藤本健のDigital Audio Laboratory

第846回

手持ちの曲を自分好みの良い音に。「MasterCheck Pro」で圧縮音源を最適化

NEUGEN Audio「MasterCheck Pro」

普段、音楽をどのように聴くか? 最近はストリーミングサービスを利用する人がかなり増えてきているとは思うが、手持ちのCDなどをMP3やAACにリッピングして聴いている人も、まだまだ多くいるだろう。でもMP3やAACに圧縮すれば音質が劣化するのは周知の事実。

かといってWAVのままでスマホなどに入れて持ち歩くのは、ファイルサイズが大きいため、多くの曲数を収納することができず、あまり現実的でないという人も多いだろう。そこで今回試してみたのは、圧縮する前にEQを掛けてみるという方法だ。

必ずしもそれが正解かどうかはともかく、NEUGEN Audioというメーカーの「MasterCheck Pro」というツールを使ったところ、ちょっと面白い効果が得られたので、紹介してみよう。

コーデックやレートの変化をチェックできるツール「MasterCheck Pro」

MP3やAACでオーディオを圧縮すると、とくに高域が削がれてしまうことは多くの方がご存知だろう。その結果、たとえば高域成分の多いシンバルとかハイハットなどの音が歪むというか、妙な音に変質してしまうのだ。

このDigital Audio Laboratoryでも、連載スタート当初、「圧縮音楽フォーマットを比較する」というシリーズでビットレートを変化させると音がどう変化するか、コーデックを変えると何が変わってくるのかなど検証を行なった。

また「iPodに最適なMP3を作る」というシリーズにおいてエンコード前に高域をブーストすると音質が向上するか、44.1kHz/16bitからではなく96kHz/24bitから直接エンコードすると音質がよくなるのか……などなど、さまざまな角度から実験を行なってきた。15年以上も前の記事ではあるが、改めて見てみても、結構面白い実験をしているので、よかったらぜひご覧いただきたい。

さて、それから15年経過し、オーディオ圧縮技術も少しずつ向上し、その結果、圧縮されたサウンドの音質も向上してきてはいるが、抜本的な部分は大きく変わらない。そうした中、先日、ちょっとユニークなツールを使ってみた。イギリスのNUGEN Audioというメーカーが開発した「MasterCheck Pro」は、YouTubeやSpotify、Soundcloud、Apple Music……などストリーミングメディアに最適化したサウンドに仕立てるように、音をチェックするためのツールである。

ご存知の方も多いと思うが、たとえば、YouTubeに大きな音圧のサウンドをアップロードすると、YouTube側のラウドネス規制に引っかかり、音量を下げられてしまう。そこで、できる限り自分の思い通りの音にマスタリングできるよう音をチェックするというのが、MasterCheck Proの目的だ。

機能としては、ラウドネスの調整のほかにエンコードによる音の違いのチェックというものがある。何をするかというと、リアルタイムにMP3の128kbpsにエンコードした音とか、AAC-LCの192kbpsにエンコードした音などをモニターすることができるのだ。

普通、MP3にエンコードした結果の音をチェックするという場合、iTunesやApple Music App、Windows Media Playerなどのソフトを使ってエンコードを行ない、それを元のWAVファイルと聴き比べる必要がある。同じMP3でも128kbpsと192kHzでどう違うかは、設定を変えてエンコードし直し、それを比較する必要がある。どう変化したかチェックするのは結構手間がかかるし、慣れていないと聴き比べ自体が難しい。

iTunes
Apple Music App
Windows Media Player

それに対し、このNUGEN AudioのMasterCheck Proは、リアルタイムにエンコードできるため、再生しながら、エンコードしない生の音と、エンコード結果を切り替えて聴き比べることができるほか、予めMP3 128kbps、MP3 192kbps、AAC-LC 128kbps、HE-AAC 80kbps……というように最大5つまでのエンコード設定を並べた上で、再生しながら切り替えていく、ということが可能なのだ。

MasterCheck ProのGUI
エンコード設定画面。MP3やAACなど、エンコードを切り替えながら再生が可能

違うエンコード結果を曲の頭から順番に再生して聴き比べるのに対し、再生中に切り替える場合は誰にでも音の変化がハッキリ分かる。そういう意味で、コーデックの違いやビットレートの違いをチェックするためにMasterCheck Proは非常に有益なツールなのだ。

とはいえ、本来MasterCheck Proはマスタリング作業を行なう人向けのツールであり、一般ユーザーがあまり使うツールではないかもしれない。でも、ここではあえて、手持ちのCDをMP3やAACにエンコードする際に最適化するためのツールとして使えるかを試してみた。

MasterCheck Proを使ってみる

MasterCheck Proはスタンドアロンで使えるツールではなく、VSTやAudio Units、AAXなどのプラグイン環境で動作するツールなので、ホストとなるDAWがあることが前提だ。何を使ってもいいが、ここではPreSonusの「Studio One 4 Professional」を使ってみた。

まず、目的とする楽曲をCDからWAVでリッピングしたものをトラックに置く。これを再生すれば、普通に44.1kHz/16bitで再生されるわけだが、ここでマスタートラックにMasterCheck Proを挿入する。さまざまなプリセットが用意されているが、ここではラウドネスに関してはいったん無視するので、「Optimal Master Codec Only」を選ぶと音量はいじられることはない。

WAVでリッピングしたものをトラックに配置
マスタートラックにMasterCheck Proを挿入
さまざまなプリセットを用意

プリセットを選ぶと、画面下のほうにはPoor Connection、Low Quality、Midium Quality、High Quality、Downloadというメニューが並んでいるのが分かる。ここでMonitorをオンにした状態でStudio Oneの再生をスタートさせると、エンコードされた状態で音をモニターできる。

画面下のほうにはPoor Connection、Low Quality、Midium Quality、High Quality、Downloadというメニューが並んでいる
Monitorをオンにした状態でStudio Oneを再生すると、エンコード状態の音をモニタリングできる

NONEが選択されている場合は、何も変化がないが、たとえばPoor Connectionを選ぶと、高域が少し削れた音で聴こえてくる。そう、これはHC-AAC v2のコーデックでVBR=可変ビットレートの40kbpsのビットレートでエンコードされた音なのだ。High Qualityにすると音がだいぶ良くなるが、この場合はAAC-LCのCBR=固定ビットレートの192kbpsの音である。

Poor Connectionを選択すると……
HC-AAC v2のコーデックでエンコードされた音をモニタリング

エンコードする前にEQ処理を加えて高域を上げる

これを聴いてみて、特に問題ないのであれば、それでいいのだと思うが、特にビットレートの低い場合のエンコードだと、不満が残るところ。このビットレートでできるだけ音をよくするにはどうすればいいのかというのが、ここでのテーマである。

その手法として考えられるのは、エンコードする前にEQを入れて高域を上げるというのがひとつ。先ほど紹介した15年前の記事では、大きくは向上しないけれど、多少の効果があるとしていたが、その効果を再生しながらチェックできるのがこのツールの面白いところ。ここではStudio One標準で用意されているパラメトリックEQであるPro EQを使ってみた。

Studio Oneで用意されているPro EQを使う

例えばMidium QualityであるAAC-LC CBR/128kbpsの場合、高域が落ちているのが感じられるが、ハイシェルフで10kHz以上を上げれば思った音になるかというと、シャキシャキした音になりすぎて、逆効果な印象もある。が、本来カットされていない4kHz辺りを上げていくと、意外といい感じがする。

本来カットされていない4kHz辺りを上げていくと意外といい感じに

耳だけを頼りにせず、少し視覚的にもチェックできるよう、同じNUGEN Audioの「Visualizer2」というものを、マスタートラックの最終段であるポストフェーダーの位置に組み込んでみると、周波数特性もリアルタイムに確認できる。これを見ると、実際Pro EQで4kHz辺りをブーストすることで、なぜかエンコード結果として15kHzも持ち上がってくるのが分かった。

NUGEN Audioの「Visualizer2」をポストフェーダーに組み込むと、周波数特性もリアルタイムに確認できる
ブースト前
Pro EQで4kHz付近をブーストした場合。エンコード結果は15kHzも持ち上がっている

小さい音はより小さく、大きい音はより大きくする“エクスパンダー”を使う

EQ以外に、多少なりとも効果があると思われるのがエクスパンダーだ。エクスパンダーとは小さい音はより小さく、大きい音はより大きくするエフェクトであり、コンプレッサの逆を実現するというもの。もともとMP3やAACなどの圧縮のコーデックはコンプレッサをあまりかけない音のほうが、よりハッキリとクリアなサウンドになるといわれているので、少しでもコンプレッサを解くという意味で使ってみた。

Studio One標準のその名もズバリ、「Expander」というものを先ほどのPro EQの手前に挿入してみる。結果でいうと、曲によって効果は違いそうだし、コンプレッサやマキシマイザがかかりすぎている曲だとほとんど効果がなかったり、無理に使うと逆効果で音質を悪化したり、元の曲とイメージが変わってしまうものもあった。ただ、軽めに掛けておくと全体的に音がクッキリとする印象はあったので、これをEQと併用することで、ただAACでエンコードするよりもいい音に仕上げることはできそうに感じられた。

Pro EQ処理の前段にExpanderを挿入

EQやエクスパンダーで調整ができたら、最後にエンコードして保存するわけだが、エンコードはMasterCheck Proが行なうのではなく、Studio Oneのエクスポート機能で行なうことになる。そのため、最終的にはMasterCheck Proを取り外すか、バイパスしてこれが効かないようにするのが絶対的なポイントだ。これによって、多少なりとも音質を向上させたMP3やAACを生成することができるのだ。

エンコードはStudio Oneのエクスポート機能で行なう

自分だけのリマスタリングに挑戦してみるのもあり?

いくつかの曲で試してみたが、できるだけ元のCDの音に近づけようとした際、設定するEQやエクスパンダーの設定値は変わってくるので、一括処理というわけにはいきそうになかった。そのため、聴き比べしやすいとはいえ、一曲一曲手作業で調整する必要があるため、手間はかかる。まあ、ある意味、自分で行なうリマスタリングなので、仕方がないところではあるけれど、逆に楽しい作業でもある。

外出を自粛せざるを得ず、自宅にいて時間がある今だからこそ、こんな作業をしてみるのも面白いのではないだろうか?

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto