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“音質ファースト”ソニー新Signatureはどうやって生まれた? 開発者に聞く
2018年9月3日 00:05
ソニーが「IFA 2018」で発表した新製品の中で、オーディオで特に注目のモデルが、イヤフォンの「IER-Z1R」と、ハイレゾオーディオプレーヤー「DMP-Z1」。欧州では11月以降に順次発売され、日本での発売時期や価格は未定だが、日本で聴ける日を心待ちにする人も多いことだろう。
'16年のフラッグシップヘッドフォン「MDR-Z1R」と、USB DAC内蔵ヘッドフォンアンプ「TA-ZH1ES」、ウォークマン「NW-WM1Z」と「NW-WM1A」で構成するSignatureシリーズに加わったのが、イヤフォン「IER-Z1R」と、バッテリ内蔵ハイレゾプレーヤー「DMP-Z1」。欧州ではIER-Z1Rが2,200ユーロ。DMP-Z1は8,500ユーロと、同シリーズの製品は価格もこれまでのモデルと段違いだ。
ソニーのホームエンタテインメント&サウンド(HE&S)事業を担当する高木一郎専務から「(DMP-Z1の内蔵バッテリやボリュームノブ部分などについて)コストを1mmも考えていない」との言葉も出るなど、エンジニアが追求するクオリティを経営陣も後押しした意欲的なシリーズ。各モデルの開発者に、どのあたりが“音質最優先、コスト度外視”で、結果としてどんな製品になったのか聞いてきた。なお、本田雅一氏による音質のインプレッションは別記事で掲載している。
取材に答えてくれたのは、IER-Z1Rを担当したソニービデオ&サウンドプロダクツ V&S事業部 商品設計部門 商品技術1部2課 桑原英二氏と、DMP-Z1を担当した同部門 商品設計1部 佐藤浩朗氏、企画ブランディング部門 商品企画部 田中光謙氏の3人だ。
超高域はBAではなくダイナミック型。常識を覆した要素とは
IER-Z1Rを手掛けた桑原英二氏は「我々の技術を全て注ぎ込んで、最高の音を作り出すのが目的。広い音場の“空気感の再現”を目指しました。単にいい音というよりは、イヤフォンの常識、概念を覆す製品にしたいと思い、それを形にしました」と語る。
ドライバは5mmのダイナミックドライバ、12mmのダイナミックドライバ、さらにバランスドアーマチュア(BA)ユニット3つで構成。バランスド・アーマチュアドライバは、立ち上がりの速い音、微細な音が得意とされ、多くのイヤフォンでは高域用に使われているが、それよりもさらに高い帯域に5mmダイナミック型ドライバを割り当てているのがポイント。BAドライバは、人間が聴ける範囲の高域を超高域や、シンバルやボーカルの息づかいなどを主に担当するのに対し、5mmドライバはそれをカバーしつつもさらに高い帯域、人の可聴域を超えた100kHzをカバー。動作原理の違いを持つダイナミックとBAを組み合わせて高域で使うことで、スムーズでナチュラルな音を実現したという。
これらのドライバユニットは、1つのマグネシウム合金製インナーハウジングに収めている。その構造も特徴的で、3つのドライバを取り付けると同時に、各ドライバから出た音を、音道を介して位相状態をコントロールしつつ、理想的な状態で3つの音を合わせ、1つ1つの音の存在感、分離感、セパレーションを向上させる「リファインドフェイズストラクチャー」と命名。1つ1つの音の位置が分かりやすく、楽器の音色をしっかり伝えられるという。
12mmドライバユニットの後ろ側には、サウンドスペースコントロールという技術を採用。ドライバの後部に、通常は無い空間を追加。その空間から出している極細の透明な真円チューブで振動板の動きをコントロール。音響キャビティも備え、ダクトの内径や、長さ、形状も綿密に調整。高精度な組み込みにより、振動板の動作を精密に制御するという。
