藤本健のDigital Audio Laboratory
第846回
手持ちの曲を自分好みの良い音に。「MasterCheck Pro」で圧縮音源を最適化
2020年4月13日 12:24
普段、音楽をどのように聴くか? 最近はストリーミングサービスを利用する人がかなり増えてきているとは思うが、手持ちのCDなどをMP3やAACにリッピングして聴いている人も、まだまだ多くいるだろう。でもMP3やAACに圧縮すれば音質が劣化するのは周知の事実。
かといってWAVのままでスマホなどに入れて持ち歩くのは、ファイルサイズが大きいため、多くの曲数を収納することができず、あまり現実的でないという人も多いだろう。そこで今回試してみたのは、圧縮する前にEQを掛けてみるという方法だ。
必ずしもそれが正解かどうかはともかく、NEUGEN Audioというメーカーの「MasterCheck Pro」というツールを使ったところ、ちょっと面白い効果が得られたので、紹介してみよう。
コーデックやレートの変化をチェックできるツール「MasterCheck Pro」
MP3やAACでオーディオを圧縮すると、とくに高域が削がれてしまうことは多くの方がご存知だろう。その結果、たとえば高域成分の多いシンバルとかハイハットなどの音が歪むというか、妙な音に変質してしまうのだ。
このDigital Audio Laboratoryでも、連載スタート当初、「圧縮音楽フォーマットを比較する」というシリーズでビットレートを変化させると音がどう変化するか、コーデックを変えると何が変わってくるのかなど検証を行なった。
また「iPodに最適なMP3を作る」というシリーズにおいてエンコード前に高域をブーストすると音質が向上するか、44.1kHz/16bitからではなく96kHz/24bitから直接エンコードすると音質がよくなるのか……などなど、さまざまな角度から実験を行なってきた。15年以上も前の記事ではあるが、改めて見てみても、結構面白い実験をしているので、よかったらぜひご覧いただきたい。
さて、それから15年経過し、オーディオ圧縮技術も少しずつ向上し、その結果、圧縮されたサウンドの音質も向上してきてはいるが、抜本的な部分は大きく変わらない。そうした中、先日、ちょっとユニークなツールを使ってみた。イギリスのNUGEN Audioというメーカーが開発した「MasterCheck Pro」は、YouTubeやSpotify、Soundcloud、Apple Music……などストリーミングメディアに最適化したサウンドに仕立てるように、音をチェックするためのツールである。
ご存知の方も多いと思うが、たとえば、YouTubeに大きな音圧のサウンドをアップロードすると、YouTube側のラウドネス規制に引っかかり、音量を下げられてしまう。そこで、できる限り自分の思い通りの音にマスタリングできるよう音をチェックするというのが、MasterCheck Proの目的だ。
機能としては、ラウドネスの調整のほかにエンコードによる音の違いのチェックというものがある。何をするかというと、リアルタイムにMP3の128kbpsにエンコードした音とか、AAC-LCの192kbpsにエンコードした音などをモニターすることができるのだ。
普通、MP3にエンコードした結果の音をチェックするという場合、iTunesやApple Music App、Windows Media Playerなどのソフトを使ってエンコードを行ない、それを元のWAVファイルと聴き比べる必要がある。同じMP3でも128kbpsと192kHzでどう違うかは、設定を変えてエンコードし直し、それを比較する必要がある。どう変化したかチェックするのは結構手間がかかるし、慣れていないと聴き比べ自体が難しい。
それに対し、このNUGEN AudioのMasterCheck Proは、リアルタイムにエンコードできるため、再生しながら、エンコードしない生の音と、エンコード結果を切り替えて聴き比べることができるほか、予めMP3 128kbps、MP3 192kbps、AAC-LC 128kbps、HE-AAC 80kbps……というように最大5つまでのエンコード設定を並べた上で、再生しながら切り替えていく、ということが可能なのだ。
違うエンコード結果を曲の頭から順番に再生して聴き比べるのに対し、再生中に切り替える場合は誰にでも音の変化がハッキリ分かる。そういう意味で、コーデックの違いやビットレートの違いをチェックするためにMasterCheck Proは非常に有益なツールなのだ。
とはいえ、本来MasterCheck Proはマスタリング作業を行なう人向けのツールであり、一般ユーザーがあまり使うツールではないかもしれない。でも、ここではあえて、手持ちのCDをMP3やAACにエンコードする際に最適化するためのツールとして使えるかを試してみた。
MasterCheck Proを使ってみる
MasterCheck Proはスタンドアロンで使えるツールではなく、VSTやAudio Units、AAXなどのプラグイン環境で動作するツールなので、ホストとなるDAWがあることが前提だ。何を使ってもいいが、ここではPreSonusの「Studio One 4 Professional」を使ってみた。
