プレイバック2019
超リアルな立体サウンド「Dnote-LR+」に一番の衝撃を受けた by 藤本健
2019年12月30日 10:00
2019年を振り返ってみたとき、個人的に一番衝撃を受けたのはTrigence Semiconductorの「Dnote-LR+」のサウンドだった。目の前にある小さなBluetoothスピーカーから音が出ているのに、実際の音は完全に離れた場所から、しかもクッキリとリアルに、そしてドカンと聴こえてくるのは驚きだった。初めて、そのサウンドを聴いた直後に、個人のFacebookに「オーディオの革命になると思われる、すごい技術を目の当たりにしてしまった! 」なんて書き込んだくらいだが、そのDnote-LR+は現在もまだまだ進化中だ。
Dnote-LR+を一言でいえば「飛び出すサウンド」。普通のステレオサウンドを元に、立体的な広がりを持たせた音にする技術だ。ただ、こう表現しただけでは、ものすごく陳腐に思われるかもしれない。「そんな技術、30年以上前からあるよ」、「多くのオーディオメーカーも同様の技術を開発し、すでに製品化している」と反論があると思うし、筆者自身もそうだと思う。けれど、実際に音を聴いてみると、従来のものと全然違ったのだ。
従来からあるバーチャルサラウンドだとか、2ch立体音響などと呼ばれるものは、確かにスピーカーから音が広がって聴こえるし、周りを囲むようなサウンドで聴こえてきたりしたが、リバーブがかかったようなサウンドというか、ややボケたサウンドになってしまい、結局、「確かに面白いけど、やっぱり機能をオフにして原音で聴いたほうがいいや」となるものばかりだった。
ところが、このDnote-LR+は、ボケて聴こえるどころか、よりハッキリとするとともに、スピーカーは顔より下にあるのに「あ、ギターが正面の左横70cm程度のところから聴こえてくる」、「キーボードは少し上の右50cmところから出ている」というように定位、音像がしっかりしていて、明らかにオンにしたほうが、良い形で聴こえるから不思議なのだ。
詳細は、連載のDigital Audio Laboratoryで記事を2回に分けて書いている(第823回、第824回)ので、そちらをご覧いただきたいのだが、もし以下の機材をお持ちであれば、第823回の記事で載せたサウンドを聴いてみていただきたい。
【音声サンプル】
Apple iPad pro 10.5.wav(2.74MB)
JDSound OVO.wav(2.74MB)
Panasonic Private Viera UN-19F7.wav(2.74MB)
SONY SRS-HG10.wav(2.74MB)
SONY Xperia Z5.wav(2.74MB)
ただし、いずれも、この機材そのもので聴かないと、ほとんど効果は表れない。またすべて44.1kHz/16bitステレオの普通のWAVファイルであるが、Dnote-LR+を用いた特殊な処理が施されている。ちなみに、処理をしていない元のデータはこちらだ。
【音声サンプル】
normal.wav(2.74MB)
百見は一聞に如かず、という感じで、文章を読んでもよく分からないが、この音を聴けば「何事が起きているのか!?」と驚くのではないだろうか? この記事が出た後、Trigence には問い合わせが相次ぎ、11月20日~22日にパシフィコ横浜で開催された「ET & IoT Technology 2019 | ET/IoT総合技術展」に出展した際には、「記事を読んで見に来た」というメーカーの方などが数百人に上ったとのことだったので、やはり衝撃を受けた方が多かったのだろう。
ただ、個人的には飛び出す音に対する驚きが大きかっただけに、音質の面で本当に優れているのか、自分の評価に自信がなくなっていたこと、どんなことに応用できるのか多くの人のアイディアが聴きたかったことから、Trigenceの協力を得た上で、レコーディングエンジニアや作曲家などの知人に呼び掛けて、試聴会を開いてみたのだ。プロとして音を扱っている人ばかり40人ほどが集まり、聴いてもらったところ、全員が驚いていたのとともに、第一線のレコーディングエンジニアも「音として悪くない」という評価をしていたから、自分の見方に間違いはなかったんだ……と改めて安心したところだ。
その後、再度、Trigenceに行って、話を聴いてみたところ、まだDnote-LR+は進化していて、3か月前に記事にしたときよりも、さらに立体感が向上するようになったとのこと。また、数多くのメーカーからの引き合いも来ており、各社とも採用について検討を進めているという。
話を聞いて面白かったのが大手オーディオメーカーの反応だ。担当者は音を聴いて、そのリアルさに驚くものの各社とも「社内に同様の技術があり、それを使わずに、なぜ他社の技術を使うのか」という反対論が強く、身動きが取れないジレンマに陥っているという。中には音を聴いて「こんなもの、ウチだってやればできる! 」と怒り出す人もいるのだとか。各社とも、それができずに30年近くが経過しているのに、それだけ衝撃の強い技術だ、ということなのだろう。
このDnote-LR+をどう使うかはアイディア次第。上記WAVファイルのように、事前にエンコードした音を、アーケードゲームやパチンコなどの機材に搭載して音を出すという方法もあるだろうし、エンコード自体はリアルタイム処理できる軽いものなので、オーディオ機器内に処理装置を搭載するということも可能。いずれにせよ、Trigence自体は技術提供をする会社であり、それを製品化するのは各メーカー。実際のユーザーが、その飛び出す音を体験できるようになるまでは、もうしばらくかかりそうな情勢だが、どこが最初の製品を出すのか、どんな製品になるのかが楽しみなところ。
状況を聞く限り、大手メーカーがすぐに採用することはなさそうだが、本来であればテレビやPC、またカーオーディオなどに搭載することで革新的な製品が次々と生まれるのは間違いない。大手メーカーがプライドを捨ててDnote-LR+を採用する日が来るのか、数年単位で様子を見てみたい。