プレイバック2016

シャープ“再編と再建”で見えてきたこと by 大河原克行

 2016年は、シャープの再編劇に振り回された1年だったといってもいい。

 振り返ってみると、1月下旬までは、官民ファンドである産業革新機構が提示した支援案を選択する公算が高いといわれていた。だが、2月に入ると状況は一転。鴻海案へと一気に傾きはじめた。

 当時、シャープの社長だった高橋興三氏は、2月4日の2015年度第3四半期決算発表の席上で、「現在、リソースをより多くかけて検討しているのは鴻海精密工業の方だ」と発言。すると、その翌日には、鴻海精密工業の郭台銘会長がプライベートジェット機で来日し、シャープ本社で、シャープ経営陣と約8時間に渡って協議。郭会長は、「優先交渉権を得た」と発言してみせた。これに対して、シャープは、「優先交渉権があるわけではない」と即座に否定コメントを出したが、この強引なほどの交渉力が、形勢を変える原動力になったのは明らかだ。

高橋興三氏

 世の中では、英国のEU離脱や、ドナルド・トランプ次期米大統領の選出など、当初の予想を覆す事象が相次いだが、これと同じように、当初の予想を覆す事象がここでも起こっていた。

 だが、シャープが鴻海案を選択した理由は明白だった。産業革新機構案では、リストラや事業分割を前提にしていたこと、みずほ銀行および三菱東京UFJ銀行の主要行2行に対して、2,000億円の優先株を事実上放棄し、さらに3,000億円規模の金融支援を求めるなど、多くの痛みを伴う提案であったが、これに対して、鴻海案では、事業の切り売りは行なわず、事業を維持すること、さらに、銀行への金融支援の要請を行なわず、銀行側は痛みを伴わずに、シャープから抜け出ることができるなどのメリットもあった。そして、鴻海自らが、スマートフォンや薄型テレビなどの組み立てを受託し生産するEMS(電子機器受託製造)の世界最大手であり、シャープの再建にシナジーを発揮できるという、産業革新機構にはできない強みも盛り込まれていた。

 このように条件面では、明らかに鴻海案が上回っていた。問題は、「シャープを日本主導で再生したい」、「海外資本に渡したくない」という「気持ち」の整理だけだった。そして、その「気持ち」を優先するのならば、日本の閉鎖性がクローズアップされるといった指摘も出ていた。

 シャープは、買収提案の有効期限を2月29日に設定。その間、検討を重ねた結果、条件が優位な鴻海案を受け入れることを、2月25日の取締役会で決議。第三者割当増資を行なうことを発表した。これによって、鴻海傘下での再建が決定したかにみえた。

 だが、ここから調印、出資に至るまでの苦難が始まることになる。

 2月25日にシャープは、鴻海側に約3,500億円もの偶発債務に関するリストを提出。鴻海側は、この内容を精査する必要があるとして最終契約を保留する事態となったのだ。

 結果として、1カ月遅れの3月30日に、シャープは第三者割当による新株式(普通株式およびC種類株式)の発行を行なうことを発表し、これを鴻海が取得することで合意。4月2日に調印式を行なった。

 当初の予定では、出資金額は約4,890億円としていたが、1株当たり118円から88円に引き下げ、結果として、約1,000億円減額した3,888億円でシャープの株式の66.07%を取得することになった。

 このあたりの駆け引きも鴻海主導で進んでいったことは明らかだ。1株あたり88円、総額3,888億円という中華圏で好まれる「8」という数字が盛り込まれていること、4月2日が土曜日にも関わらず、この日に実施されたのは、風水をもとにした郭会長のこだわりの日だったということも、それを裏付ける材料のひとつになるだろう。

 そして、このときの契約条項に、出資の払い込みが実行されなかった場合にも、液晶ディスプレー事業だけを鴻海が買収できるとのオプション条項も盛り込まれた点でも、鴻海主導で契約が進められていったことがわかる。

 調印式にあわせて、4月2日に、大阪・堺のグリーンフロント堺内の堺ディスプレイプロダクトにおいて行なわれた会見は、鴻海科技集団の郭台銘会長兼CEOと、のちにシャープの社長になる鴻海科技集団の戴正呉副総裁、シャープの前高橋興三社長が出席。会見時間は、実に2時間40分以上に渡るものになった。日本語と英語の逐次通訳のために時間がかかったということもあったが、時間が伸びた最大の理由は、郭会長が記者の質問に対して、のらりくらりとかわしながら回答するというスタイルに起因していた。このあたりにも、郭会長ならではの「やり方」を感じた。

