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数値より体験。iFi audio創業者が語る独自設計と“異業種”視点。バーブラウンDACにこだわり

iFi audioのブランド共同創業者・Vincent Luk氏

4月3日にDAC内蔵ヘッドフォンアンプの最上位モデル「iDSD Phantom」や「NEO iDSD 3」、「NEO Stream 3」の日本投入を発表したiFi audio。AV Watchでは、ブランド共同創業者であるVincent Luk氏にインタビューを行ない、日本市場の動向やマルチビットDACを採用し続ける意図、最新モデルへの思いなどを聞いた。

「iDSD Phantom」

国内投入を発表した「iDSD Phantom」はDACとストリーマー、ヘッドフォンアンプを統合しつつ、コンパクトな筐体も両立したフラッグシップモデル。国内では春頃発売予定で価格は未定。海外での予価は税別4,499ドル。

NEO iDSD 3は、ヘッドフォンアンプ内蔵D/Aコンバーターで、新たにK2/K2 HDテクノロジーの対応した。こちらも今春発売予定で、価格は未定。海外予価は税別999ドル。

NEO Stream 3は、最大PCM 768kHzとDSD 512のネットワーク再生に対応したストリーマー。K2/K2 HDテクノロジーに対応したほか、OSがVolumio 3に進化している。今春発売予定で価格は未定。海外予価はこちらも税別999ドル。

「NEO iDSD 3」
「NEO Stream 3」

――iFi audioの日本輸入代理店は2024年7月からエミライが担当していて、今年の夏で協力関係は3年目になります。改めて、これまでの日本市場での手応えを聞かせてください。

Vincent Luk氏(以下Luk氏):iFi audioが重視しているのは、製品をただ作って売るのではなく、その製品が生まれてきたストーリーやバックグラウンドを正しく理解してもらうこと。ユーザーが正しく製品を理解して、正しい選択をしてもらうことを重視しています。

また、ただ音が出るのではなく、音楽をより楽しく聴く、良い音で楽しめる製品をお届けしたいと思っています。今まで約2年、エミライと協力してきて、iFi audioとエミライの社風は、とても近い物があると思っていますよ。

エミライとは2024年からタッグを組んでいますが、彼らは単純にスペックを並べて紹介するのではなく、音楽を楽しむにあたって、私たちiFi audioの思いや考えも含めて、ユーザーに伝えようとしてくれています。

わかりやすい例を挙げると、オーディオ製品のDACを作る際、私たちは真空管を使ったアナログレコードプレーヤーをリファレンスシステムとして使います。イギリス・サウスポートの本社にはGarrardの「Model 301」や「Model 401」、AUDIO NOTEの「ONGAKU」などがあるのです。

これらをリファレンスとすることで、(新製品が)単に“Hi-Fiな”音ではなく、音楽の質感、楽曲が持っているニュアンスなど、“音楽そのもの”を再生できる能力があるかを確認しています。これはハイエンド製品を作る際だけでなく、「GO link」のようなエントリー向け製品の場合でも同様です。

なぜなら、日々の生活で音楽を楽しんでいただく際、その音楽にどれだけ心ゆくまで浸れるかがもっとも重要だからです。それはたとえ50ドルの製品だろうと、(5,000ドル級)iDSD Phantomであろうと、私たちにとっては「ユーザーが音楽の本質に没頭できるか」という点では、まったく同じなのです。

日本の文房具好きというLuk氏。来日したタイミングで家電量販店などで新製品をチェックするという

また日本のユーザーは、細部へのこだわりやプロ意識をとても重要視されます。それはオーディオ機器だけでなく、カメラや日常使いのバッグやポーチなどでも変わりません。ただ、オーディオ製品を手掛けている私たちにとって、そうした人々から評価してもらえることは、努力が報われたと感じる瞬間です。

これは、そうした私たちの思いを理解してくれる販売代理店と、その思いを知って評価してくれるお客さまがいるからこそ。すべてがつながっているのです。

――近年、中国を中心として最新DACを採用して性能を追求しつつ、価格を抑えた製品が台頭してきていますが、こういった流れをどう考えていますか?

Luk氏:まず、ハイエンドなレコードシステムをリファレンスとした音質や音楽体験というものが、私たちのアドバンテージだと思っています。

他方で、ビジネスの観点で言えば、中国メーカーはオーディオの分野に限らず、本当にあらゆる分野で台頭してきており、またどのメーカーも非常に戦略的な価格設定、製品を投入してきていると思います。

ただ、私たちiFi audioの特徴的なところ、長所のひとつは、スタッフのなかにオーディオ業界出身者がおらず、異業種から参入してきた人々で構成されているところです。もちろん、個人の趣味としてオーディオマニアだったスタッフもいますが、仕事として長年(オーディオ業界で)働いていたというスタッフはいません。

例えば私自身は投資銀行出身ですし、共同創業者のパットはもともと弁護士事務所で働いていました。そのほかにもプロフェッショナルオーディオ分野やカメラ業界の出身者もいます。こうしたオーディオ業界ではない、異業種ならではの視点を持っていることは、昨今台頭してきている中国メーカーに対する大きな強みです。

また、競合相手がいるということは会社の成長にとってもはとても重要です。ライバルがいなければ手を抜いて「遊んで暮らせれば良い」と考えてしまうのが人間ですから(笑)。幸いなことに、ライバルがいることで、自分たちの製品や会社をどう成長させていくかを真剣に考えることができます。

iFi audioとしては、ヘッドフォンやスピーカーといった振動板を持つ製品は展開していない点も、重要なポイントだと考えています。ヘッドフォンやスピーカーといったジャンルは、すでに数多くの製品が世の中にあり、そのなかで自分たちの存在感を示し、より優位性のある製品を送り出すには、非常に多くの投資や努力が必要です。

いわゆる勝ち目や勝ち筋が見えるか、見えないかは非常に重要です。簡単に言ってしまえば、スピーカーやヘッドフォンといったジャンルでは、そうした道筋が見えにくいので、iFi audioとしてはその分野には投資しないことにしています。

裏を返せば、私たちが手掛けるものは、戦略的に勝ち筋が見え、努力のしがいがあるものということ。競合製品と比べても、優れたものをお届けできるという道筋が見えているもの、ということになります。

たとえはD/AコンバーターやBluetooth関係の製品も、iFi audioには独自の製造ノウハウや設計ノウハウがあり、これはいわゆる出来合いのものを“吊るし”で買って組み込んだだけのものとは、一歩もニ歩も違った、より先進的なものができていると自信をもっています。

その代表例が、JVCケンウッドと協力している「K2/K2 HDテクノロジー」です。この技術をライセンスしてもらうにあたって、3~4年以上JVCケンウッドとは協議を進め、最終的にiFi audioの音作りに対する姿勢や技術面での知識・優位性に納得していただき、JVC製品・ケンウッド製品以外では初めてK2テクノロジーをライセンス供与していただく形で搭載しました。これができているのはiFi audioだけです。

私たちがK2テクノロジーの採用を発表したあと、他社もJVCケンウッドにコンタクトを取ったようですが、技術面や設計面、あるいはブランド哲学的な部分も含めて、納得できる相手はいなかったようで、今のところはすべて断られたと聞いています。

――今回日本投入を発表した「iDSD Phantom」「Neo iDSD 3」「NEO Stream 3」も含めて、改めてiFi audio製品の各ラインナップの役割、ターゲットとするユーザー層を教えてください。

Luk氏:iFi audioの製品はホームオーディオ向け、ポータブルオーディオ向けの製品ラインナップがほぼ半々になっているのが特長です。ポータブルジャンルではGOシリーズ、ホームジャンルではZENシリーズがエントリークラスですね。

またオーディオというジャンルは、ユーザーの好みが多種多様に分かれているので、それを前提として、その先に良い音で、いい音楽を楽しめる環境を提供したいというのが、我々が製品を作る意義です。

この“ユーザーの好み”とは音質だけではありません。例えばインイヤーモニターが好きな人とヘッドフォンが好きな人がいます。このうちヘッドフォンが好きな人には、インイヤーモニターのように耳の中にイヤフォンを入れるという状況そのものが嫌いという人もいます。使用感の好みすら異なるわけです。

また、ソース機器もスマートフォンを使う人もいれば、PCを使う人もいますし、ワイヤレスが好きな人、ワイヤード(有線)が好きな人もいます。

我々の哲学は「顧客にひとつの解決策だけを提示しない」ということです。“Hi-Fiを楽しむなら絶対にワイヤードだ”と押し付けるようなことはしません。あらゆる選択肢を用意し、ポータブルにするか、ワイヤードにするか、ワイヤレスにするか、そういった選択はユーザーがするべきものです。

今回日本投入を発表した3製品は、ヘッドフォン、それもハイエンドなフラッグシップモデルを所有しているユーザーをターゲットとして想定しています。日中であればスピーカーで音楽を楽しめますが、夜間は家族や近隣住民に迷惑がかかるため、スピーカーで大音量を流すことはできません。そんなときでもヘッドフォンを使って、良い音で音楽を楽しめるようにしたいのです。

イギリス・ロンドンでも、多くの人々が戸建てではなくフラット(集合住宅)に住んでいます。人々の生活スタイルにあわせて、多角的なアプローチで対応する必要があります。

他社の製品には筐体が大きいのに中の基板がすごく小さい、というものもありますが、iDSD Phantomは、筐体自体がコンパクトでフットプリントも抑えてありますが、中には部品や基板がみっちりと詰まっています。コンパクト化が進んでいる現代の生活環境にも問題なく置けるようなサイズ感にしているのです。

――日本は特に都心部でも生活環境のコンパクト化が進んでいますが、イギリスなど海外も同様ですか?

Luk氏:世界中でそういった住環境になりつつありますね。もちろん豪勢な一軒家に住んでいる方もいらっしゃいますが、ほとんどの場合は、隣近所を気にしながら生活せざるを得ない状況です。ロンドン中心部のほとんどはアパートメントです。

iFi audioの本拠地があるサウスポートは、ロンドンから車で3時間ほど北に行った場所にありますが、そんな中心部から離れた場所でも、新築の一軒家は壁が薄いものが多く、音漏れなどを気にする必要があります。郊外に引っ越したからといって、騒音問題、音漏れ問題を気にしなくて良くなるわけではないのです。

従来型のパッシブスピーカーの人気が縮小傾向になり、アンプ内蔵のアクティブスピーカーの人気が伸びているというのも、こうした住環境の変化が影響していると分析しています。家のなかにアンプのような大きな箱を何個も置いておけるスペースはほとんどなくなっているのではないかと考えています。

NEOシリーズは縦置きも可能。画像は「NEO Stream 3」

そういったことも踏まえて、NEOシリーズは横置き、縦置きの両方に対応できる設計になっています。設置方法を問わず、コンパクトかつ使いやすく、それでいて高性能と三拍子揃った点も強みだと考えていますよ。

ちなみに、iDSD Phantomの(海外)価格は5,000ドル前後ですが、iFi audioとして展開する製品としてはこれが最高価格帯となります。今後、これを超える価格帯の製品を出す場合は(ハイエンドブランドの)AMRから発売することになります。

――iDSD Phantom、iDSD 3でもバーブラウン製DACを採用しています。競合他社はESSやAKM製DACを使っていますが、あえてバーブラウンを使い続けている理由は?

Luk氏:私たちiFi audioと他社の最大の違いはDACチップをどこまで研究しているか、というところにあります。DACチップを設計レベル、つまりデータシートはもとより、そこからさらに深く踏み込んで、どういった設計がなされているのかを深く理解することが重要です。

iFi audioで採用しているDACチップは大きく分けて「Good」「Better」「Best」の三種類です。「Good」と定義しているものは、例えばGOシリーズで採用しているようなESSの汎用チップですね。つぎの「Better」はポータブル製品で多く採用しているシーラスロジックのDACチップ、最上の「Best」が、バーブラウン製のマルチビットDACです。

十数年前、ブランドの前身であるAMR時代に世の中のDACチップをいろいろと検討・研究した結果、史上最高のDACチップはフィリップス製「TDA1541A」だと我々は結論づけました。当時はマルチビットDACを各メーカーが作っていて、今でも当時が“DACチップの黄金時代”だったと思っています。

バーブラウンチップをベースとしたカスタムDACを搭載した「NEO iDSD 3」

残念ながら、フィリップスのTDA1541Aは生産完了となって久しく、ほぼ入手不可能な状態ですが、今採用しているバーブラウン製DACチップは、もっとも理想的な形で実装することができれば、TDA1541Aと同等の音楽体験を提供できると考えています。これはスペック的な意味合いではなく、音の質感などの再現性において、TDA1541Aと同等レベルのものが再現できるという考えです。

これはデータシートを読んで、ただ同じチップを使うだけで実現できるものではありません。例えばバーブラウン製DACチップは、データシート上ではDSD 5.6MHzまでしか対応していませんが、iFi audioでは、DSD 11.2MHzなど、それを超えるスペックでの再生を可能にしています。

また私たちが採用しているESSのSABRE DACシリーズは、もっとも理想的な形で実装したことで、データシートに記載されている追加機能のうち、他社では実現できていなかった「DRE(ダイナミックレンジ拡張)」機能を解き放つことができました。

