目はUSB DAC機能だ。AV Watchではこれまで詳しく取り上げているのでご存知の方も多いと思うが、マランツはフラッグシップのUSB DAC/ネットワークプレーヤー「NA-11S1」で、デジタル・アイソレーション・システムを用いて、“徹底的”と言えるノイズ対策を実施。そのUSB DACの音が大きな話題となった。

 その技術は「NA8005」など、下位モデルにも投入されているが、今回の「HD-DAC1」にも搭載されている。ハイレゾ対応PCオーディオとしても注目機というわけだ。さらに、ライン出力も備えているので、単体のUSB DACとしても見逃せない。可変出力もあるので、パワーアンプに繋いで“USB DAC付きプリアンプ”として使う事も可能だ。

 最後のポイントは価格だ。ご存知の通り、ピュアオーディオメーカーの単品コンポは、20万円、30万円台が当たり前で、10万円以下の製品はあまり無い。「あこがれのメーカーのコンポが欲しい」と思っても、おいそれと買えない。だが、HD-DAC1は定価で108,000円。販売が開始されれば10万円を切るだろう。サイズもフルサイズコンポと比べると横幅250mm、奥行きも270mmとコンパクトでPC用デスクなどにも設置しやすい。高価なフルサイズコンポはちょっと……と思っていた人にこそ、気になる製品というわけだ。

HD-DAC
横から見たところ
上から見たところ

「アンプの“ひとつの完成形”」

マランツ音質担当マネージャー 澤田龍一氏

 HD-DAC1の最大の特徴は、アンプ部にある。ピュアオーディオメーカーの多くは、ハイエンドモデルで培った技術を、下位モデルへと落としていき、ラインナップを構成する。そのため、HD-DAC1も「これまでのスピーカー用アンプ開発で培った技術をヘッドフォンアンプに投入」というような話になりそうなものだ。

 しかし、HD-DAC1がユニークなのは、マランツが“これまでのスピーカー用アンプで使いたくても、使えなかった究極のアンプを実現するアイデア”を、スピーカー用アンプに使う前に、HD-DAC1に投入してしまった点にある。その結果、「マランツが求めてきた、アンプの“ひとつの完成形”」が実現したという。つまり、本来ならば100万円近くするようなハイエンドモデルに投入するハズの技術を、10万円のモデルに豪快に入れてしまったというわけだ。

 その理由は何故か? お馴染み、マランツ音質担当マネージャー 澤田龍一氏は「HD-DAC1が“ヘッドフォンアンプだったから”ですよ」と笑う。

澤田氏(以下敬称略):HD-DAC1に使った技術は、長年温めていたアイデアでした。スピーカー用のアンプでいつか実現しようと、十数年前から、それに近い技術を投入し、ノウハウを蓄積していたのです。しかし、そのアイデアを究極まで実現しようとすると、スピーカー用アンプでは非常に大掛かりなシステムになり、コストもかかってしまう。そんな時、ヘッドフォンアンプを作る事になり、ヘッドフォンアンプでならば実現できるのではないかと考えたのです。

 キーワードは“アンプの仕事の完全分業”だ。

 アンプの役割は、簡単に言えば入力された信号の増幅と、スピーカーのドライブだ。しかし澤田氏は「スピーカーのドライブは、なかなか難しい作業」だと言う。御存知の通り、周波数によって複雑なインピーダンスカーブがある。また、電力で動作するスピーカーは、同時に発電機でもあるため、動いて音を出すと逆起電力も発生し、それがアンプに戻ってきてしまう。こうした要素がアンプに悪影響を及ぼし、音質を低下させるのが課題。

 それをなんとかするためにマランツのパワーアンプの内部は、前段にある電圧増幅部(ボルテージアンプ)と、後段の電力増幅部(パワーバッファアンプ)に分けられている。言わば2つのパートで増幅する構成だ。こうする事で、スピーカーから戻ってきた逆起電力は、パワーバッファアンプに入るが、感度の高い前段のボルテージアンプには影響を与えない。電流増幅部で、音に大きく影響する“キモの部分”を盾のように守る形だ。

HD-DAC1のヘッドフォンアンプ回路

 例えば「MA-9S2」というアンプでは、前段の電圧増幅部で23dB、電力増幅部で6dBという増幅の配分になっている。この配分は、各モデルで微妙に変えられており、最も音質が優れる配分になっているという。こうした取り組みが、十数年続けられて来たわけだ。

マランツ歴代のアンプにおける、分業体制

 その上で澤田氏は、「あくまでも理想は、信号増幅とスピーカードライブの完全な分業」だと言う。つまり、後段にある、スピーカーをドライブするアンプ部では“信号増幅はしない”という事。詳しく言えば、スピーカードライブ用アンプの増幅ゲインを0dBにする事。信号の増幅は一切せず、スピーカーのドライブだけに専念するというわけだ。しかも、それをいっさいNFB(負帰還)をかけないで実現しようというものだ。

 では、なぜこの“アンプの理想型”を、スピーカー用アンプで実践しなかったのだろうか?

