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筐体素材が変わると、音は変わる?小さなハイエンドが“白銅化”Astell&Kern「SP3000M Copper Nickel」を聴く
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2025年3月3日 08:00
ピュアオーディオに詳しい人には説明不要かもしれないが、コンポの音質には“どんなパーツを内蔵しているか”も大事だが、同じくらい“どんな筐体を使っているか”も重要になる。 高級機になると、鉄のシャーシに銅メッキを施したり、天板だけ非磁性体のアルミにしたり、メッキの厚みを増やしたり、それらの筐体を固定するビスの素材にまでこだわったりする。コンポ全体のインピーダンスをコントロールするテクニックであり、最適な組み合わせを探すために途方もない手間をかけたりもしている。
そんな据え置きピュアオーディオの手法を、ポータブルオーディオでも実践しているのが、ご存知Astell&Kernブランドだ。DAPが1モデル完成すると、それだけで満足せず、そのモデルの筐体をステンレスで作ったり、純銅にしたりと、様々なバリエーションモデルを開発してきた。
つまり、完成したDAPで満足せず、「筐体の素材を変えたらもっと違う世界が開けるはずだ」という信念を持っているというわけだ。「DAPでそこまでやるのか」と思う一方、こうした据え置きのピュアオーディオにも負けないこだわりでDAPを開発してきたからこそ、黎明期からポータブルオーディオ市場を牽引してきたAstell&Kernブランドの現在があるのだろう。
小さなハイエンドDAPが“白銅”筐体に。SP3000M Copper Nickel
前置きが長くなったが、そんなAstell&Kernから、新たな“筐体の素材違いモデル”が登場した。ベースモデルは、昨年12月にレビュー記事も掲載した、あの「小さなハイエンドDAP」こと「A&ultima SP3000M」(396,000円)だ。
SP3000Mは筐体にアルミニウムを使っているが、それを“白銅(Copper Nickel)”に変更したのが、今回取り上げる「SP3000M Copper Nickel」(495,000円)だ。
白銅は、銅とニッケルの合金で、「深みのあるふくよかな音を生み出す」とされ、管楽器に使われることが多いそうだ。また、美しい光沢を持つ銀色であるため、高級な宝飾品や工芸品にも使われるという。美しいだけでなく、耐食性や抗菌性も高く、美しさが長持ちするそうだ。
SP3000M Copper Nickelの実物を手にすると、小型のDAPにも関わらずズシリと重さがあり、また剛性が非常に高いことが、通常モデルのSP3000Mと持ち比べてみると、すぐにわかる。
外形寸法は69.1×18.8×119.6mm(幅×奥行き×高さ)で、SP3000MとSP3000M Copper Nickelはまったく同じだが、重量はSP3000Mが約237gであるのに対し、SP3000M Copper Nickelは約370gと重くなっている。
指に触れる白銅の質感は、金属質にも関わらず、冷たさよりも、手に馴染む滑らかさを感じる。DAPというよりも、高級な腕時計や楽器に触れているような感覚で、ヒトコトで言えば「高そう」だ。
実際に、通常のSP3000Mと比べ、SP3000M Copper Nickelは約10万円ほど高価だ。これには理由があり、白銅は加工が非常に難しいそうで、DAPの筐体を作るのにも多くのコストがかかるそうだ。一方で、白銅は高い導電性と低い磁性を備えているため、オリジナルSP3000Mとは異なる独特の音色になったという。
SP3000M Copper Nickelの特徴をおさらい
このように、SP3000M Copper Nickelは、筐体に白銅を使っているが、DAPとしての機能はSP3000Mとまったく同じだ。軽くその特徴をおさらいしておこう。
SP3000“M”という型番からもわかるとおり、SP3000Mは、Astell&Kernの最上位DAP「A&ultima SP3000」の“コンパクトバージョン”だ。
SP3000の特徴は、DACチップとして、旭化成エレクトロニクスの最上位DAC「AK4499EX」を4基搭載していること。それに加え、デジタル信号処理用チップ「AK4191EQ」も2基搭載している。
このDACチップは、既存のDACと構造が大きく異なる。一般的なDACチップは、入力された音楽のデジタルデータをデジタルフィルターに通し、⊿Σモジュレーターを経由し、D/A変換してアナログ音声として出力する。
こうした工程を、小さな1つのチップで処理してしまう高機能なチップなのだが、上図を見るとわかるように、DACチップの中に、どうしても“デジタル信号とアナログ信号が共存している状態”が生まれてしまう。旭化成エレクトロニクスによれば、この状態があると、シリコンウエハーを通して、アナログ信号に影響があり、音の劣化に繋がるという。
