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衝撃の“火の神”サウンド、Kinera Imperialの最上位イヤフォン「Loki」を聴く

Kinera Imperialの新ハイエンドイヤフォン「Loki」

「Kinera(キネラ)」というブランドをご存知だろうか? 日本のポータブルオーディオマニアの間で、イヤフォンやリケーブル製品が高い評価を得ている中国の新進気鋭ブランドだ。そんなKineraのハイエンドライン「Kinera Imperial(キネラ インペリアル)」から、イヤフォンの新しいフラッグシップモデル「Loki(ロキ)」が登場する。

価格は468,000円と、おいそれとは手が出ない超ハイエンド機。日本ではまだ、Kinera自体の知名度がそこまで高くないので、「音はどうなんだろう?」と、ちょっと不安を感じる人もいるかもしれない。

しかし、新モデルのLokiを軸にKineraというブランドを調べてみると、ちょっと“普通じゃない”。波乱万丈の創設者のストーリーから、製品へのとんでもないこだわりまで、かなり面白いのだ。さらに、Lokiの音を実際に聴いてみると、このイヤフォンが同ブランドの新たなフラッグシップとして作られた事も深く納得してしまう、結論から先にいうと、「今、有線イヤフォンを使う意味」に溢れたサウンドだった。

Kineraとは? 数奇な運命の末に出会った2人が作るイヤフォン

Kineraを立ち上げたのは、1988年に中国広東省潮州市揭陽に生まれた起業家、アーロン・ユー氏。音響エンジニアでもあり、音響スピーカーの発明で複数の特許を取得する人物だ。

アーロン・ユー氏

ユー氏のキャリアは、新卒で親戚のスピーカー工場に勤務するところからスタートした。そこで数年間腕を磨き、2010年に小さなヘッドフォン工房を開く。すると、彼が蓄えた知識と技術で開発した製品は評判を呼び、飛ぶように売れて、ユー氏はすぐに村で最も裕福な若者になったという。

しかし、周囲にはその成功を妬む者もおり、彼はビジネス上の裏切りにあって何百万もの負債を背負うことに……。家族や友人にも見放されてしまったそうで、いきなり世知辛い話だ。

その後、ユー氏はドライバーユニットの研究に没頭しつつ、精神的な支えを見出すため神に祈る日々を送ったり、菜食主義者になったりと四苦八苦。そんな中で開発されたのが、軍用補聴器に採用された5mm口径のハイインピーダンス・ダイナミックドライバーだった。ユー氏はこれで2度目の成功を掴む。そこで稼いだ資金を元手に2011年に再び起業し、海外向けヘッドフォンのOEM生産を手がける大規模工場を興した。

そして、2016年には自社でイヤフォン開発を行なうブランド「kinera」をスタートさせる。しかし、大規模な工場を運営するには経営知識が追いつかなかったようで、多額の経費がもとで会社は破産宣告を受けることに……。

2019年、破綻した工場を閉鎖し、再び借金を背負ったユー氏は、絶望して雨が降る中で道に倒れ込んだという。すると偶然にも、そこに現在のパートナーであるシンシアという女性が通りかかる。当時、就職先を探していた彼女は、雨の中で倒れているユー氏になぜか惹かれるものを感じて言葉を交わし、そのまま彼に雇われて働くことに。これがユー氏の再生のきっかけとなった。

ユー氏が出会い、共に働く事になったシンシア氏

フェイスプレートにシンシア氏のハンドペイントを採用することになり、新生Kineraのイヤフォン開発は新たなステップへ進む。

そして2人は研究を重ね、3基のBAドライバーと1基のダイナミックドライバーを搭載するハイブリッドイヤフォン「Freya」(フレイヤ)を完成させた。

Freya

このモデルは2020年の発売後に大きな反響を呼び、販売数は数万個に到達。日本のオーディオビジュアルアワード「VGP」でも賞を獲得し、ネット上でも評価の声が増えるようになった。さらに4,000円台で買えるリケーブル対応モデル「Bd005E」がヒットするなど、日本のポータブルオーディオファンの間でKineraの存在感が徐々に高まり、今に至る。

浮き沈みを繰り返したユー氏の人生で、いつもキャリアを浮上させるきっかけを作っていたのは、その高い技術力と経験に裏打ちされたヘッドフォン・イヤフォンやドライバーの開発だった。そんなユー氏が現時点で辿り着いたひとつの成功の形として、kinera製品のサウンドを聴いてみると、また味わい深いものがある。

ユー氏とシンシア氏

火の神にインスピレーションを受けた新フラッグシップ、Loki

「Loki」のパッケージ

では、Kinera Imperialの最新フラッグシップモデル、Lokiについて見ていこう。今回お借りした試聴機を受け取ってみると、さすが超ハイエンド機だけあって、まずセット内容がすごい。六角形の立派な専用箱は2段構成で、上段には美しいブルー基調のイヤフォン本体とケーブルが収められている。

六角形の専用箱を開封し、Lokiと対面

Lokiはリケーブル対応モデルだが、製品には4.4mmバランス端子を装備した、見るからに耐久性の高そうな編み込みの「Effect Audio Ares Sケーブル」が付属する。

2ピンでリケーブルが可能。付属のケーブルは1.2mで、4芯3Dウェブ編み。コア径はEPO 24awg 4コア。複合コア二重構造設計としている

さらに、「Kinera Custom Loki Cable」という黒い4.4mmケーブルも付属する。リッツゴールドメッキ6N単結晶銅と、リッツシルバーメッキ6N単結晶銅を2本ずつ、合計24芯、二重螺旋編組で構成している。外側のコットンネットシールドで仕上げられており、非常にしなやかで、取り回しが良い。長さは1.25m。「クリアでパワフルなサウンドと豊かでエモーショナルなボーカル表現を提供する」とのこと。こちらのケーブルも、後ほど聴いてみよう。

Kinera Custom Loki Cable

下段を開けると付属品が入っているのだが、特にイヤーピースの種類が豊富で驚く。スタンダードのシリコン製のものを13ペア付属するほか、Finalの「Type E シリコンチップ」が5ペア(SS/S/M/L/LL)、Azlaの「SednaEarfit クリスタルチップ」が3ペア(SS/MS/ML)、スピンフィットの「CP145シリコンチップ」が3ペア(S/M/L)、シンビオの「Fイヤーフォーム」が2ペア(S/M)も収納されている。

下段には付属品がギッシリ
シリコン製のイヤーピース
Azlaの「SednaEarfit クリスタルチップ」
Finalの「Type E シリコンチップ」やシンビオの「Fイヤーフォーム」まで付属する

さらに、クリーニングブラシ、マニュアル、サンキューカード、デザイン背景紹介カード……と、付属品を紹介するだけでお腹いっぱいだ。流石はハイエンドモデル、満足度は高い。

満足度という面では、フェイスプレートのビルドクオリティも素晴らしい。上述の通り、シンシア氏が手描きしているものだが、Lokiのデザインは、北欧神話に登場する火の神、その名も「Loki」にインスピレーションを受けたという。深いブルーを基調に、燃えるような赤いマグマのモチーフが取り入れられ、火のエレメントを象徴している。

イヤフォン界隈で美しいフェイスプレートを持つモデルは、伝説や神話からインスピレーションを受けていることが少なくないが、Kinera製品もその例に漏れない。ちなみに、Lokiが登場するまで最上位モデルだった Baldr(バルドル)も北欧神話に登場する光の神の名称だ
フェイスプレートだけでなく、筐体全体にも深いラメの塗装が施されており、夜空のように深みがある

この火の神のインスピレーションは、フェイスプレートのデザインだけではなく、チューニングにも取り入れられた。音質のインプレッションは後述するとして、まず注目してほしいのがドライバー構成。自社開発の6mmダイナミックドライバーを1基、Knowles製のカスタマイズBAドライバーを6基に加え、Sonion製のコンポジットESTドライバーを4基と骨伝導ドライバーを1基搭載するという、怒涛の12ドライバー構成になっている。

周波数特性は20Hz~50kHzで、感度は107dB、インピーダンスは12Ωだ。ちなみに今回試聴に試用したAKのDAP「SP3000」との組み合わせでは、DAP側のボリューム値がMAX 150のところ、楽曲に合わせて55〜70あたりの設定で十分に音を出すことができた。ある程度のドライブ力のあるDAPと組み合わせれば、問題なく鳴らし切れるだろう。

ドライバー構成

特にポイントとなるのが、Kinera特注という接触型骨伝導ユニット。これが低域を担うダイナミックドライバーと連動することで、独特の低音表現でより深い超低域性能を実現するという。同社の説明によると、低周波信号の伝送における骨伝導の利点により、イヤフォンの低周波性能を大幅に最適化し、ユニークで独特な奥行き感を与えるとのことだ。

6基のBAドライバーは中域用に4基、高域用に2基が割り当てられている。高域から低域までをシームレスに繋ぐよう、ダイナミックドライバーの自然な低域性能と静電型ドライバー特有の高域の優位性の両方を生かすチューニングが行われている。さらに、4基の静電型ドライバーが超高域を担当。静電ドライバーの明るく滑らかなサウンド特性を活用し、歪みを抑えた再生を狙った。

本体はチタン合金製のメタルバックルを採用し、質感、高強度、耐食性、耐熱性に配慮。最薄部は0.2mmと薄い。よく見ると「k0234i」などのカスタムコードが刻まれている。「K/I」はハイエンドシリーズのKIロゴで、「0234」は製造年と月、そして接尾辞はモデルコードを表している

これだけのユニットを内蔵すると、装着しにくいのでは? と心配だったが、実際に着けてみると装着感は良好。美しいブルーの筐体は筆者(女性)の小ぶりな耳穴にもしっかりフィットした。

付属するイヤーピースの種類も多いので、自分に合うものを見つけやすいのが良い。さらに、イヤーピースの付け替えで遮音性が変わることによる“聴こえ方の違い”も色々試せる。

圧倒的なレンジと情報量

いよいよ試聴してみよう。

先に全体的な感想を言うと、楽器などの定位感がバツグン。さらに、高域から低域までの圧倒的に広大なレンジ感と、情報量の多さが強く印象に残る。そしてなにより、全体の質感がとても自然だ。

伸びのある高域は抜けが良いし、中域の再現性が高くてボーカルが聴きやすい。低域は、弾力があり、豊か。特に、“男性の神様”をモチーフとしたチューニングのゆえか、中低域のクオリティがとにかく良い。

また、BAユニットを多数搭載する事で、レンジや情報量の向上に加え、個々のユニットの負荷が減ることで、歪みの低減にも寄与したと思われる。フラッグシップらしい、小細工なし、真正面から“素性の良いイヤフォン”を目指したモデルであることが感じられる。

試聴にはAstell&KernのDAP「A&ultima SP3000」を組み合わせた。イヤーピースはスタンダードなシリコン製のもので、耳穴が小さめな筆者は2番目に小さいサイズを用いた

Lokiを使って音楽を聴くと、楽曲のコード進行やそれに乗る主旋律といった“楽譜で表せるもの”を追い越して、アーティストが作り上げた世界観の方が一気に頭の中に広がる感覚だ。楽曲のアレンジの妙や音の立体感、アーティストが伝えようとする世界観、そこに込めた遊び心なんかに触れたくて、我々リスナーはオーディオ機器にお金をかけるわけだが、Lokiはその思いを叶えてくれる。

特にその感覚を強く味わったのが、Official髭男dismの「Pretender」(96kHz/24bit FLAC)を聴いた時だった。ご存じ、2019年に日本で大ヒットしたメロウなロックバラードだが、イントロの印象的なギターリフが鳴り出した途端、自分の体が楽曲の世界へ入り込んだかのように感じる。普段、やや低音の強いイヤフォンで本曲を聴くことの多い筆者にとっては、Lokiだと中域に密度が感じられ、藤原聡のハイトーンなボーカルが聴こえやすく伸びやか。そしてベースやバスドラムなどの低域は、豊かだが決してブーミーにはならず、“低音の芯”が通っていて心地良い。

もちろん、ここまで高価なイヤフォンでなくとも本曲の魅力を感じることはできる。「サビはいわゆるヒット曲が生まれやすいコード進行がベースで、9thのテンションが云々かんぬん~」的なところまでは語れるだろう。しかしLokiで聴くと、そういう理屈より先にサビの「グッバイ」が強烈に訴えてきて、楽曲に込められたメインテーマがずっしり胸に落ちてくる感じだ。小レベルの音がよく聴こえるので、ピアノの最後の一音が鳴り響いた後の余韻も深い。

また、ジャズの女性ボーカルでおなじみのダイアナ・クラール「月とてもなく」(Amazon Music 44.1kHz/16bit)を再生して、とにかくまず各楽器の定位に唸った。そしてイントロのベースがかなりリアルでびっくり。しなやかで弾力があり、例の骨伝導ユニットの効果か、かなり低い領域まで表現されているのがわかる。

ちなみに骨伝導ユニットの存在感は、こちらもおなじみビル・エヴァンス・トリオ「Waltz for Debby(take 1)」(Amazon Music 96kHz/24bit)などでも発揮される。上手側にピアノがいる特徴的な構成の定位感もさることながら、本曲のようなライブ収録音源は現場の臨場感が肝となるが、Lokiの深い低域は暗騒音などの表現を高めることに寄与。これが1961年のジャズクラブ「ヴィレッジ・ヴァンガード」なのかあ……と、現代を生きる我々がその空気感を享受できるのが嬉しい。

YOASOBI「アイドル」(96kHz/24bitの配信曲を48kHz/24bitでダウンコンバート再生)は、音圧が高く一つ一つの音が絡まりやすい楽曲だが、Lokiで聴くと精細感が高く中高域がクリアで、倍音の乗りやすいikuraのボーカルがなめらか。そして、コンポーザーであるAyaseの演出力を体感できる。本曲のような打ち込み系の音楽では、一つ一つの音の配置が立体的で、まるで図面で見せられているようにその狙いがわかる。一部のBメロやサビなどで現れる裏打ちのリズムが、ドルオタのコール風であることに初めて気づいたのも、LokiとSP3000の組み合わせのおかげかも。

最後に、付属のリケーブル「Kinera Custom Loki Cable」に交換して聴いてみた。豊かで弾力のある低域がやや引き締まって、高域がよりクリアで伸びやかになった印象だ。どちらを選ぶかは聴く音楽のジャンルと好みになってくるだろうが、比較すると「Effect Audio Ares Sケーブル」の方がフラット寄りで、じっくり聴いて良さを味わうタイプ。パッと聴きいた瞬間にインパクトを感じるのが「Kinera Custom Loki Cable」という印象。しかし、クオリティの高いケーブルを2種類も同梱してくれているのは率直に嬉しい。

ぜひ「ポタフェス」で体験してほしい

近年、イヤフォン界では取り回しの良い完全ワイヤレスが一大市場を築いており、音質の良い製品が様々なメーカーから登場している。しかし、ケーブルまで含めた徹底的な作り込みによって完成されるハイエンドな有線イヤフォンの世界は、音楽が好きであればあるほど、やっぱり魅力的だ。

Lokiは気軽に手が出ない価格帯のイヤフォンではあるが、実際に音楽を聴き始めると、止まらなくなる魅力に溢れている。買えるか買えないかは一旦置いて、多くの人にこのサウンドを体験してみてほしい。

専門店でも良いが、ちょうど今週末の2023年12月9日~10日に東京・秋葉原の「ベルサール秋葉原」で開催される「ポタフェス」にて、サウンドアースのブースにLokiも出展される予定。ぜひ、Kinera Imperialの新たなハイエンドサウンドを聴いてみてほしい。

杉浦みな子

オーディオビジュアルや家電にまつわる情報サイトの編集・記者・ライター職を経て、現在はフリーランスで活動中。音楽&映画鑑賞と読書が好きで、自称:事件ルポ評論家、日課は麻雀……と、なかなか趣味が定まらないオタク系ミーハーです。