レビュー

ボーカル最高、final「D7000」をD8000/Proと聴き比べ。個性が光る憧れの最上位3機種

左からD8000 ブラック、D8000 Pro Edition シルバー、D7000

finalから新しく登場したヘッドフォン「D7000」。同社のフラッグシップヘッドフォンには「D8000」とプロ用チューニングが施された「D8000 Pro Edition」の2種類があるが、D7000もフラッグシップヘッドフォンと位置づけされるという。

フラッグシップの位置付けが複数あるというのも少しわかりにくい。価格と特徴をまとめると以下の通り。

  • D7000:より高効率なAFDS×新ディフューザーで声や弦の帯域の解像感が高い新モデル 398,000円
  • D8000:AFDSにより平面駆動型の繊細さとダイナミック型のような量感のある低音を併せ持つDシリーズ最初のモデル 448,000円
  • D8000 Pro Edition:D8000に大音量で聴く録音のプロ向けチューニングを施したモデル 498,000円

では、そのサウンドはどう違うのか、3機種を借りてその音を聴き比べてみた。

結論から先に述べてしまうと、シリーズの芯となる要素はしっかりと共通しつつも、3機種とも個性がハッキリと分かれており、高級機ならではの魅力を存分に味わえた。

Dシリーズをおさらい。平面駆動型の繊細な音とAFDSによる迫力の低域が特徴

D8000

まずfinalのDシリーズをおさらいしよう。「誰もがわかる圧倒的なサウンドクオリティを持った製品」をコンセプトにしたシリーズのヘッドフォンで、現在は平面磁界型の3機種が展開されている。

特徴は、AFDS(エアフィルムダンピングシステム)。前述の通り、平面磁界型ドライバーのヘッドフォンなのだが、その動かし方に特徴がある。一般的な平面磁界型ドライバーは、振動板にコイルを貼り、マグネットで挟む構造。そのため、振動が大きい低域を再生しようとすると、振動板がマグネットに触れてしまうという課題がある。

それを解決するのがAFDS。振動板を高い精度の開口を持つパンチングメタルで挟み、振動板とパンチングメタルとの間の薄い空気の層(エアフィルム)の摩擦をコントロールすることで振動板を制動する仕組み。これにより、平面磁界型ドライバーの特徴である繊細な高域と、ダイナミック型ドライバーの量感と開放感のある低域を併せ持っているわけだ。

D8000とD8000 Pro Editionは筐体の構造は共通で、録音のプロ向けのチューニングが施されている。聴取音量が大きくなるにつれて低域が聴こえやすくなるという人間の聴覚特性に配慮したチューニングになっている。

D8000 Pro Edition

D7000では、このAFDSがより高効率に新開発されたほか、新たに「ピナ アライン ディフューザー」も搭載。拡散による音響調整の考え方をヘッドフォンに投入しており、特に声や弦の帯域に対しての解像度が高く、艶のある滑らかなサウンドになっているという。

D7000
外耳の非対称形状に合わせて設計した「ピナ アライン ディフューザー」

アルミマグネシウム合金切削の筐体。肌触りや側圧は良好、重みはズッシリ

D8000のイヤーカップ部

筐体は共通してアルミマグネシウム合金の切削で構成。D7000では設計全体の見直しが行なわれ、重量523gのD8000、D8000 Pro Editionと比べて約16%軽量化した437gとなっている。

実際にヘッドフォンを着けてみると、D8000とD8000 Pro Editionは頭にずっしりとした重みを感じる。イヤーカップとバンドが接続している部分のパーツに角度を調整する機構が付いており、これがある程度自由に動くため、頭の形に寄り添ってくれて、装着感は快適。側圧もキツさを感じず、そっとはさみこまれているような感覚で、イヤーパッドがしっかり支えてくれる。姿勢良く座っていれば、重さもある程度分散されて、意外と大丈夫そうかも、と思うのだが、姿勢が悪くなるとこの重みが一気に首にくる。なんだか姿勢改善に役立ちそうだ。

D8000 Pro Editionのイヤーカップ部

ただ、筆者は普段265gの軽い部類のヘッドフォンを使用していることもあって、姿勢をキープしてもこの重量では1時間半くらい使用していると一度外して休憩を取りたくなってしまった。

軽量化されたD7000は、この2機種を使った後では、やはり軽くて着けやすいという印象がある。ヘッドフォンを着けっぱなしでの作業といった使い方は、D7000の重量がギリギリなんとかいけるかも……という感覚。こちらは3時間くらいは付けていられたのだが、それでも「よっこいせ」と外して、首が解放されたという気分にはなる。

D7000のイヤーカップ部

外観的な特徴は3機種ともほぼ同じ形状をしているが、D8000/D8000 Pro Editionはロゴや文字が白く印字されているが、D7000はヘッドバンドから伸びるアームの部分まで真っ黒。LRは明るい場所や光の入る場所であればわかるものの、薄暗い場所だとけっこう見えにくい。3機種付け替えていたこともあって、とっさに見てどっちだ? と迷うタイミングがそこそこあった。

D8000(左)とD7000(右)

イヤーパッドは中身の素材は同じようだが、表面側が3機種で異なっている。D8000は通気性に優れた発泡体と特殊繊維が使われた通気性の良いもの。これをベースとして、D8000 Pro Editionは、パッドの肌に触れる部分に東レのウルトラスエードを採用して肌触りを向上している。D7000は、表面素材が変更され、和紙を使用した特殊な生地を採用。D7000のヘッドバンド部の素材にも同じものが使われ、湿気に強くなっている。

D8000のイヤーパッド

素材の違いは結構明確。D8000は肌触りがサラサラよりも若干ツルッとした感覚で、この生地が薄く、通気性の良さが感じられて、快適な着け心地。表面に別の素材が使われているD8000 Pro Editionは、フィット感が増す感覚で、若干触れている面にベロア生地のような温かみを感じる。

D8000 Pro Editionのイヤーパッド。肌に触れる部分だけ材質が違う

D7000は表面に和紙を用いた素材を使っているが、ファブリック素材に似たサラサラな肌触りで、D8000のパッドよりもさらに通気性の良さを感じる。指で触ると、若干「肌が擦れないかな?」と思ったが、着けてみるとそもそもヘッドフォンがズレることがないので、あまり気にならない。むしろ長時間着けていて快適な肌触りで、この感覚の差異が意外だった。

D7000のイヤーパッド。表面の素材が全く別のものに。触った感じでは中身はかわってなさそう
D8000のヘッドバンド部
D8000 Pro Editionのヘッドバンド部。同じ素材だがD8000よりも若干薄い。個体差かもしれないが
D7000のヘッドバンド部。こちらはイヤーパッドの表面と同じ素材に

D8000の音を聴いてみる。太い低音と細部までの繊細さが両立

D8000の装着イメージ

実際に3機種の音を聴き比べてみる。DAC、ヘッドフォンアンプにはFIIO「Q7」を使用して、PCのAmazon Musicアプリから排他モードで再生。ケーブルはfinalの4.4mmバランスシルバーケーブルを使用してバランス出力で聴く。Q7はゲインをSuper Highにして音量50〜55、またはDC給電時に使用できるUltra Highで40〜45付近で十分な音量が得られた。

こちらは所有しているQ7
存分にその力を発揮してもらう
finalの4.4mmバランスケーブルを使った

早速D8000から聴いてみると、“平面駆動型ヘッドフォン”“高価格帯のヘッドフォン”で想像するハイスピードなスッキリとした音とは全く異なる、どっしりとした太い音が響き渡る。低域の量感もパワフルで、脳みそを揺さぶられるような感覚になるほど。「太い」「重い」というワードが頭に浮かんでくる。

その一方で、解像感も持ち合わせていて、量感のある低域の中でもベースの弦がぶるんぶるんと振動している様子や、バスドラムのキックの音まで、低域の中の階層もしっかりと見える。そして、中高域まで全体の見通しも良いので、床を強化しないと家には置けなさそうな超大型なスピーカーで聴いているような、全体的に安定感のある音というイメージだ。

D8000の装着イメージ

「劇場版『Fate/stay night [Heaven's Feel]』Ⅱ.lost butterfly」のセイバーオルタ戦でのバーサーカーの動きの表現が、“超重い物体が超高速で動いている”という表現がアニメーションで展開されていて驚いたのだが、その時に感じた「その要素とその要素って両立するんだ……」と一瞬頭で理解できなかったあの感覚。D8000の音を聴いたときに、まさにそのときの感覚がよみがえった。

音を全体的に引き締めているような感覚も特徴的で、これは防音室などの、壁から音がなにも反響していない場所での感覚に似ている。それも相まって音が出ていないシーンがより無音に感じる。頭を揺さぶられるような量感のある低音も、モコモコォっと余計な響きが残ることなく、程よい余韻とともにスッ消えていく。

常に低音が響いている「bad guy/ビリー・アイリッシュ」で、Q7のゲインを変更してみると、Lowでは低域にややモコモコした音がまとわって、少し眠い音に。Super HighやUltra Highにすると、Lowのときと同じくらいに感じる音量に合わせても、この余計な響きが消えてキレと量感が両立した低域のクールな楽曲という感覚に。この特徴を引き出すにはしっかりと出力できるアンプを使う必要がありそうだ。

Billie Eilish - bad guy (Official Music Video)

D8000 Pro Editionは特殊な立ち位置? 全体の明瞭度が向上

D8000 Pro Editionの装着イメージ

そんなD8000をベースに、プロ向けのチューニングが施されたD8000 Pro Editionでは雰囲気が一変する。どっしりとしていた低域の量感が軽くなり、D8000よりもさらに全体の見通しが良い、モニターライクの音になっている。

低域の量感は軽めになっているものの、アタック感はパワフルで、ベーズの弦やバスドラムを叩いた音の芯の部分が明確に捉えられており、その満足感はしっかりと得られる。

D8000 Pro Editionの装着イメージ

D8000と同じ楽曲のボーカルに集中してみると、声質がほとんど変化無く聴こえることに気づいた。空間の広さはD8000 Pro Editionの方が広く感じるのだが、音が鳴っている場所に注目すると、これもD8000と変わっていないように感じられる。

音全体を全体を引き締めているような感覚も健在で、音がピタッと止まった無音の状態の感じ方もそのままだ。そういった意味でD8000のベースから外れていない絶妙な調整なのだと思う。

大音量で再生した際の調整で低域を抑えたチューニングとのことだが、D8000よりも音量を上げてD8000 Pro Editionを再生すると、気になってくるのが高域の部分。低域の量感を合わせる感覚で音量を上げてしまうと、高域がかなり鋭い印象が出てきてしまう。

筆者としては、どちらかというと音量を下げた時の全体のバランスと見通しの良さが非常に好みで、普段使いのヘッドフォンであれば好んで選ぶタイプはコレだと思う。

高級感のある「特別な1台」になるかは、筆者の中では少し悩ましいのだが、そもそもが、「D8000のモニターヘッドフォン版が欲しい」という要望から生まれた1台。後述のD7000と合わせても少し特殊な立ち位置にあるように感じた。

D7000は“正当進化版”。ボーカルの生々しさがすごい

D7000の装着イメージ

そして、聴いて驚いたのがD7000。低域の響き方と量感はD8000とほとんど差異がないのでは、と思うほどどっしりとしていてパワフル。その一方で、中高域から高域にかけては遠くに抜けていくようなスッキリとした音になっていて、同じ部屋の天井が急に高くなったような感覚になる。

D8000で「引き締められている感覚」と表現したが、D7000では、その感覚が音域全体ではなく低域だけに絞られていて、中高域はD8000と比べてかなり開放的。ボーカルや楽器の高音の部分はより遠くの方へスーッと消えていく。この違いで、低域の量感が落ち着いているD8000 Pro EditionよりもD7000の方が空間の広さを感じられるようだ。

D7000の装着イメージ

そしてなにより、D7000は口の動きが見えるほどボーカルが非常に生々しく聴こえる。「800/Aimer」や「Midnhight Mission/Midnight Grand Orchestra」を聴いてみると、D8000やD8000 Pro Editionと比較してボーカルの存在感が非常に大きく感じられる。ボーカルが前に出てきているとか、その帯域だけが強調されているといったような話ではなく、音楽を再生しているだけなのに、Aimerや星街すいせいのライブ映像を観ながら聴いている感覚になるほど口の動きが生々しく見える。

