レビュー

「音の繋がりが良い」とはこういうことか、ピアノ仕上げの美麗さに惚れる。ヤマハ「NS-600A/800A」

NS-800A

ヤマハのフラグシップスピーカー「NS-5000」をオーディオショウで聴いたのは2016年だったか。音はもちろん見た目も印象的で、立ち見も出た会場内は熱気ムンムンだった。ヤマハのスピーカーに注目が集まるのは、地元が浜松の人間として嬉しかったことを覚えている。

今回で取り上げるのは、2024年2月に発売されたヤマハのブックシェルフスピーカー「NS-600A(198,000円/1台)」と「NS-800A(275,000円/1台)」だ。前述のNS-5000や兄弟機の「NS-3000」は振動板に100% ZYLON(ザイロン)を採用していることもあって、けっこうなお値段だが、こちらは手が届きそうな価格帯。フロアスタンド型の「NS-2000A」で初採用されたハーモニアスダイヤフラムを使用した初のブックシェルフモデルとなる。

NS-600A

発売からちょうど1年が過ぎようという今、筆者は600Aと800Aを合わせて試聴するという機会に恵まれた。ペアの実売価格は、35万円と50万円ということで、ブックシェルフとしては高級機だ。この2つのモデルは、同じ開発チームが同時並行で手掛けたという。どちらが上・下という概念は無く、好みに応じて選んでほしいとか。ヤマハが公開している解説動画では、「音楽を構成する楽器をほぼカバーできる40Hzまでを再生できる800A」「音像の正確さを追い求めて開発した600A」などの言及があった。実際にどのような特徴があるのか、音楽を中心にじっくりと聴き比べてみた。

良く似た外観の2モデル

左からNS-800A、NS-600A

両機を並べて見ると、まるで “サイズだけ違うクローン”のようだ。写真では一瞬見分けが付かなくなるほど似ている。外形寸法と重量は、NS-600Aが207×329×383mm(幅×奥行き×高さ)で9.9kg、NS-800Aが231×358×420mm(同)で13kg。どちらのモデルでも使える専用スピーカースタンド「SPS-800A(66,000円/1台)」が別途用意されている。

800Aと600Aの特徴は、なんといってもその外観だろう。

ピアノフィニッシュ仕上げの上質さは、期待を超えていた。箱から出した時点でもうKOされる。その圧倒的な美しさに、音を聴く前からグッとくるほど。老舗楽器メーカーのヤマハだからこそ、グランドピアノと同じ専用塗料と下地材を使い、研磨工程を高いレベルで実現できたのだろう。

いわゆる“ピアノブラックのカラバリ”は他社でも見かけるし、筆者もトールボーイを使っていた。しかし、そこはヤマハだ。単なる光沢ブラックではない。楽器と同等の深い黒。塗装の厚み。高級感のあるエレガントな光沢が楽器メーカーとしての矜持を感じさせる。

ピアノフィニッシュがとにかく美しい

もう一つ外観で目立つのは、同じ色味のツイーターとウーファーユニットだ。本機の目玉の1つ「ハーモニアスダイアフラム」である。100% ZYLONを使用している上位モデルと違い、その利点を備えつつ、コストを抑えたそうだ。具体的には、音速や内部損失に優れるZYLONとグランドピアノの響板にも使われている木材スプルース等を混抄し、紙のように抄いて作られている。

コストは下がったが、厚さが均一のZYLONと違って、振動板の厚さをコントロールできるようになった。結果、ウーファーからツイーターまで、音の繋がりは良好に、大きな周波数ディップも排除した理想的な特性を実現したという。ツイーターは3cm径で共通。ウーファーは、NS-800Aは16cm、NS-600Aは13cmとなる。再生周波数帯域は、NS-600Aが47Hz~65kHz(-10dB)、NS-800Aが40Hz~65kHz(-10dB)。インピーダンスは6Ωだ。

