藤本健のDigital Audio Laboratory

第716回

“CDでハイレゾ”の中身とは? 「MQA-CD」の仕組みを聞いて調べた

 3月17日、なんとも不思議なCDの発表会が行なわれた。ニュース記事でも紹介されている通り“音楽CDなのにハイレゾ”という「MQA-CD」が、世界初としてOTTAVA RECORDSから発売されたのだ。その第1弾のコンテンツとして採用されたのはMick沢口氏のUNAMASレーベルが制作した「A.Piazzolla by Strings and Oboe」(2,500円)という作品。

MQA-CDとして発売された「A.Piazzolla by Strings and Oboe」

このアルバム自体は昨年末からWAVやFLACの192kHz/24bitのステレオや5.1chのサラウンド、さらにDolby TrueHD、MQA Studioといったフォーマットで発売されていたものだが、今回MQA-CDとしても発売されたのだ。その説明会にはMQAのチェアマン兼CTOであるボブ・スチュワート氏も同席していたので、MQA-CDが一体何なのかを聞いた。

MQAのチェアマン兼CTOであるボブ・スチュワート氏
説明会が開催された

そもそもMQAとは?

 最近よくハイレゾ関連の話題に上るMQAというフォーマットをご存じだろうか? これはイギリスのMeridian Audioが開発した、ハイレゾの音源の一つで、1Mbps程度のビットレートに収めてしまうというもの。しかもWAVファイルとの互換性を持ち、MQAのデコーダがなくても、そのままWAVとして再生できてしまうというものだ。

 ただし、MQAのデコーダがまだあまり普及しておらず、Meridian Audioが出しているハードウェアと、オンキヨーやパイオニアなど一部のデジタルオーディオプレーヤーがある程度。ソフトウェアとしてもMac用のAudirvana Plus 3が対応したなど、徐々に再生環境は増えてきているものの、まだごく一部というのが実情だ。筆者個人的にも興味は持ちつつも、手元の機器で簡単に再生できないことと、なんとなく怪しいものを感じていたので、これまで敬遠していたのだが、今回、MQAのチェアマンも来るというので、その発表会に行ってきた。

 シンタックスジャパンの代表取締役、村井清二氏は「30年以上の歴史を持つCDに革命が起きた」と表現していたが、説明通りに受け取れば、まさに革命。にわかには信じられないが、音楽CDなのにハイレゾサウンドで再生できるというのだから、本当ならものすごいことだ。

シンタックスジャパンの村井清二代表取締役

 ここでまず疑問に思うのは、これは本当に普通の音楽CDなのか? ということ。もし、これがCD-ROMならば、どんなファイルフォーマットを入れても、それに合ったプレーヤーで再生すれば、ハイレゾサウンドはもちろん、動画だって再生可能となる。でも、MQA-CDはそうしたものではなく、普通のCDであり、普通のCDプレーヤーで再生することも可能だ。

 そこで頭をよぎるのが、その昔存在したCCCD=コピーコントロールCD。このDigital Audio Laboratoryでも15年近く前に何度か取り上げたことがあったが、これはオーディオCDとMP3を混在させたものであり、CDとCD-ROMをミックスしたCD EXTRA(エンハンスドCD)にコピープロテクトをかけたもので、そのコピープロテクトが音質劣化を引き起こすなどとして、ユーザーから不評を買ったものだった。しかし、このMQA-CDはそうしたものとも違う普通のCDであり、再生できるし、メーカーの立場から見ても、普通のCDとして従来のプレス工場で生産できるとのことだ。

 そうはいっても、普通のCDならば、44.1kHz/16bitステレオというフォーマットなのだから、それ以外の音で再生できるはずがない。それをハイレゾというのは解せないところだが、この点についてボブ・スチュワート氏は「MQA-CDを普通のCDプレーヤーで再生させれば、あくまでも普通のCDにほかなりません。しかし、MQAデコーダを搭載したプレーヤーで再生すると、高音質なハイレゾとなるのです」と話す。

ボブ・スチュワート氏

 では、アップサンプリングして再生するのかというと、そういうわけでもないらしい。実際、これをデノン製CDプレーヤーとMQA対応リファレンスDACのMeridian Ultraを使って再生してみたところ、176.4kHz/24bitとなって再生される。あくまでも、発表会の会場で聴いただけでの感想だが、そのまま再生させるのと比較し、176.4kHzで再生したときのほうが、少し音がよくなっているような気もする。この際、Meridian Ultraの液晶パネルにもMQAではない時は44.1kHzと表示されているものがMQAの場合は176kHzに切り替わっていた。

デノンのCDプレーヤーで再生
MQAではない時は「PCM 44.1kHz」と表示
MQAの場合は「MQA 176k」と表示

MQAが“高音質”を追求するポイント

 ここまでの状況を、従来の常識を元に判断をすると、「44.1kHz/16bitというパッケージを使っている」、「ここにはそのまま再生するデータと、デコードして使うデータが混在している」、「よってデコーダを使わずそのまま再生すれば通常のCDより音質劣化する」と考えたのだが、実際はそうではないという。

 「一般的にオーディオの品質を考える際に、周波数成分を重要な要素と考えるし、それはそれで間違ってはいません。でも、昨今の研究では人間の感覚は周波数よりも時間に敏感であるという結果が出ています」とボブ・スチュワート氏は語る。たとえば、パツンという瞬間的な音=インパルスを録音した場合でも、A/DおよびD/Aを通すことによって、音に濁りというかボケが生じてしまう。このインパルス応答をグラフで見ると、本来は垂直に立つはずの信号が、時間的に前後に響いてしまうのだという。

瞬間的な音も、A/DおよびD/Aを通すことで、音に濁り/ボケが発生
信号が垂直に立つのではなく、前後にも広がった形になっている

 これが100~200μsec程度あるのだとか。そもそも44.1kHzの信号であれば、1サンプルあたり23μsecなので、5~10サンプル分のブレということになるわけだ。MQAでは、こうした時間的に見てフォーカスがしっかりしていない部分を取り除いてクッキリさせるというのが大きな処理となっているようだ。

 「タイムドメインでの情報は、なかなか測定する手段がなくて難しいのですが、ここをしっかり処理すること時間軸の解像度を上げていくと、人間にとってはよりよい音として認知することができます。そしてMQAではこのタイムドメインでの処理でボケを取り除いた上で“音楽折り紙”=Music Origamiという手法で、音を折り畳んでいくのです」とボブ・スチュワート氏は解説する。この音楽折り紙の手法については、筆者の頭の中もうまく消化しきれておらず、とりあえず説明を聞いたに過ぎないが、ボブ・スチュワート氏は以下のような説明をしていた。

 「192kHz/24bitでレコーディングされた素材を例に考えてみましょう。金色のラインがオーディオ信号のピーク値を示します。そして赤いラインがノイズの最大値で、茶色がノイズの平均値となっています。ここから判断できるのはノイズ以下の音楽信号は、ほぼノイズにかき消されているので実質的には96dB=16bitでほとんどの情報が収まることになります。ここで、このオーディオ信号を半分の48kHzを境に低周波と高周波に分割し、高周波側の領域Cのデータを圧縮した上で、ノイズフロア領域であるBのところへロスレスで持っていきます。ちょうど折り畳むような構造であることからOrigami(折り紙)と言っているのです」とのこと。

金色のラインがオーディオ信号のピーク値
ノイズ以下の音楽信号は、ほぼノイズにかき消されているので実質的には96dB=16bitでほとんどの情報が収まるという
Music Origamiと呼ぶ仕組み

 「さらに、24kHz~48kHzの部分もロスレスでA領域の下の斜線のところへ持っていくことで小さく折り畳むことができ、結果として小さなサイズにまとめることができるのです。このように2回の折り畳みを行なっているのですが、デコーダでは、これを元に戻すことで、高品位な音が出せるのです」とボブ・スチュワート氏は語る。

2回の折り畳んだものを、デコーダで元に戻す

 この説明だけを見ていると、どうにも騙されたようにしか思えないし、ロスレスという言葉の定義もかなりあいまいに思える。本来ロスレスとは、完全に可逆的に圧縮できることを意味するが、ボブ・スチュワート氏が説明する折り畳みにおけるロスレスは、完全な可逆というわけではなさそうだ。それでも、フィルターとして削ってしまうのではなく、かなり再現可能な形で押し込めているのだろう。また、押し込めた先が、非常に小さなレベルのノイズフロアの中なので、そのまま再生して聴いても、ほとんど認知されないということのようだ。

 もともとCDの音はオレンジの直線の範囲内でほぼ完結しているデータなわけだが、ここはほぼそのまま残しているということのようだ。もっとも、ここで説明された図は、従来のMQAにおけるエンコード・デコードの説明用模式図であり、最終的には44.1kHz/24bitや48kHz/24bitのデータにするものだが、今回はさらに一歩進めた44.1kHz/16bitなので、もう少しシビアに折り畳むのと同時に、若干ノイズレベル以上のところに折り畳み結果がマージされているのだろうから、オリジナルの音質を侵食してしまっている面もありそうではあるが、とにかくこうした方法で、ハイレゾのマスターからMQA-CDの16bit/44.1kHzのWAVデータが作り出されているようだ。

MQAはマスタリングの一つ?

