本田雅一のAVTrends
第183回
スポーツイヤフォンから超弩級プレーヤーまで。ソニー“やりすぎ”オーディオを聴く
2018年9月1日 07:00
毎年、IFAに多くの製品を投入してくるソニー。これまではオーディオとスマートフォンの新製品が多かったが、今年は意外にもテレビに新作を持ってきた。テレビ商戦が華やかだった頃は、春と秋に新製品を投入するのが常だったが、現在は1月のCESで北米向けモデルをアナウンスし、春に日本向け製品が登場するのが通常のルーティンだ。
ところが今年は春に発表を行なった上で、BRAVIAにMasterシリーズという高画質シリーズを新たに追加した。すでに欧州では発表されていたが、X1 Ultimateを搭載しているこのシリーズについては、その画質について比較視聴と技術背景を取材しているので別の記事としてレポートする。
一方、オーディオ製品も特にヘッドフォン関連の製品が今年は充実している。
カジュアル、スポーティー、そしてエンスージャストと、幅広い価格レンジ、用途の製品がそろっているのが特徴だ。一通りの製品はブースだけでなく、静かな場所での試聴や担当者への取材もできたため、簡単な音質のインプレッションも交えながら、新製品について紹介していこう。
なお、いずれも日本市場向けに発売されるとみられているが、まだ正式には発表されていないため日本での価格はわからない。また、欧州向け価格は一般的にVATを含んでいるなど、さまざまな理由から単純なレートで計算すると、日本価格よりかなり高く見えることが多いことは含み置きながら見るといいだろう。
充実のソニーヘッドフォン
IFA発表のソニー製オーディオ製品に関しては、大きく3つに分類できる。
まずは機能性を高めた一般向けの製品群で2つの新製品が投入された。
ノイズキャンセリングヘッドフォンMDR-1000Xシリーズの最新版「MDR-1000XM3(380ユーロ)」は最新のDSPを内蔵した新しいチップを起こし、長時間バッテリ駆動とより高いノイズキャンセリング性能を得ている。
もうひとつはランニングだけでなく、様々な姿勢で身体を動かすクロスフィット、あるいは防水チップと内蔵メモリを使うことで水泳でも利用可能な左右独立型ワイヤレスイヤフォンの「WF-SP900(270ユーロ)」だ。
次に一般向けの高音質ヘッドフォン群。
欧州では販売しないものの参考展示された「IER-M9」と「IER-M7」は、前者が5ウェイ5ドライバ、後者が4ウェイ4ドライバのマルチウェイバランスドアーマチュア(BA)構成のインイヤーヘッドフォン。音楽制作やアーティスト向けに開発され、ユニバーサルフィットとしては極めて高い遮音性を誇る。ドライバユニットは、すべてソニー独自設計・生産で、この製品に合わせて再生帯域がチューニングされている。
ソニー製ヘッドフォンがグローバルで躍進するきっかけとなったMDR-Z7がフルモデルチェンジを受け「MDR-Z7M2(800ユーロ)」も展示された。音質傾向がMDR-Z1Rに近い方向へと寄せられ、付属ケーブルの見直しなどトータルの質が高まっている。ただし欧州価格を見る限り、従来機よりはやや価格が上がる模様だ。
最後にエンジニアが“特定ジャンルを突き詰めて”高い品質を目指すシグネチャーシリーズに、インイヤーヘッドフォンの「IER-Z1R(欧州価格2,200ユーロ)」とデジタルミュージックプレーヤーの「DMP-Z1(欧州価格8,500ユーロ)」が追加されている。いずれも8月に行われた香港のオーディオショウでお披露目が済んでいるものだが、大々的な展示は今回が初めてだ。
いずれも掘り下げれば掘り下げるほど、面白い話が出てくるのだが、ここではザッと駆け足でファーストインプレッションをお伝えしていきたい。
さて、それぞれ特徴のある製品だが、まずは左右独立型ワイヤレスイヤフォンで、防水対応チップも同梱するWF-SP900について触れておきたい。以前にレビューしたランナー向けイヤフォンレビューの「追補」と捉えていただいてもいいだろう。
その際、水泳でも使えるNW-WS413も試したが、あまりいい印象は得られなかった。水泳用の防水チップを取り付けると音量が下がり、絶対的な音圧が不足することも理由だったが、ターンで壁をキックすると簡単に外れてしまうなど、少々、装着安定性に不安を感じたためである。
他社製を見渡すとスイミングゴーグルにプレーヤー部を装着する製品もあるが、単機能のBluetoothイヤフォンの中でも、本機は極めてコンパクトかつ軽量な製品である。片側7.3グラムと、1月のCESで発表したWF-SP700Nよりも0.3gながら軽量で、見た目にもスリム。
残念ながらスイミング時のインプレッションはお届けできないが、企画・開発担当者によるとターン時に壁を蹴った際などに脱落しないよう、入念なアークサポーター(耳たぶの溝に沿わせて安定させるスタビライザー)や本体形状の調整を行ったという。イヤーアークのサイズも、従来の2種類から3種類へと増やされている。
また、アークサポーターとイヤーチップの位置関係を最適にするため、イヤーチップの装着深度を2段階に調整できるようになっている。ランニング時などにアークサポーターが溝から外れやすい人には朗報だ。
実際に装着してみたが、筆者の場合、これまでは右耳のアークサポーターが外れやすかったのだが、チップ装着の深度を左右で変えると見事に安定した。軽量・コンパクトで頭の向きにかかわらず安定している。
水泳時での使用に関しては試せていないため明言は避けたいが、ゴーグルなどに絡めて脱落時の紛失を防ぐリーシュコードを添付しているため、万一脱落したとしても紛失する心配はない。ランニング時ならなおさらだ。
クロスフィットトレーニングやストレッチなどの際にも外れにくいよう調整しているとのことで、姿勢に依存しない安定した装着感は、それだけでも要注目。これまで試してきたスポーツ用の左右独立型ワイヤレスイヤフォンの中では、ダントツの安定感と安心感である。
また電波が透過しない水泳時でも利用できるよう、4GBメモリを内蔵し、イヤフォン単体での音楽再生を実現(操作は加速度センサーを用いたタップで行なえる)しているほか、左右イヤフォンの結合をSP700Nの磁気共鳴通信による結合へと改められている。水中での利用を可能にするためだが、都心部の駅など2.4GHz帯が混雑している状況でも左右の音切れといった問題を引き起こしにくいのではないか?と予想される。
一方、末尾のNがないことからもわかるとおり、「ノイズキャンセリング」は搭載されていない。ただし外音収集を行うマイクは搭載しており、街中でのランニング時に周囲の音を適切な音量で音楽にミキシングする機能は搭載されている。
これは“可能な限りの小型軽量化”と”水泳にも使える防水性”の両立を目指し、スポーツ利用に特化する意図で、あえてノイズキャンセリング機能を外したとのこと。一方で音楽再生機能を内蔵していることを考えれば賢明な選択ではないだろうか。
バッテリーケースは本体を三回充電できる容量を確保。Bluetoothイヤフォンとして使った場合の連続使用時間は3時間とSP700Nと同等だが、システムトータルの再生時間は12時間となる。ただし内蔵する音楽再生機能を利用する場合は単体で6時間の再生が可能。市民マラソンにチャレンジしている人にも十分に余裕のある再生時間となる。
最後に音質だが、小型軽量化のためにシングルBAドライバ構成となっている。BAは再生帯域が狭いため複数個を用いることが多い。たとえばBA採用イヤフォンの草分けエティモティックリサーチのER-4などは、高域の繊細な表現力と引き換えに低域再生能力が低かった。
本機の場合、初期のBA採用イヤフォンよりも、少し低めの帯域に合わせてカスタムのBAドライバを自社生産しているようだ。高域の伸びやかさや解像力の高さはさほど感じないかわりに、中域を中心にバランス良く聴かせる。“スポーツ用”として、身体を動かしながら音楽を愉しむ製品と考えるなら、まっとうな音作りと言える。
なお、ノイズキャンセリング機能、音楽再生機能を除くと、SP700Nに準ずる機能を持ち、イコライザー調整や音質調整をアプリからも行なえる。
QN1でワイヤレスヘッドフォン新世代へ
グローバルでの大ヒットとなった「MDR-1000X」シリーズの第3世代モデルMDR-1000XM3は、事実上のフルモデルチェンジと言える製品である。もっとも大きな変更はノイズキャンセリング機能を司るDSPの能力を4倍に向上させた上で、D/Aコンバーター、アンプもひとつのチップに収めた新世代LSI「QN1」を新規で開発した点にある。
ノイズキャンセリング能力は全域で向上しており、飛行機のキャビン内に多いノイズを軽減する低域のキャンセリングも若干向上しているほか、自動車や電車に多く、また人の声の帯域と重なる中域から高域にかけてのキャンセリング能力が大幅に上がった。
さらにDAC/アンプとDSPを一体化させたことで、ノイズキャンセリング機能をオンにした時の音質が格段に上がっているほか、ノイズキャンセリングをオン/オフ切り替えた際の音質差(品位という意味ではなく音の質感)が極めて少ない。
装着感も体感できる進歩を遂げている。
イヤーカップ形状が変更され、耳たぶの角度によりフィットするようになったほか、イヤーパッドそのものの素材を変更。低反発ウレタンとすることでパッドが頭と接触する面積が20%増え、これにより安定した装着感とパッシブのノイズ遮断性が高まった。
ヘッドバンド形状を見直し、頭のカーブによりフィットしやすくなったなどデザイン上の改善も決して小さなものではない。耳の上に生まれていたヘッドバンドと頭の隙間が小さくなり、スリムなシルエットとなった見た目の改善もあるが、飛行機内などで、そのまま眠りにつく際などに頭を傾けたときにズレにくいのではないかと感じた。
新しいチップとなったことで処理能力の余裕も生まれているため、今後はQN1をベースにソフトウェアでの機能、性能の強化にも挑戦していきたいという。
モニターイヤフォン「IER-M9/M7」登場
参考展示のインイヤーモニター(IEM)「IER-M9」と「IER-M7」についてもコメントしておきたい。IEMはライブステージ上でのモニター用途に設計されたイヤフォンのことで、音の正確性やアーティストが求める音のバランス、質なども重要だが、同時に遮音性の高さやアクティブに動いても快適な構造、形状が求められる。
そこでソニーミュージックの所属アーティストや音響エンジニアの意見を取り入れながら開発したのが上記、二つの製品とのことだ。
もっとも、こうしたプロ向けの高品位IEMが、カスタムフィットの製品を含めて高音質を求めるエンスージャストにも注目されていることは本誌の読者ならよくご存じのことだろう。
まず装着感だが、同種の製品ではもっとも“耳の中への収まり感”が高い。ハウジングにマグネシウム合金を使うことで軽量化していることも、安定性や収まりの良さ(コンパクト化)を実現している理由だろう。実際の装着感は自ら試してもらいたいところだが、このフィット感ならばカスタムでなくとも満足するという人は多いのではないか。
しかし、特筆すべきはその遮音性と音質だ。
M9は5ウェイ、M7は4ウェイのBAドライバ構成で、超高域を除く帯域は両製品で同じドライバが使われている。が、どのドライバもソニー独自開発のマグネシウム振動板を使ったもので、マルチウェイ構成にするためあらかじめ再生帯域を綿密に計算して設計されている。
ドライバは束のようにコンパクトにまとめて配置され、そこからポートへと直接音を流す設計となっており、耳の外部との接触が最小限となるため、耳栓のように機能して遮音性を高めているのだ。
いずれもNW-WM1Zの4.4mmバランス出力端子で聴いたが、スタジオのモニターで聴いたようなフラットで澄んだ音だった。余分な響きを感じさせないため、細かなニュアンスを感じやすく、録音やマスタリングの違いによる”ウェット”、”ドライ”といった質感がはっきりと聴き取れる。
さすがにスタジオの壁に埋め込まれたラージモニターのような空気の大きな動きといったものは感じられないが、アーティスト向けだけでなく、一般向けの高音質イヤフォンとしても魅力的だろう。
なお、両モデルの違いは超高域を担うユニットの有無だが、ドライバ数の違いからハウジング形状も異なるため、単純な再生帯域だけでなく音の質感も異なる。M9がフラットな特性で、良い意味で音場全体を俯瞰して見るような冷静沈着な音なのに対して、M7は若干、ミッドバスをプッシュしたニュアンスがあり、より若々しく元気な印象を受けた。
Signature
一昨年、音を極めた製品を集めた製品として3製品が発表されていた「Signature」に、今年は2つの製品が追加された。すでに香港で発表済みだが、インイヤーヘッドフォンのIER-Z1R、ミュージックプレーヤーのDMP-Z1である。
このシリーズは文字通り、エンジニアが自分の名前を出し、自らの思いを100%ぶつけて開発するシリーズ。通常はコスト面での制約を受けながら、どう”製品としてまとめ上げるか”という妥協点を探すものだがが、Signatureシリーズではその制約を大幅に緩和し、ソニー内にある高音質技術をいかに製品に活かせるか? というショーケースとなっている。
そうは言っても、民生用の製品となるとエンジニアはどこかでブレーキをかけるものだ。ところが、このシリーズに限っては「AとB、Bの方が音質がわずかでも良くなるなら、Bを使うべきだろう」と、むしろ経営陣がエンジニアに”音質追求”を促すという。ソニービデオ&サウンドプロダクツ社長の高木一郎氏は「研究開発兼広告PRも兼ねた投資だと考えている。誰もが納得するプレミアム製品を持つことが何よりブランドを作るために重要」と、IFA会場での取材に応じた。
そんなシリーズだけに、2年前よりも“さらに”エンジニアのこだわりがエスカレートし、詰め込まれた製品になっている。
その細部のこだわりまで突き詰めると、とてもではない情報量となるため、ここでは主にインプレッション中心で書き進める。
IER-Z1Rは、オーバーヘッドバンドによるヘッドフォンとして最高峰となるMDR-Z1Rの対となる製品で、モニターとして設計されたM9、M7とは異なるフィロソフィーで音が作られている。それは応答性と遮音性を重視してマルチウェイBAドライバのM9、M7に対して、ダイナミックユニットを併用したハイブリッド構成を取っている点からも読み取れる。
ダイナミックドライバは“動かせる空気の量”が多いため低域に使われることが多いが、この製品は低域から中高域にかけてフルレンジ的に12mmのダイナミックドライバを配置し、そこに専用開発の高域用ソニー製BAドライバを加えている。が、さらに超高域をBAドライバではなく、5mmという小径のダイナミックドライバに担わせている。
BAドライバには得意な帯域だけを担当させ、低域の量感やエアボリュームの大きさを12mmダイナミックドライバ、100kHzまでフラットに伸びる広帯域再生は5mmダイナミックドライバで補うという作戦だ。
簡単に思えるが、ダイナミックドライバを完全に密閉された筐体でコントロールするのは実際には難しい。マグネシウム合金で成型するインナーハウジングの検討を繰り返し、それぞれのドライバーが配置される位置やポートまでの流路を最適化したのはもちろん、12mmダイナミックドライバの背面とジルコニア合金で作ったアウターハウジングの間にある空間を極小の音響管でつなぐことで、自然で伸びやかな音を引き出している。
このため、全体としてはサイズが大きめ。高硬度のジルコニア合金などもあって、やや重さは感じるが、そこを構造的にフィットしやすい形状とすることでクリアしている。
肝心の音質だが、“インイヤー”、“密閉型”から想像する音場の狭さがなく、自然な広がり感がある。音質傾向はMDR-Z1Rにも通じるもので、音像を強調してシャープさを出すのではなく、ありのままに丁寧に硬軟の描き分ける印象。
音域バランスなどはM9とも近い印象だが、オーバーヘッドのヘッドフォンにも通じる音の広がり感、音場を埋める”空気”の密度感などに開発ポリシーの違いを感じる。広帯域ではあるが、そこに何らかの強調やざらつきを感じさせる歪み感はない。音像の芯はシャープだが、音像の周囲に漂う演奏のニュアンスがしっかり感じられる。
またダイナミックドライバーの良さである、音場全体のボリューム感もM9との違いと言えるだろう。スペックや細かなチューニング手法に関してはここでは言及しないが、従来の常識を越えて時間とコストをかけた製品であることは間違いない。
もっとも、“ぶっ飛びぶり”から言えばDMP-Z1に勝るものはない。
この製品は簡単に言えば「持ち運びすることを捨て、音質だけを追求したウォークマン」である。デジタル部の多くをウォークマンと共有し、ファームウェアも一部ユーザーインターフェイスなどをカスタマイズしているものの、基本的なベースは同じ。
世界最重量級の銅筐体ウォークマン「NW-WM1Z」を開発した開発者たちが、据え置き型ならではの駆動力の高い高音質ヘッドフォンアンプと合体させた製品なのだ。“あの製品”を作ったエンジニアたちが、以前にも増してコスト度外視で作った作品である。
ポイントは「巨大なアルミ押し出し材を削り出して作られる頑強な筐体」「内部構造面でも電源面でも完全分離されたデジタル部とアナログ部」「据え置き型ながら3系統のバッテリのみ駆動される完全DC電源設計」「カスタムメイドのアナログボリウム」「DSDリマスター、新DSEE HXによる高音質化信号処理技術」「左右チャンネルを分離するためD/Aコンバータを2基搭載」「デュアルアンプによるバランス駆動」といったところだろうか。
なおパソコンなどと接続し、本機をD/Aコンバータとしても利用できるが、ライン出力は持たないためホームオーディオ用のD/Aコンバータとしては使うことができない。その理由は「ライン出力回路を並列に挟むことで、僅かながらも音質低下があるため」とのことだ。従って、基本的に本機は“ヘッドフォン、イヤフォンでしか使えない”点に留意したい。
バッテリは18650とおぼしきサイズのセルを4個搭載。それぞれ2個づつに分けてデュアルアンプに電源を供給し、それとは別の薄型バッテリ1個をデジタル部に用いる。バッテリ持続時間は6時間。本機を使いながら余剰電力で充電する、いわゆるパススルー充電機能はないため、連続駆動の場合は6時間一本勝負。
アルミシャシーはH型をしており、上の段にデジタル基板、下の段にアンプ基板が配置され、その間の開口部を最小限にとどめることで相互の輻射ノイズ混入を防ぐ構造だ。USB入力にパソコンをつなぎっぱなしでも、パソコンからのノイズ混入による影響を最小限に抑えることができるだろう。異なるふたつのコンポーネントを1つにしたようなものだと考えるといい。
その理由は、アンプ部に供給するバッテリがバランス駆動のアンプそれぞれ給電するため極性が逆に接続されており、充電と給電を原理的に同時に行なうためとのことだ。パススルー充電ができることよりも、完全バランス駆動のアンプを、正極・負極両方に対して別のバッテリから給電することによる音質向上を狙った。
ただし、バッテリでのみ動作するわけではなく、バッテリが切れた場合はAC給電モードで動作させることはできる。その場合は僅かにS/Nが悪くなるはずだが、そこまでの詳細な比較試聴はできていない。
さて、本機に関しては様々なこだわりが多数あるが、とても紹介しきれないので音質のインプレッションへと早速移りたい。
本機の良さは、まさにS/Nを追求した結果現れる、音源が本来持つ表情の豊かさが表現できていることだ。他メーカーで恐縮だが、筆者はLINN ProductsのKlimaxシリーズを愛用している。そのひとつ下となるAkurateシリーズと回路構成・電源などはほぼ同じだが、アルミの塊を切り抜き、各パートをセパレートした内部構造などを採用してS/Nが上がり、結果として低域の解像感や表情の豊かさ、伸びやかな音場空間が実現されている。
もちろん、メーカーが異なれば目標とする音の質感は違うのだが、S/Nを徹底的に良くした結果、それまで見えていなかった表情がはっきりと見え、そしてこれまで聞こえていなかったニュアンスが浮かび上がる。
本機の「ウォークマンのプラットフォームをほぼそのまま」という手法については賛否両論があるだろうが、パソコンのようなノイズ源となり得る上、プレーヤーソフトやドライバによる音質変化といった不確定要素を含まない点は長所と言えるだろう。プレーヤー部を含めた音質検討を行なうことによる良さはある。
またウォークマンのシステムが持つ、ストリーム音源への対応の弱さについても、LDAC対応ハイレゾBluetoothオーディオやUSB経由のパソコン再生でカバーできる。
香港・中国でのお披露目では、ユーザーはもちろん、ヘッドフォンメーカーから「安定したヘッドフォン評価のリファレンスができた」と歓迎の声があったという。
高木社長が認めるように、Signatureシリーズは決して大きな収益をもたらす製品ではない。しかし、誰もが納得する結果を出し続ければ、一般向けの上級製品や普及型製品にも良い影響が現れるものだ。実際、欧州市場におけるソニーのオーディオ事業は、売り上げ規模が3年前に比べて5倍に増加しているという。
良い意味での“やり過ぎ”がソニーのオーディオ事業を復活に導いているようだ。高木氏はSignatureシリーズに関して、今後はホームオーディオも含め、あらゆるジャンルで「一定の品質を超えられる確信がもてるジャンル」で取り組んでいきたいとしている。