プレイバック2019

“完全ワイヤレス”の普及でポータブルオーディオはどう変化するのか by 編集部:山崎

自慢ではないが、有線イヤフォンは沢山持っている。コストパフォーマンスの高い人気モデルから、ユニット構成が面白い尖ったモデル、耳型を採取して作ったカスタムIEMもある。そんな“イヤフォンマニア”なのに、「2019年、よく使ったイヤフォンは……」と振り返って驚いた、ほとんど完全ワイヤレスイヤフォンを使っていたのだ。

別に完全ワイヤレスがダメというわけではない。ただ、それなりに高額を投資して揃えた有線イヤフォンをから浮気して、完全ワイヤレスばかり使っている自分に衝撃を受けたのだ。

キッカケになったのはソニーが7月に発売した「WF-1000XM3」だ。それまでの完全ワイヤレスに感じていた“途切れやすさ”や“音質クオリティへの不満”を大きく解消。試聴して「ついに完全ワイヤレスもここまで来たか」と見る目が変わった。

ソニー「WF-1000XM3」

その後も、高音質な製品が相次いで登場。個人的に強く印象に残ったのは、高級イヤフォンメーカーのNoble Audioが手がけた「FALCON」(実売16,800円前後)と、積極的に新技術を取り入れた完全ワイヤレスを開発しているNUARLの「N6 Pro」(18,000円)だ。

Noble Audioが手がけた「FALCON」
NUARLの「N6 Pro」

FALCONは、完全ワイヤレスで採用される事が多いグラフェン・ドライバーの欠点を克服したという、新しい構造のドライバー「Dual-layered Carbon Driver(D.L.C. Driver)」を搭載。振動板の樹脂層の上に、カーボンファイバー層を重ねた特殊な二層構造で、グラフェン・ドライバーより歪みを低減している。

FALCON

これに、アコースティックダンパーによるチューニングや、DSPによるドライバーの特性の調整を組み合わせている。もちろん“Wizard”こと、Noble Audioのジョン・モールトン氏によるチューニングも高音質のポイントだ。

NUARLの「N6 Pro」にはグラフェンよりも遥かに機械的強度が高く、エネルギー変換効率に優れるという「単層カーボンナノチューブ」(Single Wall Carbon Nanotube)と、PEEKの2枚の振動膜を真空蒸着し貼り合わせた「SWCNT 複合振動板」が使われている。ドライバーは独自開発のもので、「NUARL DRIVER [N6]v5」と名付けられている。

NUARLの「N6 Pro」

どちらのイヤフォンにも共通するのが、低域が主張しすぎない、モニターライクでバランスのとれた高精細サウンドである事。完全ワイヤレスの低価格製品にはドンシャリサウンドが多いが、FALCONやN6 Proはそれらとは一線を画する。一聴すると“地味”とも言えるが、しばらく聴いていると、広い音場に細かな音が気持ちよく広がり、音楽が立体的に楽しめる。タイトな低域だが、沈み込みは深く、迫力や音圧も十分で、音楽の美味しいところも味わわせてくれる。音楽ジャンルを選ばない再生能力を備えており、買ってから時間が経過しても、日々発見があり、改めて惚れるタイプのイヤフォンだ。そういった面ではソニーのWF-1000XM3より好みだ。

もう少し低価格な製品では、Ankerの「Soundcore Liberty 2 Pro」(14,380円)も良い。FALCONやN6 Proと比べると、ちょっと低域が主張し過ぎだが、情報量は豊富で中高域の色付けも少ない。メリハリのあるパワフルな音が聴きたい人には向いている。

Ankerの「Soundcore Liberty 2 Pro」

さらにスマホアプリ「Soundcore」を使うと、ユーザーの耳にマッチした周波数特性で再生してくれる「HearID」機能が使える。イヤフォンを装着した状態でテストするもので、いろいろな周波数の音が流れるので、それが聞こえるか聞こえないかを答えていくと、利用者にマッチしたサウンドで再生できるようになる。こうしたパーソナライズ機能の広がりも、2019年の特徴と言える。実際にこのHearIDを使ってみると、低域の強さが少し抑えられ、バランスより良好になる。

「Soundcore Liberty 2 Pro」

どんな時に完全ワイヤレスを使いたくなるのか

完全ワイヤレスの使用頻度は増えたのは“音質と接続性安定性が良くなったから”に尽きる。純粋に音質だけを追い求めるなら、有線イヤフォンをポータブルハイレゾプレーヤーでドライブした方が優れている。だが、つい完全ワイヤレスを使ってしまう。理由は“便利で楽だから”だ。

有線イヤフォンの場合、私はポータブルプレーヤー本体にぐるぐる巻いてカバンに収納している。聴く場合はそれをクルクルほどいて、プレーヤーの電源を入れて、起動するのを待って……という工程が必要になる。