これを解決するため、旭化成エレクトロニクスは、1つのチップの役割を2つに分けた。DACの「AK4499EX」とデジタル信号処理用チップ「AK4191EQ」という組み合わせで工程を処理する事にした。前半にあたる「入力されたデジタル信号にデジタルフィルターと⊿Σモジュレーターを通す」という部分をAK4191EQが担当。その後にあるAK4499EXは、マルチビットデータのインターフェイスとDAコンバーターだけを内蔵する。要するに、“デジタル信号処理”と“デジタル音声のアナログ変換だけ”という役割分担をしたわけだ。
これが、飛躍的な音質の向上を実現。AKでは“HEXAオーディオ回路”と名付けており、ハイエンドDAP・SP3000の、高音質の根幹となっているわけだ。
その“コンパクトバージョン”であるSP3000M/SP3000M Copper Nickelが凄いのは、SP3000よりも大幅に小さな筐体の中に、同じAK4499EX×4基、AK4191EQ×2基の“HEXAオーディオ回路”を搭載している事だ。
オーディオ回路全体にも特徴がある。
SP3000M/SP3000M Copper Nickelはイヤフォン出力として、3.5mm 3極アンバランス、4.4mm 5極バランス出力(5極GND結線)を備えている。最近のDAPでは、アンバランス出力とバランス出力を備えた機種は珍しくないが、SP3000M/SP3000M Copper Nickelはより本格的だ。
一般的なDAPでは、アンバランス出力とバランス出力に、同一のDACチップを使っている。つまり、DACからの信号を、アンバランス出力側とバランス出力側に分割してアンプ部へと伝送している。
しかし、SP3000M/SP3000M Copper Nickelは、デジタルデータコンバーターのAK4191EQを2基、DACのAK4499EXを4基搭載している事を活用し、「アンバランス用にAK4191EQを1基、DACのAK4499EXを2基」使い、それとは別に、「バランス用にAK4191EQを1基、DACのAK4499EXを2基」使っている。
アンバランス出力とバランス出力が、それぞれ独立した“HEXAオーディオ回路構造”として設計されている。Astell&Kernでは、これを「真のデュアルDAC構造を実現した、デュアルオーディオ回路」と呼んでおり、その結果、SP3000M/SP3000M Copper NickelはAKプレーヤーでは過去最高のSN比となる130dBを実現している。
小さなDAPと聞くと、「出力が弱いのでは?」とか「動作がモッサリしているのでは?」と心配になるが、その点も抜かりがないのがSP3000M/SP3000M Copper Nickelだ。アウトプットレベルはアンバランス3.3Vrms、 バランス6.3Vrms(無負荷)で、こちらもSP3000譲りのハイパワーっぷり。
CPUも、Qualcommの「Snapdragon 6125 オクタコアCPU」を搭載しており、内蔵音楽ファイルの再生操作だけでなく、「Open APP Service」でAmazon Musicなどの音楽ストリーミングサービスアプリなどをインストールした時の操作も、力不足は感じない。
なお、付属のプレミアムリアルレザーケースもSP3000M Copper Nickel専用のものになっている。淡い色合いで、SP3000M Copper Nickelのエレガントな雰囲気とマッチしている。手触りも高級感のあるケースで、GRUPPO MASTROTTOのソフトな牛革を使ったものだという。クロムなめしと高品質の顔料による染色により、革の表面は均一な質感を保ち、イタリアンレザー特有の鮮やかな発色を追求したそうだ。
筐体の素材が違うと、音も激変する
では、通常のSP3000MとSP3000M Copper Nickelを聴き比べてみよう。イヤフォンはqdcのカスタムIEM「Hybrid Folk-S」を使用。ハイレゾファイルや、Amazon Musicのハイレゾ配信ファイルを試聴している。
まず、無印のSP3000Mを使い、いつもの「ダイアナ・クラール/月とてもなく」を聴くと、SP3000から継承している、広大な音場と、SN比の良さを改めて実感できる。音が出る前の、静かな空間が非常に静かで、そこからピアノやベースがスッと立ち上がり、その音が消えた時の余韻が広がる空間が良く見通せる。特に奥行き方向の広がりが深く、小さいながらも、DAPとしてハイエンドクラスの音質なのがわかる。
では、同じ曲をSP3000M Copper Nickelで再生すると、どう違うだろうか。筐体の素材が違うだけで、中身は同じなので「ぶっちゃけ、そんなに違いはないのでは?」と思ってしまうが、いざ音が出ると「おおっ」と声が漏れるほど、音が違う。
SP3000Mよりも、SP3000M Copper Nickelの方が、ピアノやボーカルの音が広がる空間が、より広く、声の響きが「スーッ」と消えていく瞬間の様子まで、より細かく聴き取れる。音場自体が広く感じ、見通しも良いため、なんだが聴いている部屋が広くなったような感覚だ。
また、中低域の響きがリッチで、低音の沈み込みもより深く感じる。音楽が低重心になる事で、どっしり感、安定感が生まれ、ハイエンドの雰囲気が出てくる。中高域も、響きがややきらびやかになる事で、気品のあるサウンドに聴こえる。面白いもので、SP3000M Copper Nickelの外観のエレガントな雰囲気が、そのままサウンドの印象にも通じる。
ここで再び、SP3000Mに戻すと、音場が少しだけ狭くなり、音像も近く感じる。ただ、これは悪いというよりもキャラクターの違いで、例えば「米津玄師/KICK BACK」のような激しい楽曲を聴くと、SP3000Mの方がパワフルでエネルギッシュで、より迫力のあるサウンドに聴こえる。
一方で「ヒラリー・ハーン/J.S.Bach: Violin Concertos 第1楽章: Allegro」のような、クラシック、ジャズで聴き比べると、ホールの広さがSP3000M Copper Nickelの方がより広く感じられ、管楽器やヴァイオリンの響きもより美しく、うっとりと聴き惚れる魅力がある。この美しさこそが、白銅筐体の魅力と言えそうだ。
ただ、逆に言えば、無印SP3000Mの方が音色はよりニュートラルで、モニターサウンド寄りの良さがあるとも言える。このあたりは、個人の好みによって魅力の感じ方が変わってくるだろう。
こうなると、気になるのがハイエンドDAP「SP3000」と、SP3000M Copper Nickelはどちらがいいのか?という事。実際に聴き比べてみた。
SP3000の筐体は白銅ではないが、Stainless Steel 904Lを使っている。これも、スイスの高級時計ブランドに採用されるなど、耐久性と耐食性に優た素材で、一般的なステンレスよりも硬く、加工が困難な素材だ。
「もしかして、下剋上もありえるのでは?」と思いながら、SP3000に変更し、「ダイアナ・クラール/月とてもなく」を再生すると、音が出た瞬間に「んんー!」と頭を抱える。音場が、SP3000M Copper Nickelよりも、SP3000の方がさらに広大なのだ。
“圧倒的な音場の広さ”“SN比の良さ”“圧倒される低域の深さと高解像度”という、今までのDAPとは次元の違うサウンドは、SP3000が切り開いた世界であり、その世界にSP3000M Copper Nickelも間違いなく足を踏み入れている。
だが2モデルを聴き比べると、低域の深さと音場の広さで、SP3000の方が、SP3000M Copper Nickelよりも、さらに一枚上手だというのがわかる。
スピーカーで例えるなら、SP3000M Copper Nickelは「高級なトールボーイを良いアンプで鳴らした音」、SP3000は「より広いオーディオルームで、巨大なフロア型をゆったり鳴らしたようなサウンド」だ。
ただ、音場の広さ、低域の深さ、中高域の美しさといった個々の要素では、SP3000のサウンドに、SP3000M Copper Nickelはかなり肉薄している。明らかにその差は、無印SP3000Mよりも縮まっている。
小さくてもハイエンドで、エレガントなサウンド
以前、SP3000Mの記事において、「DAPにおいて“小さくて軽い”は正義」と書いた。ハイエンドに迫るサウンドを実現しながら、実用性の高い、小さくて軽い筐体になった事はSP3000Mの大きな魅力であり、その印象はSP3000M Copper Nickelを聴いた後でもまったく変わっていない。
SP3000M Copper Nickelは、コンパクトさではSP3000Mとまったく同じだが、重量はSP3000Mが約237gから、約370gと重くなった。さすがに、SP3000の重量約493gと比べると軽いが、SP3000Mが持っている“小さくて軽い”という魅力が、SP3000M Copper Nickelでは少し弱くなっている。
だが、サウンドを聞くと、SP3000の世界により肉薄したサウンドであり、特に音場の広がりに関しては、“コンパクトバージョン”であることを感じさせない、圧巻のクオリティを聴かせる。この小ささで、ハイエンドDAPとあまり遜色の無い世界を楽しませてくれるのが、SP3000M Copper Nickel最大の魅力だ。
その魅力を考えると、「ちょっと重くなったけど、サイズは小さいままだから問題ない」という気分になる。個人的にも、サウンドはSP3000M Copper Nickelの方が好みだし、このコンパクトサイズであれば、重さは許容範囲内だ。
だが、価格がCopper Nickelの方が10万円ほど高価というのは悩ましいところだ。この価格のDAPを検討する人であれば、「どうせならばCopper Nickelを選んだほうが良い」と言いたくなるが、10万円あれば組み合わせるイヤフォンやヘッドフォンのグレードアップも図れるので、そのあたりは、試聴した音質の違いと、予算配分で決めたほうが良いだろう。
また、個人的には「SP3000を持っている人が、SP3000M Copper Nickelに買い替える or 買い増しする」というのはアリだと感じる。SP3000のサウンドが気に入っているが、大きさと重さが辛くなってきたというユーザーであれば、同じサウンドの傾向を持ちつつ、小さく軽いSP3000M Copper Nickelを気に入るはずだ。
だが、「SP3000M Copper Nickelがあれば、SP3000はもう不要なのか?」と聞かれると、やはりSP3000でしか到達できない世界は確かにある。お店やイベントで試聴機を見つけたら、ぜひ、SP3000M → SP3000M Copper Nickel → SP3000の順番で聴いてみて欲しい。「ベースは同じだが、こんな違いが出るものなのか」と、オーディオの面白さを、改めて感じるはずだ。