澤田:スピーカーアンプで理想型をやろうとすると、パワーアンプの後ろに、もう一つアンプのファイナルステージを追加するような、複雑かつ、大掛かりな構成になってしまいます。そうすると、コストも大幅にかかるため、現実的には難しかったのです。

 しかし、ヘッドフォンアンプであれば、出力はせいぜい数十mWで済みます。もしかしたら、ヘッドフォンアンプであれば理想型が実現できるのではないか? ……というのが、HD-DAC1開発のスタートでした。

HD-DAC1のヘッドフォンアンプでは、0dBゲインの無帰還型バッファアンプを実現している
レベルダイヤグラム

 だが、初の試みであるため、当然開発は困難だったという。

澤田:一番の難点は、バッファアンプの部分でNFBを用いないため、そのステージでは“音に手を加えられない”事です。つまり、(音に)お化粧ができないので、それをしない状態で、裸の回路であっても素性が良く、音が良くなければならない。言うのは簡単ですが、何の補正もかけず、ワイドレンジで低歪で安定度が高い……そんなもの作れるのか?(笑) というくらい困難なテーマでしたが、エンジニアが頑張ってくれました。

 実際に出来上がったアンプを聴いてみますと、私達が長年求めていきた立体感やディテールをどれだけ出せるか、情報量をどれだけ出せるか、という部分において、理想をクリアできました。非常に高精細で精密な音ですが、それを“自然に出せている”事がポイントです。

 実は、いろいろなものを意識させずに、自然な音を出すというのは難しい事なのです。ヘッドフォンを装着して長時間聴いていても、まったくストレスが無い音でありながら、ディテールは全てわかる。まさしく狙い通りの音が出ました。

 HD-DAC1は、ヘッドフォンのためのアンプを作るというよりも、“ハイファイの理想”を追求し、それがヘッドフォンアンプという形で実現したもの……と言えます。

USB DACには、お馴染みのデジタルアイソレータ

 USB DAC部も見ていこう。特徴は、DACの前部分にデジタル・アイソレーション・システムを搭載している事。USB接続されたPCから流入する高周波ノイズや、HD-DAC1のデジタル回路から発生する高周波ノイズによる音質への悪影響を排除するための工夫で、高速デジタルアイソレータを8素子、計16回路投入している。

HD-DAC1のデジタル基板
縦に沢山並んで見えるのがデジタル・アイソレータ

 ノイズの固まりであるPCとオーディオ機器をUSB接続すると、オーディオ機器にノイズが侵入する。それを防ぐのがデジタル・アイソレーション・システムだ。この素子は、ICチップ上に組み込まれたトランス・コイルを介して、磁気によりデータ伝送を行なっている。入力側と出力側を電気的に絶縁しながら、データ伝送ができるわけだ。

 このアイソレータは、DACの直前に配置され、そこでデジタル信号を一括して絶縁。DAC回路以降にノイズが侵入しないようにしている。そのため、USB DACだけでなく、光デジタル、同軸デジタルから入力された信号にも効果を発揮する。

 なお、アイソレータが8素子、16回路と、NA8005の6個/12回路より増えているのは、ゲインの切り替えやミューティングのコントロールなど、コントロールマイコンから出たコントロール信号すらもアイソレーションしているためだ。この徹底ぶりを澤田氏は、「裏道が抜けていると、表通りだけ(アイソレータを)通しても意味がない」と表現する。

 USBはアシンクロナス伝送に対応。PCMは192kHz/24bit、DSDは5.6MHzまで再生可能。ASIO 2.1によるDSDのネイティブ再生、DoP再生も可能だ。ファイルフォーマットはMP3/WMA/AAC/WAVをサポート。USBメモリに保存したMP3/WMA/AAC/WAVも再生できる。iPod/iPhoneとのデジタル接続も可能だが、その場合は48kHz/16bitまでの対応となる。

