麻倉怜士の大閻魔帳
第62回
「まったく違う音じゃないか」。新生ONKYOの音に驚き
2025年2月13日 08:00
1月7日からアメリカ・ラスベガスで開催された「CES 2025」。今年も現地を取材した麻倉怜士氏が実際に体験してきたもののなから、気になった製品や技術、ブースについて紹介する。今回は「驚き」だったという新生ONKYOのアクティブスピーカー、アンプ群などについて。
――前回に引き続き、CES 2025で気になったものを紹介していただきます。テレビ、AI以外の展示で気になったものはありましたか?
麻倉:オーディオ関連で言えば、リブランディングされたONKYOのスピーカーが良い音で驚きでした。正直に言って「ONKYOで良い音が楽しめる」という体験は、あまりありませんでした。どちらかと言えば中庸な音という印象が強かった。
旧ONKYOのAV事業はアメリカVOXXグループのPremium Audio Companyに譲渡されていて、今は同グループの一員です。新製品の開発は東大阪で行なわれていますが、音作り、音決めにはアメリカ側の意向も絡んでいるそう。
その影響もあるのか、新ONKYOのサウンドは昔とまったく違いました。これまでのONKYOといえば薄味で、キレも鈍いという印象が強かったのですが、新しいホームスピーカー「Creatorシリーズ」は細かいところまで表現されるし、グラデーションもなかなか出ているし、抑揚も感じられる。まったく違う音じゃないかと思いましたよ。
まずはアクティブスピーカーが2機種発売されて、そのあとにプリアンプとメインアンプが発売される予定です。アクティブスピーカーは低音がしっかりと出ていて驚かされました。Klipschも同じグループで、ちょうどONKYOスピーカーの近くに大きなKlipschのスピーカーが置いてあったので、「この低音はKlipschから出ているのかな?」と一瞬考えてしまうほどでした。ボーカルの再現性も高かった。ジャズボーカルだとベースやバスウッドに埋もれがちですが、かなりリッチに再生されていましたね。
続く新アンプ「Icon」シリーズのプリアンプ、メインアンプも音が良かった。解像度がしっかりあるサウンドで。今までONKYOに解像度が高いという印象を持ったことはありませんでしたが、細かいところまでしっかりある。滑らかなグラデーションの中に解像度があるような感じでした。
筐体のデザインも良いですね。プリアンプはすごくシンプルなデザインですし、パワーアンプも針があるデザインが好印象でした。
オーディオ関連で言えば、Auro-3Dの新しいイマーシブ・フォーマット「Auro-Cx」がついに動き出します。Auroはストリーミングのためのスケーラブル・オーディオコーデックとして「Auro-Cx」を去年発表していますが、また立ち上がる直前といった段階でした。
今年は、アメリカの「アーティストコネクション」、ドイツの「ピュア・オーディオ・USG」、ベルギーの「AURO-MASTERS」という3サービスを通じて、今夏よりAuro-Cxフォーマットでの配信がスタートすることが発表されました。対応チップセットも複数メーカーが開発中で、Androidベースのソフトウェアでデバイスのテストも進んでいます。
Auro-3Dは音が良いのが特徴ですが、Auro-Cxはもっとフレキシブルで、かなり圧縮をかけてもリッチな情報量で音が良いのがウリです。これは期待の新フォーマットだと思っています。
通信速度に合わせて、伝送する情報量を変える適応性が強みです。高速通信時のロスレスから、ニアロスレス、ロッシーと自動的に情報量を変えていくのです。
具体的には、まずチャンネル数の変更機能があります。オリジナルコンテンツが7.1.4などの多チャンネルでも、通信状態や相手の機器に応じて、デコードするチャンネル数を減らすのです。受信デコーダーが高級なAVセンターで、しかも通信状態が良ければ7.1.4のまま再生。相手がローエンドなスマホなら、同じストリーム信号から2チャンネルにミックスダウンします。
またスケーラブル・サンプリングレートも採用しています。ビットレートはそのままに、サンプリング周波数を変えるもので、オリジナルが192kHz/24bitであっても、スマホやタブレットでは、「24bit」はそのままで、デコーダーでサンプリング周波数を例えば48kHzに落とすのです。
ベースのAuro-3Dはもともと高音質でしたが、アルゴリズムの改良で、さらに高音質になりました。
受信環境としては、それぞれのスマートフォン用のアプリに加えGoogle TV、Fire TVもテストが進んでいるそう。もちろん、AVアンプにも近い将来搭載されるでしょう。音質的にはロッシーであっても、とても水準が高く、ロスレスでは、まさにオーディオ的醍醐味を満喫できます。今後、Auro-Cxはスマホだけでなく、車載オーディオやゲームなどにも進出する予定だといいます。
そもそも、ブランドとしてAuro-3Dを推進していた「Auro Technologies」は、ギャラクシー・スタジオのWilfried Van Baelen氏が設立した会社で、2022年の会社資産売却によって「NEWAURO BV」という新会社が設立されていました。
そして、そのNEWAURO BVからAuro-3Dの資産を買収したのが、2014年にディナウディオを買収した中国のGoerdyna Group。2024年12月にデンマークのGOERDYNA HOLDING A/Sを通じてAuro-3Dの資産を買収、ベルギーに新会社として「GOER DYNAMICS BV」を設立して、すべてのAURO-3Dの技術、権利、資産、ビジネス、スタッフを引き継ぎました。
これによりディナウディオとAuro-3Dは“親戚関係”になっていて、今回のCESでもディナウディオブースにAuro-3Dの展示が行なわれていました。またGoerdyna Groupの一員となったことで、Auro-3Dにとっては、研究開発やマーケッティングの予算が増え、今後のビジネスの規模拡大が可能になったわけです。
ーー最後に、今年のCESを現地取材してきて、一番面白いと感じたブースはどこでしたか?
麻倉:ブースとして面白かったのはソニーです。ハード的には何もなかったので、まったく面白みはありませんでしたが(笑)。映画製作のためのバーチャルプロダクションや、ソニーが制作しているコンテンツが世界中でヒットしていることなどがPRされていました。
ソニーの取り組みですごく面白いと感じたのは、ひとつのコンテンツがヒットしたら、それを別のメディアでも展開していくぞという姿勢。例えば映画でヒットしたら、それをゲームにしたり、音楽にしたり。ひとつのコンテンツを3度くらい味わってもらう戦略ですね。十時裕樹社長は「IP360」として、360度のIP展開を標榜していて、それを象徴するものです。
十時社長の発言で興味深いのは「うちはまだ自前のIPが少ない」と発言していること。自前のIPを最優先としてたくさん持ち、それを多方面で展開すれば当然収入も増えます(寝ていても!)。KADOKAWAの買収も、そのIP確保が念頭にある一手ですね。
Unreal Engineなど、ゲーム制作に使われるエンジンの積極的な活用も印象的でした。ゲーム用エンジンなので、ゲーム制作に使われるのは当然ですが、制作の段階で、ゲームだけでなく、映画や音楽など他ジャンルへの展開も考えてアセットを用意する。ゲームのために制作した音楽やモーション、クリップといったアセットは、そのまま映画にも転用できますし、それをミュージックビデオに活用してもいい。
そんな事例として紹介されていたのが「LEGO ホライゾン アドベンチャー」。ソニーの人気ゲームシリーズ「Horizon」とLEGOがコラボレーションしたゲームですが、その映像や音声といったアセットを流用して、テーマソングやアニメーションによるミュージックビデオが作られていました。
もうひとつ、ソニーの戦略が分かりやすい事例だったのが、そういったアセットを現実世界に持ち込む「ロケーションベースエンタテインメント(LBE)」。簡単に言えば“現代版お化け屋敷”ですね。お化け屋敷を実際に作って、その世界観をユーザーに身を持って体験してもらう施設です。
CESでは、「The Last of Us」という人気のサバイバルアクションゲームを題材にしたLBEの展示が行なわれていました。ブースにLEDディスプレイを使ったドーム状の施設が置かれていて、その中でいろいろな映像が表示される。
参加者には銃を模したアイテムを渡されるのですが、ドーム内に設置されているセンサーで、銃の動きや向きを検知して、出てくるクリーチャー(感染者)たちを倒していきます。この銃にはハプティックフィードバック機能も搭載されていました。CESのデモでは最初出てくるクリーチャーは数体ですが、段々と増えていき、最終的には大量の敵に襲われる……という形でしたね。
このLBEビジネスについて、担当者はUnreal Engineを使ってひとつのフォーマットを作りたいと言っていました。
ひとつのIPを横軸で展開していくときに問題になるのが、制作にかかる時間です。ヒットしているときに展開しないと“美味しくない”わけで、「コツコツ作っていましたが、ヒットしてから3年経っちゃいました」ではダメです。ヒットしたと思ったらすぐに横展開できなくてはいけない。
例えばショッピングモールの中に、こういった施設が常設されていて、ヒットしたコンテンツの“お化け屋敷”がすぐにそこで楽しめる環境を作らなくてはなりません。そのためにはある程度のフォーマットが必要で、そのフォーマットに則って、いかに迅速に作れるかが鍵となります。
それも作ってもらったものを受け取るのではなく、はじめからゲームエンジンの中に、いろいろな方向に適用できる要素を仕込んでおいて、その素材をうまく活用していく。スピード勝負のゲームエンジン活用というのが、ソニーのこれからのIP展開に重要な要素だなと思います。
ちなみに、LBEのデモ自体は去年も行なわれていて、去年はゴーストバスターズを題材にしていました。ただ去年は小屋の中の映像表示にプロジェクターを使っていたそう。しかし、プロジェクターでは黒が浮いてしまうということで、今年はLEDディスプレイを使って表示していました。
そのおかげで映像表現はとても良かった。音響も立体音響の360 Reality Audioが使われて没入感があります。またソニーは匂いを再現する技術(Olfactive Technologies)も持っているので、今回のデモではクリーチャーの“匂い”が再現されていました。
そういったソニーの内製技術を駆使しつつ、ゲームエンジンを活用して迅速制作するというのは面白い試みだと思います。先程も言ったように、ソニーのCESブースにはハードがまったく無いので「なんだかなぁ」と思っていましたが、コンテンツの戦略は面白いものがありましたね。