ラジオをほぼ100%サイマル配信する「radiko.jp」の挑戦

-IPサイマルラジオ協議会に経緯と狙いを聞く


配信は専用サイト「radiko.jp」で行なわれる。画像は東京や神奈川などの関東地区向けの画面イメージ

3月15日試験配信開始

聴取料:無料

 関東・関西地区のAM/FM/短波ラジオ放送を、インターネットでサイマル配信する「IPサイマルラジオ」の実用化試験が3月15日から開始される。在京ラジオ7局と在阪ラジオ6局、電通が共同で設立したIPサイマルラジオ協議会が実施するもので、概要は既報の通り。

 関東地区ではTBSラジオや文化放送、ニッポン放送、TOKYO FMなど、関西地区ではABCラジオ、MBSラジオ、FM802など、合計13局がPC向け専用サイト「radiko.jp」にアクセスすれば、無料で聴取できるようになる。試験配信期間は3月15日~8月31日までの予定で、半年後を目処に実用化が検討されている。

 配信地域は、通常のラジオの聴取エリアに限定されるが、PCがネットに接続されていれば楽しめるという手軽さが最大の特徴。同時に、公共放送であるラジオがネットでサイマル配信される事自体が“放送と通信”の今後にとっても大きな出来事となりそうだ。

 その経緯や詳細、今後について、IPサイマルラジオ協議会のメンバーである株式会社電通の、ラジオ局 開発推進部長 音声事業開発チームの宮澤由毅氏、ラジオ局開発推進部 スーパーバイザーの青木貴博氏に話を伺った。


■ 大阪から関東・関西地区へと拡大

編集部:まず、IPサイマル配信を行なう意図について教えてください。

 

ラジオ局開発推進部 スーパーバイザーの青木貴博氏
青木氏(以下敬称略):大きな理由の1つは、都市部を中心に高層建築が増え、雑音源も増加した事で、ラジオが受信しにくい難聴取環境が増えた事への対応があります。

 もう1つは若年層のラジオ離れですね。昔と比べてラジオを聴く時間を他のデバイスにとられる事が多くなったり、ラジオ受信機というデバイスそのものが、今後も継続して売れ続けるのかという懸念もラジオ業界にはあります。

 IPサイマル配信を行なうことで、難聴取を解消していくと同時に、より魅力ある音声メディアの姿を追求するというのも目的の1つです。

編集部:今回の試験配信以前に、大阪で試験配信が行なわれていたと伺いました。

青木:IPサイマルラジオ協議会は2009年12月に発足したものですが、これ以前に、電通と大阪のラジオ局6社が2007年4月に発足させた“IPラジオ研究協議会”というものがあります。ここでは、大阪のラジオ局の放送をネットで再送信する実験を行なっていました。

編集部:具体的にはどのような実験だったのですか?

青木:配信にIPv6のマルチキャスト技術を使った配信で、それに関連してIPv6に対応したNTT西日本さんの“フレッツ光プレミアム”に加入している人を対象に、1,000人限定のモニターという形で行ないました。

宮澤:1,000人限定だった事もあり、あまり大々的に発表しませんでした。

編集部:この実験を経て、次は関西・関東へと広がっていったわけですか。

宮澤:地方のラジオでも、東京のキー局さんからの送られた番組を流す事がありますので、実は大阪の実験でも、コンテンツの供給などで間接的に東京キー局さんも実験に関わる事になっていました。

 キー局さんは実験の中身についても良く把握されていたので、同じような手間がかかるなら、次の試験では大阪だけでなく、そのままの形を東京に持ってくる事で、関東・関西エリアでの試験配信に広げようという事になったのです。

青木:エリアが拡大するのに合わせて、配信技術もIPv6のマルチキャストから、IPv4のユニキャストを採用しました。これにより、誰でもアクセスできるようになっています。

編集部:大阪での試験配信の反響はどのようなものでしたか?

青木:「PCでラジオを聴く事を、どう感じるか?」というアンケートを実施したのですが、非常に好評でした。IPv6を使っていた事もあり、どちらかと言うとPCのリテラシーが高い人がモニターとして集まっていたので、FMの音楽番組などに人気が集まるのかなと予想していたのですが、蓋を開けてみるとAMラジオ、例えばMBSラジオの浜村淳さんの番組や、ABCラジオの道上洋三さんなど、AMラジオが意外に人気でしたね。

編集部:今回、関東・関西にエリアを広げると発表した後の反響はどの程度ありましたか?

宮澤:発表前は「誰もアクセスしてくれなかったらどうしよう」と心配していたのですが(笑)、我々の想像を超える反響があり、驚いています。



■ 数万人の同時アクセスにも対応

編集部:これだけ期待度が高いと、試験配信のアクセスも相当多くなると思うのですが、システム的にどの程度の同時アクセスまで対応できるのでしょうか?

 

ラジオ局 開発推進部長 音声事業開発チームの宮澤由毅氏
宮澤:現時点では数万単位の瞬間最大同時接続数を最低保障としています。ラジオの聴取人数からするとかなり少ない数字ではありますが、あくまで実験ですので、オーバーフローする事もあるかもしれません。リスナーが多い証でもあるので、それはそれで喜ばしい事とも言えるのですが、NTTさんにもご協力いただき、かなり根っこの(上流の)サーバーを使っているので“聴こうと思っても、いつも繋がらない”とか“いきなり聴こえなくなる”という事にはならないんじゃないかなと、予想はしています。

編集部:今回はIPv4のユニキャストを使われていますが、例えばP2P技術を使った配信システムなどは検討されたのでしょうか?

青木:検討はしたのですが、システムとしてちょっと不安な面もあり、今回はIPv4を使っています。

宮澤:ネット配信に向けて何年間かかけて、権利者さんと相談や調整を行ない、一歩ずつ進めて今の形がありますので、他の技術を使うとなると、クリアしなければならない別の問題が出てきます。そういった面も含めて、現時点での最善の技術はIPv4という選択です。また、P2Pは権利者さんにとって、どんどんデータをコピーしていく、コントロールが効かない部分にコンテンツが出て行ってしまうという印象がぬぐえない部分もあります。IPv4ユニキャストやIPv6マルチキャストには、1対1の配信という安心感があるという面もありますね。

編集部:配信システム自体はどのようになっているのでしょうか?

宮澤:配信用データのマスターとなる、放送の音源を一括して受け取るエンコードセンター的な設備があります。そこで各局の放送をリアルタイムで受け取り、一括してエンコードし、配信サーバーへ渡すという流れになっています。

編集部:音質がAM/FM/短波のいずれも、HE-AAC 48kbpsのステレオに設定されていますが、これはどのように決められたのでしょう?

宮澤:あくまで今回の実験の中のルールとして決めた数値なのですが、最低このくらいの音質があれば良いのではないかという事で、決定しました。各局のビットレートが均等なのは、設備の負担なども含めて、一律で(IPサイマルラジオ協議会の)会費を出し合っているからです。試験配信の結果、例えば「FMの音がもっと良ければ、もっと長時間聴きたい」というような反響があれば、将来的に各局さんの間でビットレート配分の調整をするという事もあるかもしれません。

青木:音質に関しては、よく「着うたフルレベルです」とお答えしています。聴いていてストレスを感じる音質ではありません。AMは逆に綺麗な音だと感じてもらえると思います。音質にこだわりのある人は別として、僕らがPCで聴いてみた分では“十分に良い音”だと感じましたよ。

編集部:聴取するためにはradiko.jpにアクセスし、Flashで作られたプレーヤーを使用するというシステムですが、この音声をアナログで出力して、録音する事は可能でしょうか?

青木:私的録音は通常のラジオと同様に可能です。

宮澤:radiko.jpのプレーヤー側で、何らかの録音(保存)機能を提供するというのは、権利者との問題で難しいと思いますね。

 ただ、例えば放送のアーカイブをページに置いて、ライブラリとしてオンデマンド的に有料配信するなどのサービスも、将来的には実現したいですね。ユーザーニーズが高く、権利者さんも潤うという新規ビジネスとなれば、まったくありえないという話ではないと思います。


■ ほぼ100%のサイマル配信を予定

編集部:放送をそのままサイマル配信するとなると、楽曲や出演者の契約など、権利処理が難しい面もあると思うのですが。

青木:音楽に関しては、権利者さん側との話し合いを重ねて、許諾及びご理解を頂いています。。放送内容をほぼ100%のサイマル配信できる予定ですが、例えばスポーツのワールドカップなど、権利的に配信が難しいコンテンツもあり、そういう場合は休止という形になる予定です。放送と同じものを配信というのがコンセプトなので、配信だけ違うコンテンツに差し替えというのは現在のところ考えていません。

宮澤:タレントさんとの契約面では、番組の放送以外の利用について、ラジオ局さんとタレントさんの間でどのような契約を交わしているかは個別に異なると思います。ただ、今回の試験配信に関しては、多くの面でご理解を頂き、「全面的に協力しますよ」と言っていただいています。

 今回の試験配信には、先程のシステム的な試験に加えて、サービスに関しての反響や、関連する環境全体がどうなるかをある程度実証する事で、今後の検討に繋げるという目的があります。サイマル配信を行なう事で、“リスナーへのリーチがこれだけ広がり”、“コンテンツの価値がこれだけ高まった”といった具合です。

 例えば、楽曲で言えばCDの販売が伸びたとか、タレントさんであれば人気が高まった、スポーツであればファンが増える、など。そういう副次的な効果が出てくれば、それを踏まえて今後のビジネスとして検討していける。「IPサイマル配信することで、新しいメリットが生まれれる」と権利者さんが感じていただければ、"新しい価値”として今後も協力していただけると思っています。


■ エリア制限がある理由

編集部:制限について教えてください。まず、今回の試験配信はPC向けとなっていますが、iPhone 3G/3GSなどのスマートフォンや携帯電話などで聴取できるようになる可能性はありますか?

大阪や京都などの関西地区向け画面イメージ

宮澤:これまでPC向けの配信を行なうとして話し合いや準備を進めてきたので、最初はPC向けになっていますが、できるだけ早い段階で色々なデバイスに対応したいと考えています。イメージとして、スマートフォンはそう遠くない時期に対応できると思いますが、携帯電話になると別の要素が絡んでくるかもしれません。

編集部:対応端末を増やす目的で、試験配信を実施しているストリーミングファイルのアドレスを公開して、既存のインターネットラジオ対応端末で聴けるようにする予定はありませんか?

宮澤:試験配信では、PCでradiko.jpにアクセスしていただき、Flashのプレーヤーを立ち上げて聴くという形のみになりますね。

編集部:今回の配信では、IPアドレスからアクセス元のエリアを判別し、放送エリア外からは配信ページにアクセスできないというエリア制限があります。これは何故ですか?

宮澤:ラジオ放送局さんは、放送免許に応じて、一定のエリアに向けてビジネスをするという形で、50年やってきています。それを壊して新しい事をやるためには、どんなメリットがあるかが重要になります。

 もともと、ラジオは凄くローカルなもので、地元の売り上げの比率が高いんですね。地元のクライアントから広告を出稿していただき、地元のリスナーにサービスを届ける。当然放送の中身も地元の情報です。それを外に出して行く事が、放送局のビジネスにとって重要か否かという判断になるのです。

 また、権利の問題もありますね。例えば、ここのエリアでしか実施していないキャンペーンの告知をラジオで行なう事は山ほどあります。このエリアに向けて番組をやるという前提でタレントやCM契約を結ぶ事も多い。僕ら(電通)のような代理店としても、エリアマーケティングのツールとしてラジオを活用するという仕事も日々やっています。エリア制限というハードルを超えるメリットが多ければ、将来的には超える事になっていくと思いますが、その必要が無ければそうはなりません。

 もちろん、リスナーからすると、全ての放送局がどこからでも聴けるのがネットの醍醐味だと思います。我々も将来的にはそうしていきたい。しかし、今、エリア制限をクリアしていく手間を考えると、超えなければならない問題が凄く多くて、サイマル配信実用化への道筋が立てずらくなってしまう。今、手をつけられる所からはじめようとすると、従来のエリア内で聴ける人にまず届ける、という形になるという事です。

編集部:エリア制限をクリアする事でサイマル配信の時期が遅れるよりも、ラジオ離れなどの問題もあり、“今始める事”が何より重要だったという事ですね。

宮澤:そのとおりです。

編集部:今回の配信局の中に、NHKが入っていないのには、何か理由があるのですか?

宮澤:特に理由は無いのですが、エリアの調整や権利者さんの問題などが、民放とNHKでは少し違うというのはあります。ただ、NHKさんとはやらないという事ではまったく無くて、これから具体的なお話をさせていただく予定になっています。


■ ビジネスとして成立する目処を立てるための6カ月

編集部:IP配信が可能になる事で、例えばネットに接続したテレビやデジタルレコーダなどでも、ラジオが楽しめるようになる可能性があると思うのですが。

宮澤:そうですね。聴ける機器は多ければ多いほど良いと考えています。冷蔵庫やお風呂、トイレの便座からラジオが流れても良いですよね(笑)。

編集部:将来的には動画配信なども可能になると思うのですが、多機能になっていくと、将来のデジタルラジオと差別化が難しくなりませんか?

宮澤:やがては区別が無くなるかもしれませんが、移動体向けや、一括同報性の面で電波が優れていると思いますので、デバイスごと、聴く場所ごとなどで、すみ分けるようになるのかもしれません。

 また、音声メディアには“音声メディアとしての価値”があると考えています。日本では、音声メディアの価値の評価が低いと感じており、「いつになったら動画が見られるんですか?」などと言われる事もあります。しかし、海外では音声のみのメディアがしっかり評価され、ポジションやマーケットもあります。

 日本でも、低くなりすぎた評価を、もう一度見直してもらいたいというのが根底にあります。そのためには、いつでも何処でも、誰にでも、ラジオに接してもらえるようインフラを整える必要があります。そのためには、普及しているデジタル系の端末などで、ラジオが聴けることが大切になる。となると、IPという手段を使うのが一番手っ取り早いと考えています。

編集部:今回の試験配信に関して、どのような成果を期待していますか? どのような結果が得られれば、成功と言えるのでしょうか?

宮澤:難聴取対策のために、ラジオ各局がコストを払って配信の環境を整え続けるとなると、維持拡大は難しいので、やはり仕組みとして、ビジネスとして成立するかどうかが重要になります。

 IP配信を行なうことで、売り上げにどう貢献するかという道筋が、少しでも見えてこないと各局さんも踏み出せないと思います。権利者さんからも「やるべき事だから、今後も協力しよう」と思っていただける構造が、ある程度構築できそうな目処を立てるための6カ月になると考えています。

 リスナーへのリーチがもの凄く広がったとか、リスナーが沢山集まった、結果として媒体価値が上がり、広告収入がアップした、付加価値サービスで利益が増えたなど、形は様々だと思いますが、そうした要素がうまく循環するような、ビジネススキームを成立できればと考えています。

青木:ですので、試験配信中にマネタイズ(収益化)をする事は無いのですが、例えば番組でチケット販売の告知を行なっている時に、詳細ページへのバナーを出して、集客数の違いを見るとか、今後に向けた実験は行なうかもしれません。

 試験前の段階で、広告主さんからの反響の大きさを感じていますが、結局は広告ビジネスですので、今後もそれを注視していきたい。権利者、リスナー、広告主という三方向から、我々に“いける”と思わせてくれる結果になったら嬉しいですね。

宮澤:現状でもクライアントさんから前向きな反応いただいているので、始まったらそれはある程度期待できるのかなと思っています。

青木:また、広告主の皆さん全員が、ラジオ受信機を持ってくださるのと同じ事だというのも大きいですね。ラジオは良いと思うけれど、普段聴かない、身の回りに受信機が無いという場合もある。試験配信を行なうことで、PCさえあればラジオを聴いていただける。そうすればラジオのファンになっていただき、ラジオメディアの良さを再確認していただけるかもしれない。そこにも期待しています。


(2010年 3月 12日)

[AV Watch編集部 山崎健太郎]