麻倉怜士の大閻魔帳
第36回
PS5から超弩級AVアンプまで、麻倉怜士のデジタルトップテン2020 前編
2020年12月24日 08:00
世界中が大混乱に陥った2020年も、残すところあと僅か。人間同士が物理的に離された社会において、人間の存在感の重要さをオーディオビジュアルは問うてきた。やはり、プアな情報だと人間の感情はやせ細ってしまう、と。
そんな1年を、大閻魔帳は恒例のデジタルトップテンで締めくくり。密だ密だと騒がれ、京都清水寺での「今年の漢字」も「密」だった1年は、オーディオビジュアルにとっては良い意味で内容がとても“密”な年だった。
――今年も年末ですか、早いものです。特に今年は外へ出られる機会が少なかったので、殊更に1年が早く感じました。
麻倉:今年は非常事態で、特に生演奏やイベントは全滅でしたからね。我々の取材も海外の大型イベントはほぼ全滅で、国内もなかなか思うように活動出来ませんでした。しかし市場というものはたくましく、逆にこの状況が配信やオンラインといったリモートで届ける方向へ向かい、新しい文化ができた1年でもあり、そのためのソフトウェアやギアなども急速に発展しました。
そしてもうひとつ。おうちで過ごす時間が増えたのでイエナカエンタメも再度見直され、オーディオビジュアルの観点ではテレビは予想以上に4K化が進みました。12月にはA-PAB(一般社団法人放送サービス高度化推進協会)も、この状況に慌てて“4K月間”みたいなものを設定したほどです。この堅調ぶりは絵だけでなくオーディオにも言えることで、これらを鑑みるにやはりイエナカエンタメの王道はオーディオビジュアルなのです。
ですが放送からネットへ、パッケージから配信へというこの1年の現象は、あくまでも手段の変化にすぎません。音楽や映像などのコンテンツを愉しむというこれまでの流れはまったく変わらず、むしろより広く深くなりました。オーディオビジュアルにとって、コロナはいろんな影響を各方面へ与える発展材料になった。「災い転じて福と成せ」です。
その意味で2020年のトップテンは8K、オーディオ製品、ハイレゾ、アクセサリー、配信技術、テレビの新スタイルなどなど、様々なジャンルの項目が名を連ねています。ただし大事なことは、単なる1年の回顧を並べただけの10個ではない、ということ。今回挙げる10個のそれぞれがこれから伸びる起爆剤であり、エネルギーを蓄えています。これらは来年以降に、何らかのカタチで必ず伸びて花開きます。それだけでなく、単体はもちろん、それぞれが共振することで、新しいAV文化が形作られてゆく。そういう事が言えるのです。
番外編:PlayStation 5
麻倉:まずは例年通り番外編からいきましょう。トップバッターは今年発売されたソニーインタラクティブエンタテインメントのゲーム機「PlayStation 5」です。
プレステの流れは久夛良木健さんが音頭を取っていたのですが、そのプレステを作らせたのはライバルの任天堂だった、というのは割と有名な話でしょう。
――元々はスーパーファミコンに光学ディスクソフトを読み取らせるための周辺機器としてスタートしたプロジェクトだったのが、開発途中に任天堂との関係が切れてしまい、ソニーで独自のゲーム機を作るという方向へ転換していった。というのが経緯ですね。後にマイクロソフトの「Xbox」を交えて、現在まで続くゲームハード大戦争勃発の瞬間でもあります。
麻倉:実のところこのプロジェクトは途中までは上手く行っていたんですよ。ところがソニー幹部が京都の任天堂本社へ乗り込むと、幹部用会議室で長時間待たされ「何だか扱いが変だぞ……?」と雲行きが怪しくなっていったんです。その後突然、任天堂が開発協力相手をソニーからフィリップスへ鞍替えし、ソニーとの縁が完全に切れてしまいました。こういった意味でも任天堂は自ら商売敵を生んだと言えるでしょう。この辺の秘話は拙書「ソニーの革命児」に詳しく書きましたので御覧ください。
それはともかく、プレステシリーズは打倒任天堂を目指して発展してきた、ゲームドメインのハイパワーコンピューティング製品です。初代プレステが画期的だったのは、メディア媒体をマスクROM(半導体メモリによるゲームカセット)から光学ディスクへ変えたところにあります。と言うのも、マスクROMでは生産にかかるリードタイムが長いので、爆発的な市場の拡大スピードに耐えられません。
――加えてマスクROMのカセットは原材料価格が高いのも痛いところです。スーパーファミコン末期のソフト価格は、有名タイトルだと1万円前後のものが結構あったんですけど、CD3枚組のPS用大ボリュームタイトル「ファイナルファンタジーVII」は6,800円で発売されました。スーパーファミコン用ソフトの前作「ファイナルファンタジーVI」の発売価格が11,800円だっただけに、業界騒然の大革命が起きたと捉えられました。
ここからも解るように、生産スピードの面からもコストの面からも、光学ディスクがメディアとして圧倒的に優位なんですね。マスクROMの優位性は読み込み速度くらいでしょうか、あと誤って踏んでも割れにくいとか(苦笑)。
麻倉:メディア変更は市場ニーズに合わせたものですが、これがAVのメディア革命とリンクする、というのは見逃せないポイントでしょう。第1世代で音楽用CDの再生にも対応していたプレステですが、第2世代のPS2ではメディアとして更に大容量のDVDを採用しました。これは単にゲームメディアを更新しただけでなく、DVD-Videoの再生に対応したのが非常に大きい。PS2は最新ゲームハードとしてはもちろん、安価なDVDプレーヤーとしても受け入れられたのです。
新しいAVメディアは若者に普及しないと伸びません。その点においてPS2の時に丁度良かったのは、映画タイトルに「マトリックス」が出てきたこと。マトリックスとPS2は、どちらもハイパワー志向の映画とゲーム機という良いコンビでした。この例に続いて、PS3が出た時は「パイレーツ・オブ・カリビアン」と、若者がワクワクするアクション映画が立ち上がり時期にあった点は指摘しておきましょう。