Midnight Grand Orchestra『Midnight Mission』Music Video

面白かったのが、「唱/Ado」や「Knock it out!/天音かなた」などのEDM調の曲や「Bling-Bang-Bang-Born/Creepy Nuts」などのヒップホップ系の曲をD8000とD7000で聴き比べてみたとき。

【Ado】 唱
【Original MV】Knock it out! - 天音かなた【Giga & TeddyLoid】
Creepy Nuts - Bling‐Bang‐Bang‐Born / THE FIRST TAKE

曲全体の雰囲気や勢いはD8000に軍配が上がるのだが、D7000では目の前にボーカルがいるぜ!!! みたいな感じのテンションの上がり方になる。D7000は女性ボーカルも男性ボーカルもともに同じような感覚に陥るので、ボーカル好きの方は一度聴いてみてほしい。

もうこれで推しの声を聴いたら戻ってこられなくなるのでは? と恐る恐る「ネコカブリーナ/猫又おかゆ」を再生。もちろんこれも3機種全部どころか、他のヘッドフォンも持ち出して聴き比べてみたが、やっぱりD7000のボーカルの表情が違う。

ネコカブリーナ / 猫又おかゆ( official )

猫又おかゆは、吐息の要素が多いハスキーな声質で、可愛らしい高音からクールな低音まで幅広い声の帯域を使いこなした歌声が特徴なのだが、この吐息の広がりがしっかりと感じられるか否かで曲の印象がだいぶ変わってしまう。とくにそれを感じやすいのが先程挙げた「ネコカブリーナ」に加えて「琥珀糖」「アデュー、サロー」の3曲なのだが、これらをD7000で聴くと、吐息がほんのりと纏っている感覚が非常に心地良く、さらに口元が見えてくるような生っぽさも相まって、すっかりD7000の魅力にはまってしまった。

【MV】琥珀糖 / 猫又おかゆ/ホロライブ(official)
アデュー、サロー / 猫又おかゆ(official)

YouTubeでの配信ですら、その存在感が全然違ってくる。デジタルの壁に干渉してリアルとの誤差を埋めていくような感覚だ。もちろんそこには配信者側の環境も大事ではあるが、やはり受け手側であるこちらもそれにふさわしい機材を揃えなければいけないようだ。約40万かぁ……。

なお、D8000/D8000 Pro Editionはインピーダンス60Ω、感度98dBで共通だが、D7000はその設計を見直した影響か、インピーダンスが50Ωで、感度が89dBと変更されており、音を再生すると実際少し鳴らしにくくなっていた。試聴の際には気をつけてほしい。

それぞれの個性が光るDシリーズ。憧れのヘッドフォン探しに

高価格帯のヘッドフォンは、店舗で軽い気持ちで色々試聴してみたことはあるものの、じっくり聴いたのはこのDシリーズの3機種が初めてだ。この領域になると、そもそも“良い製品”であることは当たり前で、その個性自分と相性の良い物を探すことになると思う。同じメーカーではあるものの、今回もそんな憧れのヘッドフォンを探すような感覚で3機種を聴き比べてみた。

D8000の特徴がベースとしてありつつも、パッと聴いただけではかなり印象が異なるこの3機種は、個性がわかりやすい部類だと思う。そして、その個性が自分の好みの要素に突き刺さると、本当に「いつか購入したい憧れの1台」になる。そんな魅力がしっかりと感じられたし、筆者にとっては、D7000のボーカルの表現がまさに好みのど真ん中を貫いて、憧れのヘッドフォンの候補になった。

普段好んでいる音が低域のあまり強調されないモニターライクな音のヘッドフォンで、低域がしっかりと鳴るD8000の音は、以前に短時間聴いた際の感想が「たまに聴きたい音」というイメージだった。今回もD8000に対しては、ずっと聴き続けるには少し重たいかな、という感覚を抱き、D7000もその延長線にあるものなのだろうという先入観があったのだが、良い意味で裏切られた。ヘッドフォンは実際に聴いてみるまでわからないと改めて感じさせられる。

そんな個性がハッキリとした3機種。価格帯的に「ほい」と買えるものではないものの、心を満たしてくれる存在となりうる魅力的な存在だった。

野澤佳悟