レビュー

真空管と半導体どっちが好み? STAXヘッドフォンの魅力引き出す新ドライバー「SRM-700T/S」聴き比べ

スタックス(STAX) は、静電型ヘッドフォン(イヤースピーカー)で世界のトップに君臨するオーディオメーカーだ。その名門スタックスから、ハイエンド級の高級ドライバーユニットが発売される。興味深いことに、真空管でイヤースピーカーをドライブする「SRM-700T」と、半導体でドライブする「SRM-700S」の2機種が同時に登場するのである。価格が298,000円と共通になっていることも特筆事項。SRM-700のモデルネームに続く末尾の“T”はTube = 真空管を、そして“S”はSolid State = 半導体を意味している。

左から半導体でドライブする「SRM-700S」、真空管でドライブする「SRM-700T」

シルク印刷による左下の型番記載を除くと、フロントパネルと端子類を備える背面は同じだ。SRM-700Tではボンネット上部に真空管に合わせたドーム形状の放熱孔が2つ施されていて、本体重量は5.7kg。一方、SRM-700Sは出力トランジスターのための大型ヒートシンクを装備したことから本体重量が6.3kgと僅かに重い。両機ともフラグシップ機「SRM-T8000」と同等の高グリップ大型アルミニウム製インシュレーターの脚部が与えられている。これから、個人的にも触手が伸びているSRM-700TとSRM-700Sについて深掘りしていこう。

真空管を搭載したSRM-700Tのボンネット上部。真空管に合わせたドーム形状の放熱孔が2つ

イヤースピーカーにも注目の新製品が登場

昨年の2018年にブランド創立80周年を迎えたスタックスは、イヤースピーカー「SR-009S」とドライバーユニット「SRM-T8000」をフラグシップ機とする、盤石といえる最高級ラインナップを確立した。ここで紹介するドライバーユニットのSRM-700TとSRM-700Sはセカンド・ベストに位置づけられる拡充モデルである。

イヤースピーカー「SR-009S」とドライバーユニット「SRM-T8000」

また、イヤースピーカーでは外耳の形状に則した長円形の発音ユニットを特徴にする「SR-L700」と「SR-L500」が、それぞれマーク2に進化して6月に登場(SR-L700 MK2:148,000円/SR-L500 MK2:75,000円)。いうまでもなく、ここで紹介する2機種のドライバーユニットは、フラグシップのイヤースピーカーSR-009Sをも十二分に鳴らす実力を有しているものだ。イヤースピーカー専用の端子は、スタックスでプロ・バイアスと呼んでいる580Vバイアス電圧の5ピン仕様である。

SR-L700 MK2

真空管増幅のSRM-700T

イヤースピーカーを高耐圧&高出力GT管の6SN7でダイレクトドライブするのが、SRM-700Tの特徴である。電源インジケーターのLEDは真空管をイメージしたオレンジ色。GT管とはガラス・チューブ管のことで、電極が8本の専用ベースが与えられた真空管。SRM-700Tではタンソル(Tung-Sol)の6SN7真空管をチャンネルあたり各1本使っている。

6SN7は独立した3極管が2回路組み込まれた、シンプルで駆動力にも優れている双三極管。イヤースピーカーの振動板を構成する、表側と裏側にある固定電極をチャンネルあたり1本の6SN7がプッシュ・プル駆動している格好である。

真空管増幅のSRM-700T
GT管の「6SN7」
電源インジケーターのLEDは真空管をイメージしたオレンジ色

これまでのスタックス製品の真空管ドライブユニット、たとえば「SRM-007tA」や「SRM-006tS」ではGT管の6SN7真空管ではなく、電極が9本で細身のMT管(ミニチュア管)の「6FQ7 」(6CG7)真空管が使われている。内部構造は似ているものの、外観上はかなり異なる。ガラス管と接続ピンの口径も太い6SN7真空管のほうが頼もしく見えてしまう。

GT管の「6SN7」

イヤースピーカーのインピーダンスに適合させるため、SRM-700Tではインダクタンス成分が少なく音質的にも優秀なヴィシェイ(Vishay)製の無誘導巻線という黒く大きな固定抵抗器を6SN7の出力に組み合わせている。ヴィシェイの大型抵抗というものに戸惑う読者もいるだろう。実は以前からあった有名なデール(Dale)社の固定抵抗器であり、現在はヴィシェイ社の傘下になったのでブランド名がヴィシェイに換わったのである。

中央の黒くて細長い抵抗がヴィシェイの無誘導巻線抵抗

ちなみに、真空管のタンソルは米国ニュージャージー州にあったTung-Sol LAMP Worksがオリジナル。“ビッグ・マフ”などのエレキギター用エフェクターで成長を遂げた米国エレクトロ・ハーモニクス社が、1980年代に真空管の輸入ビジネスに乗り出し、1990年代にはロシアの真空管製造工場を手中に収めた。それを勢いに、彼らは由緒あるタンソルの商標を獲得したという経緯だったと記憶している。

SRM-700Tの背面
SRM-700Sの背面

SRM-700TとSRM-700Sのラインレベル入力はXLR端子とRCA端子の両方を備えていて、背面のロータリースイッチで切り替え可能だ。RCA入力の場合は直結されたパラレル出力端子も用意されている。

個人的にありがたく思っているのは、背面にあるもうひとつのロータリースイッチ。前面の音量調整用アッテネーターを音声信号が経由する「インターナル」と、それをバイパスして送り出しのプリアンプなどからの音量調整に委ねるダイレクトな「エクスターナル」を選択するものだ。固定出力のDACやCDプレーヤーと接続する場合は「インターナル」が、音量調整できるプリアンプがある場合は「エクスターナル」が便利だろう。いったん設定したらあまり触れることのないスイッチなので、フロントではなく背面にあったほうが誤操作の恐れは少ないといえる。

使われているアッテネーターは日本のアルプス電気製で、左右チャンネルを独立操作できる2軸の4回路構造(バランス対応)になっている。このユニットは赤いアルミニウム製の専用シールドケースに収められた。実はこれ、フラグシップ機のSRM-T8000と同じ手法であり、外来ノイズから守るという音質ノウハウが注ぎ込まれているのだ。SRM-700T/SRM-700Sともに、XLR端子のバランス入力ではイヤースピーカーまで音声信号がそのままバランス伝送される、完全バランス回路設計になっている。

赤いアルミニウム製の専用シールドケースに収められた、日本のアルプス電気製のアッテネーター

ラインレベル入力は前述のとおりセレクター(アッテネーター)を経由して、カスタムの低雑音デュアル・FETを採用した初段回路に送り込まれる。音質に関わるフィルムコンデンサーには、独WIMA製の赤い高品位フィルムキャパシターを採用。入力から出力までカップリング用コンデンサーを使っていない完全DCアンプ構成というのも、SRM-700TとSRM-7000Sの特徴である。SRM-700Tの場合は、初段回路から6SN7真空管の増幅回路へと信号が導かれていく簡潔な回路構成になっている。

独WIMA製の高品位フィルムコンデンサー
内部ではこのように使われている

ほとんどの真空管では着脱のための専用ソケットがあるので、真空管の設置高は専用ソケットの高さを加えた値となる。SRM-700TではGT管を使ったためギリギリの高さになってしまったらしく、ソケット部分を取り付ける底面の処理に工夫が凝らされている。

SRM-700Sの底部
SRM-700Tの底部。GT管を取り付けた部分が、一段深くなっているのがわかる

半導体増幅のSRM-700S

イヤースピーカーをドライブする出力素子が真空管ならSRM-700T、それが半導体素子なら以下に述べるSRM-700Sとの違いだと思っていただけるといい。しかしながら、増幅の段数は異なっている。SRM-700Sでは電源インジケーターのLEDが青白く光る。

半導体増幅のSRM-700S
電源インジケーターのLEDは青白い

真空管増幅のSRM-700Tは2段増幅ということになるが、このソリッドステート増幅のSRM-700Sでは、ラインレベル入力がセレクター(アッテネーター)を経由して、カスタムの低雑音デュアル・FETの初段回路に送り込まれるまでは同じ。その次に2段目の回路があって、そこでもカスタムのデュアル・FET素子による増幅回路が組まれている。半導体素子は動作温度で微妙に諸特性が変化するため、要所では2つの素子を熱結合というテクニックで互いに温度偏差が抑えられる配慮が見受けられる。もちろん、SRM-700Tも同様だ。

内部基板

SRM-700Sのソリッドステート出力段は大電流エミッターフォロワー回路のダーリントン接続で、高速スイッチング用途にも使われるという東芝製バイポーラ・トランジスターを使ったクラスA動作になっている。

一般的なスピーカーユニットはプラス側~マイナス側のインピーダンスが4Ω~16Ω程度になるが、エレクトロスタティック(静電)型スピーカーは、それよりも遥かにインピーダンスが高い。そのためイヤースピーカーを駆動するためのトランジスターは、一般的なスピーカーシステムを駆動するパワーアンプに使われる出力素子とは異なる、大きな負荷にも耐えられる高耐圧設計のトランジスターが必要になる。トランジスターのタイプはNチャンネル(NPN)だ。

取材のため訪問したスタックス本社で見せていただいたSRM-700Sの増幅回路は、1枚の両面基板に左右対称レイアウトでまとめられていた。なるほど巧いと思ったのは、中央にある2基の大型ヒートシンクの放熱対策。ヒートシンクには放熱のためのフィンがあるのだが、その下にある回路基板には丸穴が合計54個も開けられており、空気の流れをスムーズにしている。

基板を取り出したところ
中央の黒いパーツがヒートシンク。なお、実際の製品とは異なる部分もある
基板の裏側には丸穴が合計54個も開けられている

SRM-700SもSRM-700Tと同じく、XLR端子のバランス入力ではイヤースピーカーの出力まで音声信号がそのままバランス伝送される、完全バランス回路設計になっている。もちろん、入力から出力までカップリング用コンデンサーを使わない完全DCアンプ構成だ。

フラグシップのドライバーユニット「SRM-T8000」

2018年に発売されたドライバーユニット「SRM-T8000」について少し述べておこう。スタックス歴代の最高峰ドライバーユニットには”T”の称号が与えられているという。このSRM-“T”8000は半導体回路と真空管回路を組み合わせている、いわゆるハイブリッド構成のフラグシップ機だ。

最高峰ドライバーユニット「SRM-T8000」

ハイブリッド構成という意味では新製品のSRM-700Tも同じである。しかしながら、SRM-T8000は初段が6922双三極管の真空管回路で、ドライバーユニットを駆動する出力段はバイポーラ・トランジスターによるクラスA動作のソリッドステート回路。つまり、SRM-700Tのハイブリッド構成とは真逆になっているのである。

双三極管6922

このあたりは興味深く、なぜスタックスがハイエンド級ドライバーユニットとしてSRM-700TとSRM-700Sの2機種を開発したのかを理解するうえでのヒントになろう。6SN7真空管を搭載したSRM-700Tはイヤースピーカーを真空管でダイレクトドライブする必然性があったのだと思うし、筐体サイズとコストの関係から初段回路はSRM-700Sと共通のFET構成に揃えた合理性もうかがえる。バイポーラ・トランジスターよりもFET(電界効果トランジスター)のほうが真空管に近い音色だということも採用が納得できる。

いっぽう、半導体増幅のSRM-700Sは、文字通りイヤースピーカーを半導体でダイレクトドライブする必然性があった。しかも、SRM-700Tとは対称的に際立った立ち位置にするために、全段が半導体増幅というのは好都合だったはず。最も重要なことは初段回路や次段回路ではなく、イヤースピーカーの駆動回路が真空管によるか半導体なのかという増幅素子の違いである。SRM-T8000を頂点とする半導体ダイレクトドライブのセカンド・ベスト機としても、SRM-700Sの存在意義は大きいのだ。

音を聴いてみる

SRM-700TとSRM-700Sの音を聴くために、フラグシップのイヤースピーカー「SR-009S」(46万円)と新製品「SR-L700 MK2」(148,000円)も一緒に、1週間ほど借用した。試聴音源のデジタルファイルはDELAのミュージックライブラリー「N10」に格納した状態で、ネットワーク対応オプションをインストールしたMYTEK Digitalの「Manhattan DAC II」をネットワーク・プレーヤーとして採用。ネットワークハブはSOtMの「sNH-10G」。DACのバランスライン出力をスタックスのドライバーユニットに接続している。

フラグシップのイヤースピーカー「SR-009S」

SRM-700T+SR-009S

最初は真空管増幅のSRM-700Tから聴く。もちろん、フラグシップのイヤースピーカーであるSR-009Sとの組み合わせだ。手嶌葵「月のぬくもり」(CD Ripping)は、彼女の声色の優しさが暖かくスッと心に浸透してくる心地よさがあり、上質なシルキー感覚の雰囲気も漂っている。グランドピアノの低音域もキチンと響いて感じられることも実に好ましい。エレクトロスタティック(静電型)らしい軽く反応に優れた音質傾向はスタックスに共通する優秀なところで、口径が大きい丸型振動板のSR-009Sが、圧倒的といえるゆとりを滲ませた音でリスナーを包み込んでくれる。

続いて聴いたのはピアノ独奏で、こちらはDSDレコーディングによる河村尚子のベートーヴェン(DSD64)。ピアノソナタ第7番 作品10の3楽章である。倍音成分の豊富なピアノの打鍵音は明確で、金属弦の複雑な音色が丁寧にフワッと空間に放たれて減衰していく響きの変化が手に取るように判る。温度感はニュートラルさを基調に僅かに暖かみを感じさせるという具合。

ジャズもDSDレコーディングを聴いている。ニューヨーク在住のギタープレーヤー、吉田次郎の最新アルバム「レッド・ライン」からの「フット・プリント」(DSD64)は、川口千里のオープン・ハイハットから始まるエレクトリックな楽曲。適度な音圧感で聴いているがドラムスやピアノ、そしてメロディを弾くエレクトリックベースの旋律も明快な、解像感の高い音である。自然に体が動くグルーヴィーな音楽の流れも印象に残った。

SRM-700T

男声ヴォーカルはブルーノート・レーベルの雄、グレゴリー・ポーター「テイク・ミー・トゥ・ジ・アレイ」からの「ホールディング・オン」という24bit/96kHzのFLAC音源。厚みがあり発音が明瞭な彼のヴォーカルは存在感が高く、声色の微妙な変化もしっかりと聴きとれる高解像度の音だ。冒頭のピアノも強弱のコントラストが高く、しかも繊細な音色表現が聴きとれる。

最後はベルリンフィルのコンサートマスターを務めていたヴァイオリン奏者、ガイ・ブランシュタイン「チャイコフスキー・トレジャーズ」から、ヴァイオリン協奏曲 作品35の1楽章。ペンタトーン・クラシックスのハイレゾ録音でDSD64と24bit/96kHzのFLAC音源の両方があるのだが、ここでは音源フォーマットのバランス配分を考えてFLACを選んでみた。カラビツ指揮BBC交響楽団のスケール感豊かな弦楽器群の演奏から始まり、ブラウンシュタインのヴァイオリンは陰影表現も美しく、適度な柔らかさと弾力を感じさせる音色で丁寧な演奏が繰り広げられる。

SRM-700S+SR-009S

ソリッドステート増幅のSRM-700Sも、同じくフラグシップのイヤースピーカーSR-009Sと組み合わせて聴いた。いうまでもなく試聴音源も共通にしている。

最初の手嶌葵「月のぬくもり」(CD Ripping)から聴いた私は、思わずオッと声を漏らした。音の解像感は明らかにこちらのほうが高く、音場感も透徹で空間の見通しが良好なのである。私が愛用しているスタックスの機器環境は後述するけれども、音の傾向は明らかに私のと似通っているクリアーさ。

しかしである……。さきほど真空管のSRM-700Tで聴いた音は、音楽的な魅力に関しては上回るかもしれない、なんとも叙情的で品の良いやわらかさを帯びた音色の気高さが感じられるのだ。

SRM-700S

ピアノ独奏の河村尚子によるベートーヴェン(DSD64)は、やはりソリッドステート機のほうが全体的にストレートな音の描写で、複雑な和音の絡み合いを含めて響きの鮮明さと緻密な表現力で勝っていると感じられた。私個人は、この音の表現のほうが音楽に浸ることが容易で感情移入もしやすい。ピアノの音色の直接音と空間に響く間接音の比率でいえば、真空管のSRM-700Tのほうが間接音の成分をより豊かに感じさせる、空間にフワッと音が散乱して優美な膨らみを帯びている。音楽を優雅に愉しんで聴こうと思ったらSRM-700Tの組み合わせが好ましいのだが……。

吉田次郎のDSDレコーディングは細部まで音像の輪郭をクッキリと描いてくれるので、耳で音を探すまでもなく各パートの楽器の音が判る。一発録りのDSDレコーディングらしい極めつけの鮮度感だけでなく、演奏者のハイテンションな緊張感もヒシヒシと伝わってくるのがいいところ。低音域まで音がきっちり締まって押し出しも強い、制動感に優れた音だ。

男声ヴォーカルのグレゴリー・ポーターは、やはり解像感についてSRM-700Sの優位性を感じさせる生々しい声色の緻密な描写で魅せた。モニターサウンドを聴いているという音の感覚が愉悦を与えてくれるが、PCMレコーディングらしい硬さは長時間では少し聴き疲れしそうな感じがする。ウッドベースの低音は旋律も明瞭で、ヴォーカルに加わっているリヴァーブの具合がよく判る。さりげなく鳴っているタンバリンの質感もなかなかリアル。

ガイ・ブラウンシュタインのヴァイオリンは、実在感を高めた音の描写で魅せる。細密な映像のような視覚的な音の提示であり、スケール感の豊かさはSRM-700Tを聴いている時と似通っているけれども、よりリアリティを帯びた音という印象なのである。雰囲気の良さという観点では真空管ドライブの音に軍配をあげたくなってしまうが、ハイレベルなところで好みが分かれるような拮抗する音である。

SRM-700TとSRM-700S、どちらの音を薦めるか?

真空管ドライブのSRM-700Tが奏でる音の傾向と、半導体ドライブのSRM-700Sが聴かせる音の傾向は明らかに違っていた。どちらの音を読者に薦めようか? これは決して優劣などではなく、聴き手が音楽とどのように関わりたいかで考えると明快になるはずだ。

SRM-700Tの音は、コンサートホールやライヴステージなどで生演奏を聴くことも多い、音楽愛好家を自認するリスナーに相応しいと思う。また、真空管ドライブによるスタックスのイヤースピーカーの音に親しんできたオーディオファイルも、必ずやSRM-700Tの音のほうを好むに違いない。三極管ならではの僅かな音の煌びやかさがSRM-700Tの音には宿っているようだし、真空管らしいダンピングファクターの低さがもたらす低音域の緩やかな表情もホールトーンの上質感を醸しだしており、音楽に心地よい穏やかさを与えてくれるのだ。

一方、SRM-700Sは解像感の高さとハイ・トランジェントな音の応答性を追求する、シリアスな録音モニターのような音を好んでいるリスナーにうってつけだ。温度感をやや低めに感じさせる傾向もあり、それが音の見通しの良さに結びついているようにも思える。半導体ドライブによるスタックスの音にシンパシーを抱いている筆者も、SRM-700Sの音のほうがしっくりくる。時にはシビアすぎる音に感じることもあるだろうが、オーディオファイルを自認する聴き手にはこちらが薦められるだろう。

もしも販売店でSRM-700TとSRM-700Sの両方を試聴できるようなら、ぜひとも入念に音質を聴きくらべてほしい。

私のスタックス環境と新製品「SR-L700 MK2」について

最後に、拙宅でのスタックス機器の環境を紹介しておこう。古い製品も少しあるのだが、私は昨年の創立80周年を記念して限定発売されたソリッドステート方式のドライバーユニットSR-L300 Limited(300台限定モデル)と、同時に登場したブラック仕上げのSRM-353XBK(600台限定モデル)を愛用中だ。

創立80周年記念の「SR-L300 Limited」
ブラック仕上げのSRM-353XBK

実はSR-L300 LimitedのMLER長円形発音ユニットと、新製品SR-L700 MK2の発音ユニットは同じものである。ということで両製品の音質差はほとんどないだろうと勝手に思いこんでいたのだが、それは違っていた!!

SR-L700 mk2のほうはリケーブルを考慮して着脱可能になった幅広ケーブルも新機軸なのだが、その線材はフラグシップのSR-009Sと同じ6N無酸素銅+銀メッキ軟銅線によるハイブリッド構造なのである。一方、拙宅のSR-L300 limitedはポピュラーな無酸素銅。その音質差は歴然としていて、そのうえ装着感も大違いだった。発音ユニットを保持する部材がアルミニウム製ホルダーになったことがスムーズなフィット感をもたらしており、SR-L700mk2は価格差を納得させる完成度の高さを感じさせたのである。

SR-L700 MK2はリケーブルに対応。アルミ製ケースホルダーの採用で、装着時もよりフィットしやすくなった

SRM-353XBKは、ブラック仕上げであることを除けば現行製品のSRM-353X(税別81,000円)と変わりはない。しかしながら、同じ半導体のダイレクトドライブであるSRM-700Sと音質を比べてみたら、やはりSRM-700Sのほうが明らかに格上で、品位も高い音を聴かせるのだった。まあ無理もない……。電源トランスフォーマーを含む全体の電源部の規模も上回っているわけだし、出力トランジスターの品種や個数も異なるようで音の制動力にも違いが生じてくる。ストイックなまでに真摯な音の表情というところでは似通っているのだけれども、投入されている物量が音のクオリティに効いているのは明らかだった。

最近はヘッドフォンで音楽を聴く機会も増えているので、私は今回の試聴をきっかけに自宅のスタックス環境をグレードアップしようかと考えるようになった次第。

(協力:スタックス)

三浦 孝仁

中学時分からオーディオに目覚めて以来のピュアオーディオマニア。1980年代から季刊ステレオサウンド誌を中心にオーディオ評論を行なっている。