PS3については更にもうひとつ、BD 対 HD DVDメディア戦争におけるBD陣営の旗手として、BDの切り込み隊長という役目を見事に果たしました。2006年11月発売で、この年は“殻なしメディア”のBDバージョン2が出ています。同年には東芝がHD DVDを出していますが、2008年1月にはHD DVD陣営だったワーナーがBDへ鞍替えしたことで勝負あり。この“ワーナー・ショック”の翌月に東芝もHD DVD撤退を発表して、次世代DVDメディア戦争は終結しました。この2年の間の普及スピードを両者で比べると違いは明らかで、BDが爆発的に普及した大きな原動力は間違いなくPS3の存在があったからです。
――当時のBDプレーヤーは高価で、PS3は「ゲームも出来るBDプレーヤー」として受け入れられていましたね。部材が高価で、PS2用ソフトやSACDにも対応する初期モデルは「作れば作るほど赤字が出る」と言われたものです。
麻倉:そういった営業的な反省もあって、久夛良木さんが居なくなってからのPS4は一転してAV的に冷淡に。映像こそ4K対応を果たしたものの、プレーヤー機能としてはOTTメインで、既に発表されていたUHD BDメディアには対応しませんでした。
これらのシリーズを引き継いだ今回のPS5は、前作で搭載を見送ったUHD BDについに対応。後はイマーシブサウンド系のフォーマットに対応した他、OTTの相手が凄く増えました。映像クオリティ的に言うと“ハッキリクッキリのドッキリ路線”といったところでしょうか。色が物凄く濃いし、コントラストも超強い。
AV機器として見るプレステシリーズは基本的にパワフル画調でしたが、今回のPS5はこの傾向が特に顕著だったPS3より進んだ様に見えます。端的に言うとテレビのダイナミックモードで、まるでフルCGゲームの画質で映画を観る様な感じです。4K HDR時代のゲームに対応できるハイパワーゲーミングマシンを作った結果、自然と出てきた絵というところでしょうか。本格プレーヤーとはまた違い、絵作りという観点ではあまりこだわってはいない印象です。
あとソニーはゲームでの高速読み込みを謳ってはいますが、試しに「グレイテストショーマン」をかけてFOXロゴ表示までの時間をパイオニアのLX800と比較すると、パイオニア34秒に対してPS5は39秒だった、という事も付け加えておきましょう。
――うーん…… 今の市場ではなかなか入手しづらいPS5ですが、ビジュアルコンポーネントとしてはあまり見どころがない、のですか?
麻倉:いえいえ、そんな事はありませんよ。PS5が面白いのは、画質設定変更がスピーディなところです。例えばコントラストやガンマ値を変更する時、普通のプレーヤーは再生している映像を一時停止して設定メニューを開き、それぞれの値を変えるでしょう? その点PS5のマルチタスク性能はピカイチで、映像を止めることなく流したままでメニューを呼び出せ、そのまま画質調整値を変えられるんです。
――画質設定がリニアに変わるのですか。それは面白い。普通のプレーヤーと違い、有り余るマシンパワーをふんだんに使えるPS5ならではの利点ですね。
麻倉:設定ステータスも多数あり、調整結果の反映も速い。ここはさすがです。画調は先述の通り超解像バリバリみたいな調子ですが、特に2Kのアプコンが見もので、4Kに上げても結構ハッキリクッキリ効きます。これはAV趣味的に見て結構マニアックなところで、PS5とテレビのどちらでアプコンをかけるか、という点でもユーザーの好みが分かれるでしょう。物凄く強烈なPS5のアプコンで強い絵を出しておいてテレビで弱めるのが良いか、あるいはPS5からはナチュラルな2Kネイティブで出力しておいてテレビのアプコンを使うのが良いか。
そんな使い方を色々と試せるので、使いこなしが捗るでしょう。そもそもゲーム機を作る人達にAVマニアがどれだけ居るかという話ですが、そうでありながらPS5の画質設定機能は異様にマニアックなんですよ。絵は大衆受けしそうなパワー系なのに操作系がマニアックという、とてもユニークな面白いユニークなプレーヤーです。
――こういうところを見ると「ああ、プレステはやっぱりソニー製品なんだな」と感じます。Xboxではこうはならないし、ましてや任天堂Switchはそもそもマニアックな高画質という観点を売りにすることは無いでしょう。
麻倉:こういう性格の機材だと分かっていれば、PS5分のパワー画調をテレビでなだめてやればいい、AVラバーの皆さんならばそういう見当もつくでしょう。その意味ではメイクセンスしていて面白い、使い甲斐のあるプレーヤーですね。
10位:バーンスタイン「ベートーベン 交響曲第9番・合唱付き」
――PS5でも結構な分量を語りましたがこの辺にして、そろそろ本編へ入りましょう。2020年の第10位には何を選びましたか。
麻倉:第10位は8Kクラシック番組「いまよみがえる伝説のクラシック名演奏」で放映された、『レナード・バーンスタイン指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団ほか ベートーベン「交響曲第9番・合唱付き」』です。
NHK BS8Kではバーンスタイン指揮のマーラー全集を今やっていますが、ここで使われているのはユニテルが60年代当時に35mmフィルムで撮ったクラシック演奏会の映像。NHKではその中からベームやバーンスタインを選んで8K化しています。
そもそもこれだけの演奏が35mmフィルムで撮影されていたという事実は、今を生きる我々にとってとても喜ばしいことです。こういったクラシックコンサートの映像は後にビデオ撮影へと移行してしまいますが、ビデオフォーマットではオリジナル以上の解像度は出ません。ですがフィルムなら8Kスキャンすることで豊富な情報を再現できる。その点においてこの番組は本当に貴重なのです。
この様に今回のものは文化遺産的なフィルムなので保存も通常とは違い、劣化を防ぐためにマイナス4度の環境で冷凍保管されてきました。ですからNHKとしても、8K化に際しては相応の姿勢で挑んでいます。まず35mmフィルム用に新開発された8Kスキャナーをドイツに持ち込み、解凍したフィルムを13度の常温環境で1週間馴染ませ、そこから8Kスキャンするという手の込んだ作業を実施しました。
――フィルム素材の8Kレストア映像と言うと「2001年 宇宙の旅」や「マイ・フェア・レディ」といった映画がありました。あれらとの違いは何でしょう?
