麻倉怜士の大閻魔帳

第63回

ガラス振動板スピーカーから“足立式”スピーカーまで。'25年上半期の麻倉的注目オーディオ

ガラス振動板スピーカー「Alpair 5G」。奥は麻倉怜士愛用のJBL「K2 S9500」

2025年も6月を迎え、もうすぐ上半期が終了。'25年上期も各メーカーからさまざまなオーディオ製品が発売された。そんななか、今回は麻倉怜士氏が出会った“少し独特な”スピーカー製品を3つ紹介する。

メインスピーカーとサブウーファーを“完全分業”させる「足立式スピーカー」

――あっという間に2025年も折り返しを迎えようとしていますが、この半年の間に興味深い製品たちと出会ったそうですね。

麻倉:最近、面白いスピーカーに3つ遭遇したので、紹介したいと思います。ひとつ目は“足立式スピーカー”です。

市販のスピーカーをカスタマイズし、足立式スピーカーにしたもの

これは、サブウーファーで再生できていない音だけをメインスピーカーで鳴らすことで、メインスピーカーからサブウーファーが担っている音を排除するというシステムです。仕組みとしては、サブウーファーから出ている音をマイクで拾い、それを位相反転させて、メインスピーカーに原音信号と同等レベルでミキシングすることで、サブウーファーでは再生できなかった音をメインスピーカー側で再生しています。

特に小型のスピーカーにとって低音再生は難しいもので、どうしても歪みが出てしまう。それを完全に分離しようという発想です。この技術を生み出した足立(静雄)さんも「低域再生の負担から解放されたメインスピーカーは、本来の表現力に専念でき、音楽信号にもともと含まれる表現力の再現性に非常に寄与すると考えております」と言っていました。

――今までにありそうでなかった仕組みではないでしょうか。

足立式スピーカーを考案した足立静雄氏

麻倉:まだ実験段階の取り組みですが、とても面白いと思います。足立さんは、もともともソニーでオーディオエンジニアをしていた方。今は会社を辞めて自作に取り組んでいます。

スピーカー関連の技術に「MFB(Motion Feedback)」というものがあります。これは、あるスピーカーで再生できない音、つまり原音から実際にスピーカーで鳴っている音を引いて残った部分を、もう一度同じスピーカーで鳴らすという技術です。ソニーにも昔、「SA-S1」というMFB技術を採用したスピーカーがありました。

しかし、そのスピーカーで再生できなかった音を、もう一度同じスピーカーに戻しても、あまり意味はありませんよね(笑)。

「それだったら、同じスピーカーに戻すんじゃなくて、隣にあるスピーカーに振ったほうが良いんじゃない?」という発想のもと、足立さんが考案した方式が「MFBR(Motion Forward Feedback Register)」と名付けた方式で、入力信号成分からサブウーファー出力成分を引いたものを、メインスピーカーに流す仕組みです。特許も取得したそうです。

JBL「K2 S9500」

私の愛機であるJBL「K2 S9500」のような巨大なスピーカーではあまり効果はありませんが、コンパクトな卓上用スピーカーでは“Make Sense”していました。

フルレンジスピーカーに“ポイントワン的”にサブウーファーを足すことはよくありますが、その場合でもフルレンジスピーカー側からも低音が再生されてしまいます。その低音が歪みになるのであれば、低音はサブウーファーにまかせて分業させましょうということですね。

――小型スピーカーを“重荷”から解き放つようなイメージでしょうか。

麻倉:まだ“街の発明家の実験”とも言える段階で、製品化などが見えているわけではないそうですが、とにかく音はとても良かったです。

足立式あり・なしで聴き比べもしましたが、スピーカー単体だと低音のレスポンスがどうしても不安定になるし、それが中高域に影響してしまっているという印象でしたが、足立式で低音が悪影響しているところを取り除くと、とても透明感が出てきますし、スピード感も上がりました。小さなスピーカーにもかかわらず良い音が出るなと感じましたよ。

――アクティブスピーカーを積極的に作っているメーカーが採用したら嬉しい技術かもしれません。

麻倉:サブウーファーを追加するのは、どうしても費用がかかりますよね。メーカーが用意するシステムのなかにサブウーファーがあって、そこにマイクも仕込まれているような状態になれば、かなり(普及する)可能性はありますよね。

定説を覆したガラス振動板スピーカー「Alpair 5G」

「Alpair 5G」

――続いては振動板に強化ガラスを採用したスピーカーユニット「Alpair 5G」。3月末までGREEN FUNDINGでクラウドファンディングが行なわれていたもので、ユニット単体と、木製(ウォールナット/マホガニー)のエンクロージャーをセットにしたプランなどが用意されていました。

麻倉:そもそも、このスピーカー/スピーカーユニットの存在は知りませんでしたが、先日カーオーディオコンテストに足を運んだ際、音楽之友社の人から話を聞いて、実際に音を聴くことができました。これが意外にも音が良くて驚きましたよ。

ガラスを振動板として使うものとしては、ソニーの有機ELブラビアで採用されている「アコースティック サーフェス オーディオ プラス」などがありますが、よく製品化したなと思えるくらい、ガラスを振動板として使うのはとても難しい。

というのも、ガラスには固有の音があるのと内部損失が低いのです。内部損失が低いということは、音がもたつくというか、付帯音が残ってしまいます。そもそも、ガラスというのは強くない、脆弱な素材です。“低剛性”と言っても良い素材で、スピーカーには最もふさわしくない素材というのが定説でした。

しかし、このAlpair 5Gを聴いてみると、スピード感があって、内部損失も高くて、強めの音がするなと驚かされました。

ちなみにガラスを振動板に使ったスピーカーとして、Alpair 5Gは世界初ではありません。2008年にハリオグラスが耐熱ガラスを使った「玻璃音(ハリオン)」という製品を出していました。

ただ、Alpair 5Gが使っているのは、近年では折りたたみスマートフォンのディスプレイなどにも使われている強化ガラス。この強化ガラスを使ったスピーカーとしては世界初になるそうです。

クラウドファンディングを行なっていたのは、フィディリティムサウンド。これまでフィディリティムサウンドは木製エンクロージャーに、ペーパーコーンの振動板を使ったユニットをセットにしたものを販売していましたが、そのユーザーの中に日本電気硝子の技術顧問を務めている人がいた、というのがAlpair 5G誕生のきっかけです。

その人から、日本電気硝子の「Dinorex UTG」という極薄特殊強化ガラスを振動板に使ってみないかと提案されたといい、フィディリティムサウンドと関係の深いマークオーディオで製品化することになりました。またDinorex UTGの加工には、台湾のGlass Acoustic Innovations(GAIT)という企業もかかわっていて、日本電気硝子、GAIT、マークオーディオの3社が協力したプロジェクトなのです。

フィディリティムサウンドで商品開発・マーケティングの主任を務める菅野純氏にも話を聞きました。先程も述べたように“ガラス=柔らかい・すぐ割れる”というイメージですが、強化ガラスの場合は「紙や樹脂などの素材と比べて硬い=音のレスポンスがよく、広帯域にわたって正確な音を再現できる」と言うのです。

またスピーカーコーンによく使われるアルミなどの金属と比べても内部損失が高いため、付帯音が減って、よりクリアな音になるそう。湿度や温度といった環境変化に強く、経年劣化しにくいと言います。

クラウドファンディングで用意されていたウォールナットキャビネットと組み合わせたところ。キャビネットはバスレフ式
天面にはロゴもあしらわれている

実際に音を聴いてみても、剛性感があって、音の立ち上がりも鋭くて、伸びも良い。カーオーディオコンテストで試聴した際は、フォステクスのペーパーコーンユニットとも聴き比べることができました。単体で聴くとまったく気になりませんでしたが、Alpair 5Gを聴いたあとにペーパーコーンを聴いてみると、紙独特の“モチャっとした”雰囲気が気になりましたね。

クラウドファンディングされたユニットは8cmと小さいものですが、将来的には16cmくらいまで大型化できるのではないかとのことですよ。

――そこまで大型化できるとは驚きです。

麻倉:しっかりとした強化ガラスの製造技術があれば、16cm程度のサイズまでは作れるそうです。そうなれば、スピーカー素材として有望ですよ。

エンクロージャーも良くできていて、バスレフ構造がしっかりしていて、シングルコーンにもかかわらず、しっかり低音も出ていて伸びもあります。

マークオーディオは中国・広州が拠点なので日本・台湾・中国の共同プロジェクトと言えるわけですが、基本的なユニット素材である強化ガラスのDinorex UTGは日本製です。いま、スピーカーのユニットは海外製のものが多いので、日本初で新しく、今後は世界的な成長も期待できるスピーカーユニットとして、とても興味深いなと思いました。

薩摩藩・島津家の末裔が作るカーボンファイバー製ユニットスピーカー

――最後はカーボンファイバー製のユニットから自社製造している企業・薩摩島津のスピーカー「島津Model-4」ですね。

麻倉:社長の島津知久さんは、薩摩藩・島津家の末裔だそう。島津家ともなると私利私欲で事業はできないそうですが、「スピーカーづくりは社会に役立つ」と、事業t立ち上げを許可されたそうです。

この会社の面白いところは、カーボンファイバーを素材として仕入れて、ユニットから自社製造しているところ。先程のAlpair 5Gでも述べましたが、今スピーカーユニットは海外製が主流になっています。そんななか、島津社長は日本製のユニットを使って、良い音のスピーカーを作りたいと考えている。

「島津Model-4」

そして2021年に6cm径のフルレンジユニットを搭載したブックシェルフ型「Model-1」、2023年に10cmまで大型化した「Model-3」を発売しています。そして10cmユニットと2.5cmツイーターを組み合わせた2ウェイ仕様のトールボーイ型「Model-4」が登場するわけです。

この製品はコンセプトがしっかりしています。「実在感のある音が欲しい」ということで、基本的には下から上まで1基のユニットで賄おうとしていたのですが、新しいチャレンジとして、Model-3と同じ10cm径ユニットを採用しつつ、筐体をブックシェルフ型からトールボーイ型にしました。

しかし、筐体が大きくなるとユニット1基だけではどうしても難しい。ということでフルレンジユニットをベースに、スーパーツイーター的に2.5cmユニットを追加したのです。それも“チャンデバ(チャンネルデバイダー)”でしっかりと帯域を分けるのではなく、あくまでメインは10cmユニットで、そのユニットでは出しきれない高音をツイーターで補っています。

ちなみに、すでに「Model-5」の構想もあるようで、これはModel-4の低域を補う形の3ウェイ化を考えているそうです。

スピーカーに関して、自分の思いをベンチャー的に形にしようとすると、大抵はエンクロージャーメーカーになって、ユニットは外部から仕入れるという流れが一般的ですが、薩摩島津は素材としてカーボンファイバーを仕入れて、そこからユニットを作ってしまうというのが面白い。カーボンファイバーの加工にもノウハウが必要ですからね。

――そういえば以前、麻倉さんの自宅で薩摩島津のスピーカーを見かけた気がします。

麻倉:あのときは、使っていた私のアンプの調子がイマイチで、ちょっと音が歪みがちでしたけどね。Model-4の発売はもう少し先になるそうですが、オーディオユニオンの御茶ノ水店で試聴会が行なわれて、そこで音を聴いてきました。

とにかく音の質感が良かった。ちょっと歪みっぽいところがあるなとも感じましたが、これはエンクロージャーが原因だったと後日連絡が来ました。試聴会で使っていたエンクロージャーは製品仕様ではなく、MDF材を使った仮のものだったのです。製品ではしっかりとした木製のエンクロージャーになるそうですよ。

薩摩島津のスピーカーは何度も音を聴いていますが、とにかく音がすごいのです。しっとりとしていて、音が後ろに広がっていきます。広大な音場が(スピーカーの)後ろ側に広がります。

以前、自宅で聴いたときも薩摩島津のスピーカーは良いなと気に入っていましたが、一方で「少し後ろ側に広がり過ぎだなぁ」と感じた面は否めない。もうちょっと前に広がってくれれば……と思っていたのです。

新モデルは従来の後ろに音場が広がる特徴を持ちつつ、もう少し前にも音場が広がるイメージですね。前方方向も含めて、音場がより立体的にできてきます。また振動板がカーボンファイバー製なので、いい意味でガラス振動板に似たスピード感、剛性感、しっかりとした解像感を楽しめます。

ただガラス振動板を採用しているAlpair 5Gは「これが俺の音だ。どうだ、まいったか」という雰囲気のサウンドですが、Model-4はそうではなくて、非常にしっとりとした音を楽しめる。スピーカー自体の主張が少なく、全体の音楽がホワッとした印象で楽しめました。クラシック音楽に特にマッチするような音でしたね。

ただ、やはり値段が高い(編注:ペアで168万円/税別)。大量生産にならないので仕方ないことですし、スピーカーは最終的に音を聴いて高いか安いかを判断するものですけどね。

薩摩の武士の末裔ですから、日本のオーディオ界、音楽界を盛んにしたいという思いというか、発想が“武士のようだな”と思いました。

薩摩島津の島津知久社長

実は、薩摩島津販売総代理店を務めている栗山馨代表プロデューサーとは旧知の仲なのです。栗山さんは以前出版関係の職に就いていて、そのときに知り合いました。そんな彼から連絡をもらって島津さんと出会うことになったのですが、島津さんはどちらかというと寡黙なタイプで、栗山さんは饒舌な人なので、面白いコンビだなと思いますね。

本人は“スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーと宮﨑駿監督のような関係”と言いますが、個人的には“藤沢武夫と本田宗一郎”だなと思います(笑)。

今回紹介した3製品は、どれも日本発で新しい切り口があるもの。またスピーカーとは結局音楽を聴くためのものですから「その音はどうなの?」というところも、それぞれ特徴があって面白かったので、紹介させていただきました。

おまけ1:LANケーブルのノイズを除去する「EE1 Plus」

「EE1 Plus」

麻倉:“おまけ”ではないですが、最近聴いた中で感動した製品があるので最後にふたつ紹介させてください。ひとつはイングリッシュ・エレクトリックのネットワークノイズ対策製品「EE1 Plus」です。同ブランドからは、同じLANケーブル用のノイズ対策アイテムとして「EE1」が出ていますが、その上位モデルですね。

――せっかくなので、ノイズ対策ありなしで聴き比べさせてください。

麻倉:何も対策していないと、のっぺりとして、輪郭も淡く、音像もイマイチですが、EE1 Plusを使うと、音像もはっきりしてボディ感も出てきますし、見渡しも良くなりますね。

「EE1」

初代と言えるEE1の時から、同様の効果を感じていましたが、EE1 Plusは遥かに改善の幅が大きく感じます。単にノイズが除去されるだけでなく、会社の持っている音楽的なチューニング術もいい形で作用しているなと思います。

Qobuzがトレンドになっていることもあって、こういったネットワークノイズの対策アイテムは最近増えてきています。ただ、そういったアイテムには光ケーブルを使って、ノイズを根絶するものが多い。

それに対して、EE1 PlusはLANケーブルのノイズを取るというアイテムなのが特徴的。それだけでなく、音楽的な面白さや解像感、音場感、透明感も出てくるので、とても面白いなと感じています。

ちなみに我が家では、スイッチングハブの手前にEE1を使っていて、ネットワークプレーヤーの手前にEE1 Plusを使っています。単体で使っても効果がありますが、足してみると、よりいい感じで、より効果が高くなるなという印象です。

おまけ2:真空管採用のポータブルレコードプレーヤー「handytraxx tube」

ーーもうひとつはターンテーブルですね。ずいぶんコンパクトですが……。

「handytraxx tube」

麻倉:電子楽器メーカーのコルグが開発したレコードプレーヤー、「handytraxx tube」は凄く面白いです。オーディオ・メーカーがプレーヤーをつくるのは当たり前ですが、楽器メーカーのプレーヤーだから、オーディオプロパーとは異なる、ユニークな切り口が光ります。

まずポータブルです。電池駆動でスピーカーを内蔵しているから、いつでもどこでもレコードが再生できます。運ぶのも取っ手つきの蓋により、とても楽。でもポータブルなプレーヤーというと、おもちゃのようなイメージですが、handytraxx tubeはひと味もふた味も違い、しつらえが本格的。

このプレーヤーが貴重なのは、自社開発の蛍光表示管型のNutubeを搭載していることです。正確にいうと、半導体フォノ・イコライザーと真空管のハイブリッドです。ここでの真空管の役割は「倍音付加」。基本のフォノイコライジング(レコードの周波数特性カーブをフラットに変える)は半導体が行ない、そこに“真空管の味わい”を加えるのです。

巷では真空管は、暖かく潤いがあると喧伝されますが、それは倍音効果ゆえですね。倍音は、あらゆる音に発生します。基音の周波数の倍数の音が同時に発せられるのです。でもすべての倍音が、心地良いというわけではなく、基音の次の第2倍音は気持ち好いが、第3倍音は少し雑味があります。

三極管のNutubeはこの気持ち好い第2倍音を多く発生させます。TUBUノブを右に回すと、Nutubeの倍音が強調され、左ではそれが薄れます。その効果は抜群で、内蔵の小さなスピーカーでも、艶が加わり、温度感が高くなり、すべらかな雰囲気です。濡れたヴィヴッドさとでも形容できる、実に心地好い音。

真空管搭載が画期的なので、その話から始めましたが、基本をしっかり押さえたレコードプレーヤーです。

アルミ・ダイキャスト製のプラッター、ベルトドライブにて常にピッチを監視し設定した速度に制御するメカニズム、MMカートリッジを搭載したバランス調整付きトーン・アーム、カートリッジ交換可能……と、ポータブルプレーヤーとしては常識外れに本格的な仕様です。

ラインレベルのRCA出力がありますから、この写真の後ろのような本格システムでも鳴らせます。

でもやっぱり醍醐味は、内蔵スピーカーでの再生です。音はとってもアナログ的。心地好く、ヴィヴッドで、何か、音楽の本質が、この小さな筐体に詰まっているような、鳴り方をします。

やはり真空管が効いています。アナログ録音の昔のジャズなどとっても素敵です。かつてのラジカセのように、いつでもどこでも好きなレコードが真空管音で楽しめる傑作プレーヤーですね。

麻倉怜士

オーディオ・ビジュアル評論家/津田塾大学・早稲田大学エクステンションセンター講師(音楽)/UAレコード副代表