プレイバック2021

極上の音と映像で年越しを。2021年推薦盤「ベスト5」 by 山之内正

2021年、ようやくコンサートやライヴが復活してきたと思ったら、最近またもやアーティストの来日が難しくなり、予断を許さない状況が続いている。楽しみにしていたベルリンフィルの演奏会も中止になったし、欧州のオミクロン感染が収まるまでは日本から出かけるのも難しそうだ。

一方、国内の演奏家の多くは以前に近いペースで活動し、ホールには聴衆が戻ってきたように見える。私も今年はコロナ前の半分ぐらいの頻度でコンサートに出かけることができた。ベルリンではホール入口でワクチン接種証明証などの提示が必要らしいが、日本ではいまのところそこまで厳格な措置はなく、席もかなり埋まっている。

そして、CDやBlu-rayのリリースは国内・海外ともに極端に落ち込むことなく、むしろ堅調に推移した印象を受ける。オーディオ機器の販売も昨年同様に好調らしいので、外出を控える代わりに自宅で音楽を楽しむ志向が定着したのかもしれない。

例年ならイベントや試聴会で年間優秀録音盤を紹介してきたが、今年はその機会も激減。その代わりにこの場を借りて私的な2021年の推薦盤「ベスト5」を紹介する。来年はいつも通りにライブやコンサートを楽しめる日が戻ることを祈りつつ、年末年始は自宅で良い音と映像にじっくり浸ることにしよう。

推薦盤①「ショスタコーヴィチ:交響曲 第8番」

SACD「ショスタコーヴィチ:交響曲第8番、ステージ・オーケストラのための組曲(ジャズ組曲第2番)抜粋」
井上道義(指揮)、新日本フィルハーモニー交響楽団
EXTON OVCL-00761 3,200円

7月3日にサントリーホールで行なわれた演奏会をライヴ収録したSACDである。当日は私も同ホールに出かけ、井上道義のエネルギッシュな指揮に応える熱演を目の当たりにした。客席を満たす高揚感がディスクに忠実に記録されているが、YouTubeで無料公開されているジャズ組曲第2番のライヴ映像からも演奏会の雰囲気が伝わるはずだ。

Michiyoshi INOUE Shostakovich Jazz Suite No.2 excerpt with New Japan Phil for J-LODlive

ちなみにこの組曲に含まれるワルツはキューブリックの映画「アイズ・ワイド・シャット」に使われた作品。この映画のために作曲されたと錯覚しそうなほど、映像と音楽が抜群の相乗効果を発揮していた。

ショスタコーヴィチの交響曲第8番は第二次世界大戦でソ連軍が勝利したスターリングラード攻防戦の直後に書かれた作品で、悲惨で異常な市街戦の描写と犠牲者への鎮魂が交錯する難解な曲として知られる。井上道義はそうした背景を意識しながら、重厚な響きと反復するリズムの対比など、音楽面での重要な要素を際立たせ、最後まで集中力を持続。暴力的で破壊的なフレーズの凄まじい音圧を飽和させることなく再現できるかどうか、再生システムの真価が問われる録音だ。

推薦盤②「イージー・ウィナーズ~PJBEへのオマージュ」

CD「イージー・ウィナーズ~PJBEへのオマージュ」
ARK BRASS
avex Classics AVCL-84124 3,300円

吹奏楽経験者ならフィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブル(PJBE)の演奏をどこかで耳にしたことがあるはずだ。かつて世界中で愛聴された彼らの演奏はデッカの録音でいまも楽しめるのだが、その醍醐味をライヴと最新録音で現在の聴き手に伝えようと新たに結成されたのがアーク・ブラスだ。佐藤友紀、福川伸陽、青木昂、次田心平の4名をコアメンバーに日本を代表する金管楽器奏者が集結し、オリジナル通りの編成(金管五重奏/金管十重奏)で名曲の数々を演奏した本アルバムでデビューを果たした。

筆者はサラマンカホールでの収録とサントリーホール(ブルーローズ)のお披露目コンサートの両方を体験し、金管アンサンブルの面白さを久々に堪能することができた。サラマンカホールの豊かな残響を活かしつつプレイヤーひとりひとりの音色を忠実にとらえた優秀録音で、オクタヴィア・レコードの江崎友淑氏が録音エンジニアをつとめている。