 USBだけでなく、同軸デジタル×1、光デジタル入力×2も装備し、どちらも192kHz/24bitまでに対応している。

 DACはシーラスロジックの「CS4398」。DAC以降のアナログステージはフルディスクリート回路。独自の高速アンプモジュールHDAM、HDAM-SA2を使い、前述のように電圧増幅段にHDAM-SA2による電流帰還型回路を、ヘッドフォンをドライブする出力段にはフルディスクリート構成の無帰還型バッファアンプを搭載している

音を追求しながらも、使いやすいサイズに

澤田:フルサイズのヘッドフォンアンプにせず、このサイズに収めたのはデスクトップでの置きやすさを考えた結果です。あまり大きいと使いにくいですからね。当初の案では、もう少し奥行きがあったのですが、実際に使う際には、筐体の背後からケーブルが出るわけですから、さらに奥行きが必要になる。ノートパソコンなどと一緒に置きやすいよう、できるだけ理にかなった、合理的なサイズにしようと、今の形になりました。

ノートパソコンと並べた使用イメージ。フルサイズコンポと比べると、横幅だけでなく奥行きも短いので、デスクトップの設置にも対応できる

澤田:分相応という言葉がありますが、むやみに筐体を大きくしても、かえって音にはマイナスになる事もあります。パーツも、とにかく高級であれば良いというわけではありません。例えばサイドパネル、一見するとウッドパネルに見えますが、これは中空のプラスチックに木目印刷をしたものです。取り外すと裏側は空洞になっています。

筐体内部
ボリュームノブ。質感は高い
ダイキャスト製のインシュレータ

澤田:このサイズの筐体の場合、例えばソリッドなウッドパネルを取り付けると、かえって音を殺してしまう事があります。もちろん防振材は必要最小限の量を適所に配置していますが、振動をやみくもに無くすのではなく、コントロールするバランスが重要です。この佇まいの中で、最適に調整した結果、このような仕様になっています。

 振動対策としては、インシュレータもダイキャストで新たに起こしたパーツを使っています。飾り気がまったく無くて、素っ気ない見た目ですがコストはかかっています(笑)。

 両サイドの木目パネルが効いている事もあり、いわゆるPCオーディオ風ではなく、"ピュアオーディオ”という雰囲気の落ち着いたデザインだ。

澤田:中央のディスプレイはマランツらしい丸窓です。四角いディスプレイにすれば、表示量は増えますが、あえて難しい丸窓にしています。“どこから見てもマランツ”というデザインの方が良いのではないかと考えました。

フロントパネル。落ち着いたデザインだ
丸窓には再生中の楽曲ファイルの仕様などが表示される

聴いてみる

 音を聴いてみよう。まず、いつも使っている「e☆イヤホン」オリジナルヘッドフォン「SW-HP11」を接続。Windows 7のPCとUSB接続し、foobar2000で再生した。

「e☆イヤホン」オリジナルヘッドフォン「SW-HP11」を接続

 お馴染み「イーグルス/ホテルカリフォルニア」の192kHz/24bitデータを再生。出だしから芯のあるベースがズシンと響き、背骨に響くような迫力だ。据置型ヘッドフォンアンプらしい、腰の座った安定感のある音。そこからヴォーカルやエレキギターが入り、音の数が増えていくと、ある事に気づく。

 低域はパワフルなのだが、決して荒い音ではない。SNが良く、非常に滑らかでナチュラルだ。この傾向は中高域も同様で、荒れてカサついたり、音の輪郭描写のエッジがキツく感じるような部分がまったくない。恐ろしいまでに上品で、美しい音だ。

 凄いのは、美しい響きの音色が付帯していたり、刺激音をマスキングしてナローにしているような“作った美しい音”ではない点だ。音色に付帯音はまったく無く、高域の抜けも抜群に良い。音像のフォーカスも極めてシャープで、ピシっと合っていて、フラフラと揺れる事もない。

 全体として聴いていると、美しく、ホッとリラックスできる音だ。それなのに、細かな部分に意識を集中すると、解像度や低音の低さなどの要素は非常に深く、ハッとするほど高いクオリティで出ている。一聴しただけでは“上品な音”と感じるだけなのだが、しばらく聴いていると“実は凄まじい音”だとわかり、前のめりになる。ヘッドフォンアンプで聴いた事のないタイプで、ピュアオーディオでフロア型スピーカーと対峙している感覚に近い。

 ハイエンドのピュアオーディオでよくある感覚だが、音に一切のストレスが無く、自然に広がる様子が心地よく、ついボーッと聴いてしまう。柔らかで質感豊かな音……にもかかわらず、フニャフニャはせず、全ての音がキチッと聴き取れる。あの魔法のような感覚が、HD-DAC1+ヘッドフォンで再現されている。音作りの上手さというか、ピュアオーディオで目指している音と、HD-DAC1が目指している音が同じ場所だというのがよく分かる。

 「SW-HP11」も2万円以下では良いヘッドフォンだが、よりグレードの高いヘッドフォンとも組み合わせてみよう。AKGのオープンエア型「K812」(オープンプライス/実売15万円前後)だ。

AKGのオープンエア型「K812」を接続

 K812は、AKGで最大口径となる53mmのドライバと、磁束密度1.5T(テスラ)の磁気回路を搭載し、ワイドレンジで色付けの少ない、繊細な描写が楽しめるモデルだ。同様の価格帯では、ゼンハイザーの「HD800」がお馴染みだが、HD800と似た傾向ながら、中低域の厚みをもう少し増やしたようなモデルだ。

 開放型のK812に変更すると、HD-DAC1の音場の広大さが、より良く分かる。耳のすぐ近くにあるユニットから音が出ているのに、その感覚が無く、部屋の中に自然に音楽が流れているように錯覚する。ハウジングの余分な響きも少なくなるので、ギターやヴォーカル、ベースなど、個々の音色の違いもわかりやすい。

 「藤田恵美/camomile Best Audio」から「Best of My Love」を再生すると、1分過ぎから入るアコースティックベースがズシンと量感豊かに再生される。余分な響きが無く、タイトで、弦の震えている様子が良く見える。面白いのは、タイトな描写にも関わらず、音が痩せたり、薄味には聴こえない点だ。むしろ逆で、リッチで、情感豊かな響きが堪能できる。相反する要素が高い次元で両立されており「どーなってんだコレ」と首をかしげたくなる。

 ゆったりとしたグルーブに身をまかせて、ぼんやり聴く事もできるし、ヴォーカルの口の開閉にが気になってそこに意識を集中すると、口の中の湿度もわかりそうなほど生々しい高解像度で聴き取れる。伴奏のミュージシャンが息を吸い込む「スッ」というかすかな音までわかるのに、カリカリな音ではなく、高域は非常にナチュラルで質感豊かだ。

 アンプの再生能力の高さもそうだが、デジタル・アイソレータを活用したUSB DACの音の良さも効いているのだろう。以前、「NA-11S1」や「NA8005」の試聴した際に、PCMのハイレゾデータが、まるでDSDのような、アナログライクなナチュラルさで再生されて驚いた記憶があるが、HD-DAC1で聴くPCM音は、まさにあの感覚と同じだ。むしろヘッドフォンで聴く事で、USB DACの音の良さがよりわかる。PCMとDSDを聴き比べて「DSDの方が良いなぁ」という人も、このDACで聴くと、PCMの音を見直すかもしれない。DSDで聴く「モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第4番 ニ長調 K.218」も、弦楽器の響きの美しさが、S/Nの良さも相まって良く聴き取れる。

ゲインを変えると、アニソンが質感豊かに!?

 ひとしきり聴いていると、澤田氏から、「アンプのゲインを変えながら、ハイレゾのアニメソングを聴いてみて」という意外なリクエストが。なんでも、ゲインの切り替えによって音が変化し、さながら“音質モード変更”のような使い方ができるらしい。

 ……でも、なぜアニメソング? と思いながら、PC内のフォルダを探す。幸い大量にあるので選び放題だが、アニソンと言っても曲調音質様々で迷う。元気の良い、疾走感のあるオープニング曲が“アニソンらしい”だろう。最近96kHz/24bitで配信が開始された、「茅原実里/NEO FANTASIA」から「この世界は僕らを待っていた」をチョイス。「翠星のガルガンティア」のオープニングだ。

 まず、ゲインを「High」に設定、気持ちのいいと感じる音量まで上げて聴きながら、「Mid」、「Low」と切り替え、その都度、「High」の時と同じ音量になるまでボリュームを調整する。切替時にボリュームを上げたままだと爆音になる危険があるので、一度ヘッドフォンを外しながらやると良いだろう。

ゲインを切り替えてみると……

 「High」で再生すると、まさにアニメソングらしい、元気いっぱいなサウンド。個々の音が広い空間にはじけて飛び出すようで、ドラムの勢いも凄い。気持ちは良いし、疾走感は抜群だが、オーディオ的に聴くと、音の勢いが強すぎて、ヴォーカルとギター、ドラムなど、個々の音の質感が同じトーンになってしまう。悪く言うとゴチャゴチャした音だ。ただ、HD-DAC1の凄いところは、そんなタイプの楽曲を、音量上げ目で再生してもうるさくは聴こえないところだ。

 「Mid」にすると、ヴォーカルの声の表情が豊かになり、背後に広がるストリングスの響き、ドラムやギターの音色がキチッと描き分けられ、グッと味わいが増す。打ち込みの電子音も細かく聴き取れるようになり、「ああ、こんな音まで入っていたんだ」と気づく部分が増える。まるでギラギラし過ぎてよく見えなかった宝石箱の中身が、ちょっと光の強さを抑える事で、見渡せるようになった感じだ。

 「Low」にするとさらに面白い。質感描写がさらに豊かになり、音楽全体がグッと表情豊かになる。声の感情表現が本当に豊かで、生々しくなる。ヴォーカルの背後には様々な音が飛び交っているが、それに影響されずヴォーカルが中央でキチッと聴き取れるため、まるで歌手ががこちらに一歩近づいて来たようにも感じる。

 ハイレゾの情報量の豊かさが、Lowにすると非常にわかりやすい。ついでに「μ's/僕らは今のなかで」(ラブライブ!第1期オープニング)のハイレゾも聴いてみたが、キャラクター達の声の違いが非常によく聴き分けられる。冒頭では、“マイクの前で歌っている”という収録現場の臨場感がキチンと伝わり、“アニソンなのにアニソンぽくない”、なんとも不思議な感覚が味わえた。

ゲインを変えると、アニソンの質感がかなり変化する

 非常に面白いが、これはいったい何なのだろうか?

澤田:ゲイン切り替えはロー、ミッド、ハイの3つあります。普通の使い方では、低インピーダンスのヘッドフォンであればロー、ミドルならミッド、ハイインピーダンスならハイを選びます。ただ、必ずそれに合わせなければならないという話でもありません。ボリュームの位置が変わるだけですので、どれを選んだから“悪い”という事ではない。むしろ、積極的にお客様に選んでいただき、キャラクターコントロールに使っていただければ面白いと考えています。

 ゲインの切り替えで音が変化するのはNFB(Negative Feed Back/負帰還)の量が影響しています。もちろんF特(周波数特性)や歪はほとんど変わりません。しかし、NFBn量が変わると、音のキャラクターは変化します。これは作ってみたら偶然そうなったのではなく、我々が今までの製品作りを通して、経験で知っていたことです。

 '94年に発売した、「SC-5」というアンプがあります。これは専用のバッテリと組み合わせて使う、バッテリドライブ型のアンプですが、ボリュームノブの下に、ゲインボリュームがついていました。これを調整すると、NF量が変化する、そうすると、音も変化する事がわかりました。

 具体的には、NFを深くすると端正な描写に、浅くすると、悪く言えばラフに、良く言えばのびのびと、抑圧感の無い音になります。私個人としては“NFの浅い音”が好きなのですが、人によっては思いっきり深くして、キチッとした、“お行儀の良い音”が好きだという意見もあります。いろいろ悩んで、ゲインボリュームを真ん中に戻して聴いているというお客様も当時いらっしゃいました(笑)。

 HD-DAC1は電流帰還型で、SC-5は電圧帰還型ですので、効果は若干違うだろうけれど、HD-DAC1でも同じようなキャラクターの変化は起こるだろうと予想しながら開発しました。

 つまり、ゲインコントロールがキャラクターコントロールにもなるだろうと、経験的にわかった上で作られたというわけだ。では、そもそも、どうしてキャラクターコントロールが必要なのだろうか?

