レビュー

DITA、精密加工とダイナミック型へのこだわりで新たな境地へ「VENTURA」を聴く。驚異的な音の広がり

DITA「VENTURA」

これまでのフラッグシップを統合する「VENTURA」

DITAが3年ぶりに新たなフラッグシップイヤフォンを発売した。DITA「VENTURA」である。11月7に発売されたばかりで、価格は798,000円だ。

その名のVENTURAとは、冒険を表す"adventure"とベント機構のvent(通気)を意味する造語であるという。前作「PERPETUA」が新型コロナ禍という背景をもとにした内向きのコンセプトを持っていたが、VENTURAは新たな時代に外に旅立つというイメージで開発されたものだ。実のところ謳い文句だけではなく、サウンドのコンセプトとして世界の広大さを感じさせるような広がりのある音を目指している。

これまでDITAは、13年間の歴史で3つしかフラッグシップを開発していない。「DREAM」、「XLS」、「PERPETUA」だ。VENTURAはDREAMのシャープなサウンドと豊かな低音、XLSは広がりのある音、PERPETUAの有機的で自然なサウンドを目指していた。そして、VENTURAにおいて、これら全てを冒険的なベント機構の設計で統合することも意味するという。

これまでのハイエンドモデルの特徴を網羅しつつ、さらに進化したイヤフォンとして開発されているのがVENTURAだという

心臓部のV4ドライバー

DITAはシンガポールのオーディオメーカーだが、その母体は精密機械加工会社であり、DITAはその背景を活かした質実剛健な男心をくすぐるようなメカの設計でユーザーを惹きつけてきた。あくまでもシングルのダイナミックドライバーにこだわり、そのドライバー自体を自社開発してきた。

VENTURAの心臓部は新設計の「V4ドライバー」だ。

これはPERPETUAと同じ12mm径の大口径ユニットだが、かつて見たことがないほど複雑で精密な設計がなされている。V4ドライバーの振動板はチタンとセラミックをベースにしてゴールドをコートしたものである。。ゴールドは重いために制振材としても使用できるが、その主な目的は音に暖かみを加えるためだという。またデュアルマグネット機構により強力な制動力も有している。またデュアルマグネット機構により強力な制動力も有している。

こうしたドライバーのコアも強力だが、V4ドライバーのキーはエアフローの制御にある。V4ドライバーにはクアッド・バッフルと呼ばれる、4枚ものバッフル(整流板)が設けられている。そしてエアフローは特徴的なスリット構造のベントに送られる。このベントもよくある単純なホール穴ではなく、5連のスリット構造になっている。これもより細かく音の調整をするためである。

ユニットの構造。4枚のバッフルプレートが入っているのがわかる
プロトタイプ筐体のベント部分。5連のスリット構造になっている

これまでのフラッグシップモデルではバッフルは1枚のみ使われてきたが、このバッフルの役割はこれまではドライバーの外の音響チャンバーで行なっていたチューニングをドライバーの中で行なうということだ。バッフルの穴のサイズと間隔を精密に調整することで、従来の音響チャンバーよりもはるかに自由に音の調整ができるという。

CEOのDunny Tan氏

先日CEOのDunny Tan氏から直接聞いたのだが、これは例えていうと従来の音響チャンバーによる音のコントロールが3バンドのイコライザーだとすると、V4のクアッド・バッフル方式は10バンド、あるいはそれ以上のイコライザーのようなものだということだ。つまり単純にそれぞれのバッフルが低域・中域・高域を担当するのではなく、その組み合わせは例えていうと4のn乗などのイメージとなり、音の調整がそれほど複雑かつ柔軟にできるということらしい。

またDunny氏いわく、V4ドライバーは、空間的なサウンドの50%を担い、残りの50%を音色・調性に寄与するとのこと。これは、4つのバッフルが空間的な広がりをもたらすだけではなく、シングル・ダイナミックドライバー内で低域/中域/高域をより独立的に制御できるためであり、これまでは実現が困難だったとのこと。ただし、この実現にはとても精密な調整が必要なので、普通はおそらく実現が難しいだろう。まさに機械加工に長けたDITAらしい、他の追随を許さないような精密設計のドライバーと言える。

そしてイヤフォン本体の筐体は硬いチタンを切削したパーツを11個も合わせて1つのハウジングとするなど、イヤフォン本体の作り込みもかなり手間をかけている。V4ドライバーは音質向上のために真鍮のケースに格納されて筐体の中に格納されている。

製品版VENTURAとV4ドライバー
ケースは真鍮製だ

ケーブルはVENTURA専用で細い線材を100本以上も撚り合わせて作られている。シースは布製で、分岐部分にはDITAとVENTURAを表すコンパス型のロゴがあしらわれている。2ピン端子はDunny氏曰くかなりこだわりがあるということで、そのデザインも機能的で美しい。プレーヤー側の端子はAWESOME Plug Ver.2で、4.4mm、3.5mmとUSB-C対応の端子が付属している。イヤピースはfinal製タイプEの特別仕様だ。

VENTURAのサウンドをチェック

さて、ここからは実際にVENTURAを試したレポートをお届けする。

VENTURA

まずVENTURAはパッケージがとても凝っている。PERPETUAも凝ったパッケージだが、VENTURAはその白い輸送箱の大きさに驚かされた。外の輸送箱を開けるとベルトのハンドルが見える。このハンドルを引き上げると三段重ねの重箱のような内箱を引き出すことができる。

パッケージの内箱全体

一段目はイヤフォン、ケーブル、端子、イヤピースが格納されたメインの箱である。この等高線の意匠が施された上蓋はなんと金属製である。

一段目にはイヤフォン、ケーブル、端子、イヤピースを格納

二段目には保証書等の他にメモ帳や鉛筆が付いている遊び心がDITAらしい。鉛筆は平たい消しゴムが特徴のBLACKWINGの鉛筆のDITAオリジナル版ということだ。

二段目には保証書等の他にメモ帳や鉛筆が

三段目には和紙風の油取り紙に包まれて麻布の袋のポーチが格納されており、その中には本革の高級なケースが包まれている。この革は日本製ということで手触りで素人にも高級感がわかる豪華なものだ。今までのポータブル製品の革ケースで一番高級な感じがする。サイズはDAPごと収納できるように大きめに作られている。

油取り紙に包まれて麻布の袋のポーチ
本革の高級なケース

イヤフォンの本体を取り上げると金属の塊感が半端ではないことが感じられる。ずっしりとして手触りもヒヤリとした総メタルの怪物という感じがする。見た目のデザインは現代工芸品のようにカッコよく美しいものだ。

重みはあるが耳にスッと収まるので装着感はかなり良い。2ピンコネクタの角度が秀逸で耳に収めやすくなっている。

試聴にはAstell&Kernの高性能DAPである「KANN ULTRA」を使用した。能率はさほど低くはなく、AKのコンパクトDAP「SR35」でも十分に鳴らすことができた。

やはり驚くべきはその音の広がりの良さだ。夏の発表会でVENTURAのプロトタイプを初めて聴いた時は耳がバグったように感じて思わず一度耳からイヤフォンを外してしまったほどだが、その空間再現力は改めて試してみてもやはり驚異的だ。

いつも試聴に使う「Round Midnight」カバーのジャズヴォーカルでは、ヴォーカルの声の広がりが頭の中を超えてはみ出して広がるような、いままで聴いたことがない不思議な感覚を覚えた。最近は広い音のイヤフォンは珍しくないが、そうしたものを知っていてもやはり驚くほどの広大な空間感覚がある。そしてヴォーカルに対して伴奏のウッドベースは斜め前方に聞こえ、音が立体的で奥行きがある。

音響系の音源で音が飛び回るサウンドは立体感が面白いほどだが、この音はあくまで自然で空間オーディオと呼ばれる人工的なギミックとは異なる性質のものだ。

なによりVENTURAの音の良さはギミックではなく「本物」である。音にはDREAMを想起するようなシャープな密度感があり、かつPERPETUAのように温かく美しい。そしてなにより紛れもなくダイナミック型であることを雄弁に語るような躍動感がある。

ウッドベースのサウンドは暖かみを感じるとともに弦の鳴りの解像感が高い。そしてとても豊かな低音だが、よく聴くと低域に誇張感は少なく正しく低音の量が再生されている。これはもう一つの不思議な感覚だが、おそらくサブウーファーのように超低域にとても深く沈んで再生しているのだろう。

そして高域のシンバルやベルの響きは伸びやかで鋭い。まるでツイーターが入っているのかと思うほどだが、この低音と高音が同じシングルのダイナミックユニットから出ているとは信じがたいほどのワイドレンジ感がある。

そしてヴォーカルの声の広がりに心を奪われていると、背景に今まで気づかなかったような微かなホールトーンのようなリバーブが聴こえる。解像度の高さも極めて高く、この音の広がりによってそれがより鮮明に感じられるようだ。打楽器の打撃音は極めて引き締まり、かつクリーンで力強い。

音楽ジャンルとしてはジャズトリオやクラシックは秀逸な再現性を楽しめる。良録音のジャズトリオやアコースティック曲を聴くと、ハイハットの響きからピアノの打鍵、ウッドベースのピチカート、ギターのピッキングなど、一つ一つの音がとても美しくかつソリッドに楽しめる。これがとにかく気持ちが良い。

YOASOBI「アイドル」のような複雑なポップを聴いても破綻なく全ての音を綺麗に分離して再生する。ロックでは疾走するような曲のスピード感が楽しめ、この点ではまるで平面型ドライバーのような躍動感さえ感じられる。

魅力的で離れがたい音

試聴し終わって思わずため息をついたくらい魅力的で離れがたい音だ。万博のパビリオンでなにかすごい音の体験をしたという感じすらある。

DITAのこれまでのフラッグシップの中ではDREAMを強く想起する音だが、シャープだが冷徹だったDREAMの音をPERPETUAのような温かみでうまく仕上げたというべきだろうか。それに先に書いた耳がバグるような音の広がりが加わったのがVENTURAのサウンドと言えるだろう。やはりこれはDITAの音であり、その最新作なのだ。

パッケージに描かれた地図の意匠を見ながら、豊かな低音が大地、広がる空間が世界、そこで奏でられる暖かい音が人間というイメージが浮かんでくる。フェラーリやライカなど一流ブランドはその個性的なストーリーを持っているが、DITAもそうしたブランドの仲間入りをしたのではないかと思わせてくれる。その新製品がこのVENTURAなのである。

佐々木喜洋

テクニカルライター。オーディオライター。得意ジャンルはポータブルオーディオ、ヘッドフォン、イヤフォン、PCオーディオなど。海外情報や技術的な記事を得意とする。 アメリカ居住経験があり、海外との交流が広い。IT分野ではプログラマでもあり、第一種情報処理技術者の国家資格を有する。 ポータブルオーディオやヘッドフォンオーディオの分野では早くから情報発信をしており、HeadFiのメンバーでもある。個人ブログ「Music To Go」主催。http://vaiopocket.seesaa.net