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NHK技研公開、8K 240fpsスローカメラやシート型有機EL、3次元テレビ

 NHK放送技術研究所において、「技研公開2018」が5月24日~27日に開催される。一般公開に先駆けてマスコミ向けプレビューが行なわれ、8K/240Hzの4倍速スローモーションシステムや、88型のシート型8Kディスプレイ、曲がるプラスチック基板の有機EL「iOLED」などを展示。22.2ch音声を手軽に楽しめるシステムなども披露された。

「技研公開2018」が24日から開始

 NHK技研は、2018年から20年にかけて3カ年計画を発表しており、8Kなどの「リアリティイメージング」、放送と通信を連携させる「コネクテッドメディア」、AI技術やユニバーサルサービスなどの「スマートプロダクション」の3つを大きな柱として研究開発に取り組んでいる。

展示の概要

 さらに、その先の2030年~40年を見越して、より豊かな放送やサービスの実現を目指す「ダイバースビジョン」として、AR/VRや3次元ディスプレイなどを合わせた未来のリビングも展示している。そうした中から、12月1日の新4K8K衛星放送が開始されるのに合わせて本格的な展開が進む8K関連の技術をレポートする。

黒田徹NHK放送技術研究所長
将来の視聴スタイル

シート型8K有機ELやスローカメラ。フルスペック8K中継車も

 今回披露された、シート型8K有機ELディスプレイは、8Kスーパーハイビジョン(SHV)の映像を家庭で楽しめるように、薄型かつ軽量なディスプレイ。これまでの展示では、4K×4枚で8K表示を実現していたが、今回は1枚で8Kの大型表示に対応している。

シート型の8K/88型有機EL
横から見たところ

 パネルはLG Display製で薄さは約1mm。薄いガラス基板を用いてディスプレイを形成している。信号処理や駆動回路、インターフェイス部分は別筐体で、NHKとアストロデザインが共同開発。フレームレートは、パネル自体は120Hz対応だが、今回の表示では60Hzとなっている。

 さらに、将来の有機ELディスプレイとして、画面が曲げられるプラスチック基板上に実装したディスプレイの研究も進められている。現在の有機ELデバイスは水や酸素に弱く、それを通しやすいプラスチック基板上で有機ELディスプレイを作ると、欠陥画素が増え、長期間使用できない。そこで、陽極(AI)から陰極(ITO)までの積層順を従来と逆にした、逆構造の有機ELデバイスを開発。電子注入層に酸素や水分に強い材料を使用でき、フレキシブルと長寿命を両立可能になる。日本触媒と開発したこのデバイスは「iOLED」(逆構造OLED/inverted OLED)と名付けられている。

曲げられるプラスチック基板の有機EL

 現在は長寿命を証明するため解像度は低い(QQVGA)が、実用化の際には高画素化も可能だという。ただし、製品化には従来の生産プロセスから、一部変更する部分が発生するため、その課題をクリアできれば量産にもつなげられると見ている。

大幅な長寿命化を実現

 12月から開始される新4K8K衛星放送では8K/60fps映像となるが、既にフルスペック8K(8K/広色域/12bit/120fps)に対応した中継車も開発が進められている。カメラ、記録装置、ライブスイッチャー、文字合成装置、フレームシンクロナイザー、映像モニター、波長多重伝送装置を備え、放送局外でもフルスペック8Kの番組制作を可能にするという。

8K制作システム搭載の中継車

 搭載されている波長多重伝送装置は、光ファイバーで非圧縮144Gbpsの映像を最大70km先まで送ることができ、離れた中継会場からの伝送や、パブリックビューイング会場への伝送も画質劣化なく行なえる。また、スイッチャーは最大6系統のフルスペック8K素材を、効果を付けながら映像切り替え可能で、ワイプなどに加え、フルスペック8Kでは初となるPinP(子画面表示)を実現した。

搭載機材の内容

 8Kで4倍速のスローモーションシステムも開発。カメラで8K/240fps撮影し、60fps再生することで1/4の速度となり、スポーツなどの決定的瞬間も高画質のまま確認できる。4月に米国の展示会「NAB 2018」で展示された単板式のほか、初の3板式8Kスローモーションカメラも開発。1.25型/3,300万画素のCMOSセンサーを備え、4Kビューファインダも搭載するほか、リターンや、タリーなど実際の運用に合ったカメラとなっている。ヘッド部の重量は18kg。8K映像出力はU-SDI×2。実機は6月14日開幕のサッカー「2018FIFAワールドカップ ロシア」へ出張中。再生装置は、SSDを32並列処理することで、4倍速の8K映像をリアルタイム記録しながら60fpsスロー再生が可能。カメラとともに、ロシアW杯で初めて運用される。

3板式の8K/240fpsスローカメラ
右がスロー再生装置
決定的な瞬間を見逃さない

 フルスペック8Kをリアルタイムでエンコード/デコードする装置も初めて開発。スタジアムなどの8K映像をパブリックビューイングなどでの上映を想定したもので、8K/120fpsをハードウェアでエンコードしながら、ソフトウェアでデコードして再生する装置を開発。エンコーダ自体は他にも存在するが、ARIBの標準規格STD-B32 3.9版に準拠したストリームを出力できるのは世界初としており、実際の放送に向けたシステムとなっている。

フルスペック8Kのリアルタイムエンコーダ
デコードはソフトウェア

 マラソンや駅伝など、移動生中継も8Kで行なえる無線伝送装置(FPU)も開発中。双方向通信に対応した大容量/高信頼性の8K移動伝送技術と、FPUで受信した無線IF信号を1本のEthernetで伝送する技術を紹介している。

8K番組素材の移動伝送技術

 現行のFPUでも、複数のアンテナを使うMIMO伝送を採用しているが、従来の2送信/2受信から、4送信/4受信に強化。最大145Mbpsで8K映像を伝送する2.3GHz FPUを開発した。さらに、ビルの反射など見通しが悪い場所ではMIMOが有利だが、見通しが良い場所ではMIMOが不利となるため、1ストリームに集中させるなど、伝送路の状態に合わせてパラメータを更新する適応技術も採用している。

 8Kカメラの高感度化に向け、CMOS撮像デバイスを研究。高感度な光電変換膜を積層し、光によって生じた信号電荷を膜内で増やす「結晶セレン膜積層型」のデバイスを使った撮像例を紹介。2020年に向け、現在の10倍の感度を目指している。結晶セレン以外の素材なども検討しながら、将来的には100~1,000倍といった改善も見込んでいるという。

高感度化を進めるCMOSセンサー
8.3型8K有機ELディスプレイでVRを体感できるコーナーも用意

4K×14台のプロジェクタで、立体的な3次元映像も高画質化

 専用メガネ不要で見やすい「3次元テレビ」の実現を目指し、水平/垂直方向に動いても見られる「光線再生型」の3次元映像を研究。被写体からの光線を再生することで3次元映像を表示する方式で、複数カメラによる撮影技術と高密度な光線再生による表示技術を展示している。

30万画素3次元映像システム

 複数のカメラを格子状に並べたカメラアレーにより撮影した多視点画像から、3次元映像に必要な光線情報を高精度に補間生成する技術を開発。4Kカメラを導入した多視点ロボットカメラの撮影映像から、3次元モデル生成手法を用いて高品質な立体像を生成している。

 高画質化するために、高密度な光線の再生表示技術が必要となるため、撮像装置により得られた光線を、4K×14台ものプロジェクタと、表示光学系により、高密度に再生する技術を開発。解像度を従来の約3倍の30万画素(732×432ドット)に向上させた。立体視できる視野角は水平32度、垂直5度。

表示装置の構成

地上波の次世代放送へ向け実験

 12月から始まる4K/8K放送は衛星だが、現在の地上波放送(地デジ)の高度化に向けた映像/音声の研究開発を受信機メーカーや大学と連携して進めている。新しい誤り訂正符号の採用や信号構造の見直しなどにより、地上デジタル放送よりも大幅に性能が向上した暫定的な伝送方式を策定した。なお、地上波放送の高度化に関する具体的な時期はまだ決まっていない。

 '18年11月からは東京と名古屋で大規模な実験を予定。これに向けて装置や設備の準備を進めている。東京の実験では、東京タワーから電波を送信、車にチューナを積んで、様々な場所で受信することで、伝送特性などのサンプルを取得。実用化に向けて研究を進める。

 映像に関しては、符号化効率を向上するために、映像符号化の前段でノイズを除去する装置を開発。8Kなどの映像を高圧縮した際に生じる画質劣化を改善するため、放送局などでHEVCエンコードされる前の段階で4Kなどに解像度を落とし、画質劣化につながる不要な成分をリアルタイムで除去、画質を改善するという。

映像符号化前処理装置のデモ

 音声は、22.2ch音声を、MPEG-H 3D Audioを用いたリアルタイム符号化/復号化装置を世界で初めて開発。MPEG-H 3D Audioは、チャンネルベースやオブジェクトベースなどに対応する3次元音響システム用の音声符号化方式。512kbps~1.4Mbpsのビットレートに対応し、1/50の圧縮率で放送も可能になるという。12月1日からの新4K8K衛星放送は既にAAC音声となっているが、地上波の高度化に合わせて、音声の高度化も見込んでいる。

MPEG-H 3D Audioのデモ

 次世代の衛星放送に向け、21GHz帯衛星による大容量伝送も研究。昨年打ち上げられたBSAT-4a衛星経由で伝送した、21GHz帯の電波を実際に受信。BS衛星放送の約8倍となる300MHzの周波数帯域幅を使用して伝送でき、大容量のコンテンツを放送可能としている。

 さらに、12GHz帯のBS放送と21GHz帯の次世代衛星放送を1つのアンテナで受信するために、周波数と偏波を共用できる受信アンテナを新開発。12GHz帯と21GHz帯の右旋波と左旋波を同時に受信できる。

21GHz帯衛星放送システム

22.2ch音声ベースに、オブジェクトオーディオも導入

 映画館やホームシアターなどで、Dolby AtmosやDTS:Xなどのオブジェクトオーディオ対応が進んでいるが、22.2chを推進するNHKも、チャンネルベースだけでなくオブジェクトベースのオーディオを研究している。

22.2ch音声を元に制作したオブジェクトオーディオのデモ

 現在の放送の音声は固定されたチャンネルベースだが、オブジェクトベース音響では、音の素材と音響メタデータを放送し、テレビ受信機で各家庭の音響システムに合わせて音声信号を生成。プロ野球中継の場合、視聴者は好きなチームの応援席に座った時のように、歓声を背景にしながら楽しめるほか、実況を小さくして、現地で観戦するような気分も味わえる。

 NHKは、音響メタデータ伝送用記述方式をITU-Rに国際規格として提案中。これを音声信号と同期させてAES3デジタル音声入出力装置で伝送する方式を、SMPTEに規格として提案中だという。

視聴者が好きな聴こえ方を選べる
プレーヤーとレンダラー

 12月から始まるNHKのBS 8K放送は、多くのコンテンツが22.2ch音声だが、家庭で22.2chのスピーカーシステムを置くのは困難な場合が多いため、テレビと並べて置けるサウンドバーや、ステレオスピーカーで22.2ch音響を再現する技術も開発が進められている。

1本のサウンドバーで22.2chを再現

 音源の位置から両耳までの伝わり方を再現することで、24台(22.2ch)のスピーカーを置かなくても、その方向から聴こえるような効果を生むトランスオーラル再生法を採用。1本のスピーカーだけで、前方からの音のほか、左右や後ろからの音などの方向感を再現している。

 さらに、Dolby AtmosやDTS:Xに対応した市販のAVアンプなどに入力することで、22.2ch音声をオブジェクトオーディオで楽しめるというシステムも紹介。今回のデモでは、パソコンを用いて22.2ch音声を変換し、Atmos/DTS:X対応AVアンプへ入力しているが、将来的には、STBやHDMIケーブルなどに変換機能を持たせることをイメージしているという。

既存のDolby AtmosやDTS:X対応AVアンプに、22.2ch音声を入力して楽しめる