これらの技術により、通常ではできないような周波数特性の音を可能にし、従来はできなかった音の広がり、音場感を実現したとのことだ。桑原氏は「多くのジャンルに対応し、『(普通のイヤフォンは)頭の中で定位して窮屈に感じる人も、これを聴いていただけると、その音場のイメージが、頭の中で鳴っているけれども音が外にあるような、イヤフォンとは違うフィーリングを感じていただける」と自信を見せる。
超高域にダイナミック型を採用したことは、桑原氏らが初期段階から検討していたという。「ある程度予想は立ちつつも、やってみなければわからないことでした。これまでの経験、ノウハウを駆使しつつ、シミュレーションも重ねました。近年コンピュータシミュレーションは音の世界でも有効活用できるようになっています」とのことだ。それでも「最終的には実際に作らないとわからない。作る以前の過程で、なるべく高精度なシミュレーションをすることで、作る前段階の期間をぐっと縮められます。実際に作って聴くというだけでも多くの工程がありますが、聴いて初めて『これは正しかった』、『もうちょっとこう変えてみよう』ということを何度も繰り返してきました」と語る。
「マルチBA構成のイヤフォン『IER-M9』という新モデルもありますが、マルチBAの良さは密閉できるところ。これはステージモニターとして適しています。IER-ZIRは、コンシューマのリスニングを最上級にしたいという思いから、ハイブリッドという構成が合っていました」という。
国内生産だからできたこと
自社製BAドライバはIER-Z1Rの開発を見越して作られたもので、こちらにも細かいこだわりが詰まっている。振動板にはマグネシウム合金を使用。「(既存イヤフォン)XBA-N3の自社製ユニットと外観は同じですが、N3は振動板にアルミを使っていました。マグネシウム合金はアルミより軽く、内部損失が高いため不要な振動を伝えず、理想的な金属として採用しています。端子部分も金メッキしたり、ボイスコイルをシルバーコート銅線にした点なども、“コスト度外視”でいいもの作ろうとした結果であり、国内でBAドライバを作っているソニーならでは。自信を持っておすすめできる理由でもある」(桑原氏)。
本体の組み込みは大分の工場「ソニー・太陽」で行なっており、Signatureシリーズのヘッドフォンの「MDR-Z1R」や、定番モニターヘッドフォン「MDR-CD900ST」が作られているのもこの大分の工場だ。
ハウジングの色がシルバーでキラキラと光っているデザインも特徴的。初めてジルコニウム合金を使ったこのハウジングは、素材の良さを活かすため、表面に一切コーティングなどをしていないという。この素材はサビに強く、固いとのことで、長く使いたいSignatureシリーズだから採用したものだという。
ケーブルは、ステレオミニと4.4mmバランスケーブルを同梱。導体には銀コートOFC線を、撚り合わせのツイストペア構造で採用し、信号の往路と復路で発生するノイズをキャンセルしてクリアに聴ける。表面にはシルク編組を採用。タッチノイズを軽減。製品のクオリティを付属品でも保つため、従来は単体販売していたケーブルを同梱とした。
“常識を覆す”という目的からすると、部品代のコストだけでも多くを投入しているとのことだが、桑原氏は「妥協せず振り切った部分はある」と語る。「ユニットが3ウェイということもあり、全部組み合わせを考えるとパターンは無限です。その中から今に至った過程が、このモデルだからこそできたこだわりのポイント。1個のドライバを最適化しても、他と組み合わせて最適かどうかは分からない。ユニットから筐体まで、同じ設計者が一から見ています。例えば、ダイナミックドライバについても、振動板の材質、厚み、形状まで、多く設計者の協力を得ながらも、すべてを私が見ています」(桑原氏)。
開発期間について尋ねたところ「1年などの単位でできるものではありません。最初のSignatureシリーズが出た頃からも、イヤフォンの開発はずっと続けていました。今までソニーのイヤフォンで培ったノウハウを投入したという意味では、開発期間は長いですね」とのこと。金額面だけでなく、年月の積み重ねからみても、並のコストで実現できる製品ではないといえそうだ。
DMP-Z1はボリュームノブだけでウォークマンWM1Zと同じ重量?
プレーヤーのDMP-Z1を手掛けたのは、ウォークマンの開発としても知られる佐藤浩朗氏と、商品企画部の田中光謙氏。目指したのは“新コンセプトのプレーヤー”。基本的には、強力なヘッドフォンアンプを、プレーヤーと一体化したのが特徴だが、ウォークマンのように外へ持ち運ぶプレーヤーではなく、部屋に座って使うルームリスニング向けプレーヤーだ。
田中氏は「用途を絞り込んだ分、ヘッドフォン出力のクオリティ、パワーを強化した」と説明する。ヘッドフォン端子は3.5mmのステレオミニアンバランスと、4.4mm 5極のバランス出力を備え、出力は1,500mW(16Ω)。インピーダンスの高いヘッドフォンも鳴らせる点を特徴としている。DSDやMQAの再生もサポートする。PCMは384kHz/32bitまで、DSDは11.2MHzまでのネイティブ再生が可能。
256GBメモリを内蔵し、側面にはmicroSDカードスロットを2つ装備。400GB以上のカードを2枚追加すれば、1TBプレーヤーも実現可能だ(ソニーのサポートは128GBまでのカード)。据え置きながらバッテリも内蔵し、背面を観ても電源ケーブルが無いのは、このサイズのオーディオでは珍しい部類といえる。
AC電源駆動ではなくバッテリとしたのは、もちろん音質のため。電源品質が担保され、基板内で最適なパターンで伝送するという。オールインワン型にしたのは、利便性よりも高音質であると両氏は断言。USB接続などに比べ、ケーブルのバラつきにも影響されず、届けたい音を実現できるという。
多くの高音質パーツが投入されており、中でも象徴といえるのがはアナログボリューム部分だ。このパーツ1つだけで、ウォークマンのWM1Zとほぼ同じ重量だという。「ロータリーボリュームに金メッキをするのが良いとは聞いていました。下地に銅メッキした後、金メッキを施しています。最初は電子ボリュームも考えましたが、(一度試してみると、音質的に)もう変えられなくなりました」(佐藤氏)。
剛性を高めるため、H型シャーシを採用。筐体内を分割し、上にデジタル系のボード、液晶の部分を集約。下はアナログ用で、電源も含めて上下でアイソレーション。特に大切な部分には厚いアルミを挟んで分離したという。デジタルとアナログのグランドを、平面で並べるよりも近い場所になるよう配置した。
光沢のある天面は、ガラスのようにも見えるが、これはアルミを研磨した鏡面仕上げしたもの。音質と、UIの最適さを求めた結果、採用したという。
プレーヤー部分のソフトウェアはウォークマンがベース。加えて、アナログ風のピークメーター表示もできるなど、ハイエンドモデルならではの作り込みも行なっている。
アナログ音声出力はヘッドフォンのみで、ライン入出力を搭載しないのも思い切った仕様だ。これも、「わずかでもヘッドフォン出力に影響があることを考慮した」結果だという。なお、外部出力の方法として、USB Type-Cで外部アンプに接続するといったことは可能。Bluetoothを備え、LDACやaptX HDでヘッドフォンなどに出力可能。LDACなどの受信もできる。また、DMP-Z1をUSB DACとしても使うことも可能。ただし音途切れしないことを重視しているため、レイテンシーはあるという。
S-Masterではなくアナログアンプを採用
前述の高出力を実現するため、ウォークマンなどに搭載されるデジタルアンプのS-Masterではなく、アナログアンプを内蔵。「S-Masterでオーバーヘッド型のヘッドフォンに必要な出力を得るには大きな電圧が必要となります。バッテリ駆動で、必要な出力を得るための最適解としてアナログアンプを採用しました」(佐藤氏)
アンプはTIのTPA6120Aを使用。「ポピュラーなアンプですが、バランスもシングルエンドも両方鳴らそうとした結果です。ディスクリートも検討し、サイズや音質などを考慮して、迷いなく採用しました」(佐藤氏)。「これまでのヘッドフォンアンプ製品でも使っていたので、音質設計のノウハウは貯まっており、狙っている音を実現できることが見えていました。ヘッドフォンアンプの設計者も参加しています」(田中氏)。
DACもデバイスだけではなく周辺回路まで改善を徹底。電源については、各ブロック画へ供給するために大容量キャパシタを5個使用。アナログ側で4個、デジタル用1個で、
アナログアンプ部にはニチコン製FGキャパシタを使用。「サイズが大きく、実際に音を聴いて決めました。容量だけではなくサイズが大きいだけ余裕がある」実はかつてウォークマンでも試みたが、大きくて入れられなかった経緯があるという。
「やはり音で大事なのは電源。おいしいコーヒーを入れたくても、水が汚かったらだめです。水をきれいにする技術はS-Masterで培ってきました」(佐藤氏)。
外形寸法は138×278.7×68.1mm(幅×奥行き×高さ)。「音質に妥協は一切しないことで、このサイズとなりましたが、音に影響しない部分は削って軽量化しています。書斎に置きっぱなしではなく、運べる重量感をイメージして2.5kgを切ることを目安にしました」(田中氏)。
バッテリで最大10時間駆動(MP3 128kbps時)。ACとバッテリの切り替えは手動で行なう。バッテリ優先モードも用意しており、ACアダプタ接続中でも同モード時は起動したときにバッテリ動作。バッテリが無くなるとAC充電に切り替わる。充電しながら再生もできるが、音質的には推奨しないとのこと。DCで動くウォークマンを手掛けてきた佐藤氏が開発を担当した理由でもあり「ACはあくまで充電のための補助。その違いが分かる音質は担保しました」(佐藤氏)。