本田雅一のAVTrends

シャープ「ICC 4K 液晶テレビ」の圧倒的な立体感

-近藤哲二郎氏に聞くICC技術の秘密




IFA 2012で披露した60型「ICC 4K 液晶テレビ」

 昨年のCEATECで展示され「いつ搭載する製品が発売されるのか?」と話題になったアイキューブド研究所の高画質映像処理技術ICCを採用した「ICC 4K 液晶テレビ」。IFA 2012のシャープブースでは、一回5名という人数を限定したシアター形式の展示ながら、60型液晶テレビを用いた比較デモを行なった。

 さて、技術展示だった昨年のCEATECとは異なり、今回は実際の発売を見据えたものだ。フレームや脚部デザインなど製品と同じ。フレームには「Ultra HD」のロゴを配していた。シャープAVシステム事業部・液晶デジタルシステム第三事業部の事業部長、草尾寛氏は「来年(2013年)後半にはICC 4K 液晶テレビを欧州でも投入する」と話した。

 国内での事業に関しては「CEATECで発表する(草尾氏)」とのことで明言されなかったが、アイキューブド研究所の近藤哲二郎代表は「ICCに関してはすでに完成している」とのことで、そう遠くない将来に製品化できるのではないだろうか。なお、CEATECでの展示はシアター形式の入れ替え制になる、とのこと。

アイキューブド研究所の近藤哲二郎代表Ultra HDのロゴ

 さて、いよいよ完成に近付いたICC 4K 液晶テレビだが、IFA 2012でシャープが披露したものは、昨年のCEATECで披露したものに比べても、明らかに進歩したものだった。同じくデモを受けた数人と話をしたが「なぜキレイに見えるか」についての不思議さは、昨年の比ではない。一番良いのは、実際にICC 4K 液晶テレビをその目で見ることだが、実際のインタビューで交わされた言葉を紹介する前に、いくつかの情報を整理しておきたい。

・特定の液晶パネルが持つ特性との組み合わせで能力を発揮

 ディスプレイの特性に合わせてチューニングを行なうため、ICCを実装した「高画質化ボックス」のような製品は成立しない。ICCを開発した近藤氏がソニー時代に作ったQUALIA 001のような製品を期待している方もいるかもしれないが、残念ながら商品として成立しないとのことだ。

・超解像ではない

 超解像の手法としては様々なものがあるが、ICCは超解像ではないとのこと。超解像には本来の映像が持つ先鋭感を予測、復元する1枚超解像と、複数フレームを参照して情報を拾い上げる複数枚超解像があるが、そのいずれでもない。

 現在、ソニーが4K2KプロジェクターのVPL-VW1000ESで採用し、このIFAで発表した4K2KテレビにはX-Reality Proの4K版が搭載されている。これは近藤氏がソニーを退職する際に置いてきたDRC-MFという技術を元にしたもの。ここで完成されていたデータベース型超解像を元に、複数フレーム参照で精度を上げたものだ。

 しかし、ICCは「超解像で解像度を極限まで高めるだけでは、これ以上の高画質化はできない」と方向転換を行なって生まれたもの。高画質化のアプローチは異なる。

・映像ソースを選ばない

 昨年の段階で、我々には地上デジタル放送をそのまま見せるといったデモも行なっていたが、非常に素晴らしい映像だった。昨今の4K超解像処理の多くが「4Kプロセスで制作された高画質映像ソースの持つ情報を復元する」というチューニングをされているが、ICCは違う。

 もちろん、4Kプロセスで制作した映像も高画質にはなるが、一般的なHDカメラをリファレンスとして開発しており、それは横方向の解像度が1,440画素で圧縮ノイズも多い地上デジタル波放送でも同じ。この特徴は“超解像ではない”という事とも関連している。

 近藤氏は「現在のHDカメラは、非常に熟成しており、ダイナミックレンジや特性の安定性、S/Nなどあらゆる面で安定した映像が得られる。放送もパッケージもHD(2K)なので、その良さを活かす映像処理になっている。


■ 圧倒的な立体感、奥行き感を感じさせる理由

 デモンストレーションは、一般的なHDカメラで撮影した上高地の映像で行なわれた。近景、中景、遠景など、様々な画角で、被写体を変えながら、同じ60インチの液晶パネルの映像を映して行なわれたのだが、不思議なほど立体感がある。現地の風景のように感じられる。そこには、先鋭感を感じさせるためのエッジ強調や、ハイライトを伸ばしてコントラストを強調。先鋭感が増したように”見せる”といった意図は感じられず、ひたすらに記憶にある自然の風景に近い印象を受けた。

 その上で、元のHDカメラで記録したベースバンドとは比べものにならないほど、明瞭な映像になる。ここまでの感想は、昨年ICCのデモを見た人たちも同じ事を感じたと思うが、今年はさらに進歩して奥行き感、立体感が感じられ、まるで3D映像のように見えてくる。マジメに評価しようと思えば思うほど、なぜこれほど現実に近い風景になるのか混乱するだろう。

 なにより混乱するのは、カメラレンズの被写界深度に入っていない部分までが、自然にピンの合った映像に見えてしまうことだ。しかも、どんな距離感、画角の映像でも均質に効果が現れている。

 近景であれば、猿の前後にある枝が、それぞれ現実感を伴う細やかなテクスチャで描かれているし、遠景では奥に見える山並みに立ち並んでいる木々の葉の様子が伺える。ピンのズレた部分を超解像処理で復元することはできない。そこが見えるというのは、近藤氏が言うところの「クリエイション」が行なわれているからだ。

 近藤氏はソニー時代に開発したDRCとのもっとも大きな違いに関して「脳内クリエイションとも言うべき現象を活用している」と話した。“人は映像をどのように感じているか”を科学し、過去に見て記憶している現実の風景を見ているかのように感じさせる「光の刺激パターン」を再現しているのがICCだという。

 超解像処理は、どんなに頑張って精細感、先鋭度を上げることはできても、情報を増やす限界がある。これは複数枚超解像を使っても同じだ。しかし、脳内で記憶している現実の風景を呼び起こして感じさせるのであれば、超解像を越えるリアリティを獲得できる。

  その片鱗とも言うべき効果は、写真を通しても(不完全ではあるが)理解できると思うので、まずは両方の写真を見比べてほしい。たとえば空が単なる青の塗り潰しではなく、奥行きをもって表現されているように見えるし、河が奥から手前へと伸び、猿が佇む木々の枝は、それぞれが奥と手前にあるのが認識できた。両者は紛れもなく同じHDのベースバンド映像だ。ただし、動画で見るとさらにそのリアリティは高まる。

ICC有りICC無し
ICC有りICC無し
ICC有りICC無し
ICC有りICC無し
ICC有りICC無し
ICC有りICC無し
ICC有りICC無し

■ 体力競争をするのではなく“智力で勝負を”と近藤氏

 動画でこれらの風景を見ると、さらに驚くに違いない。たとえば湖の水面が揺らぐ様子は実に自然でごく当たり前に波紋が拡がっていく。さらに森の中を風がそよぐとき、左から右へと空気が流れていく様子が、細やかな葉の動きから感じられる。

 近藤氏は、動きの微妙な速度感や揺らぎの幅、位置関係などが正確に表現されることで、立体感が増すのだというが、なんとも頭が混乱する映像である。

 近藤氏は「テレビにおける4Kというのは、人間の感じる事ができる解像度、眼球の特性を考えると”画素数”に関してはこれ以上必要ないという数字です。これ以上の解像度は無駄です。さらに超解像処理という面では、10年前にDRC-MFですでに技術として完成していましたから、HDから解像度を引き上げて見せるという意味では、さらに高めていく必要はありません。4Kの時代に求められているのは、より高い解像度ではなく、現実世界と同様の“光の刺激”を与えることです」と話した。

 いつもは、どういう仕組みでクリエイションを行なうかについて、詳しくは語らない近藤氏だが、今回はいくつかのヒントを与えてくれた。

 DRCのアプローチは、より高い解像度のカメラとの差分を比較することだったという。標準解像度のカメラとHDカメラの差分を比較し、被写体オブジェクトごとにどのような映像の違いがあるかを分析しデータベース化する、といった手法だ。

 では4K2Kの時代に、4K2KカメラとHDカメラの違いを研究し、その間を補間する画像処理、何らかの変換を行なえばいいかと言えばそうではない。せっかく人間の知覚限界に達するディスプレイがあるのだから、比較・変換する対象は4K2Kカメラではなく、現実の光でなければならない。

 だから、遠景で被写界深度から漏れ、ぼけている映像であっても、それを現実の光刺激と同じに近づけるよう復元し、目への刺激を実際のものに近づける事で「本物のように感じる」ということだという。だから「脳内クリエイション」という言葉が出てくるのだろう。

 なんだか騙されたような気になるかもしれないが、実際、私たちの脳は騙されているのかもしれない。近藤氏は、観る者の経験によってICCによる高画質化の効果が異なることを認めている。日本人が一般的に経験している風景を元に、脳内クリエイションを期待した処理をICCは行なうが、育った環境が異なる外国人が同じように見えるかどうかまだ研究の余地がある。

 是非ともCEATECで実際に体験して欲しいが、4K2Kへとテレビが向かおうとする中、近藤氏は次のようにも話していた。

「4K2Kのパネルを一生懸命に作って、それを安く販売していく手法では日本のメーカーは難しいでしょう。そこは体力勝負の世界です。日本という国もメーカーも、すでに熟練した手練れで、十分に発展しています。その日本メーカーが、体力勝負でこれから発展する国と競争しても勝てません。日本がやらなければならないのは、智力を尽くして体力勝負では勝てない人たちができないことを考え、生み出すことです(近藤氏)」

 この言葉が意味すること何なのかは、是非、自分の目で確かめて欲しい。

(2012年 9月 3日)


本田雅一
 (ほんだ まさかず) 
 PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

 個人メディアサービス「MAGon」では「本田雅一のモバイル通信リターンズ」を毎月第2・4週木曜日に配信中。


[Reported by 本田雅一]