まず、目的とする楽曲をCDからWAVでリッピングしたものをトラックに置く。これを再生すれば、普通に44.1kHz/16bitで再生されるわけだが、ここでマスタートラックにMasterCheck Proを挿入する。さまざまなプリセットが用意されているが、ここではラウドネスに関してはいったん無視するので、「Optimal Master Codec Only」を選ぶと音量はいじられることはない。
プリセットを選ぶと、画面下のほうにはPoor Connection、Low Quality、Midium Quality、High Quality、Downloadというメニューが並んでいるのが分かる。ここでMonitorをオンにした状態でStudio Oneの再生をスタートさせると、エンコードされた状態で音をモニターできる。
NONEが選択されている場合は、何も変化がないが、たとえばPoor Connectionを選ぶと、高域が少し削れた音で聴こえてくる。そう、これはHC-AAC v2のコーデックでVBR=可変ビットレートの40kbpsのビットレートでエンコードされた音なのだ。High Qualityにすると音がだいぶ良くなるが、この場合はAAC-LCのCBR=固定ビットレートの192kbpsの音である。
エンコードする前にEQ処理を加えて高域を上げる
これを聴いてみて、特に問題ないのであれば、それでいいのだと思うが、特にビットレートの低い場合のエンコードだと、不満が残るところ。このビットレートでできるだけ音をよくするにはどうすればいいのかというのが、ここでのテーマである。
その手法として考えられるのは、エンコードする前にEQを入れて高域を上げるというのがひとつ。先ほど紹介した15年前の記事では、大きくは向上しないけれど、多少の効果があるとしていたが、その効果を再生しながらチェックできるのがこのツールの面白いところ。ここではStudio One標準で用意されているパラメトリックEQであるPro EQを使ってみた。
例えばMidium QualityであるAAC-LC CBR/128kbpsの場合、高域が落ちているのが感じられるが、ハイシェルフで10kHz以上を上げれば思った音になるかというと、シャキシャキした音になりすぎて、逆効果な印象もある。が、本来カットされていない4kHz辺りを上げていくと、意外といい感じがする。
耳だけを頼りにせず、少し視覚的にもチェックできるよう、同じNUGEN Audioの「Visualizer2」というものを、マスタートラックの最終段であるポストフェーダーの位置に組み込んでみると、周波数特性もリアルタイムに確認できる。これを見ると、実際Pro EQで4kHz辺りをブーストすることで、なぜかエンコード結果として15kHzも持ち上がってくるのが分かった。
小さい音はより小さく、大きい音はより大きくする“エクスパンダー”を使う
EQ以外に、多少なりとも効果があると思われるのがエクスパンダーだ。エクスパンダーとは小さい音はより小さく、大きい音はより大きくするエフェクトであり、コンプレッサの逆を実現するというもの。もともとMP3やAACなどの圧縮のコーデックはコンプレッサをあまりかけない音のほうが、よりハッキリとクリアなサウンドになるといわれているので、少しでもコンプレッサを解くという意味で使ってみた。
Studio One標準のその名もズバリ、「Expander」というものを先ほどのPro EQの手前に挿入してみる。結果でいうと、曲によって効果は違いそうだし、コンプレッサやマキシマイザがかかりすぎている曲だとほとんど効果がなかったり、無理に使うと逆効果で音質を悪化したり、元の曲とイメージが変わってしまうものもあった。ただ、軽めに掛けておくと全体的に音がクッキリとする印象はあったので、これをEQと併用することで、ただAACでエンコードするよりもいい音に仕上げることはできそうに感じられた。
EQやエクスパンダーで調整ができたら、最後にエンコードして保存するわけだが、エンコードはMasterCheck Proが行なうのではなく、Studio Oneのエクスポート機能で行なうことになる。そのため、最終的にはMasterCheck Proを取り外すか、バイパスしてこれが効かないようにするのが絶対的なポイントだ。これによって、多少なりとも音質を向上させたMP3やAACを生成することができるのだ。
自分だけのリマスタリングに挑戦してみるのもあり?
いくつかの曲で試してみたが、できるだけ元のCDの音に近づけようとした際、設定するEQやエクスパンダーの設定値は変わってくるので、一括処理というわけにはいきそうになかった。そのため、聴き比べしやすいとはいえ、一曲一曲手作業で調整する必要があるため、手間はかかる。まあ、ある意味、自分で行なうリマスタリングなので、仕方がないところではあるけれど、逆に楽しい作業でもある。
外出を自粛せざるを得ず、自宅にいて時間がある今だからこそ、こんな作業をしてみるのも面白いのではないだろうか?