藤本健のDigital Audio Laboratory

第742回

DSDマルチチャンネル録音が手軽になる? 小型インターフェイス「I88AD-U1」発売へ

 DSD 5.6MHzで8IN/8OUTを実現するオーディオインターフェイスを日本のメーカーが開発し、年度内をメドに発売することが発表された。この「I88AD-U1(仮称)」というモデルを開発したのは、名古屋にあるアイ・クオリアという会社。音楽の録音・編集・ミックスを行なうとともに、自主レーベルetendueを展開している。

DSDマルチチャンネル録音が手軽になる? 小型インターフェイス「I88AD-U1」発売へ I88AD-U1(仮称)
I88AD-U1(仮称)

 実は2014年にも同様の発表を行ない、この連載でも記事にしていたが、製品化には至っておらず、いろいろ模索していたようだ。それから3年以上が経過する中、当時発表したものから大きく仕様変更・設計変更を行なった結果、ようやく製品化のメドがついたという。その新しくなったI88AD-UIの発表会に行って、実物を見てきたので、どんなものになったのか紹介しよう。

DSDマルチチャンネル録音が手軽になる? 小型インターフェイス「I88AD-U1」発売へ 製品発表会で実際に見てきた
DSDマルチチャンネル録音が手軽になる? 小型インターフェイス「I88AD-U1」発売へ 製品発表会で実際に見てきた
製品発表会で実際に見てきた
DSDマルチチャンネル録音が手軽になる? 小型インターフェイス「I88AD-U1」発売へ アイ・クオリアの自主レーベルetendue
アイ・クオリアの自主レーベルetendue

試作を重ね、コンパクト化も実現

 アイ・クオリアは、もともとメーカーではなく、さまざまな機材を活用するユーザーの立場でDSDに古くから関わってきた企業。代表取締役の相川宏氏は「SACDの委託製造や自主制作に取り組んできましたが、DSD音源制作のための手段がいまだに十分に提供されていないことを痛感してきました。DSD技術の普及・発展のためにも機材やソフトウェアがもっと提供されるべき」と、DSD対応オーディオインターフェイスを開発することになった動機を語る。確かに昔はソニーのDSDレコーディングシステムとしてSONOMAがあったが、一般的に利用できるものではなかったし、現在ではPiramixなどはあるものの、汎用性が低いのが実情ではある。

DSDマルチチャンネル録音が手軽になる? 小型インターフェイス「I88AD-U1」発売へ アイ・クオリア代表取締役の相川宏氏
アイ・クオリア代表取締役の相川宏氏

 相川氏のレコーディングは、ホールなどで、アコースティック楽器のソロ演奏を録るケースが多いそうだ。そうした状況から、仕事用として欲しいと考えたのは・ホール/スタジオでの出張録音に軽快に対応できる取り回しの良いスタイル・マルチチャンネル録音・再生機能(最低でもアナログ8ch IN/OUT)・従来機器との接続性の確保(SDIF-3、汎用デジタルインターフェイスの装備)といった条件だった。それを実現すべく、これまで実験をし、試作を繰り返しながら開発を続けてきたとのこと。

 試作0号機のハードウェアは、下記のチップや部品を使い、FPGAによる制御を検証。

DSDマルチチャンネル録音が手軽になる? 小型インターフェイス「I88AD-U1」発売へ 以前披露された試作0号機
以前披露された試作0号機

【ADC】 PCM4204(Texas Instruments/TI)
【DAC】 ESS9018(ESS Technology)
【FPGA】 Cyclone II(Altera)
【USB】 USBPAL(RigiSystems)

 ソフトウェアにはASIO 2.1による簡単なDSD録音アプリケーションを開発して、実際にレコーディングに活用していったという。実際この0号では2.8MHzでのマルチチャンネル録音が実現でき、多数の録音をしながら動作の実証を行なっていったそうだ。

