レビュー

ヘッドフォンが苦手な人の救世主!? Atmosに対応したJVC「EXOFIELD THEATER」に驚く

今年1月の「CES 2020」で発表された、JVCブランドのワイヤレス・シアター・システム「EXOFIELD THEATER(エクソフィールド・シアター) XP-EXT1」。同社独自の頭外定位音場処理技術「EXOFIELD」を採用したその試作機の音を、いち早く横浜・新子安の同社ラボで聴くことができた。

EXOFIELD THEATER XP-EXT1

このシアター・システムは、ワイヤレス・ヘッドフォンを使ったものだが、そのオリジナルは、2017年に発表された「WiZMUSIC」(ウィズミュージック)だ。発表当時、ぼくはその上級機である「WiZMUSIC90」を体験し、大きな衝撃を受けた。音があまりに凄かったからだ。そんな経験があったので、新製品のXP-EXT1 をいち早く聴きたいと思っていたのである(なお、WiZMUSIC90は2019年9月29日でサービスを終了している)。

WiZMUSIC90/30のパッケージに含まれていたヘッドフォン「HA-WM90」

WiZMUSIC90に驚かされたのは“ヘッドフォンなのに眼前のスピーカーの音を聴いているかのようなリアルな前方定位が実現されていたこと”。そして、音質そのもののすばらしさだった。

WiZMUSIC90の購入希望者は、まず東京・青山のビクタースタジオに出向き、モニタースピーカーのPMC MB2の音がどう聴こえているかを測定され、各人に最適なパラメーターが設定される。

WiZMUSICでは、聴診器のような形状の「耳内音響マイクシステム」を装着し、耳に超小型マイクを入れて測定する必要があった

ぼくが驚いたのは、測定後にヘッドフォンを装着して音楽を再生すると、目の前に置かれた本格モニタースピーカーと寸分違わぬ音が聴けたことだった。「自分の聴こえ方」が反映された状態で聴くと、ヘッドフォンの音なのかスピーカーから出ている音なのか区別できないほどの再現性だったのである。もっともそんな話、ぼくの周りのオーディオマニアは誰も信じてくれなかったが……。

EXOFIELD THEATERの進化点は3つ

新製品のEXOFIELD THEATER XP-EXT1は、HDMI入力などを備えたトランスミッター(送信機)と、そこからワイヤレスで送信された音を受信する専用ヘッドフォン(受信機)で構成される。

このEXOFIELD THEATERが、WiZMUSICと異なる点は大きく3つある。まず、各リスナーの「聴こえ方」の測定を簡略化したこと。専用スマートフォンアプリを使って自宅で簡単に個人特性の測定が可能となったのである。

トランスミッター(送信機)
専用ヘッドフォン(受信機)。40mm径ドライバーを採用した本格的なヘッドフォンだ

測定の時はトランスミッターとヘッドフォンをケーブルでつなぎ、テスト信号(パルス信号とスイープ信号)を発生させ、ヘッドフォン内の内蔵マイクが各人固有の耳内の特性を収集、事前に数百人規模で収集したデータとのパターンの合わせ込みを行なって、最適化を図るというやり方だ。

測定の時だけ、送信機とヘッドフォンを有線で接続する
ユニットの中に、盛り上がった部分がある。ここにマイクが入っている
測定は専用のアプリを使って行なう
測定後の結果は、ヘッドフォンからトランスミッターへ伝送され、そこからスマホアプリへ。アプリ内のデータを活用しながら、ユーザーの耳に最適化した設定が用意され、それがトランスミッターへと戻される

WiZMUSIC90のときのように、青山のスタジオまで来てくださいなんて言われても……という方にとって、自宅で自分で簡単にできるこの測定法はとても有り難い。

2つ目が、新たにDolby AtmosやDTS:Xなどのオーバーヘッドスピーカーを使用するイマーシヴ・マルチチャンネル再生に対応したことだ。具体的には7.1.4chまで対応している。

従来のWiZMUSICは、2チャンネル・ステレオ限定のサービスだったが、今回はサラウンド効果抜群の最新映画やゲームに幅広く対応したわけである。もちろん2chや5.1chコンテンツをアップミックスすることも可能だ。

トランスミッターの背面。HDMI入力があり、この中にAtmosやDTS:Xに対応したデコーダーも入っている

映画館でDolby Atmosを体験して「自宅でもやってみたいけれど、天井にスピーカーを取り付けるなんて絶対無理……」なんて方はたくさんおられると思うが、“お一人様限定”にはなるものの、ヘッドフォンでそのサラウンド効果の一端が味わえるなら、飛びつきたくなるという方はきっと多いことだろう。

3つ目が、価格が大幅に安くなったこと。WiZMUSIC90はビクタースタジオでの最大4人分の測定料込みで90万円だったが、CESで発表されたXP-EXT1の予定価格は999ドル。日本での発売も検討しているとのことだが、おそらく10万円前後に設定されると思われる。

実際に測定&試聴してみる

XP-EXT1は、先述のようにトランスミッターと専用ヘッドフォンの2つで構成される。スマホを用いた測定時は両者をケーブルでつなぐ必要があるが、実際に音楽や映画、ゲームを楽しむときはワイヤレスで。2.4/5GHz帯のデュアルバンド・ワイアレス伝送を採用していて、周囲の環境に合わせて音が途切れにくい伝送帯域を自動選択するという。

ヘッドフォンに使われているのは、40mm径の高磁力ドライバーで、遮音性に優れた大型のソフトイヤーパッドが採用されている。実際にヘッドフォンを装着し、ぼくの個人特性を調べてみたが、測定とキャリブレーションに要した時間は、約1分半。思いのほか早い。

さっそく測定してみる

トランスミッターにはHDMI端子が3系統装備されているほか、光デジタルとアナログ音声入力端子が搭載され、幅広い機器との接続に対応している。また、EXOFIELDの個人測定は4人分保存可能で、もちろんそれぞれのデータを個別に呼び出すことができる。

四角く並んだランプが、個人用データ。右のボタンはEXOFIELD効果のON/OFF切り替えボタンだ

また、本機には4つのサウンドモード「CINEMA/MUSIC/GAME/CUSTOM」が用意されていて、好みの音が選べる。CUSTOMモードに入ると、5バンドのグラフィックイコライザーが使えるようになるようだ。操作はスマホのアプリで行なう。

4つのサウンドモードも備えている

スピーカーでのAtmos再生にとても近い再現

現在音質チューニング真っ最中という試作機でのインプレッションを述べよう。ドルビーラボが制作した「Dolby Atmos Demo Disc」と、Atmos収録の映画「ボヘミアン・ラプソディ」、「リメンバー・ミー」のUHD BDを、EXOFIELDをオン/オフしながら比較視聴してみた。

EXOFIELDオフでは、通常のヘッドフォン・リスニング同様すべての音が頭内定位し、数分間聴き続けていると、なにかこうアタマが圧迫されている感じでストレスを抱くようになる。

EXOFIELDをオンにして「ボヘミアン・ラプソディ」を観てみると、不思議なことに眼前の液晶モニターに映し出されているフレディ・マーキュリー役のラミ・マレックの声が画面上から聞こえてくるのである。そのせいだろう、しばらくするとヘッドフォンを装着していることを忘れている自分を発見する。

ウェンブリースタジアムで大観衆を前に熱演するクイーン。聴衆の歓声や拍手などのクラウドノイズが両サイド、後方のはるか遠くから聞こえてきて臨場感満点だ。これはスピーカーを用いたDolby Atmosシステムにとても近い再現と言っていい。

「Dolby Atmos Demo Disc」を再生してみて驚いたのも、やはり両サイドと後方に配置された音の距離感の描き分けの巧さだった。デモ用コンテンツだけに様々なオブジェクトが大胆に3次元立体音場を動き回るのだが、その動きがきわめて明瞭で、オブジェクトそれぞれが手で触れるんじゃないかと思わせるイリュージョンが現出する。

EXOFIELDオフに戻してみると、左右から後方への動きはなんとなくわかるが、それぞれの音像がダンゴ状になって解きほぐされない感じで、EXOFIELDオンのときのような距離感が明瞭でなくなるのだった。

もっとも現在音質チューニング中という試作機だけに、その音に不満がないわけではない。まず低音が不足気味なこと。EXOFIELDオフ時には、低音の物足りなさをさほど感じないので、これはEXOFIELDの信号処理に起因する問題だろう。

もう一つは「高さ」の表現が物足りないこと。先述のように横と後方の音の広がり、距離感の描写については試作段階で見事な完成度に達していると感じたが、たとえば「リメンバー・ミー」の花火が打ち上げられるシーンを観ると、花火が開くときの破裂音が頭上で鳴っているという実感が得られにくいのである。

難しい注文であることは承知のうえで開発陣に問題点を伝えたので、発売までには「低音」と「高さ」の改善が果たされるものと期待したい。

電車で移動中などに携帯プレーヤーの音楽をイヤフォンやヘッドフォンで聴くことはあるけれど、家に帰ったらスピーカーで音楽を聴く、というのがぼくのリスニング・スタイル。しかし、爆音再生がふさわしいDolby Atmos収録作品を深夜に観たい時など、EXOFIELD THEATER XP-EXT1 があれば重宝するのは間違いない。

まあとにかくEXOFIELD THEATERは体験して感じてナンボの世界。国内発売が決まったら、ぜひ多くの方にご体験いただきたいし、JVCケンウッドには体験イベントを数多く開催していただきたい。ぼくも最終商品が納得できる音に仕上がっていたら、購入をケントーしようと思います。

山本 浩司

1958年生れ。月刊HiVi、季刊ホームシアター(ともにステレオサウンド刊)編集長を務めた後、2006年からフリーランスに。70年代ロックとブラックミュージックが大好物。最近ハマっているのは歌舞伎観劇。