ハーモニアスダイアフラム
ツイーターは3cm径
NS-800Aの16cmウーファー

ツイーターは、磁性流体を2ウェイ用に最適化。クロスオーバー付近の音質を改善した。見えないところでは、振動板の背後で発生する不要な管共鳴を抑制するヤマハの特許技術「R.S.チャンバー」が採用されている。ラッパのような独特な形をした2本の特殊形状管が吸音材に頼ることなく不要共振を打ち消し、本来の周波数特性を取り戻すという。

振動板の背後で発生する不要な管共鳴を抑制する「R.S.チャンバー」

ウーファーは、中低域の歪みを下げるため、磁気回路にショートリングを採用。高調波の2次歪みを10dB低減した。

これらユニットに施された工夫により、音色の統一がもたらす自然かつ正確な音色表現に加え、優れた音の定位感を実現したという。

ユニットの上流にあるネットワーク回路には、こだわりのパーツを厳選。音響用コンデンサーの最高峰といわれるドイツ ムンドルフ製オーディオコンデンサーMCap SUPREME Classicをはじめ、業務用音響機器でも実績のある専用パーツなどを採用。内部配線の全てに、オーディオ専用導体としてお馴染みPC-Triple Cが使われている。

筆者もUSB/XLR/RCA/LAN/スピーカーとケーブル類はほぼすべてPC-Triple Cでまとめており、音質の信頼度は高い。

NS-800Aのネットワーク
NS-600Aのネットワーク

ネットワーク回路に繋がる玄関口、スピーカーターミナルも高級機らしいしっかりとした造りだ。バナナプラグに対応したターミナルは、回し具合が良く、真鍮の質感には高級感がある。ちなみに600Aも800Aもシングル接続だ。

理由は、音色の統一感が背景にある。バイワイヤ接続対応にすると、接続の仕方や線材によって、音色に影響が出てしまうからだ。“ツイーターとウーファーの音色を揃える“とは、どのような効果があるのか。後半でじっくり解説する。

スピーカーターミナル

スピーカーターミナルの上方に視線を移すと、バスレスポートがある。ヤマハのサブウーファーなどでも採用されている、花びら状の開口部が特徴的なツイステッドフレアポートだ。ポート端に向かって広がり方を変え、さらにひねりを加えた形状にすることで、ポートノイズ(風切り音)を低減。俊敏なレスポンスとダイナミズムあふれる低域表現を得意とする。

ポート内部は、筒の終端を斜めにカットして、特定の周波数に集中するピークを抑制。ウーファーから出てくる音とバスレフポートからの音のマッチングを図ったとのこと。

花びら状の開口部が特徴的なツイステッドフレアポート
ポート内部は、筒の終端を斜めにカットして、特定の周波数に集中するピークを抑制

R.S.チャンバーと同じく、最上機種であるNS-5000でも採用されている技術として、アコースティックアブソーバーがある。本機は、キャビネット構造をラウンド形状とし平行面を削減した上で、内部の底板と天板に独自の共鳴管を設置した。この共鳴管がグラスウールでは吸音しづらい周波数を効果的に吸音することで、定在波を打ち消し、音への影響が大きい吸音材の使用を最小限に抑えている訳だ。

アコースティックアブソーバー
エンクロージャーの内側に配置。がグラスウールでは吸音しづらい周波数を効果的に吸音している

キャビネット設計もスピーカーづくりで培われた知識や経験+楽器メーカーの技術やノウハウが結集されている。例えば、ギターであればよりボディを鳴らすような設計をするが、スピーカーならその逆で鳴らないように、共振モードの周波数をコントロールしたという。

最適な補強桟などにより、共振点を高次周波数へシフトさせることで、優れた定位感に加え、楽器やボーカルの繊細なニュアンスを再現する表現力を備えたそうだ。

NS-800Aから聴いてみる

さて、いよいよ実機を設置していく。まずは大きめの800Aからだ。こういう試聴比較の時、普段は価格が安い方からの試聴を行なっている。だが、イベントで両機を聴いたとき、600Aの方が好みだったことを覚えていた筆者は、まず800Aからチェックすることにした。

NS-800A

800Aは見た目よりもさらに重く、慎重に持ち上げた。自宅内の防音スタジオに設置されたアコースティックリバイブの「RSS-600」に乗せる。このスタンドは、スタジオを作った当時、DALIのMENTOR 2を乗せるために天板を大きめにして、高さもチェアに合せて長めにした特注品だ。800Aは、MENTOR 2より横に大きいため、奥行きこそ収まったが、左右がはみ出る。L/Rの条件が等しくなるよう慎重に微調整した。

筐体は、正面、側面、背面と、全てがヤマハのグランドピアノと同じ仕上げ。触るのが申し訳ないほどに美しい。木材の繋ぎ目も無く、専用スタンドに取り付ける用のネジ穴が底面に2箇所あるだけだ。ユニットの色味も落ち着いているし、インテリア家具のように置いているだけで所有する満足感を与えてくれそう。

本機は音楽をメインに試聴しようと思って、先に映像面を軽くチェックした。2chステレオで制作されたゲームから、「英雄伝説 界の軌跡」をプレイ。

まず、注意を引かれたのは、弱音の表現に優れる点だ。BGMの中で鳴っている弱めのパーカッションや、うっすら漂うシンセなど、メロディーを奏でるトラックとの分離は良好で、分解能が非常に高い。同時に輪郭もクッキリと描く。低域の深みや量感は、余裕の大口径ウーファー、大型キャビネットといったところ。

普段使っているブックシェルフよりも体感的なローエンドは深く重く、スタンドに設置するスピーカーでこんなにリッチな低音を感じられるのは新鮮だった。センター定位は、予想以上にピンポイントに決まっていて、ベースやスネアの音もクッキリと浮かび上がる。

バトル曲では、スピード感がやや物足りなく、リズムのキレはもう一つ上のレベルを感じたいところ。

NS-600Aのサウンドは?

記憶が新しい内に、600Aに交換して似たようなシーンをプレイする。600Aはサイズが小さくなったとは言っても、重さは9.9kgと軽い部類ではない。つるっと手からスベらないように注意しながらスタンドに乗せる。

NS-600A

ローミッドとローの再現性・充実ぶりを除けば、800Aとバランスはかなり近いと感じた。オーディオイベントで体感したときは600Aがだいぶフラット寄りに聴こえたので、「好みはこっち」と思っていたのだが、自宅で聴くと予想より似通ったバランスでちょっとホッとした。

800Aと同じく、ほのかな暖かさを備えた中音域を大事にしつつ、あくまで音楽のバランスが壊れないさじ加減となっていてちょうどいい。解像度、トランジェント、弱音と強音の共存は800A同等のハイクオリティーだ。

台詞のディテールやテクスチャーも繊細に表現してくれる。低域は、ローエンドが少し上がって絶対的な量感が減ったものの、クッキリと引き締まったベースに改まった。これはスタジオが6畳程度と狭いこと、また床・壁・天井が一般的な日本家屋より中低域を吸わない構造になってるためと推察。

800Aは一般的な部屋の10畳以上のリビングであれば、ちょうどいいくらいの低音の案配ではないかと思う。

逆に部屋があまり広くない、プライベートルームなどに設置する方は、600Aの方がバランスのいいサウンドが得られるだろう。といっても、言うほど600Aの低音が出てないという話ではない。このサイズのスピーカーなら、十分に出ている。総合して、600Aもモニタースピーカーを作っているヤマハらしい、真面目で実直な音作りを感じた。

続いて、音楽ソースをチェックする。試聴システムは以下の通りだ。ソースは、SoundgenicのSSDモデルに保存したハイレゾ音源やQobuzを使用。ネットワークスイッチにはオーディオ向けのN8。ネットワークトランスポートにDST-Lacerta。USB-DACはNEO iDSD、プリメインアンプはL-505uXII。

飛騨高山ヴィルトーゾオーケストラコンサート2022より「ベートーヴェン: 交響曲第2番 ニ長調 Op. 36 - IV. Allegro molto」のハイレゾ版を再生。

800Aでは、演奏の空気感やオケコンらしい一体感がとてもナチュラルだ。コントラバスのコシが入った重低音やクライマックスの盛り上がりも、誇張は感じられず、演奏全体の調和が取れている。弦と管の奥行き(配置)の違いは、精密でリアリティが高い。

600Aで聴くと、ホールの響きを踏まえた重低音は、感じられないこともないけれど、相対比較では800Aが大幅に有利だ。音量を上げたとしても、600Aでは中低音の圧が強くなってしまい、800Aのようなコンサート会場の空気感は伝わりきらなかった。

交響曲ガールズ&パンツァーより「第六楽章 最後の戦い~フィナーレ」。チェコのドヴォルザーク・ホールでレコーディングされた作品だ。

800Aは、聴いてしょっぱなからのけぞった。かすかな物音まで、それこそ演奏が始まる刹那の暗騒音までとてもリアルだ。これがブックシェルフの音かと、再度同じところを再生してしまったくらい。800Aと600A、ともに共通する特徴として、小さい音と大きい音が同時に鳴っていても、それぞれの存在が両立していて、埋もれない点がある。

弦楽の人たちがガンガンに演奏している中で、木管や金管がうっすら鳴ってるようなシーンでも、小さめに鳴ってる楽器がスッと耳に入ってくる。例えるなら、演奏会で自分の意識が特定の楽器に向いたときの鮮明さに近い。これをスピーカーで、録音音楽で感じられるとは……。

嬉しい誤算としては、筆者の環境で800Aを鳴らし切れているのだろうかと、思ったことだ。さらにハイパワーなアンプで鳴らしたら、どんな音で聴けるんだろうと夢が高まるような「上方の余白」を期待させてくれる製品だ。まだまだこのスピーカーから出る音として、上があるんじゃないかと予感させる。

600Aに交換すると、前述のホール全体で作る超低音絡みで、臨場感はどうしても800Aの作るモノには及ばない。また、ステージポジションの描き分けは、若干800Aの方が優れていると感じた。

ただ、600Aも解像度や癖の少ない自然な音色といった点は、800Aと同等であった。リビングのような広いスペースでオーケストラや、ライブ一発録りの音源をメインに聴く方には800Aの方が向いていると思う。

オーケストラ系は、800Aの優位性が際立ったが、スタジオ録音のインストはどうだろう。Beagle KickのDSD 5.6MHz「うたかた」。スタジオのコントロールルームにマイクを立てて、一発録りしたストリングスカルテットを聴く。

まずは800Aから。耳に痛くない高域はこのスピーカーの長所だとつくづく思う。透明感があって、雑味が少なく、とてもピュアなのに、中低域に負けないくらい音圧も感じられる。不要共振を打ち消すR.S.チャンバーの効果だろう。室屋光一郎氏のバイオリンソロは、温かみのある滑らかな質感で心地よく、レコーディングの時を思い出しながら、演奏に浸ることが出来た。

600Aでも同様に雑味のない優しい高域は、演奏に浸るのにぴったり。チェロの胴鳴りはスケールダウンしたが、オーケストラ音源を聴いたときほど没入感の低下はなかった。

“ツイーターとウーファーの音の繋がりが良い”とはこういうことか

それにしても、800Aも600Aも、ツイーターとウーファーの音の繋がりが、これまで体験したことがないくらい上級の仕上がりだ。1つの楽器から音が出ている様をそのまま描いている。それすなわち、1つのユニットが全部の帯域を鳴らしているのかと錯覚しそうなほど、2ウェイっぽさがまるで無いのだ。

たいていは、音色の微妙な違いでツイーターの存在を意識してしまうし、同軸配置にしてタイミング(位相)が合ったとしても、音色の違いから「スピーカーから音が出てます感」はどうしてもゼロにはならないケースが多いと思う。

それが本機で聴いたストリングスカルテットは、「録った音を機材で鳴らしてます」という当たり前の感覚が最小化されている。ハーモニアスダイアフラムやクロスオーバー回路へのこだわりが、このリアルさを作り出す重要なファクターであることは疑いようが無い。

葬送のフリーレンのサウンドトラックより「Grassy Turtles and Seed Rats」。民族楽器が多用された、音数の控えめなケルティック。800Aから試す。

ローミッドが主体のパーカッションは、胴体の大きさが見えそうな程、余裕のあるふくよかな音だ。ティンホイッスルやフィドルの高域は、透明で歪み感がなく、音量を上げても耳が疲れない。当然、響きもクリーンだ。

パーカッションのリバーブもめっぽうキレイで、余韻は清流のせせらぎのように透き通っている。倍音成分の表現も巧みで、生楽器らしさがより味わえる。

600Aに替えると、先ほどのパーカッションは低音域の底に向けて感じにくい帯域が残っているものの、一般的なブックシェルフであれば十分な再現性である。

同じ600Aで、ストリングスも入った現代世界が舞台のサントラも聴いてみたが、周波数レンジの不足はほとんど感じない。ストリングスセクション・ブラスセクション、ともに明瞭で分離は良好、しかも音楽としてのまとまり感も高い。

スタジオ録音の劇伴なら、600Aでも十分に楽しめることは確かなようだ。ホールクラスのスコアリングスタジオで録った映画のサントラとかは別としても。

続いて、女性ボーカルを聴いてみる。生オケをバックにしたバラードとか合いそう!と思いつつ、あえて打ち込みドラムに生のギターやベース、バイオリンなどを加えたゲーム音楽をチョイス。先ほどの界の軌跡より主題歌の「シロイセカイ」。

800Aで聴く、バスドラとベースは、聴いたことのないローエンドでしかも底が深い。ただ、スピーカーの音作りは、決して無駄に誇張させることなく、素直なバランスで描いていて好感が持てた。

打ち込みのドラムトラックとギターの音像など、それぞれがクッキリと見え、立体感もある。リズムパートを鳴らすにあたって、もう少し瞬発力がアップしてくれるとなお素晴らしい。

600Aでは、バスドラの迫力や押し出しの強さは、800Aにも負けていない。600Aでも分解能はかなり高いが、800Aと比べてしまうと音数が多くなったときの飽和感が違ってくる。低域を鳴らす余裕が800Aにはあるということだろう。

600Aは音像をぐいっと前に押し出してくるような主張の強さがあるので、ポップスをメインに聴く人は向いていると思われる。中低域をマシマシにしたミックスの音源をいくつか聴いてみたら、800Aは音場が飽和して聞き苦しさを感じることもあった。日本のポップスではこの様なバランスのミックスは珍しくないだけに、600Aの方がストレスを減らして聴ける。

低域の量感があるソースもレスポンスやクリアネスをチェックしてみよう。

トランペット、サックス、キーボード、ベースの4人によるインストバンドJABBERLOOP のNOWより、「シロクマ (2024 Ver.)」。フュージョンが好きな筆者もビリビリくる、ポップなジャズロックで疾走感のある同ユニット定番のナンバー。

JABBERLOOPのアルバムは、割と音が前にグイグイ出てくる派手めのミックスだと感じているのだが、本作もその傾向はあって、低音もブイブイいわせている。ドラムのタムやバスドラは質量と勢いのある音で刺激的だ。

800Aで聴くと、まず余裕の制動力に感心した。タムやバスドラが激しく打ち鳴らされても、低域は淀みなくクリアで、リスナー側もよりノリノリな気持ちになって聴ける。低域の淀みのなさは、ツイステッドフレアポートの効果によるものも大きいだろう。特に量感が増したときの風切り音は不要な付帯音となって、低音パートを汚すため、各社が知恵を絞っているポイントだ。