アーク・ブラスの収録風景

推薦盤③「J.S.バッハ:《ヨハネ受難曲》BWV245(1739/49版)」

SACD「J.S.バッハ:《ヨハネ受難曲》BWV245(1739/49版)」
鈴木雅明(指揮)、バッハ・コレギウム・ジャパン
BIS KKC 6351/2 輸入盤

バッハ・コレギウム・ジャパンの欧州ツアー(2020年3月)はコロナ急拡大の影響を受けて中断を余儀なくされ、代替として急遽ケルンで行なわれた無観客ライヴの直前にヨハネ受難曲のセッション録音を行なった。

Bach Collegium Japan performs Bach’s St. John Passion

準備期間のない特殊な環境下での録音とは思えないほど演奏の完成度が高いことに加え、著名なプロデューサー兼エンジニアのマルティン・ザウアーとMyriosレーベルのシュテファン・カーエンが手がけた録音も独唱、合唱、オーケストラをリアルな3次元空間に立体配置した秀逸なもの。特にSACD層をマルチチャンネルで再生すると、部屋にステージがそのまま現れる感覚を味わうことができる。SACDのマルチチャンネルの再生環境がある人にお薦め。

推薦盤④「Behind The Dikes」

CD「Behind The Dikes/ビハインド・ザ・ダイクス」
ビル・エヴァンス
Elemental Music KKJ156 輸入盤

1969年に2つの会場で行なわれたビル・エヴァンストリオのライヴ音源が公式な仕様で発売された。それだけなら最近増えてきた発掘音源の動きの一つとして見過ごしてしまうかもしれないが、このCDは音の良さが際立っていて、耳を疑ってしまうほど鮮度の高いサウンドが刻まれている。

ピアノの澄んだ和音、エディ・ゴメスのリアルで引き締まったベース、マーティ・モレルのクリアなドラムと3つの楽器それぞれの特長ある音が対等にぶつかり合い、テンションの高い演奏が目の前で繰り広げられるのを体験していると、52年前の空気を共有している錯覚に陥ってしまう。オランダのヒルフェルスムとアムステルダムの演奏を2枚のCDに収録しているが、会場ごとの楽器間のバランスや距離感の違いも含めて当時の雰囲気を忠実に再現することがテーマだ。

推薦盤⑤「ヘンデル:歌劇《アリオダンテ》」

BD「ヘンデル:歌劇《アリオダンテ》/2017年ザルツブルク音楽祭ライヴ」
チェチーリア・バルトリ(メゾソプラノ)、ジャンルカ・カプアーノ(指揮)、レ・ミュジシャン・デュ・フランス=モナコ
C Major KKC-9670 輸入盤

メゾソプラノのチェチーリア・バルトリは独自の視点でバロックオペラに取り組み、比べる存在がないほどの歌唱と演技で聴き手を圧倒する。主役の騎士アリオダンテは男性が歌うのが本来だが、作曲された当時はカストラートが歌っていたとされ、今回のステージではバルトリがメゾソプラノの音域で歌う。

カバーアートの写真からわかる通り、バルトリが男装で演じる様子が衝撃的だが、劇が進行すると「実はアリオダンテは女性だった」という意外な展開に! 男装のバルトリが途中で段階的に女性の姿に変わるという驚きの映像に目が釘付けになる。演じる性別を問わず完璧な歌唱を聴かせるバルトリの技巧と表現力は格別で、目と耳を同時に強く刺激する。2017年のザルツブルク音楽祭で収録された貴重なライヴ映像だ。

山之内正

神奈川県横浜市出身。オーディオ専門誌編集を経て1990年以降オーディオ、AV、ホームシアター分野の専門誌を中心に執筆。大学在学中よりコントラバス演奏を始め、現在も演奏活動を継続。年に数回オペラやコンサート鑑賞のために欧州を訪れ、海外の見本市やオーディオショウの取材も積極的に行っている。近著:「ネットオーディオ入門」(講談社、ブルーバックス)、「目指せ!耳の達人」(音楽之友社、共著)など。