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Qualcomm、AIエンジン採用オーディオSoC「QCS400」。スマートスピーカーがさらに進化

Qualcommは米国時間の19日、オーディオSoC「QCS400シリーズ」を発表した。米国本社で開催された発表会/デモンストレーションの内容を踏まえつつ、どのようなベネフィットが提供されるか、今後どのような製品展開が図られるかを分析する。

QCS400シリーズを搭載した評価ボード

QCS400シリーズは、「進化した家全体のプレミアムオーディオ」を提案するオーディオ/IoT機器向けのシステム・オン・チップ(SoC)。Wi-Fi/Bluetoothといったワイヤレス機能をフルセットで揃えるというQualcommならではのフィーチャーを基盤に、ハイパフォーマンスと低消費電力という一般的にはトレードオフの関係にある要素をワンチップにまとめあげつつ、さらに新味ある「AIエンジン」を投入したことが、このチップの真骨頂といえる。

プロセッサコアには64bitアーキテクチャのARM「Cortex-A53 1.4GHz」を採用。最大4基のメニーコア構成を選択でき、SIMD拡張命令セット「NEON」もサポートされる。Cortex-A53それ自体は最新のアーキテクチャではないが、強力なDSPがパワーアシストを図る格好だ。

DSPはオーディオ用コアに加え、Hexagon Vector eXtensions(HVX)の技術を活用した演算用コアのデュアル構成となる。専門的な処理を得意とするDSPにプロセッサの役割を一部肩代わりさせることで、パフォーマンスを追求しつつも消費電力の低減を図ることが狙いだ。

米サンディエゴのQualcomm本社ビル。周辺にある20以上のビルには1万人以上の従業員が勤務し、「Qualcomm村」の様相を呈している

AIエンジンを投入

「Qualcomm AI Engine」の投入も、大きなトピックといえる。このエンジンはQCS400内のプロセッサとGPU、およびHVXが連携することにより実現され、ボイスコマンドや音声アシスタントサービス向けに低消費電力で高いパフォーマンスを提供するという。ビームフォーミング、エコーキャンセル技術の活用による離れた場所からの音声認識、複数のウェイクワードへの対応、ローカルASR、音声区間検出(VAD、人間の発話における有効区間を検出する技術)がその例として挙げられている。

オーディオチップとしての機能も強化。オーディオインターフェイスは最大32チャンネルを利用でき、フォーマットはPCM最大384kHz/32bit、DSD 512(22.4MHz)をサポートする。オブジェクトオーディオでは、Dolby AtmosやDTS:Xのデコードが可能。目的に応じてARMプロセッサコアとDSPの間で処理を振り分けるなど、ソフトウェアレベルでのフレキシブルな運用にも対応する。

Bluetooth関連では、データレート可変のオーディオコーデック「aptX Adaptive」をサポート、2018年までに発表されたaptX系コーデックの最新技術を網羅した形となっている。現在策定中の次世代規格Bluetooth 5.1にも対応予定という。Wi-Fiは現時点ではIEEE 802.11a/b/g/n/acをサポート、今後802.11ax(Wi-Fi 6)規格にも対応予定とのこと。

QCS400シリーズが対応するaptX系オーディオコーデック

開発環境としてはLinuxとAndroid Thingsをサポート。柔軟なカスタマイズが可能となるよう開発フレームワークAudio Development Kit(ADK)を提供するほか、AIエンジン関連の機能、ソフトウェアの開発を促進すべくSnapdragon Neural Processing Engine(SNPE)とSoftware Development Kit(SDK)も新たに用意する。クラウドベースの音声アシスタントも選択できるというから、スマートスピーカーでの採用事例も増えそうだ。

これらの機能はターゲットカテゴリごとに選択され、4種類の製品としてラインナップされる。想定される製品としては、クアッドコアと32チャンネルのオーディオインターフェイスを備えるQCS407は高性能サウンドバーやAVアンプ、デュアルコアのQCS403は表示装置が必要ないエントリー級スマートスピーカーが挙げられている。

QCS400シリーズのバリエーション

想定される製品の例

高性能サウンドバー、AVアンプ、高性能スマートスピーカー、スマートサウンドバー スマートスピーカー、サウンドバー、オーディオ対応メッシュルータ スマートスピーカー、エントリーレベルのサウンドバー

Alexaで音楽再生をしている間に、「Snapdragon」で照明をON/OFF

QCS400シリーズ搭載製品が実際に流通し始める時期は今年後半が予想されるが、メーカー向けに提供される評価ボードを利用したデモンストレーションが複数用意されていた。

スマートスピーカーを利用した事例は3パターン用意されており、いずれも評価ボードにスピーカーが有線接続された程度のシンプルなもの。しかし、いずれもQCS400シリーズのアドバンテージを的確に伝えており、Qualcommが目指すオーディオSoCの世界観を理解する助けとなった。

Qualcommが「Multi-keyword Detection」と呼ぶ機能は、「OK, Google」や「Alexa」などのウェイクワードを1台で並行して利用可能にするもの。デモでは、Alexaを呼び出し音楽再生をしている間に、「Snapdragon」というウェイクワードで照明をオン/オフしてみせた。この処理は、現行のスマートスピーカーでは実現できていない。

Alexaはクラウド上に実装されたAIサービスであり、インターネットへの接続は必須だが、Snadpdragonというウェイクワードに続き実行された処理はローカルで完結するもの。QCS400シリーズにはASR(Automatic Speech Recognition)と呼ばれる機能が搭載されており、クラウド上のAIエンジンに頼らずボイスコマンドを実行できるのだ。

説明員の言葉を借りれば、「Wi-Fiを使えない海辺でも音楽再生を言葉で指示できるだけでなく、眼前のAI掃除機に対する命令をクラウド経由で実行するようなムダもなくなる」ということになるが、クラウドに接続しないぶん操作レスポンス向上にも寄与するはず。日本語など英語以外の言語への対応時期は不明だが、実現されれば"スマートスピーカーを利用した家電操作のまどろっこしさ"解消を訴求できそうだ。

Alexaの命令を実行しつつ、ローカルの音声認識機能で照明器具をオン/オフしていた

次に見学したデモは、評価用ボードにバッテリー駆動のスピーカーが接続されただけの環境でAlexaを呼び出すというもの。見どころは消費電力の少なさで、アイドリング時には20mAという数値をマークしていた。デモ機の電圧は3.7Vと表示されていたから、0.20A×3.7V=0.74Wということになり、小さなLED電球をも余裕で下回る水準ということになる。スマートスピーカーは、いつでもボイスコマンドを認識できるよう常に"待ち受け状態"にあり、ノイズと人間の声を聞き分けるためにもある程度の電力を消費するものだが、それを考慮すればこの0.74Wという数値はかなり低い。

その理由を説明員に訊くと、「ウェイクワード検出プログラムが特別な低消費電力ブロックで動作するよう設計しており、"Alexa"という言葉に反応するまでの間、システムはほぼ完全なサスペンド状態にある」とのこと。一般的に、消費電力が減ればデバイスの活用範囲は広がるため、前述のローカルASRと組み合わせたユニークな家電製品の登場も期待できそうだ。

消費電力のデモ。Alexaを呼び出すと200~360mAあたりまで跳ね上がったが、アイドリング時は20mAで一定していた

QCS400シリーズ関連で最後に見たデモは、Qualcommのフルデジタルアンプチップ「DDFA」を組み合わせたスマートスピーカー。今回QCS400シリーズと併せて発表されたDDFAの新ラインナップ「CSRA6640」は別記事で紹介するが、簡単に言うと、これまでHi-Fiオーディオ向けに展開されてきたDDFAがパワーアンプを含むシングルチップとして提供されるものが「CSRA6640」だ。

これが何を意味しているかというと、音質に定評あるDDFAを限られたスペースに実装できることにある。従来のDDFAはパワーアンプ段を別途用意せねばならず、ある程度の実装面積を必要としたが、CSRA6640ではそれを節約できる。DDFAにはマスタークロックを生成する機能があるため、オシレーターを用意する必要もなく、ざっくりいうとQCS400シリーズとCSRA6640をI2S接続する程度でオーディオ再生が可能になってしまう。

トータルでの部品点数および原価(BOMコスト)を削減するという意味でも効果的で、スマートスピーカーで音質を訴求したいオーディオメーカーにとっては、かなり気になる存在になるのではないだろうか。

QCS400シリーズとCSRA6640を組み合わせたスマートスピーカー
Experience smarter audio with the Qualcomm QCS400 SoCs