レビュー

ゼンハイザー、“X3R”で進化した新最上位イヤフォン「IE 900」を聴く

IE 900

ゼンハイザーが6月1日に発売した「IE 900」は、2017年に発売された「IE 800S」に代わる、新たなハイファイオーディオ向けイヤフォン最上位モデルだ。外観だけでなく、中身やサウンドも大きく変わっている。そのサウンドを早速試聴した。

筐体はアルミブロックからの削り出し

IE 900の価格はオープンプライスで、店頭想定価格は179,080円前後とかなりハイエンド。現在は、11万円~12万円程度で販売されているIE 800Sと比べても高価だが、実機を手にとると「おっ、これは確かにハイエンドだ」と納得する質感の高さだ。

筐体はアルミブロックからの削り出しで、“金属のカタマリ感”がスゴイ。1組のイヤフォンを削り出すのに40分かかるそうで、見た目が美しいだけでなく、剛性の高さが高音質に寄与し、経年劣化しにくいという特徴もあるそうだ。

IE 900の筐体はアルミブロックからの削り出し

IE 800Sのハウジングはセラミック製で、つや消しのブラック仕上げだったが、IE 900はザ・アルミという感じのシルバーで光沢も美しい。小型なIE 800Sの密度感の高さも悪くないが、比べてみると、IE 900の方がよりハイエンド機らしい“気品”のようなものが感じられる。金属らしい、ひんやりとしたさわり心地も特別感を感じる部分だ。

下がIE 800S

ユニットから感じられるゼンハイザーのこだわり

ユニットはゼンハイザーらしい自社開発。位相の良さや、低域から高域までのつながりの良さなどにこだわり、ダイナミック型のシングルを採用している。イヤフォンの高級機というと、バランスド・アーマチュアユニットを複数搭載しているのが定番だが、ダイナミック型にこだわるあたりも、ゼンハイザーらしい。

口径は7mmと、そこまで大きくはなく、それがイヤフォン全体のコンパクトさにも繋がっている。ただ、振動板素材へのこだわりはハンパではない。素材はポリマーブレンドで、最近のイヤフォンではグラフェンやベリリウムなどをコーティングする製品も多いが、あえてそのようなコーティングは施していないという。

高い内部損失を追求し、自然発生的に起こる不要な共振と歪みを最小限に抑えた結果、全高調波歪は0.05% 94dB,1kHzを実現している。インピーダンスは16Ωで、周波数特性は5Hz~48kHz。感度は123dBだ。

ボイスコイルも新たに再設計。マグネットシステムのパフォーマンスを向上させており、高域の自然さ、クリアさに寄与しているとのこと。

「X3Rテクノロジー」とは何か

アルミ削り出しの筐体に、このユニットを配置しているわけだが、内部構造にも細かな工夫がある。音が出るユニットの先には、その音を通すノズルがあるのだが、その間のパーツに不思議な模様のような溝が掘られている。「レゾネーターチャンバー」と呼ばれるもので、それぞれの溝が、各一定の周波数帯域のレスポンスを向上させる効果があり、マスキングと歪みを低減させるそうだ。

筐体内に含まれるパーツ
レゾネーターチャンバー部分のアップ。溝のように見える部分がそれだ

音が通る穴の部分も、花のような不思議なカタチをしている。これも“あえて”この形状にしており「アコースティックヴォルテックス」と名付けられている。この形状により、チャンバーで調節されたサウンドが、自然に広がる音になるよう、エアフローをコントロールしている。

花のようなカタチの穴が「アコースティックヴォルテックス」

前述のダイナミック型ユニット、レゾネーターチャンバー、そしてアコースティックヴォルテックス、この3つの技術を組み合わせて「X3Rテクノロジー」と呼んでおり、これらを一貫した自社開発・製造で実現した、音響技術の名称として用いている。

また、細かなポイントだが、出荷前には機械でのチェックだけでなく、左右のイヤフォンを手作業でマッチングしているそうだ。こういった部分も、ハイエンドモデルならではのこだわりと言えるだろう。

追加のケーブル購入が不要? 豊富な付属品

3.5mmのケーブルに加え、2.5mm 4極プラグのバランスケーブルも同梱
4.4mm 5極プラグのバランスケーブルも付属する

この価格帯のイヤフォンとなると、バランス接続する人がメインとなりそうだが、それを見越して豊富なケーブルも同梱している。3.5mmのアンバランスケーブルに加え、2.5mm 4極プラグのバランスケーブル、さらに4.4mm 5極プラグのバランスケーブルも付属している。これであれば、多くの人が追加でケーブルを購入する必要はないだろう。高価なイヤフォンではあるが、付属ケーブルの豊富さを考えると、この価格になるのもうなずける部分だ。

なお、IE 800Sもケーブル交換は可能だったが、左右に分岐する直前の部分で着脱するちょっと特殊なタイプだった。それと比べると、IE 900は使いやすくなったと言えるかもしれない。

IE 800Sは、左右に分岐する直前の部分で着脱するタイプだった

ただ、IE 900のケーブルにも注意ポイントがある。端子が普通のMMCXではなく、Fidelity Plus MMCXコネクターという、MMCXをベースとしているが独自形状になっているのだ。そのため、他社製ケーブルとの互換性は確認されていない。ここは注意が必要だ。

Fidelity Plus MMCXコネクター

なお、既報の通りさっそくBrise Audioから、このIE 900やIE 300のMMCX端子に対応したケーブルの発売もアナウンスされている。

ケーブルは耳掛け対応になっているのだが、特殊素材のパラアラミドを使い、数千回の折り曲げに耐えられる耐久性を備えているという。長さは125cmでY型だ。

イヤーピースは標準シリコン S/M/Lサイズ、フォームタイプ S/M/Lサイズを同梱。シリアルナンバー入りプレミアムキャリングケースなども同梱している。

イヤーピースは標準シリコン S/M/Lサイズ、フォームタイプ S/M/Lサイズを同梱
シリアルナンバー入りプレミアムキャリングケース

音を聴いてみる

IE 800S

IE 900を聴く前に、前モデルのIE 800Sを「A&ultima SP2000」と3.5mmのアンバランスで接続。音をチェックしよう。

「藤田恵美/camomile Best Audio」から「Best OF My Love」のハイレゾファイルを再生。非常にバランスが良いサウンドが耳に流れ込んで来る。冒頭のアコースティックギターは、木の筐体が反響する暖かみのあるホッとする響きと、弦の金属質な細かな音という、質感の違う音をキッチリと描きわけている。

続いて登場する、アコースティックベースの深い低音も、不必要に膨らまず、ブルンブルンと震える弦の様子もしっかり見える。芳醇さ・暖かさ・響きの美しさを描きつつ、その中でゼンハイザーらしい繊細な描写も両立させている。ハイエンド機らしい、再生能力の高さを実感できる。

これはこれで素晴らしい音だが、しばらく聴いていると不満点も浮かんでくる。特に感じるのは、低音が少しおとなしめである事。もう少し深く沈み、そしてパワフルに前に出てきてほしい。

逆に言えば、迫力や派手さを追わず、中高域が見通しやすい、モニターライクなバランスがIE 800Sの持ち味かもしれない。ジャズやクラシックなどは満足度が高いが、ロックやポップスなどでは、グワッと押し寄せるようなパワー感も欲しくなってくる。

また、ハウジングが小さいからというのもあるが、音像がやや近い。耳のすぐ近く、ほっぺたの上あたりにボーカルや楽器が浮かんでいるが、その音像と音像の距離がもう少し離れてほしい。ただ、音像の後方へと広がっていく音の響きのエリア自体は広く、閉塞感は少ない。

IE 900

ではいよいよ、IE 900にチェンジ。まずはアンバランスで接続してみる。

音が出た瞬間に、IE 800Sとまったく違うサウンドに驚く。「IE 800Sの高音がこうなって、低音がああなって」というより、もはや完全に違うイヤフォンの音だ。

一発でわかるのが、筐体の剛性の高さだ。IE 800Sはどちらかというと、豊かな響きが気持ちのいいサウンドだったが、IE 900はそうした響きがあまりなく、カチッとくっきりクリア。ただ、響きがまったく無いわけではなく、金属筐体らしい硬質で、涼しげな、音色がわずかに再生音に付帯する。ただ、音を濁らすというレベルではなく、清涼感をプラスしているような感覚だ。

ボーカルやギター、ベースといった音像の輪郭が、IE 800Sよりもさらにシャープだ。ボールペンで描く線の細さを競っていたら、シャーペンが乱入してきたような細かさで、「こんな音で構成されていたのか」と驚く描写力。

逆に、IE 800Sでは、ゆったり身をまかせるようなアコースティックベースの豊かな響きは減り、タイトになる。ヘッドフォンに例えると、IE 800Sは木製ハウジングの密閉型、IE 900は開放型ヘッドフォンを連想する。描写が細かく、余分な響きも抑えられているため、ハイレゾ楽曲の細かな表情は、IE 900の方が良く見える。

また、IE 900は低域も進化した。ベースが沈み込む「グォーン」という深い音や、地の底から吹き出すようなパワー感も、IE 800Sより大幅に進化。タイトでクリアながら、迫力もあるサウンドがIE 900の真価と感じる。

「マイケル・ジャクソン/スリラー」の冒頭もスゴイ。コツコツという足音や、錆びたドアのきしむ音、夜空を切り裂く雷の鋭さ、そしてビートのキレの良さが、IE 900で聴くとトランジェント抜群で最高に気持ちが良い。

音場もより広くなった。「宇多田ヒカル/花束を君に」を聴くと、サビの直前の「ハァー」という吐息の広がる範囲が、IE 800Sよりも、IE 900の方が広く、そしてさらに奥行きが深い。

ボーカルや楽器の定位にも、IE 900ではキチンと距離がある。ボーカルが一番耳に近いが、その空間の外にドラムがあり、ストリングスがあり……と、音像の前後関係がよくわかる。

これらは、剛性の高い筐体と、前述の「X3Rテクノロジー」によるものだろう。剛性の高いエンクロージャーのスピーカーに、強力な磁気回路のユニットを搭載した時のサウンドと良く似ている。イヤフォン特有の閉塞感も無く、長時間使っても苦にならなそうだ。

ここで、付属の2.5mm 4極ケーブルを使い、バランス接続にしてみた。

すると、広大になったIE 900の音場が、さらに広がり、音像と音像のあいだの空間もより見やすくなる。また、低域の情報量や音の分離もアップ。特にマイナスポイントは無く、IE 900の持ち味が、より進化するイメージだ。このイヤフォンはやはり、バランス接続で使いたい。

有線イヤフォンならではのサウンドとモノとしての魅力

“ゼンハイザー”と聴くと、開放型の高級ヘッドフォンを連想する人も多いだろう。IE 900は、そんな上級ヘッドフォンのような、繊細かつクリアで描写で、音の響きがどこまでも広がるようなサウンドを、イヤフォンの手軽さで味わえるモデルだ。

そういった意味では、IE 800Sと比べ、より「ゼンハイザーらしい音」に進化したと感じる。また、低域の迫力もアップした事で、より多様なジャンルの音楽とマッチ。もっと言えば、スマホやタブレットで映画などを見る時にも、活躍するイヤフォンになったと言える。

また、いつまでも触っていたいような“モノとしての高級感”にも磨きがかかっており、“オーディオ機器を買った”という満足感も得やすい。市場では完全ワイヤレスイヤフォンが人気で、完全ワイヤレスにも高級機は存在するが、IE 900に触れると「有線イヤフォンは一味違うな」と実感。駆動力の高いポータブルプレーヤーでドライブした音を聴き込むと「音を追求するならやっぱり有線だな」としみじみ思ってしまう。ポータブルオーディオの楽しさを再認識するようなイヤフォンだ。

山崎健太郎