プレイバック2020

「リモート」の高音質化作戦、“ラウドネス”と向き合った一年 by 橋爪 徹

去年の今頃は、想像もしなかった激動も激動の2020年。世界が変わってしまうとはこういうことかと、まるで映画を見ているような一年だった。筆者もその「激動」とは無関係ではいられず、徹底した感染症対策の実施はもちろん、仕事でも様々な変化を余儀なくされた。

特に印象に残ったのは、「リモート」である。今や猫も杓子もリモートだ。リモートワーク、リモート会議、リモート飲み会、リモート出演……。なんか呪文のように聞こえてくるが、筆者は全部その当事者となった。

筆者は音響エンジニアということもあり、「リモート出演」にはなにかと苦労した。私がレギュラーで音声スタッフを担当させていただいている「ニューズ・オプエド」は、インターネットの報道番組。平日の夕方18時から生放送中だ。筆者は週に3日ほどお世話になっている。同番組では、去年の段階から既にLINEなどのアプリを使った動画付きのリモート出演(中継)を行なっていたが、いろいろ試していった結果、現在はZoomに落ち着いた。

コロナ渦の影響で、中継目的だけでなく、恒常的にもZoomでリモート出演を行なっている。リモート出演者が複数いた場合、スピーカーモード・ギャラリーモードの使い分けが絵面的に番組向けだと思う。今やひょっとしたらSkypeなどよりもZoomの普及率は高いのでは無いだろうか。次々行なわれるアップデートにより機能向上が著しい(アップデートが頻繁すぎて、設定メニューが複雑化しているのは少し微笑ましい)。

そんなZoom。ネットワーク環境が悪い場合でも通信を途切れさせない点が魅力ではあったが、逆に音質の面でイマイチなところは否めなかった。

それがついに満を持して、今年の9月1日のアップデートで高音質化に対応した。現在に至るまで度重なるアップデートが行なわれ、当時よりもさらに音質関連の機能が追加されているので筆者推奨の設定を紹介しよう。

なお、これは絶対正解というものではない。環境ごとに最適な設定は異なるので、あくまで参考程度に留めて欲しい。筆者の現場先でも、ここ最近まで様々な実地試験を行なってようやく導入目前まで来たところだ(下記の画面は、Windows版5.4.7 Mac版にも同じ設定がある)。

オーディオの設定を開くとこのような画面になる。関連する箇所を色つきの四角で囲った

まず、「自動で音量を調整」。これは音質を突き詰めればOFFがいいのだが、ONだと音が割れるとか特別な事情が無い限り、ONでも良いと思う。

次に「背景雑音を抑制」。これは静かな部屋で通話できるなら「低」だ。ただ、冬場はエアコンも使うだろうから「自動」が妥当だろう。音質的には「無効」の選択肢が追加されると嬉しい。

そして、「ミーティング内オプションを“オリジナルサウンドを有効化”に表示」と「高忠実度音楽モード」は、高音質化のキモなので絶対ON。「エコー除去を無効にする」は、ヘッドセットやイヤフォンマイクなどを使っているときはON。「ステレオオーディオを使用」は音楽を相手に聴かせるといった特別なケースを除きOFFがよい。

Windowsでは詳細ボタンを押すと、「Windowsオーディオデバイスドライバーによるシグナル処理」という項目があるが、これをOFFにするとオーディオシグナルをOSに処理させず、生のオーディオデータのままアプリが受け取れるらしい。RAWモードをサポートするオーディオデバイスなら音質の向上が期待できる。OFFにして不具合が出たら自動に戻せばいいと思う。

これらの設定を行なった後、Zoomのミーティング画面で「オリジナル・サウンドをオンにする」をクリック。表示が「オリジナル・サウンドをオフにする」に変わったら完了だ。

オリジナル・サウンドがオンになると、サンプルレートが24kHz/32kHzから48kHzに改善する。単純なレート向上だけでなく、OSのSRCによる変換(音質劣化)を介さずにDACがオーディオデータを同一レートで受け取れる理想的な仕様になった。

さらに高忠実度音楽モードによって、音声ビットレートの向上が実現した。モノラルの場合、約90kbpsが約125kbpsに改善。音質の向上は結構な効果が感じられた。ショボショボ気味の音になっていた音声が明瞭になって、周波数レンジも気持ち広がった気がする。

声のディテールが感じられたのも嬉しいポイントだ。高音質化を行なわないと、とりあえず何を喋っているかなんとか聴き取れる、声だけで相手が誰かとりあえず分かるという程度なので、臨場感のある声が聞けるのは画期的である。趣味や交流目的で使っている人もネットワーク速度に問題が無ければぜひ設定して欲しいと思う。