4月2日の共同会見で出席した、鴻海科技集団の郭台銘 会長兼CEO(中央)と、鴻海科技集団の戴正呉副総裁(現シャープ社長)、シャープの高橋興三社長(当時)

 6月23日に開催されたシャープの定時株主総会が荒れたのは当然だった。経営責任を問う質問が相次ぎ、鴻海との契約過程において約1,000億円の減額となったことをはじめ、鴻海主導で契約が進んでいった経緯に対する不満などが続出。「シャープをこんなざまにしたのは、みなさんのせいだ」、「シャープは、何度も契約で馬鹿を見ている」などの厳しい声が株主からあがった。

 株主総会でも焦点となったのは、6月28日~10月5日に設定された払込期間中に、鴻海から出資払い込みが確実に実行されるのかという点だった。2012年に、鴻海はシャープへの出資を決定していたものの、結果として実行されなかった経緯があるだけに、株主は不安を募らせた。シャープは、この時点ですでに債務超過に陥っており、まさに鴻海に首根っこを押さえられた状態だったといえる。

 郭会長も6月末までには払い込みたいとしていたものの、出資がなかなか実行されなかった理由は、中国当局による独禁法の審査に時間がかかっていたためだ。結果として、8月12日に、鴻海による出資が完了。8月13日には、戴正呉氏がシャープの社長に就任。鴻海傘下でのシャープの再建がスタートした。払込が完了されるまでの期間は、多くの関係者がやきもきしていた。

 その後、社長に就任した戴正呉氏は、社員に対して、4回に渡ってメッセージを発信。信賞必罰の人事制度の導入や、2016年度下期の黒字化、東証一部復帰など方針を打ち出す一方、一度売却した田辺ビルを買い戻したり、工場の売却とともにブランドをライセンス供与していたUMCを逆に丸ごと買収したり、新たなスローガンである「Be Original.」を掲げるなど、矢継ぎ早に手を打っている。このスピードに、社員がついていけていないとの声もあがるほどのスピード感だ。

戴正呉社長

 一方で、これだけの大きなうねりのなかにあっても、シャープは、RoBoHoN(ロボホン)や蚊取空清などのヒット商品を相次いで投入しつづけていることは特筆したい出来事だといえる。シャープの現場のモノづくりには衰えがないことを示しているともいえよう。創業者である早川徳次氏が打ち出した「真似される商品を作れ」というDNAが息づいていることを証明するものになったともいえる。

RoBoHoN

 だが、本番はこれからだ。戴社長が打ち出した2016年度下期黒字化の最初の公約は、2017年春には結果が出る。有言実行を掲げる戴社長の通信簿はここで明らかになる。

 そして、中長期的に見れば、構造改革や鴻海傘下への移行に伴い、多くの社員が退社したことや、今後も継続的に優秀な人材を獲得できるのかといった不安もある。結果として、将来に渡って、「真似される商品」を創出できるのかといった不安材料にもつながる。

 そのひとつの方向感が出るのが2017年だろう。2017年は、鴻海傘下でシャープがどう生まれ変わるかが注目点となる。

大河原 克行

'65年、東京都出身。IT業界の専門紙である「週刊BCN(ビジネスコンピュータニュース)」の編集長を務め、2001年10月からフリーランスジャーナリストとして独立。BCN記者、編集長時代を通じて、20年以上に渡り、IT産業を中心に幅広く取材、執筆活動を続ける。 現在、ビジネス誌、パソコン誌、ウェブ媒体などで活躍中。PC Watchの「パソコン業界東奔西走」をはじめ、クラウドWatch、家電Watch(以上、ImpressWatch)、日経トレンディネット(日経BP社)、ASCII.jp (アスキー・メディアワークス)、ZDNet(朝日インタラクティブ)などで定期的に記事を執筆。著書に、「ソニースピリットはよみがえるか」(日経BP社)、「松下からパナソニックへ」(アスキー・メディアワークス)など