 さらに試作1号機では、0号機の部品を1枚の基板に集約するとともに、USBによる高レートデータ通信とFPGAによる制御の確立を実現したことで、5.6MHzで8ch同時録音に成功。またUSB経由での各機能パラメータ制御も実現できたのだ。さらに試作2号機では、主基板(FPGA、DAC、USB)とADC基板に分離するとともに、SDIF-3などのデジタルインターフェイスの実装をし、コンパクトな筐体設計にし、これを使って自社レーベルの制作にも活用してきたのだ。

DSDマルチチャンネル録音が手軽になる? 小型インターフェイス「I88AD-U1」発売へ 試作1号機
試作1号機

 この試作機をベースにして、2014年に発表会を行なったのが、以前にも取り上げたI88A-U2だった。その時は3Dプリンタで試作した非常にコンパクトなボディーとなっていった。相川氏は「当初はコンパクトな1Uハーフラックというサイズにこだわっていました。ただ、このサイズだと、設計上さまざまな問題が生じてしまい、開発が想定以上に長引いてしまったのです。そこで、ボディーサイズを大きく変更し、結果的に高さ55mmというサイズにすると同時に、仕様についても少し見直しをしました」と、今回のI88AD-U1を発表したのだ。

DSDマルチチャンネル録音が手軽になる? 小型インターフェイス「I88AD-U1」発売へ I88A-U2(仮称)のイメージ
I88A-U2(仮称)のイメージ
DSDマルチチャンネル録音が手軽になる? 小型インターフェイス「I88AD-U1」発売へ 今回披露された「I88AD-U1」は、大幅にコンパクト化
今回披露された「I88AD-U1」は、大幅にコンパクト化

HDMIケーブル接続で連携も

 改めてスペックを見てみると、サイズは215×240×55mmで、約2kg。USB接続でDSDだと2.8~5.6MHz、PCMでは44.1~192kHzまでのサンプリングレートで録音・再生可能な8IN/8OUTのオーディオインターフェイスとなっている。WindowsだとASIO 2.1ドライバを利用することで、DSDとPCM、Mac OS Xの場合はCoreAudioドライバ動作で、現段階ではPCMのみ(DSDについては検討中)の利用が可能となっている。

DSDマルチチャンネル録音が手軽になる? 小型インターフェイス「I88AD-U1」発売へ 本体前面
本体前面

 8IN/8OUTで、入出力の種類は豊富。DSD入出力のためのデジタル端子であるSDIF-3を装備しており、既存のDSD関連機器との接続が可能となっている。またS/PDIF(同軸/光デジタル)も装備しており、一般的なデジタルオーディオ機器との接続も可能だ。リアパネルにはD-Sub 25pin端子が4つあるが、左上と中央が、アナログのバランス入力、右上がSDIF-3の入出力、左下がアナログのバランス出力となっている。これらにD-Sub 25pin端子に接続するためのケーブルはPro Tools/TASCAMのフォーマット対応で、汎用的なもの。そのため、各社製品が利用できるため、このケーブルについては別売となっている。

DSDマルチチャンネル録音が手軽になる? 小型インターフェイス「I88AD-U1」発売へ 背面
背面
DSDマルチチャンネル録音が手軽になる? 小型インターフェイス「I88AD-U1」発売へ D-Sub 25pin端子に接続するためのケーブルは別売
D-Sub 25pin端子に接続するためのケーブルは別売

 右上のD-SUB 9pinはブレイクアウトケーブルを接続することでワードクロックの入出力およびMIDI入出力を可能にしている。さらに中央下にあるのは光/同軸デジタル入力、その右に2つ並んでいるのがHDMI mini端子型のものだが、これは一般的なHDMI機器を接続するわけではない。左側はPS AUDIO仕様のデジタル入力で、右側が同出力。これでDSDおよびPCMの2chの入出力を可能ににしているのだ。一方、フロント左下にはヘッドフォン端子があり、これらで入出力を行なっているのだ。

DSDマルチチャンネル録音が手軽になる? 小型インターフェイス「I88AD-U1」発売へ 前面左側にヘッドフォン端子
前面左側にヘッドフォン端子

 ちなみに、I88AD-U1は単にPC用のオーディオインターフェイスとしてだけでなく、スタンドアロンでも動作可能となっている。スタンドアロンとして動かす場合は、これら豊富な入出力を活用したAD/DAコンバータとして利用する形となる。

