トピック
ポータブルとホームユースを兼用!? Astell&Kern挑戦的DAP「PD10」を試す。驚きの“クレードル付属”
- 提供:
- アユート
2025年5月27日 08:00
Astell&Kernからユニークな製品が登場した。その名は「PD10」(5月31日発売/44万円)。これまでの主要モデルのように「A&○○○」のようなサブネームを持たない点では「KANN」シリーズに近い独立したカテゴリーにあるモデルだ。
一番の特徴はXLR出力と給電用USB端子を備えたクレードルがセットになっている点。外出時は本体にプレーヤーのみを持ち出して高音質DAPとして使用。自宅ではクレードルにセットして充電、そしてXLR出力で自宅のオーディオシステムと組み合わせて試聴するという、屋内でも屋外でも使えるスタイルを提案しているのだ。
今回は、そんなPD10を、様々な機器と組み合わせて使ってみよう。
2つのアンプを内蔵、イヤフォン/ヘッドフォンを最適増幅
その前に、製品の概要を紹介していこう。D/Aコンバーターは旭化成の最新DACである「AK4191EQ+AK4498EX」。SP3000Tなどで採用されている「AK4191EQ+AK4499EX」と同様にデジタル信号を処理するデータコンバーターとD/Aコンバーターが独立した構成となる。
AK4499EXがSwitched Resistor型電流出力であるのに対し、AK4498EXはSwitched Capacitor型電圧出力となっているのが主な違い。PD10では、AK4191EQを2基とAK4498EXを4基使用し、デジタル信号処理とアナログ信号処理を完全に分離し高いS/N比を実現するHEXAオーディオ回路構造としている。
また、この構成により、アンバランス出力とバランス出力を切り替えるオーディオスイッチを必要としないアンバランス/バランス完全独立の「デュアルオーディオ回路」としている。要するにアンバランス出力回路とバランス出力回路がDACごと独立しており、オーディオスイッチによる信号ロスが発生しないオーディオ回路になっているということだ。
さらに、アナログ変換された後の信号を増幅するアンプは、ハイゲインアンプとノーマルゲインアンプの2つを搭載。接続されるイヤフォンやヘッドフォンのインピーダンスに合わせて自動で切り替える「スマートゲイン」機能を搭載する。
接続されたイヤフォンやヘッドフォンのインピーダンスが平均32Ω以下の場合はノーマルゲインとなり最大5.5Vrms出力(バランス)、平均32Ωを超える場合はハイゲインで最大8.3Vrms(バランス)に設定される。
なお、2つのアンプはそれぞれ異なるサウンドチューニングが施されており、ノーマルゲインアンプは繊細なディテールと純度の高い音質、ハイゲインアンプは複雑でダイナミックなサウンドを得意とする音質になるそうだ。
スマートゲインでいちいち接続するヘッドフォンやイヤフォンを気にせず使えるほか、手動でハイゲイン/ノーマルゲインを切り替えて使うことも可能だ。
このほか、Astell&Kern独自の主要回路を一体化した「TERATON ALPHA」を採用しており、効果的な電源ノイズの除去、効率的な電源管理、歪みの少ない増幅を実現。旭化成のサンプルレートコンバーター「AK4137EQ」を使用したデジタルオーディオリマスター(DAR)機能も搭載。任意でON/OFFが可能となっており、最大PCM 384kHz/DSD 256変換が行なえる。スピーカー再生に近い音像を実現するクロスフィード機能も備わっている。
外観は6インチディスプレイを搭載したすっきりとしたフォルムで、これまでのモデルのような三角形または多角形を組み合わせたデザインではなく直線主体のデザインとなっている。
外観の大きな特徴でもあったボリューム調整用ツマミはなくなり、ボリューム調整ボタンによるものとなっている。これまでボリュームツマミと組み合わされていたLEDライトは電源ボタンとの組み合わせになり、再生中の曲のビット深度情報を異なる色で表示する。こうした点で、これまでのAstell&Kernのプレーヤーとは印象の異なるデザインになった。ちなみにボディの素材はStainless Steelだ。
イヤフォン/ヘッドフォンと組み合わせて、PD10のDAPとしての実力をチェック
まずはイヤフォン、ヘッドフォンと組み合わせて、ポータブルDAPとしての実力をチェックしてみよう。
組み合わせるイヤフォンは、qdcの「WHITE TIGER II」、ULTRASONEとAstell&Kernのコラボによる「VIRTUOSO」を使用した。接続はどちらもバランス接続。音源は所有するハイレゾ音源を内蔵メモリーに転送して再生しているほか、PD10にQobuzアプリをインストールし、Qobuzの楽曲も再生している。
まずはqdcのWHITE TIGER II。
聴き慣れたクラシック曲であるクルレンツィス指揮ムジカ・エテルナの「チャイコフスキー/交響曲第6番」の第3楽章を再生すると、情報量の豊かな演奏を楽しめた。多くの機器でさんざん聴いている曲なのだが、まだ聴き取れていない音があったと気づくほど細かな音が多い。それでいて躍動感たっぷりで生き生きとした音だ。
qdcの音の魅力である明るく鮮やかな傾向もあって、情報量が多いだけでなく陽性で楽しい音になる。この組み合わせはPD10の高解像度な音の再現との相性もよく、情報量がたっぷりでダイナミックな音を存分に楽しめる。
ローレン・オルレッドの歌う「No Promises to keep」(「ファイナルファンタジーVII リバース」テーマソング)もS/Nの良さや微少音の再現性だけでなく、歌声のニュアンスやエネルギーがたっぷりと出る。リズムの切れというか低域の反応がよく、解像感の高さとあいまって、あまり聴けないレベルの見事な低音再現に驚かされる。
PD10の音は、高解像度でありながら、音楽の熱気を伝えてくるライブ感のようなものも兼ね備えている。DACチップが異なるとはいえ、SP3000とDAC構成はほぼ同じとなるのだが、正確さや情報量だけでなく音楽としての躍動や魅力がよく伝わる音になったと感じる。
SP3000シリーズも「SP3000M」、「SP3000T」とバリエーションが広がっているが、それらの開発で得たノウハウやDACの使いこなしなどの成果がPD10にも生かされていると感じた。
実売44万円という価格は、クレードル込みの値段でもあるし、製品のラインアップとしてはSP3000系に次ぐ位置にくると思われるが、世代的には第4世代を先取りしたものと言うこともできるし、SP3000と同等の実力があると言っても言い過ぎにはならない出来だと感じた。
今度はヘッドフォン「VIRTUOSO」。
ULTRASONEのSigneture MASTER MKIIがベースとなったモデルで、アルミニウムハウジングを採用。ドライバーは40mmチタンプレイテッド・マイラードライバーを搭載。独自技術であるS-Logic3も搭載している。
クラシックを聴くと解像感の高さはよくわかるが、それ以上に音場の立体感がよく感じられる。ホールの響きが鮮明でその場が演奏されているコンサートホールに変わったかと感じる。音色はニュートラルなものだが、単純に色づけが無いというのではなく、木管のしなやかさ、弦の艶やかさ、金管の鮮やかさといった各楽器の音色の特徴を豊かに描き、色彩感が豊かだ。
そして、立ち上がりの反応の良さとスピード感、音の切れ味が見事で演奏の良さを見事に描き出す。ドロドロとした音になりやすいティンパニの連打もしっかりと連打になっているのがわかる。 ローレン・オルレッドの歌声も見事なもので、少し細身だが音像がシャープでボーカルの魅力がよく伝わる。この音のみずみずしさは見事なものだ。
Qobuzでは「ヨルシカ/火星人」(「小市民シリーズ」2期オープニング、96kHz/24bit)を聴いた。しっとりとした歌唱の表現力も見事なものだし、リズムやテンポのキレの良さが気持ちいい。高解像度な音だが、言葉通りの高解像度ではなく、それがあって初めて感じられる自然な質感を感じられる音だ。
「Vortex」(「ラザロ」オープニング)は、ジャズ調のインストゥルメンタルだが、コーラスも加わっておりそのコーラスの再現が見事。リズム感の良さではここでも満喫できる。
このように、PD10のポータブルDAPとしての実力は見事なもので、Astell&Kernの実力というか、彼らが目指す音がよくわかる感じがする。他の手持ちヘッドフォンやイヤフォンでも聴いてみたが、それぞれの違い、持ち味が魅力の差がよく現れる。これは単純に情報量が多いとか、性能が優れるだけでは獲得できないもので、トータルバランスの良さというか、熟成度の高さがよく実感できるものになっている。
スピーカー再生をチェック。ポータブルDAPは据え置きプレーヤーとして使えるか
続いてはスピーカー再生。
PD10をクレードルにセットして、バランスケーブルで自宅のシステムで聴いてみた。
接続相手は、ベンチマークのプリアンプ「HPA4」。パワーアンプは同じくベンチマークの「AHB2」だ。スピーカーはBWVホーム/スタジオの「H-1」×2台(片チャンネル2台として合計4台でステレオ再生をしている)。
このクレードルはXLR出力を備えるだけでなく、USB給電も可能なので充電用のクレードルとしても使える。クレードルにセットした状態でヘッドフォンやイヤフォンを接続して再生することも可能だ。この点から考えると、単純にポータブルDAPの室内での置き場所、充電場所としても便利だ。
気になるのは“なぜXLR出力のみのなのか”ということ。
デスクトップ上で使うのであれば、機器の位置も近いのでRCA出力でも良さそうだ。ただ、それではせっかくのバランス出力を生かせない。簡単に接続したいだけならば、USBデジタル出力でも良さそうだが、これもプレーヤーの優秀なアナログ出力がもったいない。より優れたヘッドフォンアンプを接続する場合でも、XLR入力を備えたしっかりとした機器と接続してほしい……。そんなAstell&Kernのメッセージを感じる。単純に“お手軽なクレードル”というわけではないようだ。
最初は短いXLRケーブルで接続し、プリアンプなどがあるラックと同じ試聴位置からは離れた場所に置いてスピーカー再生をしてみたが、途中でリモコンが欲しくなった。手元で操作したいのだ。
というわけで、PD10 + クレードルを手元のテーブルに置くために、5mほどのベルデン製XLRケーブルを繋いで使った。これでPD10 + クレードルをプレーヤー兼リモコンのように手元で使えて便利だ。
もしクレードルからの出力がRCAのみであれば、長いケーブルを引き回すことには心理的な抵抗がある。XLR出力ならば、PD10の実力をきちんと発揮できるし、ケーブル長の問題を気にする必要もあまりない。
もしRCA出力やUSBオーディオ出力も装備すると、単純に価格が高くなるだろうし、回路も複雑になるので音質劣化を避ける対策が必要になるかもしれない。それならば、シンプル一徹で音質劣化要因も少ないXLR出力のみという選択になることも理解できる。ただし、ユーザーは選ぶことになる。そこがAstell&Kernのこだわりだろう。
なお、クレードルにPD10をセットするだけでは、PD10側のボリュームは無効にならない。最初は、プリアンプのボリュームを上げても音が出ないので戸惑ったが、PD10側のボリュームが極端に小さくなっていたことに気づいて解決した。
PD10側をライン出力モードにして、ボリューム調整はプリ側で行なうというのが基本的な使い方になると思うが、プリアンプよりもPD10の方が手元の近くに置ける場合は、PD10を操作してボリュームを調整するという使い方もありだろう。
実際に自宅のシステムにつないでスピーカーで音を出してみたが、プレーヤーとしての実力には不満はない。BWVホーム/スタジオのH-1は、なりは小さいもののプロ仕様モデルは映画館用のスピーカーとしても使われており、それらと同じ思想で作られていて、自然で生音の感触がリアルな音を再現するスピーカーだ。そんな音の感触がよくわかる自然で精密な再生になった。
「No Promises to keep」を聴いても、声の質感が緻密だし、S/Nが良好なため音場の広がりやステージ感がよくわかる。スポットライトを浴びて歌声が鮮明に浮かび上がる様子がよくわかる。 Qobuzで「Vortex」を聴いてみると、コーラスに参加する人の人数がわかるほどの精密さで、男声と女声の違いはもちろん、複数の声の違いまで明瞭に描き分ける。トランペットのメロディーも勢いやスピード感のある演奏だし、ダイナミックなエネルギー感もしっかりと出て、ポータブル機器の音を聴いている感じはしない。
いくつかボーカル曲も聴いてみたが、それぞれの声の質感も豊かに描き分け、声の出し方の違いや歌唱のニュアンスの違いなど、音数とか解像感ではなく情報量の多い音だと感じた。
Qobuzの再生ができることを知って最近再び使い始めた旧型のLINN「MAJIK DS」とFIIO「K9 AKM」(DACチップはAK4191EQ+AK4499EXの組み合わせ)と比べると、PD10の方が緻密で細かな音の再現では優れているものの、MAJIK DSとK9 AKMは確かに少し甘いが中域に厚みがあってダイナミックな迫力では優れると感じた。プレーヤーとして個性の違いが面白く、聴きたい楽曲に合わせて使い分けたいとも思った。いずれにせよ、据え置き機との組み合わせでもPD10の良さはしっかりと味わえる。
そもそもデジタルソース全盛の現代、再生機器は家の中でも外でもスマホという人が圧倒的に多いなかで、室内用と外出用でわざわざプレーヤーを個別に所有するのもぜいたくな話でもある。PD10ほどのモデルならば、十分に据え置き型と組み合わせたスピーカー再生でも、ヘッドフォンやイヤフォン再生でもその実力をきちんと発揮できる。
「いやいや、ポータブル機器が据え置き型に勝てるわけがない」と考える人もいるとは思うが、そういう人は立派な据え置き機を使えばいい。
デスクトップでのスピーカー再生も試してみた。スピーカーは、クリプトンのアクティブスピーカー「KS-55HG」。ポータブルプレーヤーを使ったスピーカー再生としては、こうしたコンパクトなスピーカーによるデスクトップ再生の方がなじみやすいだろう。なお、接続はKS-55HGがアンバランス(ステレオミニ)接続のみなので、XLRーステレオミニの変換ケーブルを使用している。
モニタースピーカーではXLR接続対応のものも多いが、コンシューマー向けでは少ないので、こうした変換ケーブルを使うことも検討するといいだろう。
KS-55HGはコンパクトサイズながらも2ウェイ構成を採用し、ハイレゾ音源の再生にも対応している。小型ながら音の点でもしっかりとこだわったモデルだ。音を聴いてみると、小型スピーカーだけに、音場のスケール感や迫力という点では、大型スピーカーには叶わないが、試聴距離が至近になるのでPD10の持ち味である緻密できめ細かな音がよくわかるし、音場感も立体的だ。
スピーカー再生らしい目の前に音場が広がる見晴らしの良さがあると同時に、ヘッドフォン再生での緻密さ情報量の豊かさもしっかりと味わえる。なにより、DAPとクレードル、そして小型スピーカーという省スペースで、手軽にこの音が楽しめるのは魅力だ。これもまたPD10の長所を生かした組み合わせと言えるだろう。
最後に、PD10に感じた数少ない不満なのだが、付属するハンドルケースを外さないとクレードルと接続できない。このケースはイタリアのSynt3社のポリウレタン生地を使用したフェイクレザーなのだが、それを知らなければ本革製と勘違いしていたほど質感が良く、外出時には愛用したいのだが、家の中では外さないといけないというのはちょっと面倒。このあたりはぜひ改善を期待したい。
クレードルがある事で、活用の機会が増える
PD10はポータブル機器でありながらも、室内でのオーディオ再生にも十分対応できる活用の幅の広いモデルだとわかった。
“DAPとXLR出力付きのクレードルがセットになっただけ”と言う人もいるだろうが、充電台も兼ねたこのクレードルがある事で、屋内でのDAPの定位置が決まり、それが据置オーディオと連携できる事で、DAP自体を活用する機会が増えるのが、実際に使ってみると実感できる。
すでにAstell&KernのDAPを使っている人は、クレードルだけ欲しいところだが、製品ごとにサイズもデザインも多様なので、汎用のクレードルというのは難しいかもしれない。Astell&KernのDAPをカーオーディオの再生機器として活用している人も少なくないので、こちらのためのクレードルもニーズはあるだろう。
PD10は、DAPの新たな活用を提案するだけでなく、SP3000系から連なる高音質設計を受け継いでいることも見逃せない。優れた実力を備えつつ、活用の幅も広いDAPとして、今後のさらなる発展に期待したい。