麻倉:今挙がった8Kレストア映画は基本的に70mmフィルムの素材でした。NHKによると35mmフィルムの8Kスキャンは世界初だったそうで、今回のプロジェクトは35mm素材からどんな8K映像が得られるかの検証という側面もあったようです。音声は13chマルチトラック録音素材を使っており、スーパーハイビジョン規格に沿って22.2chへリミックス・リマスターされています。
こういった実験の成果を放送以外でも披露すべく、NHKは2月にこの番組のパブリックビューイングを実施しました。場所は二子玉川のiTSCOMスタジオ&ホールで、再生系にはアストロデザインのSSDレコーダーに保存した非圧縮素材、画面は350インチのスクリーンで、パナソニックの4K DLPプロジェクターを4台スタックした投写です。サラウンドはドイツ・コーダオーディオのアクティブスピーカーで、22.2chの規定通りにバッチリとセッティングされていました。
この時に私は解説役として見どころを挙げましたので、そこからこのコンサートのポイントを紹介しましょう。8Kならではの見所が3つ。まずはバーンスタインの目です。目の中にハイライトのスポットが映り込むという細かさはもちろんですが、今回の映像ではその目力をもってオーケストラに意思を伝えている様がありありと見て取れます。バーンスタインはタクトだけでなく、目でも指揮をしていたのです。
――昔クリストフ・エッシェンバッハとNHK交響楽団のタッグでボレロを演奏した事がありましたが、あの時エッシェンバッハは最後の最後まで指揮棒を一切振らずに視線だけで指揮をする、という怪演をやってのけました。確かこの時、先生は現地でコンサートを観ていたんですよね。
麻倉:客席からはエッシェンバッハの後ろ姿しか見えなかったので、何をやっているのか解らなかったんですよ。後からテレビで映像を観て、ひっくり返りそうになりました。指揮者の表現力を物語るエピソードのひとつですが、そういう凄みが8Kで描かれたこのバーンスタインからも強烈な迫力を伴って伝わってきます。
迫力という点で言うと、次の飛び散る汗も見どころです。ステージ上というのは照明によって結構暑くなる空間で、加えてバーンスタインは飛び跳ねるように動く指揮者なので、曲が進むにつれてどんどん汗を滲ませてくるんです。今回の8Kでは、身体の動きに合わせて汗が飛び散る様が克明に記録されており、得も言われぬ躍動感を出しています。
そして最後がHDR(ハイダイナミックレンジ)ならではの階調の力。バーンスタインや楽団員のシャツはきちんと再現できていますし、ティンパニなどの楽器も艶やか。驚くべきは楽譜が白トビしていないので、映像からでもしっかりと読む事ができるのです。
――この上映会は僕もご一緒しましたが、先生の指摘にあった楽団員の衣装に関する表現は確かに凄かったです。ウィーン・フィルともなるとステージ衣装は当然極上の燕尾服ですが、夜の礼装には拝絹という絹素材が剣襟にかけられていて、それがキラキラと上品に黒く輝くんです。シャツも礼装用の高級品はピケ織りやドビー織り、あるいはシャガード織りといった凝った織り方の素材で、この8Kではそういう模様までバッチリと捉えていました。ウィーン・フィルの華々しさ、クラシックコンサートの上品さというのは、こういうところから醸し出す雰囲気によって編み上げられてゆくものなのだと、強く実感できた映像体験です。
麻倉:いやはや、君は織り方にも詳しいのね。この頃のバーンスタインとウィーン・フィルは、お互いをリスペクトし合うとても良好な関係を築いていました。その信頼感は8K映像を通してよく伝わってくる。本当に色々な感動が味わえるコンテンツです。
また、サラウンドにもきちんと理由があっての22.2chで、実は1979年当時の演奏を再現するべく、ウィーン国立歌劇場の広さや壁面材などの要素をシミュレーションして響きを加えているんです。これら最新の技術を導入したことで、この演奏からはこれまで誰も観ることができなかった映像、聴くことができなかった音を蘇らせています。バーンスタインも「そんなこと聞いてない」なんて、言うかもしれません。
まさに絵と音の至福とはこのことで、しかも演奏そのものも良い。私はこの演奏はCDなどでもさんざん聴いてきましたし、8K映像もNHKで拝見していました。ですがこの日の体験はこれまでで一番感動した程に、格段に素晴らしかったです。
ユニテルの60年代、つまりビデオが始まるまでのフィルム資産は本当に沢山あるんです。世界遺産的なこれらの映像は、さながら発掘を待っているお宝といったところでしょうか。加えて当時音楽映画をやっていたのはユニテルだけではありません。今はユニテルしか出ていませんが、他のプロダクションの映像も含めて、是非8K化を期待したいです。
ただし8K化はフィルム撮影素材であることが前提条件。如何に8Kスキャン・修復を施そうと、ビデオ素材ではどうしようもありません。更に時代が下ると、SD素材になってしまいます。CD初期のデジタル音源が44.1kHz/16bitで録られてしまったのと同じで、残念ながらこれらの素材はハイレゾ時代になるとどうすることも出来ません。
その意味でもう一度古い時代に立ち返り、8Kの良さをどんどん出してほしい。人類の音楽文化の発展のため、大いに8K技術を活用してもらいたいと願います。
9位:ヤマハ プリメインアンプ新製品
麻倉:続いて第9位に移りましょう、紹介するのはヤマハからお目見えした、新製品の4桁型番プリメインアンプ3機種です。
ヤマハと言えば日本を代表する音楽ブランド。創業130年、楽器のイメージが強いですが、オーディオについても60年ほどの歴史を持っており、ハイ・フィデリティを意味する“Hi-Fi(ハイファイ)”という言葉を最初に使いだしたブランドとして知られています。
――元々は「楽器を鳴らすための良いオーディオが無い、だから作ってしまえ」という様子でスタートした事業だそうですが、この辺に必要なものをなんでも自分達で作ってしまうヤマハらしさが垣間見えます。
麻倉:「ヤマハの音は品質が高い」。これはオーディオのみならず、楽器や音楽教室からも感じられることです。音の入口から出口まで、楽器は演奏者からホールまで、とにかく音に関わるありとあらゆる分野を手掛けており、生演奏から再生音楽まで、音楽に関する総合メーカーと言えるでしょう。
そんなヤマハのプリメインアンプ新製品は「A-S1200」「A-S2200」「A-S3200」の3機種。なんと7年ぶりのモデルチェンジです。これより前にスピーカーとアナログプレーヤー、そしてセパレートアンプを「5000シリーズ」として出したのですが、この時のセパレートアンプのチームが弟分の旧モデルをリファインした、というのが今回のポイントです。
一般的にオーディオの設計は各モデルでチームが分けられますが、今回の新製品はそうではなく、5000のアンプチームが3機種をまとめて一気に作っています。なのでエントリーからハイエンドまで、サウンドコンセプトが一貫している。これはブランドの音を確立する上で非常に重要な事です。
コンセプトは身体が自然と揺れる様な音楽のノリを示す「グルーヴ」、楽器の音が遠くまで飛ぶ空間再現性を示す「オープネス」、音楽家の表現したいものを伝える力を示す「エモーション」の3つ。当たり前のように聞こえるかもしれませんが、ヤマハは大昔からこういった音楽的なコンセプトを掲げて機械の音を仕込んでいます。各社を見渡しても、ヤマハのようにコンセプチャルな面からオーディオづくりに入ってゆくという姿勢は結構珍しいことです。
麻倉:新モデルはいずれもフロントフェイスが前モデルとあまり変わっていないので、外観からはモデルチェンジをあまり感じられないかもしれません。ところが脚の素材は総取っ替え。土台から作り直しをしており、エントリーモデルのA-S1200についてはトランスの形状も「EIトランス」というものから上位機種と同じトロイダルトランスに変更しています。エモーショナルな表現力を身につけることが変更の理由だそうで「電源の重要性は今更言うまでもないが、芯にあたるこの部分の変更で旧モデルとは全く違う音楽表現を見せる」というのがメーカー側の言い分ですが、さて。
麻倉:実際に聴き比べをしてみましたが、いずれも従来の延長でない、新しい時代のヤマハの音を感じました。中でもイチオシはA-S3200です。ヤマハの音と言うと基本的にはアクセプタブルですが、従来は柳腰と言われてきました。言うなれば“ヤマハ・ビューティー”。美音なれど力が無い、なよっとした印象のサウンドでした。ところがA-S3200は決してそうではない。剛性があり、しっかりした音の上にしなやかな音調が乗っています。ヤマハが培ってきた伝統の美しさと、従来に無い明瞭な音楽再現がバランスした、ヤマハらしいアンプに仕上がっていました。
リファレンス曲別に聴きどころを紹介しましょう。まずはお馴染み情家みえさんの「チーク・トゥ・チーク」、これは表情が実に多彩です。最初の歌唱で出てくる「Heaven」という単語には、その第一声にほろ苦いニュアンスが入っています。しかし次のパラグラフで同じ言葉が出た時はとても優しい。表情変化は意識的にディレクションをつけたもので、その違いがこのアンプならば実によく判ります。表現の幅が狭いアンプだと、どちらも優しかったりあるいはビターだったりと、どうしても同じ様な感じで聴こえてしまうところでしょう。ところがこのアンプはスゴい、こういうヒミツのプロデュースの目的までよく出てきました。
ベースのキレ味や俊敏さ、立ち上がりや弾力なども良好で、ピアノの和音もとても美しい。和音のひとつひとつが見えるくらいの解像度がありながら、音として実によくまとまっています。
それから音像の立体感も優秀です。センターに立ち上がるヴォーカルは、2chだとそこから実音が出ているわけではなく、左右の音が均等に出ることでファントム音像として浮かんでくるという仕組みになっています。ある種の幽霊的な危うさを孕んでいながら、このセンター音像がスゴい立体感と輪郭の明瞭さを持っているんです。
このアンプで聴くと、そこに人が立っていて歌っています。ヴォルメトリック、つまり空間的な音像の膨らみがある。オーディオ的に言うと音像の体積感でしょう。でも体積感というような客観的な感じではなく、まさにそこに人が居て、ヒューマニックな香りがしてくる。音像の立体感が大きなポイントです。
続いてはイリーナ・メジューエワさんのピアノ「ベートーヴェン ワルトシュタイン」です。この曲の最初はとてもハードで、ハ長調の低音の“ド・ミ”で始まり“ソ、ド”と音が加わり、そこにスピリチュアルな響きが加わるのがこの曲の魅力です。メジューエワさんの演奏はそういうところを凄く出していて、キレ味が良く弾力性があり、音が迸っています。
それでありながらこのアンプで聴くと、ベートーヴェンが求める精神的な音楽の成り立ちがよく出ているのです。ここまで出してくれるアンプというのはなかなかありませんよ。つまり、キレ味が出るというところまではままありますが、その中にある内実の充実度とか、それはどういう意味なのかとか。そういうところまで音で出してくれるのには大いに感動しました。
――こういうところはスペックシートで語ることの出来ない、とても主観的、人間的な感性に依拠する魅力ですよね。オーディオにとっては文字とおり “生命線”です。
麻倉:この演奏はニューヨーク・スタインウェイ1925年製の楽器が使われています。オールドスタインウェイにはニューヨークとハンブルクの2種類がありますが、総じてニューヨークの方が音の立ち上がりや華麗さと言った点がより強調される傾向にあります。そんなニューヨーク・スタインウェイの、それも黄金期の楽器でしか出せない音が、このアンプからはしっかりと感じられました。
最後はクルレンツィス/ムジカエテルナによる「モーツァルト フィガロの結婚 序曲」。これは音楽のダイナミクスが凄くある演奏で、つまり強弱の対比がすごく出てきます。ムジカエテルナは今世界一過激な演奏をするオケで、その演奏は基本的に俊足ですが、よくよく聴いてみると細かいところに気が配られていて、細部の表情がとても濃密なんです。そういった細部の濃密さを持ちながら凄いスピードで演奏するので、意識せずに聴くと聞き溢してしまうところでしょう。ところがこのアンプは、いくら速い演奏でもちゃんと細部まで聴かせてくれます。「こういうところがこの演奏の特徴なんだよ」というのが、凄く出てくるのです。
このアンプと演奏の組み合わせでもうひとつ大きな特長は、空気感、つまり気配が出るということ。フィガロの結婚序曲は弱起ではなく強起で始まります、つまり1拍目から音があり、この時指揮者は1拍目をバッチリ揃えるために予備動作を入れています。音楽用語で言うAuftakt(アウフタクト)ですが、この空振りの音が聴こえてくるのには驚きました。凡庸なアンプだと1拍目から楽器の音が出るところ、これは楽器の音の前に指揮者の音が出るのです。そういう気配の再現性、「聴こえない音がどこまで聴こえる?」という要求に応えてくれるアンプという点は、大いに評価すべきでしょう。
この様に今回のヤマハアンプはとても音楽的な音がする、という点が私はとても気に入りました。1200でもそうだし、3200になれば音楽的な音とオーディオ的な音のバランスが取れていて、音楽とオーディオの両方の観点から見て素晴らしい。60年の歴史を持つヤマハの音作りは、音楽と楽器に由来します。そういう歴史をとてもリアルに感じさせてくれる音でした。
8位:ワーナー e-onkyoのシリーズ
麻倉:続いて第8位にいきましょう。紹介するのはe-onkyoで特集を組んでいる、ワーナーとマイスターミュージックの高音質シリーズです。
e-onkyoではユニバーサルの廉価版シリーズの特集を過去に何度か組んでいましたが、その時に私は解説をやったんです。ひとつはドイツ・グラモフォン、デッカ、フィリップスというユニバーサルの各レーベルが持っている音源の名盤を紹介するというもの。もうひとつはドイツ・グラモフォンとデッカのDSDリマスター音源特集。後者の音源はSACDにもなり、「麻倉怜士セレクションSA-CD~SHM名盤50としてリリースされました。
これらの流れを継いで、今年はワーナーとマイスターミュージックがピックアップされました。内容はと言うと、e-onkyoでリリースされているマイスターミュージック音源400曲を全部聴き、その中の100タイトルを厳選するという、レビュワーにとってはなかなか過酷なもの。
――ヒエッ、1曲が5分以内のポップスならばともかく(それでもかなり大変ですが)、長尺になりがちなクラシックの楽曲を400曲も聴いたんですか? いくら好きとは言え、ものには限度があるでしょう……
麻倉:例年の過密スケジュール下ではまず不可能だったと思います。コロナ禍で例年より時間的余裕があった今年だからこそ出来たことでしょう。
8月に第1弾、12月に第2弾が出るマイスターミュージック特集。その聴きどころは、レーベルが貫き通す、ゲーアルマイクによるピンポイント収録のこだわりにあります。ゲーアルマイクというのはスウェーデンのマイク職人であるDidrik De Geer(ディドリック・デ・ゲアール)氏による手作りマイクのこと。特殊銅を振動板に使用しており、周波数帯域8Hz~200kHzという超広帯域の集音が可能です。世界に数十ペアしか存在せず、その名も「エテルナ・ムジカ(永遠の音楽)マイク」と呼ばれています。
この至高のマイクを使ったワンポイントステレオ収録のみ、というトーンマイスター平井さんのこだわりがスゴいんです。何故ワンポイント収録なのかという理由は単純。マルチマイクは音源からマイクまでの距離がバラバラなので、各トラックの位相が違います。これらをミックスダウンすると、位相のズレた音同士が打ち消し合ったり増幅したりするんです。対してワンポイントは左右1本ずつしかマイクを使わないので、位相が揃います。この結果極めて優秀な音場の再現を聴かせているのです。
音場の再現が優秀な音源は一般的に明瞭度が低く、逆に明瞭度を優先すると音場がイマイチになりがちです。ところがマイスターミュージックの音源は、音場と明瞭度が高いバランス感覚で両立する。本当に驚くべきサウンドです。
これとは別に、ワーナーの音源も150曲を全部聴いて、全曲インプレッションを書きまくりました。別媒体で私は毎月10タイトル、聴いたその場で200字少々のインプレッションを出すというのをやっていますが、これをあらゆるジャンルの楽曲で、2015年からずっと続けてきました。これは偏に、毎月の訓練の賜物です。
ワーナーは4部構成の企画で、この原稿トーク収録の時点でまだ第1部しか出ていません。その第1部「永遠の名演奏・名録音」は交響曲や歌曲など、各ジャンルから5曲をピックアップした、全部で30曲ほどのセレクションになっています。続いて、く第2部は「ベートーヴェン」、第3部は「世界の名演奏家」、第4部は「驚愕の名録音」といった特集を予定しています。おそらく来年いっぱいを使う前半くらいまで続く特集になるでしょう。
――ふーむ、なかなか息の長い特集ですね。今回の特集で、特に先生のイチオシ音源をひとつ、挙げてもらえますか?
麻倉:今回で最もスゴいのはアンドレ・プレヴィン指揮、ロンドン交響楽団演奏の「組曲 惑星」でしょう。1973年9月、ロンドンのキングズウェイ・ホールで録音された、アナログ・ステレオ全盛期の超優秀録音アルバムです。脂が乗りきったアンドレ・プレヴィンの覇気が爆発していて、全曲を通して緊迫感とエネルギー感に満ち満ち溢れています。音楽が描写するモチーフとして、現代的テーマである宇宙に相応しい、ファンタジーと情報を満喫できるモダンな演奏です。
音も目が覚める鮮烈なもので、奏される音の一粒一粒は極めて鮮明。輪郭にはナイフで切ったような鮮烈さがあり、まるで今、そこで生まれた音がスピーカーから弾き、飛翔するような新鮮さを感じます。各パート各楽器の描写は実に鮮明で解像力も高く、2つのスピーカーいっぱいに音場が拡がる様はまるでホールに居て眼前で聴いているよう。そんな生々しい臨場感を目一杯味わわせてくれる音源です。
特に「木星、快楽をもたらす者」のホルンなど、睥睨する堂々たる響きはまさに「快楽」そのもの。中間部の平原綾香で有名な「ジュピター」の旋律にさしかかれば、ホルンと弦楽が融合した快感音が高解像で聴けるでしょう。クラシックの定番曲とも言うべき楽曲だけに様々な名演奏・名録音がある惑星ですが、プレヴィン/LSOのそれはひと味もふた味も違います。是非ご自身の愛聴システムで、驚異の名盤を確かめてみて下さい。
7位:GroundARAY
――次に行ってみましょう、第7位は何ですか?
麻倉:第7位は秋のオーディオ特集で紹介した英The Chord Companyのアクセサリ「GroundARAY」です。
DACで有名なChord Electronicsではなく、ダイヤトーンのスピーカー内結線などで採用されているハイエンドケーブルブランドのThe Chord Companyが作ったアクセサリ。同社がここ数年取り組んできた「チューンドアレイ」技術を使った、回路内のゼロ電位にあたるグランドエリアのノイズ対策アイテムです。「アレイ線」というサイドをカットした線をケーブル内部に入れてノイズを熱として排出するというもので、ラインナップはUSB、RCA、HDMIなど7種類。特にUSBノイズコンディショナーは他社からもいくつか出ていますが、本製品は外部からのノイズをシャットアウトするではなく、回路内のノイズを取る「ノイズポンプ」という思想がキモです。
その効果は以前にもお伝えした通りなかなか凄まじく、麻倉シアターのオーディオ用VAIOにHDMIモデルを挿して音楽が豹変した事を確認しました。具体的な変化は音場が立体的になったことで、各パートがひと塊で鳴っていたオケの演奏が楽器ごとに分離して聴こえ、それが得も言われぬ空気感を醸し出した様には実に驚かされました。
勘違いをしたくないのは、このアクセサリで音色や響きといった要素が加わる(脚色される)のではないということ。ノイズによってマスクされていた音源本来のテクスチャーが豊かになり、色気のある歌は色気が出て、清潔な歌い方はより清潔になる、というのがGroundARAYの重要なポイントです。
――音に艶が出る音源があったのには本当に驚かされました。聴いたな中では特に女性ヴォーカルが顕著でしたが、このジャンルで艶が出てくるアイテムはとても稀です。
それから映像系への効果もなかなか良好で、特にホームシアター用PCを自作で組んでいる方は、HDMIモデルをグラフィックカードの空きポートへ挿すとその違いに驚かれるでしょう。試しにテレビにつながっている自宅のPCに挿したところ、発色やフリッカー(ちらつき)、あるいはテレビの倍速駆動精度といった面で明らかな改善が見られ、見ていて疲れない絵になりました。
麻倉:この製品についてですが、実は新製品「PowerARAY」がつい先日出てきて、そのデモ機が麻倉シアターにやって来たんです。GroundARAYと同様に、電源ラインのノイズを吸収し熱として放出するアイテムで、メーカーによるとできるだけ電源の大元に近い場所での使用を推奨しています。オーディオ用電源タップでの使用も可能ですが、出来れば壁コンセントの直挿しが好ましく、反対にレギュレーターやオーディオ用AC電源コンポーネントとは相性が悪いそう。折角ですからこれも試してみましょう。
――面白そうですね、是非やってみましょう!
(PowerARAY 試聴中……)
――うーん、ふむふむ。これは使い方を間違えてはいけないアイテムだ。
麻倉:麻倉シアターはパワーアンプラインとその他のラインでそれぞれ専用電源を用意しているので、まずはメーカーに反してソースコンポーネントに使っているレギュレーターのコンセントに挿してみました。音源はお馴染みチーク・トゥ・チークですが、なるほど、聴きやすくまろやかにはなりましたが微小信号が除去されてしまったので、メーカーの言う通りこの使い方はイマイチですね。
次にメーカー推奨の壁コンセント(麻倉シアターの場合は床コンセント)環境でやってみましょう。違いをより明確に確認するために、普段レギュレーターから取っているDACの電源コンセントを床コンへ挿し替えて、と。
(PowerARAY 試聴中……)
この環境でPowerARAY無しの場合、それまでのレギュレーター電源サウンドと比べてあまりに情報量が失くなってしまい、何ともせせこましい音になってしまいましたね。
――自分の印象だと、これは“2次元の音”です。こんなに贅沢な機材を揃えまくっているのに、ベチャッとして奥行きは消失してしまい、音がぜんぜん飛んできませんでしたね。
麻倉:次に、DACの電源プラグが使っているすぐ隣の空きコンセントにPowerARAYを挿してみたところ、時間軸の切れ込みもしっかり刻まれ、明らかに細かいところまで情報や表情が出てきました。大きな差があることは確実です。
――笑ってしまうほど、明らかに奥行きが出てヴォーカルが肉厚になりましたね。と言うより、2次元から3次元になった感じです。微小信号の質感も良好で細かい凹凸が出ており、何よりも音がちゃんと飛ぶ、芯のある音になったことで音楽に命が宿ったと感じました。
麻倉:麻倉シアターはレギュレーターを使っているのでなかなか活躍はしにくいかもしれません。ですが、例えば集合住宅や商業施設のテナントなどの環境だと、アース取りやレギュレーターの用意といった電源に手を入れづらい環境は確実にあります。我々の業界だと、例えば試聴会のイベントで使うホールや会議室などでは、電源にオーディオレベルのノイズ対策が施されているという事はまず無いでしょう。そういった壁コンセント環境で、非常に効果アリ。上手く活用して、機材や音源の実力を余すところなく発揮させてやりたいですね。
6位:デノン「AVC-A110」
麻倉:第6位もオーディオの話題をご紹介しましょう。取り上げるのはデノンマランツのアンプづくりで、ここでは特にAVアンプ「AVC-A110」に焦点を当ててお話します。
日本のオーディオ・AVメーカーがここに来て差がついてきた感じがする、というのがここ最近の私の印象です。悲しいかな、名門のオンキヨー&パイオニアは遅れ気味で、会社組織の分割やリストラといった経営関連のいざこざがすごく響いており、なかなかものづくりへ至っていません。AVアンプもいくつか出ているはずですが、私でさえも聴く機会が無いほど。パイオニアのMQA対応プレーヤーについても、やっと最近出て、直ぐに売り切れてしまった。その他はと言うと、コラボレーションヘッドフォンなどの比較的小物に分類されるものがパラパラ。これではどうしてもビハインドした印象が拭えません。
9位で紹介したヤマハについては、アンプはすごく良いのですが、市場への訴求という点でどうにも力が入りきっておらず、出方が一歩遅くなっている印象がつきまとうのは何ともいただけません。文化の広がりはモノを作るだけではダメで、それを広く使ってもらい、人間の生活の質を向上させることで初めて意味を成すのです。ですからヤマハさんには頑張って作った良いものをより有意義に使ってもらう努力を期待したいです。
これらの点において、デノンマランツグループはスゴい。どちらのブランドも今年投入してきた製品がとても素晴らしい出来栄えで、実に健全な運営がなされていると感じます。
まずマランツについておさらいしましょう。1951年にソウル・バーナード・マランツが初めてアンプを作ってから、来年で70周年(マランツ・カンパニーの設立は1953年)。元々はアメリカのブランドでしたが、親会社が日本の「スタンダード工業」を買収して日本マランツに社名変更、これがフィリップスに買収され、更に紆余曲折を経てファンド主体でデノンと経営統合し、現在へ至っています。
これまでのマランツは決してソウル・マランツが作っていた雰囲気を出したものではなかったですが、今回の30シリーズでフェイスチェンジして先祖返り。懐古的なインテリアデザインとし、音づくりも一新しました。これが面白いところです。
――情報量重視の音作りから、とても情緒的な音を出すことに舵を切ったんですよね。見た目も大きめの調整ツマミが増えて、人間が手で触って動かす事を意識させるデザインになりました。これらを一言でまとめると「情報中心から人間中心」でしょうか。
麻倉:一方のデノンはと言うと、SPレコードを作っていた「日本蓄音器商会」から数えて110周年のアニバーサリーイヤーです。面白いのはソフトづくりから始まって、次第にハードも手掛けていったという事。つまり「ハードはソフトがあってナンボ」という考え方が初めからあるブランドなのです。そこへ業務用の機器を手掛ける日本電気音響(電音/デンオン)が加わり、業務用の上流から家庭用の下流まで持つメーカーへ成長しました。レコーディング機材で言うと、例えば世界で初めてデジタル録音でレコードを作ったのは電音です。
そんな流れもあっての110周年であり、そこへ向けたアニバーサリー製品を作ってきた成果がハイエンド特別シリーズ4モデルです。
麻倉:現在のデノンのものづくりは「SX1 Limited」で始めた、ベースモデルから部品を変えてゆくという手法が中心。今回のシリーズで言うと、SACDプレーヤー「DCD-A110」とプリメインアンプ「PMA-A110」はそれぞれ「SX11」シリーズをベースに改良を加え、現代的にリファインしたもの。MCカートリッジ「DL-A110」は「DL-103R」の改良品です。
その中でも特に注目すべきは、従来のハイエンドモデル「AVC-X8500H」をベースに改良したAVアンプ「AVC-A110」。ブランドの自信は68万円というプライスタグに現れており、ベースモデルに対して20万円も上という、結構なAVアンプ1台分に相当する価格差を付けてきました。
――プリ・メイン一体型の民生用AVアンプとしては、現状手に入る最高峰を狙ってきた。その姿勢がありありと見えますね。
麻倉:AVC-A110のチャレンジは“コストの制約を如何に外すか”。より分かりやすく言うと、X8500Hで「これをしたいけどコスト的に厳しい」と採用を見送ったものでも、ハイエンドから更に20万円も贅沢できるならばコスト的に余裕を持った選択が取れる。そういう理想の設計をふんだんに使ってきました。
AVC-A110のサウンドコンセプトは「深淵」。奥深く、底知れない音を出す。音楽には音楽の、効果音には効果音の表情がある。それらを的確に出すために何をすれば良いのか。というサウンドチューニングが施されています。まず音作りに目標があり、それを実現するためハードにこんな部品を入れる、こんなチューニングを徹底して施す。ハード選択とチューニングのこの様な2方向からのアプローチによって、AVC-A110は音に奥行きが出てきました。「これは襟を正して聴かねばならない」。私のファーストインプレッションは、そういう感じがするAVアンプです。
そもそも同じアンプと言っても、AVアンプとオーディオアンプでは目的が違います。端的に言うと、2chは無限の音響空間を聴いている様なイリュージョンを如何に出すか。無限の広がりを持つ演奏会場の情報量を、たった2本のスピーカーから出す。それが音楽制作者、オーディオ製作者の大きな目標です。
一方AVアンプは絵があってナンボであり、絵と音を足して最大限の情報を得ようというのがAVの文化です。絵と音のコラボレーションで無限の想像を創り出すのであり、絵無しでも絵を想像させるような2chの音を作るというピュアオーディオとは、大元からして全く違う。オーディオとビジュアルの大きな違いとして、ここは押さえておかないといけません。ピュアオーディオの音がハイクオリティだからと言って映画鑑賞に持ってきても、滑らかではあれど上品すぎてそぐわないという事があるのです。
――とてもよく解ります。例えばの話、今年の新譜で「ジョン・ウィリアムズ ライヴ・イン・ウィーン」というのがありましたが、ウィーン・フィルのあの演奏を実際の映画の劇伴に当てたとしましょう。何が起こるかと言うと“素晴らしすぎる音楽が映像の世界を食ってしまう”という本末転倒な現象が起きてしまうんですよね。
麻倉:その通り、そもそも音の目的・役割が違うという顕著な例ですね。あの演奏会はたしかに素晴らしい、ですがそれは音楽が主役のコンサートだからこそ、最大限の感動を得られるのです。
その意味でAVC-A110の音は、ピュアオーディオの純な志向とは違います。それでいて従来のAVアンプが持っているピュアとも違うし、絵と音の一体感があってナンボのものとも違う。ピュアオーディオの世界の虚飾の無さやナチュラル性があり、同時にAVの世界の演出感や装飾性も持ち合わせている。そこがスゴいところなのです。
普通のAVアンプでCDを聴いても、ちょっと物足りない。2chアンプで映画を観ても、何だか大人しい。それが今までの常識でした。「だったら反対をやればいいのでは?」と思うかもしれませんが、そう単純な話でもないんです。2点の奇跡的な融合があり、その真中のところで非常にナチュラルでありながらも深い演出力を感じる。この音は従来のAVアンプにも、ピュアオーディオのアンプにも無かったもの。サウンドにおけるこの悟りによって、AVC-A110はAVアンプにおける新しい音の世界を切り拓きました。これは紛うこと無き、今年の大ニュースなのです。
――後編は第5位から第1位までをお届けします。2020年のオーディオビジュアルを象徴するニュースとして、いずれ劣らぬトピックが選び抜かれました。お楽しみに!