レビュー

マランツ入魂の“OSE”、独自DACやクラスDの実力を引き出す「SA-12/PM-12 OSE」を聴く

1月中旬に、マランツ独自のディスクリートDAC「MMM=マランツ・ミュージカル・マスタリング」に迫った記事を掲載した。半導体メーカーの汎用DAC素子を使うことなく、マランツが追求する音を実現するために開発されたディスクリートDACがMMMである。

左から「PM-12 OSE」、「SA-12 OSE」

PCM信号をDSD 256信号に変換するフィルタリング回路が前段、後段が1bitのディスクリートDAC回路という組み合わせが、MMM。フラグシップのSACDプレーヤー「SA-10」(60万円)と「SA-12」(30万円)の2機種が、このMMMを搭載している。記事を読んでオーディオ販売店でMMMの音を確かめたという読者もいらしたようで、執筆した私も嬉しい限りである。

MMMの内部構造図

そして1月31日、マランツはUSB搭載SACDプレーヤー「SA-12」(30万円)と、インテグレーテッドアンプの「PM-12」(30万円)の主力モデル2機種に、ゴージャスな音質向上対策を施した“OSE=オリジナル・スペシャル・エディション”を発表した。「SA-12 OSE」と「PM-12 OSE」の価格は、共に5万円アップの35万円。発売日は2月21日である。なお、限定モデルではなく、SA-12とPM-12が、SA-12 OSEとPM-12 OSEに切り替わる形だ。

“OSE”という名称を最初に聞いたとき、私はマランツの音決め責任者を務めているサウンドマネージャーの尾形好宣氏のイニシャル(O)とスペシャル・エディション=SEを組み合わせたのかと思ったのだが、残念ながら(?)そうではなさそう。OSEのOはオリジナルの意味で、スペシャル・エディションの起源はマランツなのだという主張がこめられていたのだった。

筐体に刻まれた“OSE”
マランツのサウンドマネージャー、尾形好宣氏

なぜOSEが作られたのか?

“SE=スペシャル・エディション”の歴史は、日本では今から20年前の1990年から始まっている。インテグレーテッドアンプの「PM-80」とCDプレーヤーの「CD-66」、「CD-99」が、それぞれ「PM-80SE」、「CD-66SE」へとスペシャル・エディション化されたのだ。銅メッキ鋼板シャーシの採用や高剛性トップカバー、高音質コンデンサー、トロイダル型の電源トランスフォーマーを搭載するなど、積極的な音質向上対策がなされたマランツのスペシャル・エディションはオーディオファイルから大歓迎された。似たような独自のスペシャル・エディションは、ヨーロッパ市場でも展開されてきた。

1990年以降、マランツは人気機種のSEバージョンを不定期で投入している。1992年には「PM-99SE」を、翌1993年は「PM-99SE NM」をリリースするなど、1994年から1996年には主力モデルのSE化を実現しており、1999年にはCDプレーヤーの「CD6000 OSE」で今回と同じ“OSE”の名称を初めて使っている。CD6000 OSEはフロントパネルに誇らしげに飾られた「Original SE」のバッジが印象的なミドルクラスのCDプレーヤーで、内部にあった合計4基のHDMAモジュールが銅カバーで覆われていたことを私は記憶している。

マランツが再びSEバージョンを投入したのは、2016年の「SA-14S1SE」と「PM14S1SE」だった。通常モデルと特別なSEバージョンは同時期に発売されることはない。市場の人気機種であることが最初にSE化を検討する前提になるはずで、サウンドマネージャーと開発陣のトライアルにより、どの程度の音質向上が見込めるかというのが最重要の課題であろう。ロングセラー機の場合は、SE化により販売のテコ入れを狙うという側面も考えられる。

上から「SA-14S1SE」、「PM-14S1SE」

オリジナル機であるUSB DAC搭載SACDプレーヤーの「SA-12」とインテグレーテッドアンプの「PM-12」は、フラグシップ機であるマランツ10シリーズ(SA-10とPM-10)の高音質技術を“30万円のプライスタグ”で実現することが企画意図だった。