 デコードして176.4kHz/24bitになった音源はともかく、デコーダなしで再生した音を楽曲制作者当人であるMick沢口氏はどのように考えているのだろうか?

Mick沢口氏

 「MQAについては、一昨年あたりから、いろいろと実験して研究してきました。その結果から見れば、デコーダを使ってハイレゾで再生した音は、かなりオリジナルに近い音であるし、デコーダを使わずにそのままWAVとして再生してもいい音になるのは明白でした。そのため、UNAMASレーベルとしても、すでにMQAデータでの配信は行なっています」と沢口氏は話す。数々のハイレゾ作品を手掛けてきた日本でのハイレゾ制作の第一人者ともいえる沢口氏が太鼓判を押すのだから、間違いないのだろうが、普通のCDと比較しての音質劣化はないのだろうか?

 「私は、192kHz/24bitのデータを納品して、それがMQAデータとなって返ってきますが、普通に44.1kHzや48kHzにするよりも、オリジナルに近い形の音なのです。そのため、MQAであるという前に、44.1kHz、48kHzのマスタリングの一つとしてMQAのエンコードを捉えており、なかなかいいマスタリングをしてくれます。可能ならば、192kHzのまま時間軸をキレイにする処理をするといったこともしてほしいのですが、彼らは44.1kHzや48kHzにこだわっているようなので、それも1つの手法だろうと受け入れています」と沢口氏は語ってくれた。なるほど、ボブ・スチュワート氏のいうタイムドメインでの処理を“マスタリング”と捉えてしまうのは、わかりやすいし、そのマスタリングが音としていいのであるならば、「MQAはアリ」ということでいいのかもしれない。

リッピングしてファイルをチェック

 基本的にブラックボックスなところが多く、エンコーダは公開されていないし、デコーダもまだ少ないので、手元の機器ではテストできなかったのだが、今回発売されたMQA-CDのサンプルを入手したので、それをデコーダを通さずに再生してみると、とくに普通のCDとの違いは感じず、普通にいい音で再生することができた。これをWaveLabを使ってスペクトルを見ても、確かに22.05kHzまでキレイに音は出ているようだ。もっとも手元に普通に作った(MQA-CDではない)CDがあるわけではないので、正確な比較はできないのだが、このMQA-CDだけを見る限りでは特別いい点も悪い点も見つからなかった。

WaveLabを使ってスペクトル表示

 手元にハードウェアのデコーダはなかったが、Mac上で動作するAudirvana Plus 3がMQAデコードに対応したことが発表されている。そこで、MQA-CDからリッピングしたWAVファイルを再生してみたのだが、こちらは、そのままではどうもうまくデコードされなかった。一方、従来の(配信などで提供されている)MQAエンコードのFLACファイルを再生したところ、うまくデコードできている。

リッピングしたファイルそのままではAudirvanaでMQAとして再生できなかった
Audirvana Plus 3.03というバージョンを使用
従来のMQAエンコードのFLACファイルはデコードできた

 そこで試しに、MQA-CDからリッピングしたWAVデータの拡張子を「mqa」に変えたところ、再生できた。詳しい仕組みは分からないが、今後のアップデートなどで、拡張子を変えなくてもそのままMQAでデコードできるようになるともっと良さそうだ。

ファイルの拡張子をmqaに変えたところデコードできた
WindowsのiTunesを使ってリッピングした時のファイルサイズ。44.1kHz/16bitのWAVと大きくは変わらないようだ

 以上、まだスッキリしなかった点も多いが、MQAおよびMQA-CDについて発表会での話を元に考察した。また機会があれば、MQAをデコードした結果がどうなっているのかを分析するなど、さらに突っ込んだところまで見ていければと思っている。

【追記】Audirvanaでの再生時に、リッピングしたファイルの拡張子をmqaに変更したところMQAで再生できたため追記しました(3月28日)

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A. Piazzolla
by Strings and Oboe
MQA-CD

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto