レビュー

ヘッドフォンの実力を高度に引き出す驚きのドライブ力、バランス駆動も徹底追求 ラックスマン「P-750u」

 ヘッドフォン/オーディオファンのリファレンスとなるヘッドフォンアンプと言えば、真っ先にラックスマンの「P-700u」が挙げられよう。そのP-700uが進化を遂げ、今年の6月に次世代機「P-750u」(30万円)が登場した。前作のP-700u(28万円)と比べると価格が2万円アップ。その内容は濃く、XLR 4極のバランス・ドライブ端子の新設とアンプリファイアしての能力に更なる磨きをかけた、ラックスマン史上最高のヘッドフォン専用アンプに仕上がっている。そのP-750uを自宅でじっくりと聴いたインプレッションをお届けしよう。

ヘッドフォンとスピーカーを“同等の存在”として開発したヘッドフォンアンプの歴史

 国産ピュアオーディオの代表格であるラックスマンだが、ヘッドフォンやイヤフォンからオーディオに興味を抱きはじめた人にはあまり知られてないかも。ラックスマンは今から92年前の1925年に創業した老舗(錦水堂)である。ちょうど日本でラジオ放送が始まった頃で、「ラジオ=高周波」に対する「オーディオ=低周波」という言葉が普及するずっと前から、同社はオーディオ一筋の道をずっと歩んできた。現在、ラックスマンは創業の地大阪を離れ、新横浜に本社を構えている。

今回紹介する、ラックスマンの新フラッグシップヘッドフォンアンプ「P-750u」

 まずは、ラックスマンのハイエンドヘッドフォンアンプの歴史を紐解いていこう。同社が本格的なヘッドフォン専用アンプを初めて世に送り出したのは、約15年前になる2002年10月。今回紹介するP-750uとほぼ同じ筐体サイズの「P-1」(15万円)がスタートになる。

2002年に登場した「P-1」

 このP-1は、ヘッドフォンをスピーカーシステムと“同等の存在”と捉えて設計されている、世界的にも珍しいヘッドフォン専用の最高級プリメインアンプだった。ヘッドフォンとの接続はステレオフォーン端子がデファクト・スタンダードな時代で、それまでオーディオ機器のオマケ的なヘッドフォン端子に繋いで音楽を聴いていたヘッドフォンファンは、P-1による本格的な音を聴いて大いに驚いた。音の良さだけでなく、自分が使っているヘッドフォンの潜在能力の高さも同時に知ったのである。

 オーディオ機器としてはニッチなカテゴリーと言えそうなヘッドフォンアンプではあるが、現在では他社製品も増加しており、ラックスマンには先見の明があったと賞賛すべきだろう。オリジナル機のP-1なくして、リファレンスと高評価されてきたP-700uや、今回紹介する新リファレンスのP-750uは誕生しなかったはず。P-1は約7年間というラックスマンのなかでもロングセラー商品として君臨し、2009年8月に改良型の「P-1u」に置き換わった。

 最初の世代交代を経たP-1u(18万円)は、ステレオフォーン端子がP-1の3基から2基へと減らされ、内部回路が一新された。P-1とP-1uはコンプリメンタリー(対称設計のNPN型とPNP型)のバイポーラ・トランジスターがチャンネルあたり1組という、簡潔なシングル・プッシュプル構成の出力段でヘッドフォンを駆動している。

 そこは全く同じであるが、P-1では素子の放熱のために専用のヒートシンク・ブロックが与えられていた。それがP-1uでは、ボトムプレートである底板の鋼板に素子を固定して熱を逃がす設計に変更。この合理的な手法はP-700uとP-750uにも受け継がれている。

 また、ラックスマン独自の負帰還(ネガティブ・フィードバック)テクニックであるODNF回路は、P-1がバージョン2だったのがP-1uではバージョン3へと進化。このODNF回路については特徴的なオリジナル回路なので後述するが、進化の度合いを示すバージョンはラックスマンによる呼称であって一般的に規格化されているわけではない。

バランス・ドライブと独自の「LECUA」を組み合わせる理由

 ラックスマンが築いたヘッドフォンアンプの金字塔といえるのは、2012年12月から発売されたP-700uであろう。オリジナルのP-1と改良機のP-1uがステレオフォーン端子だけを搭載したのに対して、P-700uはヘッドフォン市場で熱い話題となっていたバランス・ドライブに積極対応。2基のステレオフォーン端子のアンバランス・ドライブに加えて、バランス・ドライブ専用となるXLR 3極の左右独立端子を装備したのである。これは快挙だった。

2012年発売のP-700u

 話を進める前に、バランス・ドライブについておさらいしておこう。一般的なステレオフォーン端子によるヘッドフォンの駆動はアンバランス・ドライブである。個人的には「シングルエンド・ドライブ」と呼ぶほうがしっくりくるが……。

 安定したグラウンドをマイナス側にして、プラス側からスピーカーやヘッドフォンを駆動するための電力を送り込むのがアンバランス・ドライブの仕組みだ。一方、バランス・ドライブとはプラス側とマイナス側の両方からスピーカーやヘッドフォンを駆動する電力を送り込む方法で、グラウンドから完全に切り離された回路というのが大きな特徴。

アンバランス・ドライブのイメージ
バランス・ドライブのイメージ

 P-1やP-1uのようなアンバランス・ドライブ専用機の場合はチャンネルあたり1回路のアンプがあればよかった。しかし、バランス・ドライブの場合はスピーカー(ヘッドフォン)のプラス側とマイナス側にそれぞれ1回路のアンプが必要。すなわち、チャンネルあたり独立した同じ2回路の同じアンプが必要になるのだ。詳細は後述しよう。ちなみに、グラウンドとは基準電位がゼロボルトのことである。

 前述のように、バランス・ドライブにはチャンネルあたり独立した2回路のアンプが必要になる。だが、一般的なステレオフォーン端子によるアンバランス・ドライブではチャンネルあたり1回路のアンプが必要。そこでラックスマンの開発陣は、P-700uで“モノーラル構成の独立したプリメインアンプ回路を4基搭載させて組み合わせる”という巧妙な解決策を発明した。

 具体的には、バランス・ドライブの場合にはチャンネルあたり2回路の独立したアンプをプラス側とマイナス側に対応させ、アンバランス・ドライブではチャンネルあたり2回路のアンプを束ねて並列動作させた1回路のアンプで対応できるようにしたのだ。P-700uには、入力セレクターと音量調節(ボリューム)回路を備えたモノーラル構成のプリメインアンプが合計4台入っていると理解しておくといい。

 このような回路構成では、4基のモノーラル構成プリメインアンプがハイレベルに整っていなければならない。つまり、増幅回路としての諸特性の一致はもちろんのこと、音量レベル=ゲインは特に厳格に揃っていることが求められる。

 そこでP-700uでは、ラックスマンの高級プリアンプやプリメインアンプに搭載されている電子制御の精密抵抗アッテネーター「LECUA」を音量調節回路に採用。オリジナルのP-1やP-1uではボリュームと左右バランスに一般的な連続可変の回転アッテネーターが使われていたが、それでは厳密に揃った抵抗値=ボリューム量にはなりにくい。特に音量を絞った微小領域ではギャングエラーと呼ばれる左右チャンネルの偏差が生じてしまうので、特にバランス・ドライブでは禁物なのである。

 ラックスマンの「LECUA」はLuxman Electric Controlled Attenuatorの略で、電子制御された精密抵抗アッテネーター(減衰器)という意味。LECUAにはいくつかの仕様があり、P-700uでは2チャンネルを1パッケージにしたアッテネーター素子を合計2基(独立した4回路)搭載している。

 しかも、P-700uとP-750uでは音質対策として素子の表面に銅板を貼り付けている(!)。LECUAではフロントパネルのボリュームと左右バランス+感度切換にオーディオ信号が流れているわけではなく、アッテネーターICの回路をスイッチする検出器という役割だ。適正なボリューム位置は時計でいうところの10時くらいがいいなどと感覚的に思っている人も少なくないと思うのだが、LECUAの場合は無関係なのである。

新モデルのP-750uにも、LECUAが搭載されている

 これまでの説明でなるほどと思った読者も多いだろう。P-700uの場合は(P-750uも同じ)、ステレオフォーン端子の接続では2台のシングル・プッシュプル構成アンプを束ねて並列動作させるので、パラレル・プッシュプル構成(パラレル=2組)のアンバランス・ドライブということになる。

 一方、XLR端子によるバランス・ドライブでは、2つの独立したシングル・プッシュプル構成アンプがそれぞれプラス側とマイナス側から駆動させるので、ブリッジ接続という電気的に異なる動作になっている。回路構成の違いによる音質傾向があることも理解しておこう。

P-750uは大幅に進化した“エボリューションモデル”

 こうした流れを踏まえて、P-750uを見ていこう。ラックスマンによると、完成度が高いP-700uをベースに、細部まで丹念に音質向上を図った“エボリューションモデル”がP-750uになるという。日本語にすると“大幅な改良機”といったところか。P-700uは約4年半というロングランだったので、おそらく新製品のP-750uも同じくらい長くヘッドフォン市場に君臨することになろう。

P-750u

 P-750uの外観は精悍さが増している。そう感じさせるのは新たにロジウム仕上げになった銘板のせいかも知れないが、実はP-700uに使われていたゴールド仕上げの銘板を製作する会社がなくなったことによるやむを得ない仕様変更という……。それはさておき、P-750uではバランス・ドライブ用のXLR 4極のステレオ端子が追加になり、ステレオフォーン端子のアンバランス・ドライブがP-700uの2系統から1系統になったのも特徴。

新たにロジウム仕上げになった銘板は、角度で見え方が変わる。出力端子は、XLR 4極のステレオ端子が追加。アンバランスのステレオフォーンは1系統になった

 P-1からP-700uまでのステレオフォーン端子は並列接続だったので、インピーダンスを含めて感度(能率)の異なるヘッドフォンを同時に接続すると音量差が生じるという困った問題があった。新しいP-750uでは、2系統のバランス・ドライブか1系統のアンバランス・ドライブのいずれか1つ(3者1択)という排他的な選択に徹している。OUTPUTスイッチで端子を切り替えると、回路基板にマウントされている複数のリレー素子が一斉に動作するリズミカルな音が聞こえる。

背面の入力端子部。スルー出力も備えている

 アンプの出力値については、基本的に前作P-700uを継承している。アンバランス・ドライブでは4W+4W(8Ω負荷)、1W+1W(32Ω負荷)であり、バランス・ドライブでは8W+8W(16Ω負荷)、4W+4W(32Ω負荷)というスペックだ。ヘッドフォンを駆動するには充分すぎるパワーといえよう。

 しかし、数値としては同じであるが、P-750uではプリ・ドライバー段に3,300μF×2のキャパシター(低頭ブロック・コンデンサー)を新たに奢ることで、P-700uと比べると僅かではあるが歪率が向上しているという。また、2系統のバランス・ドライブを切り替えるための電力用リレーも新設されている。

内部。左がP-700u、右がP-750uだ

 そして、脚部の剛体化も見逃せない。P-700uがアルミニウム部材を使ったレッグだったのに対して、新製品のP-750uでは同社セパレートアンプ900シリーズでも採用実績がある、グラデーション鋳鉄製レッグ(TAOC製)のカスタム仕様を搭載した。

 付属する電源ケーブルは、P-700uと同じくラックスマンのJPA-10000。高級仕様の電源ケーブルが標準採用されているのは嬉しい。個人的には、P-750uが前作のP-700uと比べて約2万円の価格アップで済んでいることに驚いている。総重量はP-700uの12.7kgから13.3kgへと増加した。

電源ケーブルは、P-700uと同じくラックスマンのJPA-1000

beyerのT1 2ndも余裕でドライブ。アンバランス/バランスの音の違いもチェック

 P-750uの試聴をしていこう。試聴機体を自宅のリスニング空間に持ち込んで、私は2週間あまりを費やして聴き込んだ。試聴環境は、音源の送り出しに、英国dCSの「ヴィヴァルディDAC」を使っている。フィルター設定は「F1」で出力電圧を標準的な2Vに設定したバランス伝送である。

さっそく聴いてみよう

 DACにはCD再生とSACD再生に対応する「ヴィヴァルディ・トランスポート」と、USB接続やネットワーク機能を持つ「ヴィヴァルディ・アップサンプラー」をデュアルAES伝送で組み合わせている。P-750uの試聴にはアップサンプル機能を使っていない。

 マスタークロックはGPS追尾システムによる10MHz正弦波を与えた「ヴィヴァルディ・クロック」。NASにはメルコシンクレッツの「HA-N1A」を使用。オーディオ機器の電源供給はすべてラックスマンのクリーン電源ES-1200から行なっている。

試聴には英国dCSの「ヴィヴァルディ」シリーズを使った
上段にあるのがラックスマンのクリーン電源ES-1200

 試聴に使ったヘッドフォンは主に独beyerdynamicのT1 2nd Generation(セミオープン型)。インピーダンスは公称600Ωで、ヤワなヘッドフォンアンプでは鳴らしにくいと定評(?)ある強者ヘッドフォンだ。拙宅にはインピーダンスを32ΩとDAP(デジタルオーディオプレーヤー)用に設定したAstell&Kern仕様の同型機(AK T1p)もあるので、場合に応じて比較も行っている。また、バイオセルロース振動板で聴き疲れしない音質が気に入っている、米国audioquestのNightHawk(セミオープン型)も参考的に使用している。

公称インピーダンス600Ω、beyerdynamicのT1 2nd Generation
オプションのバランス接続用4ピンXLRケーブル「B CABLE T1 2G」も使用した

 私は試聴に必ずボーカル曲を使う。ここでは、入手してから好んで聴いている女性ボーカルを採用した。それは、スコットランド出身のジュリアン・テイラーによる新譜SACD「When We Are One」(キングインターナショナル扱い輸入盤)である。ここではハイブリッド盤のDSD層と、e-onkyoから入手した96kHz/24bitハイレゾ音源の両方を聴いている。

 5曲目「Stranger in Moscow」は、センターに定位する彼女のメインボーカルの存在感と、少し奥に定位するバックコーラスとの距離感が聴きどころ。アンバランス・ドライブでは低音域までよく伸びた充実の帯域バランスが印象的で、ボーカルの丁寧な発声が美しく、音像描写における品位の高さが感じられた。さすがは本格的なヘッドフォンアンプだと納得させる安定した音の雰囲気だ。

 これがバランス・ドライブではワイドレンジ感がグッと高まってきて、空間が自然に拡がっているパノラミックな音になる。SACD盤のDSD層と96kHzのPCM音源では、空気感を豊かに感じさせるDSDよりも音の締まったPCM音源のほうが自分好みの音傾向だった。

 エレクトリックベースやドラムス、そして本作でフィーチャーされているイタリア人のDaniele Ferrettiによるアコースティックギターも秀逸な6曲目「Dancing for The Ocean」も、バランス・ドライブのほうが刻むリズムの低域の沈むあたりが深く、音の立ち上がりが鋭くギターの倍音成分も豊かになり小気味良い。アンバランス・ドライブは表現全体が優しくなる音で決して悪いとは思わない。しかし、オーディオ的な音の良さということでは、やはりバランス・ドライブが明らかに優れている。ヘッドフォン・リスニングらしい頭内低位ではあるものの、見渡せるような奥深い空間を感じられたのは良い経験だった。

 T1 2ndは、確かに鳴らしやすくはないヘッドフォンだ。同じケーブル(バランスとアンバランス)を使ってAK T1pと比べてみたが、感度はAK T1pよりも少し低く、ポータブルプレーヤーの「AK380」と「KANN」を使って比べると、T1 2ndではアンプの力量がより高く求められることが歴然。しかし、P-750uでは感度が異なるくらいの差でしかなく、低域の締まった制動感は微妙ながらもT1 2ndの方が優れているという印象だった。

AK T1p

 ヴァイオリン奏者のヒラリ・ハーンがパーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメンと共演したモーツァルトとヴュータンのヴァイオリン協奏曲は、私のお気に入りクラシック音楽。音源はe-onkyoからの96kHz/24bit FLACである。ここではヴュータンの3楽章を聴いている。

 アンバランス・ドライブは演奏の荘厳さが伝わり、厚みのあるオーケストラにハーンのヴァイオリンがセンターに浮かぶように描かれている。この楽曲はマイテックのUSB接続DAC(The Manhattan)でよく聴いていたもので、曲のイメージはそのままに質感の高い丁寧な演奏という印象である。

 一方、バランス・ドライブは音の解像感が増して雄大さがアップ。より感情移入しやすい音に昇華してディテールの繊細さが際立ってくる。アンバランス・ドライブも個々の音が演奏空間で溶け合っている精妙な雰囲気で悪くはない。共通するのは重心の安定した音であり、P-750uは大編成のオーケストラをじっくりと聴くのに相応しい音調を備えているのだと改めて感心した次第。ひとことでいえば大人の音。本格的な音という意味である。

 ジョージ・ウィンストンが5年ぶりにリリースした「Spring Carousel」は、彼の音の特徴である高音域の華やかさを織り交ぜたソロ・ピアノの好演。これもe-onkyoからの96kHz/24bit FLAC音源。この曲はNightHawkで聴いており、澄んだ空気を感じさせる爽やかな空間に明確な打音のピアノが鮮明に描かれていく。どちらかというとヘッドフォンよりもスピーカーで聴くほうが相応しいアルバムだと思うが、レコーディングをモニターしているような、ちょっとした緊張感も漂わせた音だった。

 バランス・ドライブの優位性を感じさせるP-750uであるが、非常に興味深かったのが独Cybele ClassicsからリリースされているチェンバロのハイブリッドSACD盤(キングインターナショナル扱い輸入盤)。演奏者はフリッツ・シーベルトで、バッハのトッカータやパルティータなどのソロ演奏である。

 この盤のステレオDSD層はダミーヘッドによるバイノーラル・レコーディングになっており、バイノーラル録音であることを話す女性のアナウンスから始まるトッカータは、音場空間の生々しさでバランス・ドライブが明らかに優れていた。アンバランス・ドライブの音と比較すると視覚的な音のイメージが違う。一音一音が鮮明になっていて、演奏空間に響く間接音の豊かさが心地よいのだ。バランス・ドライブでは位相差情報が豊かになっているという印象の音である。Cybele ClassicsのHPにはフリーのダウンロードページがあり、スクロールダウンすると44.1kHz/16bitと96kHz/24bit、そしてDSD64(2.8MHz DSD)のバイノーラル音源が見つかると思う。教会の大空間に響くパイプオルガンの演奏である。

バランス・ドライブの利点をより深く考えてみる

 そもそもバランス・ドライブって本当に音が良いのだろうか? これはヘッドフォンファンのみならず、オーディオファンなら疑問を抱きそうなこと。確かに、P-750uで聴いたバランス・ドライブは抜群に音が良い!

 しかし、客観的な意見として述べさせてもらうと、私は“バランス・ドライブの音質が良い”というよりは、“アンバランス・ドライブの側に少し問題があるのでは”と感じたのだ。誤解しないでいただきたいが、P-750uのアンプとしてのアンバランス・ドライブに気になるところがあるというのではなく、ステレオフォーン端子という代物に問題があるのではという感触だったのだ。

 総じてアンバランス・ドライブでは音場空間の拡がりが抑えられているようで、聴感上の帯域も両肩がなだらかになったナローレンジに感じられる。一方、バランス・ドライブの音は開放的な音場空間とワイドレンジ感を際立たせている、きわめてフラットな帯域エネルギーなのである。一音一音の鮮度感が高いだけでなく、ボーカルや楽器の音像がしっかり描かれていて、音楽の臨場感に関しても明らかに上回っているのだ。

 ここでのバランス・ドライブとは、2台の同等なアンプをブリッジ接続したもの。ブリッジ接続=BTLは、バランスド・トランスフォーマー・レスの意味である。ブリッジ接続では2台のアンプの1台がヘッドフォン(スピーカー)のプラス側にあり、もう1台がマイナス側に接続されることで、理論的に駆動できる電圧が2倍になり出力は4倍になるという回路だ。互いのアンプの極性は反対になっている必要がある。

 ブリッジ接続ではないバランス・ドライブというのもあって、それはヤマハが高級プリメインアンプに採用している独自のフローティング・バランス回路。しかし、この手法によるヘッドフォン専用アンプというのはまだ存在しない。例えば、私が自宅で使っている米国エアー・アコースティックスの「MX-R」というモノーラル・パワーアンプは、最初からブリッジ接続の回路構成になっている。ちなみに、ブリッジ接続のアンプでは、ドライブ経路から切り離されているグラウンドにスピーカーケーブルが接地することは絶対にNGで、アンプが壊れる場合もあるので注意したい。

 P-750uの回路設計と音決めを行なった、ラックスマンのエンジニア・長妻雅一氏(開発本部・部長)によると、バランス・ドライブとアンバランス・ドライブでは左右のクロストーク(音漏れ)が違っており、数値でいえば200倍=46dBほどバランス・ドライブのほうが優れているという。その原因は、やはり標準ステレオフォーン端子の構造によるのではないかということだった。

 アンプの設計者としてアンバランス・ドライブとバランス・ドライブで音質差を与えているわけではないので、考えられる要因はそこしかないと思い至ったようだ。私も同感である。なにはともあれ、P-750uのバランス・ドライブの音の良さには大感激! 手持ちのヘッドフォンをすべてリケーブルしてバランス・ドライブに対応させようかと真面目に考えるようになったほどである。

独自の負帰還テクニック「ODNF」とは

 ラックスマン独自の負帰還テクニックであるODNF回路についても述べておこう。ODNFとは、Only Distortion Negative Feedbackの略で、英語的にはイマイチだが意味はストレートに伝わってくる。負帰還=ネガティブ・フィードバックとは、アンプの歪特性を改善させるテクニックで、一般的にスピーカー端子に流れる音声信号の極性を反転(ネガティブ)にして入力段に少し戻してやるというテクニック。これで見かけ上のスペックが向上するのだ。しかし、信号を戻すことでアンプの増幅率=ゲインは少し低下することになる。

 一方、ODNFは専用回路で歪成分だけを抽出して負帰還するというもの。専用回路というひと手間がかかるけれども、アンプの増幅率はほとんど低下しないという特徴がある。ODNFでは、アンプ自体がシンプルな構成であっても増幅率が損なわれないというメリットがあるのだ。

 ODNFのバージョンは、すなわち検出回路の進化度合いを意味している。P-750uのODNFは最新のバージョン4.0で、回路の初段をパラレル化、2段目をダーリントン接続、誤差検出回路を3パラレル化することで、伝送回路のさらなる低インピーダンス化と高いSN比、歪検出精度の向上などを達成した。

ヘッドフォンの能力をフルに発揮できるアンプ

 初代のP-1から最新のP-750uまで、最高級ヘッドフォンアンプを設計している長妻氏は、製品の音決めに“ヘッドフォンを使わなかった”という。特定のヘッドフォンを対象にするのではなく、セパレートアンプからSACDプレーヤーの開発にまで活用し、個人的に音を知り尽くしている、JBLの4344モニタースピーカーを、P-750uで鳴らして音決めしたというのだ。

 信じられないかも知れないが、うるさくない程度の音量だったら、P-700uやP-750uのバランス・ドライブ端子からスピーカーをダイレクトに鳴らすことができる。私はP-750uをB&Wの「802 D3」に接続した音を聴いたことがあるが、しっかりした電源部を有する本格的なアンプ設計だからこそ実現できるのだろう。“聴き慣れたモニタースピーカーで納得できる音を実現できたなら、世界中のどんな高級ヘッドフォンを相手にしても理想的に鳴らすことができるはず”という、ピュアオーディオの熟練エンジニアらしい明快なロジックといえよう。

もちろんサポート外の使い方だが、なんとP-750uでB&Wの「802 D3」がドライブできてしまう

 P-750uの30万円という価格をどう判断するか? 本機はDAC機能などをまったく持たない、アナログ入力に徹したヘッドフォンアンプである。実際に使うにはUSB DACやDAPなどが必要になるわけだが、バランス・ドライブにも理想的に対応して、ここまで音質を徹底追求したヘッドフォン専用アンプを私はほかに知らない。これがもし海外製品だったら、いくらになってしまうのか……。

 自宅でじっくりとP-750uの音を聴いた私は、確かに高価ではあるが、愛用しているヘッドフォンの能力をフルに発揮させるという意味からコストパフォーマンス抜群の製品だと判断している。ヘッドフォンファンには、試聴できるお店でP-750uの音を聴いてみてほしい。

(協力:ラックスマン)

三浦孝仁