一方で、新機種のSA-12 OSEとPM-12 OSEでは、「究極のシングルエンド・コンポーネント」を目標とした。セカンド・ベストであるマランツ12シリーズの音質キャラクターを変えることなく、音の品質をグッと高めることが、OSE=オリジナル・スペシャル・エディションの命題とされたのだ。

左からオリジナルの「SA-12」、新モデルの「SA-12 OSE」
左から新モデルの「PM-12 OSE」、オリジナルの「PM-12」

シングルエンドとは、シングルエンド伝送(アンバランス伝送)のこと。安定したグラウンドが存在して増幅信号がホット(+)というシンプルな回路構成である。フラグシップの10シリーズではバランス伝送回路を特徴にしており、グラウンドに加えてホット(+)の増幅信号と位相反転(逆相)されたコールド(-)の増幅信号というバランス伝送が行なわれている。

「PM-12 OSE」の背面。シングルエンド接続に特化している

インテグレーテッドアンプ「PM-10」のパワーアンプ段では、チャンネルあたり2基のクラスDのモジュールをブリッジ=BTL(ブリッジド・トランスフォーマー・レス)接続することでスピーカーシステムの+側と-側の両方から駆動する、これもバランス伝送の電力出力になっている。

バランス伝送の利点は、信号伝送(たとえばラインレベルのオーディオケーブル)で乗る可能性がある、コモンモードノイズ(同相雑音)成分を相殺(キャンセル)できること。電源トランスフォーマーの漏洩磁束(リーケージ・フラックス)が、同相雑音を与える場合もあったりする、ちょっと厄介な雑音といえる。

逆にいえば、シングルエンド接続(RCA端子を使ったラインレベルのオーディオケーブル)でノイズの問題がなかったら、バランス伝送である必然性はまったくない。個人的にはXLR端子を使ったバランス信号伝送よりも、RCA端子によるシングルエンド信号伝送のほうが音質的に好みだったりすることが多いのだ。XLR端子そのものが高い信頼性を感じさせるという雰囲気があるけれども、拙宅では音を聴き比べてバランス伝送とアンバランス伝送を選んで使っている。

ちょっと話が逸れてしまったので元に戻そう。今回のOSE=オリジナル・スペシャル・エディションについて結論的に言ってしまうと、サウンドデザイナーの尾形氏を中心にしたマランツの技術陣は、フラグシップ機SA-10とPM-10に使われている高音質が期待できる手法と部材を投入している。加えて、パッシブな素子である固定抵抗器の換装で音質的なファインチューニングを施したのである。

左から「SA-12 OSE」、「PM-12 OSE」

個人的にかなり高音質に効いていると判断しているのは、銅メッキをほどこした鋼板シャーシの採用だ。シャーシ形状や鋼板の厚みなどは従来通りで、その表面に導電性に優れた銅メッキ処理という高価なひと手間を施したのである。いうまでもなく銅素材は電気抵抗が低い金属。さすがにトロイダル型電源トランスフォーマーの金属カバー部分(PM-12OSEのプリアンプ回路用)は従来通りだけど、銅メッキ処理によって聴感上のS/N感が飛躍的に高められた、いうなれば静けさ方向の表現力が大幅に向上したという印象である。

上から「PM-12 OSE」の背面、「SA-12 OSE」の背面。銅メッキシャーシを採用しているのがわかる
こちらはベースモデルSA-12、PM-12の背面だ

そして、SA-10とPM-10の外観上の特徴でもある、5mm厚のアルミニウム製トップカバーの搭載も、OSEならではの贅沢な配慮。高級感を醸しだすことよりも、非磁性体であるアルミニウムを採用する事と、筐体全体の剛性を格段にアップさせたというのが音質的な狙いだろう。

上から「PM-12 OSE」のトップカバー、「SA-12 OSE」のトップカバー。どちらも5mm厚のアルミニウム製となった。これはハイエンド機SA-10、PM-10と同じだ

さらに、これまでは鋳造アルミニウム製だった脚部をアルミニウムの切削加工品による脚部に換装している。銅メッキ鋼板シャーシの下には3mm厚の鋼板が重ねられており、それは従来機とOSEで同等。トップカバーと脚部のグレードアップは、解放感が向上した音場空間の表現と、透明感がアップしたクオリティの高さとして顕れているようだ。

鋳造アルミニウム製だった脚部は、アルミニウムの切削加工品に

SA-12OSEとPM-12OSEでは、結果的にフラグシップのマランツ10シリーズと外装と筐体が同等グレードになった。OSE化の重要な命題である「マランツ12シリーズの音質キャラクターを変えることなく、音の品質をグッと高めること」の仕上げは、サウンドデザイナーの尾形好宣氏による回路のファインチューニングである。

内部パーツも変更、こだわったのは“キャラクターを変えないこと”

尾形氏はあえてコンデンサー(キャパシター)類の変更は行なわず、固定抵抗器=金属皮膜抵抗の交換でチューニングを行なったと語る。SA-12 OSEではオーディオのアナログ出力段から音質改善効果が認められた35カ所を換装、PM-12 OSEではプリアンプ回路から音質改善効果が認められた17カ所の換装でOSEの音質チューニングを締め括っている。

固定抵抗器=金属皮膜抵抗の交換でチューニング

SA-12 OSEとPM-12 OSEではオリジナルの音質キャラクターを変えないことが重要だった。これは同じD&Mホールディングスのデノンから発売されて話題を集めている、フラグシップ機のSACDプレーヤー「DCD-SX1 LIMITED」とインテグレーテッドアンプの「PMA-SX1 LIMITED」とは真逆のスタンスである。

デノンの場合は、2015年からサウンドマネージャーに就任した山内慎一氏が、自分が理想とする音を実現するために既存のDCD-SX1とPMA-SX1に音質チューニングを施していた、半ばプライベートなプロジェクトが認められて製品化されたという背景がある。オリジナル機との価格差は大きく、デノンの場合はそれぞれ20万円のアップだ。一方のマランツでは、オリジナル機とSA-12 OSEとPM-12 OSEの価格差が5万円アップに抑えられている。

オリジナルとOSEの違い

5万円の価格上昇も“お買い得”に思える大幅な音質向上

拙稿のために、私は川崎市日進町にあるD&Mホールディングスのマランツ試聴室でSA-12 OSEとPM-12 OSEを試聴する機会を得た。ベースモデルのSA-12とPM-12も用意してもらい、試聴に臨んだ。

最初はSA-12とPM-12を組み合わせた状態で、私は持参したCDとSACDディスクをひととおり聴いている。それが済んでからプレーヤーだけSA-12 OSEに変更して、ディスクプレーヤーの音質が差分的に判りやすいようにした。モニタースピーカーは英国B&Wのフラグシップ機「800 D3」、オーディオケーブルはすべて米国オーディオクエスト製である。

SA-12とPM-12

いつも最初に聴く手嶌葵のCD「コレクション・ブルー」からの12曲目「月のぬくもり」は、最初に聴こえるアコースティックピアノの打音に芯のある硬さが感じられる、ややソリッドなピアノの音色感である。続く手嶌葵の歌声は清楚で透き通った声色に感心。オリジナルのSA-12よりも明らかに質感が高まっている音だ。グランドピアノの筐体が響く低音も不足なく得られており、しかしエネルギーバランス自体はさきほどまでSA-12で聴いていた感じと特に変わりはない。SA-12 OSEでは筐体の剛性がアップしているので、それが音に反映されたということができよう。これまで以上の鋭敏さが発揮された音なのだ。

SA-12 OSE

男性の歌声で私がよく聴いているステレオサウンドからのCD「ステレオサウンド・リファレンス・レコード Vol.1」からの「マイアベーア作曲 歌劇ユグノー教徒」は、ピフ・パフという曲として知られている。バスのサミュエル・ラミーが朗々と唄い、雄大な舞台の雰囲気も聴きどころの、CD時代の優秀デジタル録音だ。SA-12 OSEは男声の存在感がグッと高まった音像描写の鮮やかさを最初に感じさせ、そして演じる舞台のステージ空間を広くイメージさせる視覚的な音に感じさせる。サミュエル・ラミーと合唱団、そしてオーケストラの位置関係も明瞭にわかる、視覚的な感覚の音である。手嶌葵のときと同じように、OSEで剛体化された筐体構造が音に効いているのだと思わせた。

SACDは2019年の最新DSD(DXD)録音である、ウラディーミル・ユロフスキ指揮ロシア国立アカデミー管弦楽団による「チャイコフスキー作曲 くるみ割り人形」の、冒頭を飾る「序曲」を聴いている。この曲はヴァイオリン群とフルート、そしてトライアングルというシンプルな楽器の構成。これまで聴いたCD以上に鮮明な音の描写でSACDの優位性を物語り、弓で弾かれるヴァイオリンの音色の複雑な響きがSA-12 OSEでは明らかに高精細に感じられる。そして印象深いのは、暗騒音領域まで明瞭なノイズ感の低さ。S/N感が抜群に高いこの音の雰囲気は、銅メッキ鋼板シャーシの威力ではないかと思う。トライアングルの煌めくような響きも美しく、旋律の推移もスムーズで演奏の巧さが引き立っている。

SACDではもう1曲、こちらは2019年録音で一発DSD収録の無編集という「アコースティック・ウェザー・リポート2」である。ピアニストのクリヤ・マコトとウッドベースのオサム・コウイチ、そしてドラムスのノリタケ・ヒロユキによるジャズトリオの演奏で、聴いている曲はトランペット奏者のエリック・ミヤシロとサキソフォン奏者の本田雅人が加わっている「ディープ・インサイト」である。勢いよく輝かしい響きを炸裂させるブラス楽器の音色は、やはりSA-12OSEが鋭角的に描かれており、ドラムスとウッドベースによるリズムも良い意味でソリッドにゴリゴリと押しだしてくる。これがクリヤ・マコトのピアノを際立たせているのは間違いなく、緊張感に満ちたオーディオ的な快感が味わえた。

PM-12 OSE

ここでSA-12 OSEはそのままにして、インテグレーテッドアンプをオリジナルのPM-12からPM-12 OSEに交換。これでSACDプレーヤーともOSEの音になり、アンプの音の差分が判るようになる。

手嶌葵のCDを聴いてすぐに音質向上が感じられた。やはりPM-12 OSEでも筐体の剛体化が音質に反映されている、強弱のコントラストが高まった表情の鮮明さが印象的だ。サミュエル・ラミーのバスも勇ましさが増強されたような堂々たるパフォーマンスで、舞台のサイズが拡大したかのような広々とした音場空間が感じられるのも印象的。

インテグレーテッドアンプのパワーアンプ部は、フィリップスにルーツを持つオランダ・ハイペックス社によるクラスDモジュール「NCore NC500」だ。クラスDアンプらしい低音域までスピード感に優れた応答性の良さは「アコースティク・ウェザー・リポート2」で最大限に発揮され、アナログ増幅アンプとは一味違う、どこか端正ながら力感の漲った現代的といえる音。B&W 800 D3をグイグイと鳴らす駆動力はかなりの実力に思わせるし、音の切れが鋭いので全体的な音数も増したように感じさせる。オリジナルのPM-12よりもS/N感がアップしていると思わせたのは「くるみ割り人形」で、やはり銅メッキが施された鋼板シャーシの効果であろう。

NCore NC500

OSE=オリジナル・スペシャル・エディションのSA-12 OSEとPM-12 OSEが登場することで、これまでのSA-12とPM-12は製造完了になって市場からフェードアウトしていく。

OSEはプレーヤーもアンプも税抜き35万円であるが、試聴することでわかった大幅な音のクオリティ向上を考えると、個人的に5万円の価格上昇でもお買い得に思えてしまう。贅沢な5mm厚のソリッドなアルミニウム製の天板も高級機らしい精悍さを醸し出していて、個人的に好感を抱いてしまうのだ。

(協力:ディーアンドエムホールディングス/マランツ)

三浦 孝仁

中学時分からオーディオに目覚めて以来のピュアオーディオマニア。1980年代から季刊ステレオサウンド誌を中心にオーディオ評論を行なっている。