DREは、ESSチップに実装されている追加回路により、さらに音質を向上させる機能です。この機能は、100ページあるデータシートの83ページで言及されていますが、そこには「DREが使えるよ」ということだけしか書かれておらず、詳細はESSに問い合わせる必要があります。

するとESSは「よくできました。83ページまでしっかり読み込みましたね」と実装方法を説明したサブデータシートを送ってくれるのです。ただ、このサブデータシートに従っても、手動でのキャリブレーション調整が必要になります。

多くの企業はデータシート通りに組み込んで、そこがゴールだと考えていると思いますが、私たちにとってはそこがスタート地点なのです。今、どのメーカーも「どこのDACチップを採用した」ということを強くアピールしていますが、それは適切ではないと考えています。

むしろ、一番重要なのはそのDACチップをどれだけ使いこなしているか。使いこなすために、どこまで研究して、自分たちのノウハウとして身につけてきたかということ。ただ、そこを理解してもらうのは非常に難しいので、そういう意味でも、我々の情熱を汲み取って、正しく宣伝してくれるエミライのようなパートナーの存在は頼もしいものです。

ーー今回の3モデルはすべてK2/K2HDテクノロジーに対応しました。iFi audioが思うK2/K2HDテクノロジーの強みはなんですか?

Luk氏:K2テクノロジー自体は、20年以上前(編注:1987年)に開発された、いわば“枯れた技術”なので、なぜiFi audioがK2/K2 HDテクノロジーを新製品に投入するのか、疑問に思う人もいるかもしれません。

しかし、私たちには少しでも音が良くなるようなアプローチであれば、すべて挑戦する、試していくという思いがあります。F1のようなレーシングカーがコンマ数秒、ほんの数%の改良・改善のために全力を注ぐのと同じです。

オーディオは何らかの技術を搭載したからといって、音質が20~30%も劇的に向上するということは、通常考えられません。それでも、少しでも音質を良くするためにどうすればいいのか、つねに考えています。

また、私たちの製品に投入しているK2HDテクノロジーは“アップデート版”で、従来の技術を現代版としてアレンジしたものになっています。

もともとK2テクノロジーは、音楽メディアがアナログレコードからCDに移行する時期に作られたもので、16bit信号をソースにする前提でした。しかし、私たちが採用しているK2テクノロジーは24bit信号をソースにする前提のアルゴリズムになっています。

ーー今回の3モデルも踏まえて、日本のユーザーにメッセージをお願いします。

Luk氏:日本のユーザーは、高品質の製品を何年も使い続けてくれるのが特長です。今回日本投入を発表したiDSD Phantomは5,000ドル前後、NEOシリーズも1,000ドル前後の製品ですが、私たちとしては、価格帯が示す以上のパフォーマンスが発揮できるよう、最大限の努力を注ぎ込んだ製品です。

また、ユーザーが自分の好みにあわせて微調整できる要素をつねに用意しています。自分好みのサウンドに“ロックオン”できるのです。

結局のところ、音楽とは個人的・主観的なもので客観的なものではなりません。もし客観的なものだったら、オーディオ測定値だけに基づいて製品を買えば良いことになります。

ただ例えば自動車でも加速性能や燃費性能だけで判断することはなく、試乗に行きますよね。それなのに、オーディオ機器を購入するときは誰かが測定した数値や、仕様書だけで「これはいい音だ」と判断することが、個人的には理解できません。

iFi audioの製品や、他社の製品の購入を比較する際、念頭に置いてほしいのは、「その音を長時間聴くのか、短時間聴くのか」ということ。長時間聴くことができれば、脳がリラックスしてより音楽に没入できますが、短時間試聴して「低音がすごい」とか「響きがすごい」というのは、テレビ売り場のデモモードに感心しているのと変わらないと思っています。

テレビのデモモードは、どれも明るかったり、色鮮やかだったりするわけですが、実際に自宅で使うのはデモモードではなく通常モードですよね。オーディオの世界でも、今回の価格帯(1,000~5,000ドル)の製品は店頭でのデモ用にチューニングされていて、最初の数分間だけ顧客を感動させられうように作られているものが多いという認識です。

ですが、実際に購入したら、本当にその音を長時間聴き続けますか? と尋ねたい。(iFi audioの製品は)長時間聴いてると、まるで履き慣れた靴のように心地よく、ただただ世界に没頭できるのです。

iDSD Phantom