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Shure、BA×4基の最上位カナル「SE846」。約12万円

フィルタで音をカスタマイズ。「凄いものが出来た」

SE846

 Shure japanは、4基のバランスド・アーマチュアユニットを内蔵したカナル型(耳栓型)イヤフォン「SE846」を7月中旬に発売する。価格はオープンプライスで、店頭予想価格は12万円前後。カラーはクリスタルクリアー。

 3ウェイ、4ドライバを搭載したイヤフォン。BAユニットの構成は高域×1、中域×1、低域×2で、いずれも新たに設計されたBAユニットになる。「SE535」(実売約4万円)の上位モデルとなる。なお、SE535は2ウェイで、高域×1、低域×2の3ドライバ構成。

SE846。デザインは最終のものではない
カラーはクリスタルクリアー。内部のユニットがよく見える
SE535(左)との比較
フォルムはよく似ているが、一回りほど大きくなっている

 入力された信号は、内蔵している3ウェイのクロスオーバーを経て、高域×1、中域×1、低域×2の各ユニットへと入力。各ユニットからの音をミックスして、耳へと届けるのが基本的な仕組みだが、特徴的なのは、低域用ユニットからの音が出る出口に、電気的なものではなく、アコースティックなローパスフィルタを搭載している事。

中央にある大きなパーツが、4ユニットを組み合わせたものに、ローパスフィルタを取り付けたもの。前側の、蛇腹のように見える部分がローパスフィルタ。右の側面に小さな穴が3つ空いているが、奥の穴が低域、真ん中が中域、手前の細長い穴が高域が出てくる部分となる

 このローパスフィルタは、独特の形状をした小型のステンレス製プレートを10個レーザー溶接したもの。このプレートを通す事で、低域ユニットが発する音の中で、中域ユニットの音に悪影響を与えてしまう音を減衰。具体的には75Hz付近からの低域を、歪や音色の変化なく、自然にロールオフしているという。この10枚プレートを通った低域は小さな穴から出力される。

 中域と高域ユニットからの音は、プレートに空いた大きな穴から、プレートの影響を受けずに出力。ミックスされながら、ノズルへと移動する。低域はノズルの外側を通り、鼓膜の直前で高域、中域、低域の3つの音が組み合わさるという仕組みだ。

【お詫びと訂正】
 記事初出時、高域、中域、低域の全てがノズルを通って鼓膜へ届くと記載しておりましたが、低域はノズルの外側を通り、鼓膜の直前で中高域と交わるという仕組みでした。お詫びして訂正させていただきます(2013年5月28日)。

構成パーツの一覧
10枚のステンレスプレートを用いたアコースティックパスを配置
システム構成

 ローパスフィルタをアコースティックで実現した理由は、「イヤフォンという小さなスペースの中に入れられるエレクトリックなローパスフィルタが無いため。一方で、物理的なローパスフィルタを作るのも時間と労力が必要であるため、これまでマーケットに出て来なかったのだろう」(モニタリング・カテゴリー・ディレクターであるマット・エングストローム氏)と分析した。

 ノズル部分にも特徴がある。ノズルの素材はステンレスで、内部に着脱可能なチューブ型のフィルタを配置している。このフィルタを、ユーザーが自由に交換できるようになっており、音をカスタマイズできる。1kHz~8kHzの帯域で、約3~5dB変化させる事ができ、製品には標準的なサウンドの「バランス」と、「ブライト」(+2.5dB/1kHz~8kHz)「ウォーム」(-2.5dB/1kHz~8kHz)という3つのフィルタを同梱。

 付属の器具を使い、ノズルと本体を固定しているネジ式の「カラー」と呼ばれるパーツを外し、ノズルと本体を分離。ノズル内部にあるフィルタを交換後、再びカラーで本体と固定。イヤーピースを取り付けて聴くという作業となる。

ノズル内部のパーツを交換すると、音が変化する
ノズル内部のフィルタを交換できる。左の手前にあるのがステンレス製のノズル。その奥にあるのが「カラー」。右側の白、黒、青がフィルタ
フィルタは非常に小さい
フィルタをステンレスノズルに入れ、イヤフォンに取り付ける
付属の器具を使って、カラーを締め込み、ノズルと本体を固定する

 ケーブルは耳掛け用にワイヤーフォームフィット機能を装備。スナップロック式のMMCXコネクタで本体と接続しており、取り外しが可能。ケブラー素材を使っている。SE535など、従来のSEシリーズと互換性がある。ケーブルは、162cmと114cmの2本を同梱。入力端子はステレオミニで、iPhoneなどを保護ケースに入れている場合でも接続しやすいよう、形状に配慮したとする。

 イヤーピースはフォームタイプとフレックスタイプを、それぞれS/M/Lの3サイズ同梱。イエローのフォームイヤパッドや、トリプルフランジタイプも同梱。標準プラグへの変換アダプタ、キャリングケース、航空機用プラグアダプタなども同梱。レベルコントローラーも備えている。

 インピーダンスは9Ω(1kHz)。ノイズ減衰量は37dB(最大)。再生周波数帯域は15Hz~20kHz。

イヤーピースを外したところ
付属のケーブル
入力端子はステレオミニ
ケーブルは着脱可能で、スナップロック式のMMCXコネクタを採用

SE535の次が“8”になった理由

モニタリング・カテゴリー・ディレクターであるマット・エングストローム氏
イヤホン・プロダクト・マネージャーのショーン・サリバン氏

 Shureのモニタリング・カテゴリー・ディレクターであるマット・エングストローム氏は、新モデル開発時のテーマとして、「沢山のドライバを入れれば入れるほど、メリットもあるが、デメリットも生まれる。限られたスペースの中で、個々のドライバが能力をしっかりと発揮できてはじめて、マルチウェイの意味がある。研究と検証を重ね、それぞれのドライバが最大限に能力を発揮しながら、歪もなく、上手くドライブできる技術を獲得した」と説明。

 マット氏はさらに「開発には数年に渡る研究開発、数百の試作機、数千時間にも及ぶデザインと検証が必要だった」と、開発の苦労も振り返った。

 なお、SEシリーズのイヤフォンは、SE215、SE315、SE425、SE535と下位モデルから数字が続いているが、今回の「SE846」は数字がジャンプアップしていると共に、末尾も「5」から「6」に増えている。

 マット氏によれば、「従来、末尾が0のモデルがあり、そこからSE535のように“5”という数字になった。これは、ケーブルが着脱できるシリーズになった事を意味している。今回の846で“6”になったのは、ケーブルだけでなく、ノズル内部のフィルタも交換できるように進化したため。頭の数字が“8”なのは特に意味はないのだけれど(笑)、“凄いものが出来た”という気持ちで、6でも7でもなく“8”になった」という。

 イヤホン・プロダクト・マネージャーのショーン・サリバン氏は、「私達が本当に目指している製品を作るためには、マーケットに既にある技術だけでは達成できない。そこで、これまでのノウハウを結集し、テクノロジー自体を開発した。その結果、本当に革新的なモデルになった」と、SE846を紹介。ローパスフィルタ開発時の苦労や、膨大な実験を経て、ロールオフする周波数を90Hz付近からに決めた事などを振り返った。

聴いてみる

 会場で短時間ではあるが試聴できたので、印象をお伝えしたい。プレーヤーは、iBasso Audio「HDP-R10」を使用した。なお、インピーダンスは9Ω(1kHz)だが、iPhone 4S直接接続でボリュームバー8割程度でも十分な音量が得られていた。

 比較用に「SE535」を持参したが、SE846を耳に入れた瞬間、あまりの音の違いに驚く。ニュートラルな音作りの傾向は同じだが、まっさきにわかる違いはレンジが拡大した事と、音場のサイズが広大になった事。ハウジングが一回り大きい事も影響していると思われるが、非常にスケール豊かで、音楽が演奏されるホールのサイズがそもそも違うと感じる。ヘッドフォン的な空間描写能力だ。

 4基のBAユニットを内蔵している事や、価格を踏まえ、「低音が迫力満点になっているのでは?」と予想しながら再生したが、良い意味で裏切られる、低音はSE535よりも沈み込みが深く、量感も豊かでドッシリとしているが、必要以上に膨らんで中域に悪さをする事がなく、タイトで締まりもある。あくまで本当に低い音だけ出して、音楽を下支えする“裏方”に徹している印象。重低音がズシンズシンと主張するタイプではないので、悪く言うと派手さはないが、じっくり聴いくと“凄さ”がわかる。

 ノズルフィルタの「バランス」(標準搭載)で聴いているが、中高域はクリアで、低域がかぶさるような事はまったく無い。3ウェイだが、各帯域が分離している印象も無く、音を上手くまとめあげ、統一感のあるサウンドに仕上がっていると感じる。BAの金属質な音を、ナチュラルな響きにチューニングする上手さはSE535などと同様で、女性ヴォーカルのサ行など、キツさは感じない。

 試しに「ウォーム」にフィルタを交換すると、中低域がわずかに豊かに変化。ダイナミック型イヤフォンを彷彿とさせるような聴きやすいサウンドにシフトする。「ブライト」に交換すると、高域描写がガラリと変化。BAらしい、高解像度な、カリカリとした高域が突き抜けるようになり、女性ヴォーカルの口の部分が、自分の方に2歩くらい近づいたような印象を受ける。個人的には「バランス」が好みだが、打ち込み系の楽曲や、BAらしい解像感を楽しみたいという場合には「ブライト」も面白いだろう。

 実売予想が10万円を超える高価なモデルで、カスタムイヤフォンも視野に入る価格帯の製品となるが、Shureらしい音作りの上手さや、節度をわきまえつつ、美味しいところだけを抽出した低域、そしてイヤフォンとしては非常に広いサウンドステージなど、注目ポイントの多い最上位モデルだ。

(山崎健太郎)