レビュー

手のひらサイズで驚きの快活サウンド、Carot Oneの120台限定アンプ

Carot One「ERNESTOLO 50k LIMITED」

3月以降、外出する機会がガクッと減った。理由はお察しのとおりだが、自分でも意外なくらい適応しているし、「苦中楽あり」という言葉もあるように、時代の空気に押し潰されない術を手に入れた。

その楽とは、いまさらながら“音楽”だ。自宅で過ごす時間が長くなれば、イヤフォンではなくスピーカーで聴く割合が増え、あれこれイジり回す気になる。DACカードを搭載しネットワークプレーヤーとして活用している「Raspberry Pi」も、アンプやスピーカーなど出力段を見直す時間的余裕ができた。

それにしても、いいアンプは“デカい”。もちろん、物量がモノをいう世界のこと、それなりのトランスやシャーシを奢れば大きく重く(そして高価に)なるのは自明の理。そのメリットは承知しているつもりだが、小ささがウリのRaspberry Piと組み合わせることが目的なだけに、もう少しコンパクトなものはないか……と物色していたところ、コンパクトな真空管プリメインアンプ「Carot One」の新モデルを聴いてみませんか、との申し出を受けた。

Carot Oneは、イタリアはナポリに在するオーディオメーカー。生み出される製品は“山椒は小粒でもピリリと辛い”を地で行くもので、コンパクト性と音質というコンポーネントオーディオの常識では二律背反する要素をまとめ上げることに定評がある。その新製品「Carot One ERNESTOLO(エルネストーロ) 50k LIMITED」(89,000円)を試せるというのだから、誘いを受けない理由はない。

黒いボディに青く光る真空管

Carot One ERNESTOLO 50k LIMITEDは、2018年発売の真空管とトランジスタのハイブリッドアンプ「ERNESTOLO 50k EX」をベースとした進化版。真空管増幅を行なうプリ部とクラスD増幅のパワー部は独立しており、それぞれがアルミ削り出しの筐体に収まる。プリ部の基板は相互干渉を防ぐべく電源系と信号系の基板を分離するなど、空間的な制約をものともしない密度の濃い設計が施されている。

76×150mm×75mm(幅×奥行き×高さ)のボディサイズ、真空管を保護するクリアガラスブロック、バナナプラグ対応のスピーカーターミナル、25W+25W(4Ω)のスピーカー出力、RCAおよび3.5mmステレオミニジャックの2系統入力と、多くの部分はベースモデルのERNESTOLO 50k EXを継ぐが、一見してわかる違いがある。ボディカラーだ。

Carot One ERNESTOLO 50k LIMITED
ベースモデルの「ERNESTOLO 50k EX」

Carot Oneは、2010年発売の初代ERNESTOLO以来、ブランド名にちなみ人参を連想させる明るい銅色をイメージカラーとしてきたが、今回は落ち着きあるブラック。好みの問題だが、真空管の青い光が映えるという点ではこちらに軍配が挙がりそうな印象だ。

一見わからないが大きな変更点としては、プリアンプ部の真空管とオペアンプに希少品を採用したことが挙げられる。真空管はイギリス・Mullard(ムラード)の「CV4003/M8136」で、1970年代に製造されたビンテージ品で、オークションでも高値で取引されているレアな逸品。軍の通信用として長年保管されていたものが放出されたのだそうで、信頼のおけるルートから入手し入念な検品を済ませているとのこと。

オペアンプも見直されている。ベースモデルのERNESTOLO 50k EXには、TI/BurrBrownの「OPA2604AP」が積まれていたが、今回は同じBurrBrownの「OPA627AU」に変更。このオペアンプ、BurrBrownがTIに買収される以前に設計されたもので、内部配線の太さから音質には定評あるところ。今回は1990年に製造されたロットを入手、2回路化基板に実装したデュアル構成で利用しており、注目点となっている。

スピーカー出力はバナナプラグに対応

快活ながら力みのないサウンド

Carot One ERNESTOLO 50k LIMITEDの試聴は、スピーカーリスニングとヘッドフォンリスニングで分けて行なった。スピーカーは「ELAC Debut Rererence DBR 62」、音源はCDでOracle CD2500 mkIV。ヘッドフォンリスニングは開放型のSHURE SRH1840、音源にはRaspberry Piシステムによるファイル再生(DACカードはAVIOT DAC 01)を選択している。

ELAC Debut Rererence DBR 62

スピーカーリスニングで最初に感じたのは、滑らかさ。シンバルアタックは鋭角的過ぎず、かといって輪郭を滲ませることなく自然なスムースさで収束する。バスドラムやベースのリズム隊にも瞬発力があり、モタつかない。潤いのある音色傾向でありつつも、実直さを感じるサウンドキャラクターだ。

DBR 62というスピーカーは、KEFやTADでの活躍で知られるエンジニア、Andrew Jones氏がELACに移籍後最初に手掛けたDebutシリーズに属す2ウェイ・バスレフモデル。Debut B6.2(日本未発売)のスペシャルチューニング版であり、ウーファーは同じ165mmアラミドファイバーコーンを採用するものの、シャーシをアルミダイキャスト製に変更するなど剛性を高めている。サランネットのレトロなイメージに引きずられそうになるが、量感がありつつもスピーディーな低域、そして明瞭な定位を感じさせてくれる、快活ながら力みのないところがいい。

それにしても、これだけの音が手のひらに載るほど小さなアンプから出ているのは、にわかに信じ難い。試聴風景の右手前にある青く光る小さな箱、それだけで鳴らしているのである。

右手前にある青く光る小さな箱が「ERNESTOLO 50k LIMITED」だ

場所を変えてヘッドフォンリスニングをテスト。筆者プロデュースのRaspberry Pi用オーディオケース「CASE 01」と並べてみるといい感じ、ブックシェルフスピーカーと組み合わせれば高機能なミニコンポとして使えそうだが、まずはERNESTOLOの3.5mmジャックにSHURE「SRH1840」を接続し聴いてみることに。

SHURE SRH1840と組み合わせヘッドフォンリスニングもテスト

そのシルキーで快活なサウンドキャラクターは、ヘッドフォンアンプ出力時も共通だ。ステレオミニ/ライン入力のため、Raspberry Pi/DAC 01に直接つないだときと比べるとSNは若干低下するが、音に潤いと色気が乗るからリスニング体験全体としては魅力が増す。繊細さは保ちつつも柔らかみが出るためか、聴き疲れが少ないところもいい。密閉型やカナル型イヤフォンより、開放型でゆったり聴きたくなるサウンドといえる。

「楽しめる」真空管アンプ

このCarot One ERNESTOLO 50k LIMITEDというアンプは、真空管アンプならではの佇まいとスムースな音色が最大の魅力。ベースモデルのERNESTOLO 50k EXは、やや自己主張の強い色合いだが、こちら(LIMITED)は落ち着いたブラックで真空管が出す光もより映える。組み合わせるスピーカー次第の部分はあるものの、インテリア性は増している。

世の中には、より手頃な価格で上質な音を聴かせてくれるプリメインアンプもあるが、比較するのは野暮というものだろう。同じ小型真空管アンプという括りで敢えて比べるとなると、TRIODE Rubyあたりが思い浮かぶが、ERNESTOLOのほうがひと一回り以上小さく、トランジスタも使うハイブリッド型だが25W+25W(4Ω)と出力に余裕があるぶんスピーカーの選択肢が多い。やはり、独特な立ち位置のアンプだ。

入力は背面のRCAと前面の3.5mmミニジャックの2系統がある。右にあるのがACアダプタ

気になる点があるとすれば、電源だ。付属のDC12V/5AのACアダプタを利用するが、汎用品であることは仕方ないとしても本体並みの面積で、アドバンテージであるコンパクトさが削がれてしまう。とはいえ、このACアダプタをより高品質なものに交換すれば音質向上を狙えるだろうし、AC電源用ノイズクリーナーを使うとどうなるか試せるので、巣ごもりの徒然に楽しめる題材と前向きに捉えてもよさそうだ。

もうひとつ、入手性も気になるところ。この製品は120台(日本割り当て分)の限定品であり、うち半分の60台は販売を終えている。残りは8月入荷予定ということだが、60台はともすれば瞬間蒸発しかねない台数だ。自作の密閉型フルレンジスピーカーを鳴らすために欲しくなったが、さて、どうするか。決断するなら急がねばならないようだ。

海上 忍

IT/AVコラムニスト。UNIX系OSやスマートフォンに関する連載・著作多数。テクニカルな記事を手がける一方、エントリ層向けの柔らかいコラムも好み執筆する。オーディオ&ビジュアル方面では、OSおよびWeb開発方面の情報収集力を活かした製品プラットフォームの動向分析や、BluetoothやDLNAといったワイヤレス分野の取材が得意。2012年よりAV機器アワード「VGP」審査員。