澤田:開発に先立ち、営業の方から、ピュアオーディオで良く聴かれるクラシックやジャズだけでなく、ヘッドフォンユーザーに人気のあるアニメソングも楽しく聴けるモードを作ってくれないかという要望がありました。

 ただ、我々はハイファイを追求していますので、アニメソングだけに合わせた音作りや、周波数特性を変化させたモードを作るわけにはいきません。そこで、“アニソンモード”というわけではありませんが、ゲイン切り替えによるキャラクターの変化が、そうした用途にも使えるのではないかと考えたわけです。

 実際にヘッドフォン祭やポタフェスなどを取材すると、アニソンを試聴曲にしている人は多い。昨今のハイレゾ楽曲配信でも、アニソンや声優系楽曲の配信開始には多くの注目が集まる。ヘッドフォン&PCオーディオとアニソンは、密接に関わっていると言っても良いだろう。

 ただ、マランツのような老舗オーディオメーカーが、そういうニーズに配慮してくれる時代になったんだなと思うと、妙に感慨深い。自宅や編集部ではアニソンも良く聴くが、澤田氏の試聴ルームでアニソンを聴いたのは今回が初めてだ。

澤田:最初は、元気の良いアニメソングには、NFを浅くした方が開放的でマッチするのではと考えて開発していました。しかし、実際に聴いてみると、深くした方がマッチしました。NFを深くすると、カチッとした音になり、のびのびしたサウンドとは逆方向なのですが、アニメソングのように元気いっぱい、悪く言うとガシャガシャした楽曲の場合、カチッと描写した方が、バランスがとれるようです(笑)。

 もちろん、アニソンと一口に言っても千差万別だが、いわゆる打ち込み主体で、勢いがあり、音の数が多い、賑やかな楽曲で、ゲイン調整を積極的に使うと、今まで聴こえなかった“質感”が聴き取れて、新たな一面が楽しめる。アニソン以外でも活用できそうだ。まあ、あくまでゲイン調整機能であり、マランツ側が「アニソンモード」として用意しているわけではないが、活用しがいのあるユニークな“裏ワザ”と言えそうだ。

上品かつ先進的なサウンド

 ヘッドフォンアンプとして完成度の高いモデルだが、USB DACの音も相変わらず良い。「デジタル・アイソレータを使ったUSB DACが低価格で欲しかった」という人にもマッチするだろう。なお、ほぼ同じ回路を採用している「NA8005」と較べてどうなのか気になるという人もいると思うが、USB DACの音質は完全にNA8005と同じではないという。

澤田:回路構成は変わりませんが、NA8005にはネットワーク再生機能があります。仮にネットワーク再生をしていない状態でも、そのコネクションを維持した状態になっています。そうしなければ、ネットワーク再生をする際にまた繋ぎ直す必要があるためです。そのためのチップなどは、USB DACを利用している時にも、起動した状態になっています。その点、HD-DAC1にはネットワーク再生機能がありませんから、そうしたハンデは少ない。私が聴いた印象では、ディテールの再現が、少しHD-DAC1の方が優れているように聴こえます」とのことだ。

 不満は少ないが、気になるポイントもある。ヘッドフォン出力がアンバランスのみで、バランス駆動に対応していない点だ。

澤田:お話したように、アナログ回路的に非常に凝っているので、これをバランス化すると、とてもこのサイズの筐体には入らなくなり、当然コストも高くなります。我々がこだわっているディスクリート回路にせず、使い勝手の良いオペアンプを使ってバランス仕様にするという方法もありますが、シングルエンドだけであっても、私達が作りたかったアンプを実現することを重視しました。

 つまり、HD-DAC1の特徴を活かしながらバランス化もすると、コンパクトでリーズナブルという特徴が無くなってしまうというわけだ。

澤田:HD-DAC1の開発にあたっては、ディーアンドエムが扱っているB&Wのスピーカー開発に触発されました。B&Wは新しい技術を開発したら、それを、次に作る新しい製品に躊躇なく投入します。彼らに「最先端テクノロジーをフラッグシップより先に、低価格なモデルに入れてしまって良いのか?」と聞くと、「一番新しいモデルに新しい技術が入るのは当然だろう。継続しているモデルは、価格が高価であっても、最新モデルから遅れをとるのは仕方のない事だ」という姿勢なのです。

 本来であれば、ゲイン0dBの無帰還型バッファアンプという技術は、スピーカー用アンプのハイエンドモデルで採用し、それをヘッドフォンアンプに投入……という流れが組めれば良いのですが、残念ながらオーディオ市場もそこまで景気が良いわけではありません。

 ですから私達マランツも、温めてきた技術を、投入できるチャンスがあれば必ずモノにしようと作ったのがHD-DAC1です。マランツが求めてきた、アンプの“ひとつの完成形”ですね。

 (協力:ディーアンドエムホールディングス/マランツ)

(山崎健太郎)