またもや「2ウェイっぽくない」話で恐縮だが、トランペットの音がとてつもなくリアルだ。ハイトーンで吹いたとき、高域と中域が分解されてなくて、1つの塊として出てくるのが未体験の領域だ。本物の楽器の音をマイク無しで聴いたとき、あの実在感に近い。

600Aに交換すると、確かにローエンドは高くなるものの、本作のような派手めのミックスのフュージョンなら、600Aの方が音楽全体のまとまりが良く、楽しく聴けた。800Aよりも音像を前に押し出すミックスの再現度は高く、明るいインスト曲等は相性がよさそう。念のため、断っておくと、安価なブックシェルフに比べればよっぽど低域は出ているし、上品で淀みもないので600Aも価格に期待されるレベルは満たしていると思う。

最後に響きが際立った試聴例をひとつ紹介しよう。

佐々木恵梨による「ミモザ (Movie Edit)」。ギターとボーカルの弾き語り調からはじまって、チェロやバイオリンも入ってくる穏やかな楽曲だ。音数の少ない楽曲で聴くと分かりやすいが、明らかにピアノっぽい質感の響きが乗っている。

キャビネット設計にこだわった本機は、不要な共振のコントロールや、共振モードを聴こえない帯域にシフトさせるなど配慮がされている。しかし、ピアノフィニッシュ仕上げがもたらす心地よい響きまでは殺していないのだ。それもさりげない程度の絶妙なさじ加減で。

生ピアノで聴く響きは、人間が根源的に心地よいと感じる響きだと筆者は思っていて、聴けばすぐに分かるタイプのものだ。好みはあるかもしれないが、ギターや弦楽器、ボーカルといった編成の楽曲でもその響きは邪魔ではなかった。

2モデルに共通する2つの魅力

音楽を中心に、ゲームプレイでもヤマハの高級ブックシェルフの実現したい音がありありと見えてきた試聴となった。筆者が思う共通の推しポイントは、以下の2点だ。

1つは、2ウェイらしさが極限まで抑えられたことによる、楽器音の生々しさ。よく「スピーカーの存在が消える」と言ったりするが、それとはちょっと違う。「スピーカーから出た音っぽくない」というのが適当だ。楽器や音源が、自宅の試聴スペースに現れる新感覚は、デモ機を返却した今も強烈に脳裏に焼き付いている。

2つは、あらゆる音を逃さない描写力。特に感心したのは、弱音の表現力。どんな音も埋もらせない。それでいて、分析的に聴かせるのではなく、音楽としての調和や気持ちよさも保ちながらだ。

800Aと600Aは、事前の予想より筆者の好みは違わなかった。普段聴く曲からチョイスするなら600Aだが、試聴室がもっと広ければ800Aを選んでいたかもしれないくらい、800Aも600Aも基本的なサウンドバランスは近しい。

オーケストラや一発録音の生演奏をメインに聴くなら800A。POPSやインストを聴くなら600A。より向いている楽曲の傾向は見えてきたものの、求める低域の深さや量、部屋の広さなどによって選んでも良いだろう。

橋爪 徹

オーディオライター。音響エンジニア。2014年頃から雑誌やWEBで執筆活動を開始。実際の使用シーンをイメージできる臨場感のある記事を得意とする。エンジニアとしては、WEBラジオやネットテレビのほか、公開録音、ボイスサンプル制作なども担当。音楽制作ユニットBeagle Kickでは、総合Pとしてユニークで珍しいハイレゾ音源を発表してきた。 自宅に6.1.2chの防音シアター兼音声録音スタジオ「Studio 0.x」を構え、聴き手と作り手、その両方の立場からオーディオを見つめ世に発信している。ホームスタジオStudio 0.x WEB Site