ちなみに参加者各々がこの設定を行なうことで、自分の送信する音声を高音質化できるので、みんなで実施するのが大切だ。映像や音声が途切れたり悪影響が出る場合は、ネットワーク速度や安定性に問題が考えられるので、その方のみ本設定を諦めることになる。

ラウドネスと向き合った一年

もう一つの今年のトピックとしては、ラウドネスと向き合った一年だった。

前述の筆者の担当する番組は、YouTubeで配信している番組なのだが、これまでラウドネスには特に注意を払ってこなかった。筆者も自身の音楽ユニットBeagle Kickの活動をきっかけにDavid Shimamoto氏の「とーくばっく ~デジタル・スタジオの話~」に出会うまでは、その重要性に気付くことも無かっただろう。

ラウドネスは、人間の聴覚特性に基づいた音量感のこと。放送局や音楽ストリーミングサービス、動画サイトなどでそれぞれ基準が設定されラウドネスが最適化されることがある。超ざっくり言うと、基準よりもうるさくないコンテンツはそのまま、基準よりもうるさいコンテンツは強制的に音量が下げられる、という運用が多い。下げられるのは音量であって、音圧ではない点に注意だ。

報道番組はほとんどがダイアログ(人の声)中心になるため、YouTubeの基準レベルである-14LUFS(推定値)に達することはまず無いと思われるが、自分たちがどの程度のラウドネスで放送していて、今リアルタイムでどのくらいのラウドネスなのかも把握しておきたかった。

そこで筆者が考案したシステムは、こうだ。まず、前提としてメインのアナログミキサーのSTEREO OUTは2系統あった。XLRとTRSでそれぞれ同じレベルで出力されている。この出力を、2台の同じオーディオインターフェースで受ける。1台のオーディオインターフェースはOBSを使ったYouTube配信⽤に、もう1台のオーディオインターフェースはYoulean Loudness Meter 2を使ったラウドネス測定⽤に使う。2台に分けたのは、配信用PCで同じオーディオデバイスを2つのアプリで掴むのは安定性の面から不安があったからだ。

オーディオインターフェースはスタインバーグの「UR242」。基準入力レベルが+4dBuの機材だが、最大入力レベルが+14dBuなので、アナログミキサーの+24dBuの最大出力レベルでは歪んでしまう。UR242のPADスイッチを使って音割れを回避したあと、OBSの音声メーターを見ながらゲインつまみで放送に適切なレベルまで上げてあげた。ゲインつまみは、2台ともほぼ同じ位置に目視で合わせた。

この時点で突っ込みどころが満載で、「ヲイヲイ、大丈夫か? 実用に耐えるのか!?」と心配の声が聞こえてきそうだが、結果は大成功。Loudness Meter 2で計測した「INTEGRATED LOUDNESS」は、YouTubeが計測するラウドネスである「content loudnessから計算したラウドネス」と完全一致!(誤差がある日でも、±0.1LUFS程度! 予想以上の精度で逆に驚いた)。

ということで、どうにかリアルタイムのラウドネス測定が可能となったのだった。導入検討の際には、ヤマハの営業さんに大変お世話になった。オーディオライターをやっていたから活かせたご縁だ。この場を借りて改めて謝辞を申し上げたい。

また、導入までの経緯で手間を掛けてしまった現場の映像スタッフにもお礼を。小難しくて申し訳なかった。

さて、数カ月間ラウドネス計測と監視を行なってみて思った個人的な感覚としては、トーク中心の番組ならラウドネスは-20LUFSから、大きくても-18LUFS程度が妥当かなと思う。

ニュース・オプエドは、-18LUFSを目標に小さくても-19.9LUFSを下回らないように気を付けている。ちなみにラウドネスは0LUFSに近づくほど音量感は大きくなる。ラウドネスというのは、人間の聴覚特性に基づいた音量感なので、やみくもにコンプレッサーを掛ければいいというものでもない。スタジオの出演者が多い日とZoomの出演者が多い日ではラウドネスが大きく変わってしまうなど、なかなかキープするのに難儀している。

筆者としては、声の臨場感(ダイナミックレンジ)と聞き易さにも気を配りたい。トゥルーピークを-1dBFSに抑えるオペレートなど、気を遣うことは満載だ。来年もラウドネスとたたかう日々が続くだろう。

オーディオの話題が何も無かったので付け加えると、今年の投資は音響機材に集中させたため、来年はオーディオビジュアル周りをアップデートしようと思っている。まあ、何というかPS5が当選しないといつまで経っても事が進まないので困っているところだ。

橋爪 徹

オーディオライター。ハイレゾ音楽制作ユニット、Beagle Kickのプロデュース担当。Webラジオなどの現場で音響エンジニアとして長年音作りに関わってきた経歴を持つ。聴き手と作り手、その両方の立場からオーディオを見つめ世に発信している。Beagle Kick公式サイト