完全ワイヤレスの場合は、充電ケースから取り出し、耳に入れればOK。ペアリングしてあるスマホとは自動的に接続されるし、スマホは常に起動しているので、プレーヤーのように起動を待つ必要はない。快適だ。

一方で、喫茶店にPCを持ち込んで仕事をする時や、30分以上電車に乗る必要があり、なおかつ椅子に座れた時などは、「さぁ音楽を聴くぞ」という気持ちになっているので有線イヤフォンの出番となる。

それ以外の、家から駅までの道とか、ちょっとした移動の電車内は、すぐに音楽が楽しめる完全ワイヤレス×スマホの便利さを選んでしまう……。

完全ワイヤレスの進化は大歓迎なのだが、有線イヤフォンの出番が減るのはちょっとさみしい気分だ。

有線イヤフォンは、断線した時の対応や、ケーブルによる音の変化、バランス接続への変更などを目的とし、リケーブルに対応した機種が多い。今後、完全ワイヤレス全盛時代になると“ケーブル交換”というユーザーのカスタマイズ性が失われる事になる。

一方で、完全ワイヤレスならではの利点がある。どんなプレーヤー/アンプでドライブされるかわからない有線イヤフォンに対し、完全ワイヤレスは、イヤフォンの中にBluetoothレシーバーや、アンプなどが全て盛り込まれている。それゆえ、開発者が“最終的に出力される音”を把握でき、“音の作り込み”がしやすいのだ。

TM2が指し示す“趣味性の高い完全ワイヤレス”という世界

そんな中に時に登場したのが、FOSTEXが“次世代完全ワイヤレスイヤフォン”をスローガンに発売した「TM2」だ。

「TM2」

簡単に言えば、完全ワイヤレスを分解し、イヤフォン、Bluetoothレシーバー、その2つを繋ぐショートケーブルの3つにセパレートした製品。ショートケーブルの交換で、様々なイヤフォンを“完全ワイヤレス化”できる。例えBluetoothレシーバーの規格や内蔵バッテリーが古くなったとしても、レシーバー部分だけ取り替えれば最新ワイヤレス機種になる。

「TM2」のイヤフォン部分を交換したところ

気に入った有線イヤフォンを持っているのに、便利さでつい完全ワイヤレスばかり使っている私のような人間には“福音”と言える製品だ。逆に言えば、有線イヤフォンでリケーブルが普及していなかったら、TM2は存在しなかっただろう。いずれにせよ、完全ワイヤレス時代になっても、ユーザーが色々なものを組み合わせて、自分の理想の音を追求する“オーディオ的な面白さ”を継続できる製品だ。

この、有線イヤフォンのイヤフォン部分に、何かをドッキングして“完全ワイヤレス化”するソリューションが、2020年はさらに活発化して欲しい。近い将来、有線イヤフォンは“イヤフォン部分だけ買うもの”で“有線ケーブルは別売”となるかもしれない。

スマホの未来と不可分な“完全ワイヤレスの将来”

完全ワイヤレスの普及は、その主なペアリング先であるスマホの進化と切り離せないだろう。御存知の通り、スマホからはアナログイヤフォン出力端子が消えつつあり、それが完全ワイヤレスに代表される、イヤフォンのワイヤレス化を強力に推し進めているという側面もある。

そんなスマホでは、月額1,980円(税込)で、既にプライム会員ならば月額1,780円(税込)で、6,500万曲以上のロスレス楽曲がストリーミング再生できる「Amazon Music HD」のスタートが今年の大きなトピックだ。ハイレゾ楽曲まで含めて配信しているこの新サービスを、クオリティの高い完全ワイヤレスで聴くと、なかなかいい音で、あれもこれもと欲望のままにどんどん音楽が楽しめる。外で使うとパケットをガンガン消費してしまうが、音楽&オーディオ好きなら、一度使うとヤミツキになる楽しさだ。

ポータブルオーディオプレーヤーでも、Androidベースでアプリが入れられるものでは、Amazon Musicを再生できるものがある。ただ、SIMを入れられない限り、無線LANがある場所でしか、Amazon Music HDのストリーミング再生は楽しめない。あらかじめ気になる楽曲をDLしておき、オフライン再生するという使い方もあるが、スマホで“どこでもストリーミング再生”の快適さを体験すると、ポータブルプレーヤーに“面倒さ”を感じてしまう事もある。2020年以降、スマホで5G通信が普及すると、この“快適さの差”はさらに広がるだろう。

“SIMを入れられるポータブルプレーヤー”という方向性もあると思うが、さらに完全ワイヤレスが普及すると、ポータブルオーディオ自体の必要性が問われる事にもなるだろう。

いつの時代も、“手軽さ”と“音質の追求”の両立はオーディオの大きなテーマだ。2020年はポータブルオーディオで、新たな解決策が垣間見える年になるかもしれない。

山崎健太郎