 このAD/DAコンバータにおいても、チップ選定からかなりこだわって設計しているようだった。具体的にはADCチップとしてTIのPCM4204を、DACチップとしてはESS TechnologyのES9038を採用している。入出力回路は高級オペアンプを使用したフルバランス構成により、高いS/Nを実現しているという。

 一方、クロックにおいては内蔵クロックとしてOCXO(恒温槽付水晶発振器)を使用。また、デジタルオーディオ信号とクロックの関係をクリーンに保つ補正回路を利用して制御することで、安定した動作と高音質を実現しているという。さらにこのクロックに関していうと、複数台のI88AD-U1を接続して連携させることも可能となっている。この際、前述のHDMI miniケーブルで接続するのだ。こうすることで、2台のI88AD-U1を接続するとPCからは16IN/16OUTのオーディオインターフェイスとして見えるようになるのだ。

A.O.M.のマルチチャンネル録音対応ソフトと連携。いよいよ発売へ

 こうしてDSDが利用できるマルチチャンネルのオーディオインターフェイスの完成のメドがたったのだが、ここで問題になるのがソフトだ。ハードだけあっても、対応するソフトがなければ何の役にも立たない。2IN/2OUTであれば、たとえばインターネットのSound it! 8 Proなども使えそうだが、マルチ入出力が可能なソフトウェアというは、筆者の知る限り、市販されている一般的なソフトは存在しない。コルグが開発したClarityというソフトなら、ASIO 2.1に対応したマルチチャンネルの入出力が利用可能なので、I88AD-U1でも利用できそうだ。ただし残念ながらClarityは非売品であり、現状では、コルグが運営するレコーディングスタジオであるジーロックス下高井戸スタジオでのみ使える形なので、それ以外の場所で使うというのは、あまり現実的ではない。

 以前の発表会では、アイ・クオリアとして8chでDSDの録音・再生できるソフトを開発する、としていたがこちらもなかなか難航していたようだ。しかし、このソフトの面では+助っ人が登場。マスタリング用リミッターのInvisible Limiterや、マスタリング用EQのtranQuilizrなどのプラグインを開発するメーカーとして世界的にも人気の高い、東京を拠点とするソフトウェア・デベロッパー、A.O.M.がマルチトラックDSD録音ソフトウェアの開発を行なっているのだ。高機能なDAW的ソフトではなく、マルチトラックのテープレコーダー的な操作性を持つシンプルなソフトで、ASIOのDSDオーディオモードに対応した、MTDSD2というものだ。

DSDマルチチャンネル録音が手軽になる? 小型インターフェイス「I88AD-U1」発売へ A.O.M.開発のマルチトラックDSD録音ソフト
DSDマルチチャンネル録音が手軽になる? 小型インターフェイス「I88AD-U1」発売へ A.O.M.開発のマルチトラックDSD録音ソフト
A.O.M.開発のマルチトラックDSD録音ソフト

 ユーザーインターフェイスも、トランスポートボタンとともに、各チャンネルのレベルメーターが動くだけのシンプルなもの。とはいえ、基本的に編集が不可能なDSDの特性を考えれば、これで必要十分ともいえるわけだ。このMTDSD2はI88AD-U1を2台連携させた状態でも利用可能な16トラックの同時録音・再生にも対応。実際、アイ・クオリアでは、この開発中のシステムでレコーディングした作品もすでに発表している。

 MTDSD2は、I88AD-U1にバンドルするソフトであり、別途購入する必要はないとのことだが、気になるのはI88AD-U1の価格。相川氏によると、これについてはまだ未定とのことだったが、現在目指しているのは80万円前後の価格帯とのこと。

 80万円となると、さすがに一般ユーザーが簡単に手の届く額とはいえないが、業務用として考えれば高くない金額。そもそもDSDのマルチトラックレコーディングは、従来やりたくても、できなかったことを考えると、かなり大きな進化といえそうだ。もう、製品化に向けて大きな問題はなくなった、としているので、あとは1日も早い発売を待ちたいところだ。

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto