藤本健のDigital Audio Laboratory
第687回 自作オーディオでDSD対応USB DACも可能に。ハイレゾ再生用基板が登場
自作オーディオでDSD対応USB DACも可能に。ハイレゾ再生用基板が登場
2016年7月25日 14:06
DACチップやアナログ部分も自作
USB DACの自作は、秋葉原などに行けばUSB DACキットが数千円からという価格で売られているので、これらを利用するのが簡単だが、ここには限界もある。そのほとんどはUSB Audio Class 1のもので、頑張って96kHzまでの再生だし、ましてやDSDの再生なんてできるはずもない。ではUSB Audio Class 2もしくはそれ以上のものが作れるかというと、仮にハードウェアの設計ができたとしても、ファームウェアを自分で作らなくてはならないし、Windowsならドライバも自分で書かなくてはならないなど、ちょっと無理がある。
7月1日から発売開始されたのは、インターフェイス株式会社が開発した「ITF-USB DSD」と「ITF-USB EXPCM」という2種類。これらはDSD対応のハイレゾ再生用モジュール基板であり、USB Audio Class 2に対応したもの。いずれもDSDは5.6MHzまでの対応で、PCMについてはITF-USB DSDが384kHzまで、ITF-USB EXPCMが192kHzまでサポートしている。価格的には上位版のITF-USB DSDのほうが5万円以下、192kHzまでのITF-USB EXPCMが2万円以下と決して安いものではない。
それぞれスペック的には下の表のようになっているのだが、これを見て、「なんだ、もうボードとして組み上がっているのか……」「ケースに収めるだけなの? 」などと思った人は早とちり。実はこれらのボードはUSB DACのうちのPCに近いUSBインターフェイス部分だけを担当するものであり、DACチップを含めアナログ部分もすべて自作しなくてはならないので、それなりにハードルは高い。もっと端的にいえば、これらのボードから出てくる信号はI2SとDSDの信号のみとなっているのだ。
では、DACチップは自分で好きなものが選べるのか、というとそうではないようだ。ITF-USB DSDのほうは旭化成エレクトロニクス(AKM)のAKM4430、ITF-USB EXPCMのほうはTexas InstrumnetsのPCM1795が指定DACチップとなっており、基本的に指定のもの以外使えない形になっている。また、いずれもマスタークロックは22.5792MHz(44.1kHz系)と24.576MHz(48kHz系)の2種類を用意する必要があり、これらを切り替えて使う形になる。
実際に、TIF-USB EXPCMを使ったUSB DACのシステムブロック図を作った例が以下のようなものだ。これを見るとだいたい分かると思うが、まずITF-USB EXPCMに電源供給した上で、PCからのPCM信号またはDSD信号をDACチップであるPCM1795へと送り届ける。その後、アナログ変換された信号をオペアンプで増幅して出力するという流れになっている。
最後のところに「Mute Control」とあるのは、出力信号をオン/オフできるリレー回路となっているのだが、これもこのシステムにおける重要な特徴。単にミュートするのであれば、オペアンプの部分を絞ればいいように思うが、やはりそれだけだと完全には音は遮断できない。その状態で、クロックの切り替えを行なうと、どうしても「ザッ」というノイズが発生し、これが結構な音量になってしまう。また、PCからオーディオ信号を流す際に、バッファが足りなくなった場合にも大きなポップノイズが発生する可能性がある。そうした事態が発生する際、このボードからミュート信号を事前に発生させることで回路を遮断し、ノイズが出ないようにする設計になっているのだ。
このブロック図を元に、回路図に落としたのが以下の4つだ。DACチップと信号セレクタで構成されたものと、ミュート回路を含むアンプ部、クロック部、電源部。
見れば分かるとおり、これはPCM1795を使った回路なので、ITF-USB EXPCM用であるが、AKM4430を使ったITF-USB DSD用の回路も基本的にはこれとほぼ同等のものでいける。いずれも製品に同梱されるCDの中に簡易接続図とスタートアップガイドがあるので、これを見ながら自分で組めるようになっている。実際にこの回路図を元に組み立てたのが下の写真。
縦に刺さっているいるのが2つのマスタークロック、コンデンサに囲まれた緑のボードに乗っているのがDACチップで、黒い放熱板を取り付けたのがオペアンプ、出力端子とセットになっているのがミュート回路用のリレーだ。
デジタル回路部分だけを製品化した理由とは?
今回発売された製品がどういう性格のものであるかを少し見てみよう。そもそも、開発元であるインターフェイス社は、USBオーディオインターフェイスやUSB DACの心臓部を開発する企業としてDigital Audio Laboratoryでも何度か取り上げた。たとえば現在USBオーディオインターフェイスで世界最小のレイテンシーを誇るズームのUAC-2、UAC-8のファームウェアやドライバを開発したのは同社であり、昨年取材した「Embeded Technology 2015」で明らかになっていた通り、「Stellanova」のUSB接続部やドライバなども開発。ほかにも国内の多くのUSB DACメーカーが同社のソリューションを使って製品を出している。
そのソリューションを切り出したのが、まさに今回発売された製品であり、実際各社の製品に、これらとまったく同じボード、もしくはほぼ同等のボードが組み込まれているという。もし、これをまった新たに開発したら、数百万円~数千万円がかかってしまうけれど、すでにでき上がっているソリューションをそのまま切り出すので、この価格に収められているそうだ。つまり“ジェネリック製品”に近い形といえるだろう。
では、そのソリューションというのが、ITF-USB DSDおよびITF-USB EXPCMにどのように反映されているのか。それはボードを見ると分かってくる。ITF-USB DSDのほうにはTIのC6748、ITF-USB EXPCMのほうにはNXPのLPC1822というチップがのっている。前者はDSP、後者はマイコンなのだが、DSPのほうもいわゆる信号処理ではなくマイコン的な使い方をしている。そして、このマイコンを使って、USB Audio Class 2としての処理を実現してPCとの信号のやり取りをするとともに、DACチップ側へとI2S、DSDの信号を送りだしたり、ミュート信号の制御なども行なっている。
一方、PC側は、このファームウェアとやり取りをする必要があるがそれを行なうのがドライバ。MacであればUSB Audio Class 2とのやり取りをOSがサポートしているが、Windowsはその機能を持っていないためドライバが別途必要になる。そのドライバもASIOネイティブ、DoP出力可能なものをインターフェイス社が開発しているので、それの提供を受けることも可能となわけだ。
ところで、PCに近い側のデジタル回路部分だけを提供することに、どのような意味があるのだろうか?この点についてインターフェイス社は「USB DACもだいぶ成熟した製品になってきており、各メーカーさんとも差別化が難しくなってきています。サンプリングレートを上げるか、アナログ回路部分を詰めて音質を向上させていくかくらいしか、打つ手がなくなってきているのが実情でしょう。そうした中、アイソレーターなどを用いて、アナログ回路とデジタル回路を分離するという作り方が主流になってきているため、それならば、完全独立した形でデジタル回路のみを提供しよう、というのが今回の製品のコンセプトなんです」と話す。
今回の製品は2つとも個人向けの販売も行なってはいるが、どちらかというとガレージメーカーなど小さなメーカーが製品化するための主要部品を提供するという意味合いが大きいようなのだ。ボード1枚を購入する場合は前述の通り、5万円以下、2万円以下という価格だが、ドライバを購入すれば、ITF-USB EXPCMの場合、2枚目以降1万円以下で提供可能であり、ドライバ付きで再配布、つまり販売が可能になっているのだ。そのドライバ価格は明らかにされていないが、数十万円単位のものとなるので、個人が自作用に購入するというのはあまり現実的ではないかもしれない。買うなら自作愛好会的なクラブで共同購入ということになるのだろうか。
もっとも、このドライバがなくてもUSB Audio Class 2対応なのでMacやiOSであればそのまま使えるし、付属のCDには15分までの連続再生が可能なWindows用ドライバが付いているので、とりあえずの使用は可能になっている。
ハンダ付けをすれば完成するようなキットとは異なり、実際に利用するには、結構高いハードルがあるが、自分だけの最高のUSB DACを作りたいという人にとっては、なかなか面白い製品ではないだろうか? もちろん、その完成させたものを製品化して販売していくことも視野に入れられるというのも大きな魅力だ。ITF-USB DSDのほうはファームウェアのアップデートでDSDの11.2MHz、さらには22.4MHzへ対応させられる可能性もあるようなので、その辺も含めて検討してみても面白そうだ。