プレイバック2019

高音質サブスクの充実へ、ハイレゾ音楽を作る側からの期待 by 橋爪 徹

2019年はハイレゾ周りで印象的な出来事が世の中であったり、自分自身にも起こっていた一年だった。

筆者のハイレゾ音楽制作ユニットBeagle Kickでは、2ndアルバム「MIRACLE」を、同人音楽初のMQA-CDでも制作した

今年のハイレゾのトピックといえば、やはり配信サービス「Amazon Music HD」と「mora qualitas」は外せないだろう。サブスクリプション型(サブスク)として、ストリーミングでハイレゾを聴き放題になるのは、本当に画期的。ハイレゾを一気に身近なものにするかもしれないと多くの期待が寄せられていた。

ただ、蓋を開けてみると「ハイレゾ版を見つけたらラッキー、CD品質の音源は予想よりも少ない」という印象を持った。国内の音源をメインに聴く自分にとって、継続的にハイレゾをリリースしているアーティストでもハイレゾ版が見つからないことが珍しくなかった。正直に申し上げて、課題の大きさを痛感した。

これはいったい、なぜなのだろうか。事情は様々ありそうだ。ニッチなジャンルでは特に顕著になるが、サブスクを解禁すると音楽制作側の収益が減るというビジネス的な事情は業界の外にいる自分でも聞く話。大量に再生される一部のメジャーアーティストはともかく、中小のアーティストはCDを売った方がマシという話も散見される。もはやCD品質を配信するだけでも、大英断というのが現実なのかもしれない。

筆者は自身のハイレゾ音楽制作ユニットBeagle Kickで事務作業全般を担当しており、音楽配信の手続きを2013年から一貫して担ってきた。ハイレゾの魅力を伝えることを活動理念としている我々だが、ロッシーのストリーミングもハイレゾ配信から少し遅れて始めるようにしている。例によって、ストリーミングから得られる収益は雀の涙ほどだ。それでも露出の機会は増やしたいし、将来に向けた備えの意味でも続けている。

米国レコード協会(RIAA)の調べによると、2019年度上半期の売上げの80%がストリーミングだったという(CDなど物理メディアは9%)。一方の国内は、日本レコード協会の2018年度調査によると、主な音楽聴取手段においてYouTubeは65.9%だが、ダウンロード型音楽配信は17.3%、定額制音楽配信(サブスク)は13.0%、CDは未だ48.6%もある。2年前の結果に比べると、2倍以上にサブスクの割合は伸びており、同協会の別の調査では2018年のストリーミングの売上げがダウンロードを初めて超えたという。

つまり、ストリーミングに関しては、まだまだ我が国は発展途上と言わざるを得ない。いわゆる「サブスク解禁」でニュースになってしまう日本という国に危機感を覚えているのは自分だけではないだろう。ちなみにハイレゾを利用している人は、同協会の2017年度調査が最後となり、その数わずか3.7%だ。

自主制作のデジタル配信手続きは意外にあっさり? ハイレゾ普及のため望むこと

Beagle Kickにおけるデジタル音楽配信は、配信サイト直接の場合とアグリゲーター(仲介業者)を通す場合と2通りの手続き方法を取っていて、目的別に使い分けている。Amazon Music HDとmora qualitasはアグリゲーターを通して手続きを行なっている。

Amazon Music HDについては、音源はダウンロード販売向けに納品済みなので、「やります」と伝えるだけで特別な手続きは要らなかった。mora qualitasは、(最大96kHz/24bit配信のため)192kHzの音源を96kHzに変換して再納品した。あとは、ダウンロード販売とサブスクの手数料の仕組みの違いを聞いて終了。年内にも配信開始と聞いている。想像を超えてあっさりとした流れで特に面倒を感じなかった。

JASRACなどの著作権管理団体に信託している場合でも、アグリゲーターに対して追加の手続きは不要という話だった。ちなみに、実際にJASRAC関係の手続きを担当するのは、配信サービスを提供する事業者側だ。

まとめると、商業ベースであっても手続き面だけを見れば、いたって簡単にハイレゾ対応のサブスクに音源を配信できると筆者は推測している。もちろん、これは既にハイレゾのダウンロード販売を行なっている楽曲についての話である。

ちなみに個人や自主制作の場合、アグリゲーターを通す以外に方法はない。逆にアグリゲーターを通せば、ダウンロード販売のハイレゾ配信も一緒に始められるので、興味のあるクリエイターの方は、ハイレゾ配信に対応しているアグリゲーターに問い合わせてみて欲しい。筆者としては、多くのインディーズアーティストにサブスクでハイレゾを解禁してもらいたいと願っている。

ウォークマンNW-A100シリーズのレビュー記事でもAmazon Music HDを試した

音楽は人間が作っている。人間はお金がないと食べていけないし、新しい音楽も作り続けられない。だから、どうしてもビジネス的な問題を脇に置くことができないのは分かる。一方、世界の流れはストリーミングが主流になり日本もゆっくりとだが移行しつつある今、「音源がない」ということが無視できないほどのハンディキャップに今後なっていくだろう。サブスクに聞きたいアーティストの音源がないと、CDを買うのではなく違法アップロードされた動画サイトや違法音楽アプリを使ってしまうというケースもあるといわれている。ハイレゾではこのようなリスクは考えにくいけれど、5Gが普及した未来でいつまでも安心できるだろうか。

あくまで自主制作という立場からの私見であることを前提に言わせていただくと、「どこにでも音源がある」という状況を作らない限り、ハイレゾの一般化なんてあり得ないということだ。ハイレゾ配信すること自体に特別感のある時代は、いい加減終わりにしよう。その先にある“クオリティを追求するフロンティア”を切望して、来年も制作に執筆に邁進していきたい。

橋爪 徹

オーディオライター。ハイレゾ音楽制作ユニット、Beagle Kickのプロデュース担当。Webラジオなどの現場で音響エンジニアとして長年音作りに関わってきた経歴を持つ。聴き手と作り手、その両方の立場からオーディオを見つめ世に発信している。Beagle Kick公式サイト