藤本健のDigital Audio Laboratory

第923回

32bit float録音で事故らない!? TASCAMレコーダー「Portacapture X8」を試す

「Portacapture X8」(直販価格65,780円)

11月、ティアックからTASCAMブランドのポータブルレコーダー「Portacapture X8」が発売された。8トラックを装備するマルチトラックレコーダーで、タッチパネルディスプレイを使ったスマホ的な操作が可能な機材だが、最大の特徴は32bit float録音ができる事だ。

32bit float対応のポータブルレコーダーという意味では、すでにZOOMが「F6」を出していたが、TASCAMもF6とかなり近い仕組みのデュアルADコンバーターなるものを搭載してきている。このPortacapture X8はマイクも標準搭載した機材となっているが、実際どんな音で録れるのか、試してみたので見ていくことにしよう。

Portacapture X8の機能概要。タッチ操作で各種設定も

iPhone 13 Proとの比較

Portacature X8はハンドヘルドレコーダーと呼んでいる通り、片手で持てる大きさのデバイスで、スマホと比較すると一回り大きい感じだ。従来からあるポータブルレコーダー同様、ここにステレオマイクが搭載されているのだが、実は箱から出した時点ではマイクは搭載されておらず、手動で取り付ける形となっている。

マイクの接続穴
取付け用マイク

この際、マイクの向きを内向きに取り付ければX-Y型に、外向きに開く形で取り付ければA-B型(ワイドステレオ型)になるのが大きな特徴。マイクは3接点の3.5mmの端子で取り付けるとともに、回すとしっかりとロックがかかる構造になっている。

X-Y型の場合
A-B型の場合

2つのマイクとは別に、左右に2つずつコンボジャックの端子が搭載されていて、ここにXLR型もしくやTRSフォンのダイナミックマイクやコンデンサマイクを接続して使うこともできる。

本体左側のインターフェイス

左側にはカメラなどに接続できるよう、EXT INとLINE OUTと書かれた3.5mmの入出力端子があるほか、それと独立して3.5mmのヘッドフォン出力も装備されている。また右側には録音するためのメディアであるmicroSDを入れるスロットと、PCなどと接続するためのUSB Type-C端子が用意されている。

本体右側
microSDカードスロット

電源的には3つの方式が用意されている。

一番基本は単3電池×4本で駆動させる方法で、電池はリアの電池ボックスに収納する。またUSBバスパワーで動作させることも可能で、PCからの駆動はもちろんモバイルバッテリーやUSB-ACからの駆動もできる。さらにオプションではあるがACアダプタが用意されていて、これを使って動作させることも可能だ。

背面の電池ボックス。単3×4本で駆動

これまでTASCAMはDRシリーズとして数多くのリニアPCMレコーダーを出してきたが、このPortacapture X8が従来のDRシリーズと見た目で明らかに異なるのが、3.5インチのディスプレイを搭載し、タッチ操作できるようになっているという点だ。好き嫌いが分かれるところだとは思うが、スマホ的な操作体系であり、収録シーンに合わせたプリセットモードがいろいろ用意され、すぐに実践で活用できるというのは大きなポイント。

トップ画面であるLAUNCHERを見ると、さまざまなメニューが用意されているので、まずはそれぞれを簡単に見ていこう。

トップ画面

ブラウズを選ぶと、microSDカード内のファイルをブラウズしていくことができる。ASMRは、まさにASMRを録音するためのモードであり、標準搭載マイクからの音を繊細に捉えてくれる。

ブラウズ
ASMRモード

VOICEはボイスレコーダー的に使うもので、モノラルでレコーディング可能、さらにMUSICは音楽録音のためのモードだ。このMUSICの場合、単に音を録るだけでなく、録音する音がピアノかギターかボーカルか、などターゲットによってダイナミクス調整したり、リバーブ設定できるようになっていて、種類もいろいろと用意されている。

VOICEモード
MUSICモード
ダイナミクスの調整が可能
リバーブ設定

MANUALはまさにすべてを手動で行なうためのマニュアルモード。そのX-Y、A-Bに設定した標準搭載マイクで録音するだけでなく、左右サイドにあるコンボジャックからの入力を含め、最大同時6chでのレコーディングが可能になっている。

MANUALモード

このマニュアルモードではミキサーを選択することで、各入力ゲインの調整やPANの設定ができ、入力タブをタップすると、どのチャンネルを録音するかの設定ができる。

タップ操作で録音するチャンネルを設定できる

ちなみに、その入力チャンネルがどれに割り当てられるのかを選択することも可能。デフォルトでは1-2chが搭載マイクからの入力になるが、これを左右の入力コンボジャックからの入力に割り当てたら、EXT INからのステレオミニ入力に切り替えたり、さらにはUSBを選択することでPCからの音をデジタル的に録音するように割り当てることも可能だ。

入力チャンネルの割り当ても可能

FIELDを選択すると野外での録音に適した設定になる。プリセットがいろいろ用意されており、野鳥にすると鳥の鳴き声などを録音するのに適した形となり、入力が入ゲインになるとともに、ローカットが効く形となる。ほかにも市街や、自然、乗り物といったプリセットがある。

FIELDモード

PODCASTはポッドキャスト番組などをつくるためのモード。標準マイクからの録音はもちろん、左右のコンボジャックからの音もミックスする形でステレオでレコーディングできる。さらにA、Bと書かれたパッドに効果音が仕込まれており、拍手喝さいやチャイムなどを鳴らすことができたり、自分で音を割り当てて使うことも可能だ。

PODCASTモード

そのほかチューナーが用意されていたり、メトロノームが用意されていたりもする。

チューナー
メトロノーム機能も

DR-05と似たサウンド傾向で、繊細&キレイに録音できる

設定画面からは各種設定ができるのだが、もっとも重要になってくるのが録音設定だ。ここではサンプリングレートを44.1kHz、48kHz、96kHz、192kHzから選択できる一方、量子化ビット数は16bit、24bitそして32bit floatが選択できる。

録音設定
サンプリングレート選択
量子化ビット数選択

ここではいったん96kHz/24bitに設定した上で、いつものように野外に出て鳥の鳴き声を録音してみたのがこちら。ここではあえてFIELDモードでの野鳥プリセットではなくマニュアルで録音するとともに、ローカットはせずにストレートで録音してる。

【録音サンプル】
PortacaptureX8_bird2496.wav(25.46MB)

※編集部注:96kHz/24bitの録音ファイルを掲載しています。編集部ではファイル再生の保証はいたしかねます。
再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい

神社の境内でマイクを天に向けて録音していたのだが、ヒヨ鳥やカラスの鳴き声がリアルに録れている一方で、神社の周囲の道を走るクルマやバイクの音、また遠くを走る救急車の音などもとらえており、かなり立体的に聴こえるのも面白いところ。鳥もちょうど上空を飛んでいくのが感じられる表現力はなかなかなものだ。

同じ設定でCDを再生した音をスピーカーから録音してみたのがこちら。これまでの実験との比較という経緯からいったん96kHz/24bitで録音した後で手元で48kHz/24bitに変換しているが、こんな音になっている。

【録音サンプル】
PortacaptureX8_music_2448.wav(11.29MB)

※編集部注:48kHz/24bitの録音ファイルを掲載しています。編集部ではファイル再生の保証はいたしかねます。
再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい

非常に繊細にキレイに録れているが、過去のレコーディング結果と比較してみると違いも見えてくる。TASCAMのレコーダーでいうと「DR-44WL」や「DR-100」ほどは高域が出ておらず、ニュアンス的には「DR-05」に近い音のように感じた。

恐るべし32bit float録音。レベルオーバーも修復可能

量子化ビット数を32bit floatにするとどうなるかというのを試してみた。ZOOMのF6についての記事でも32bit floatに対応したレコーダーがある種、革命ともいうべき機材であるとを紹介したが、このPortacapture X8はどうか。

量子化ビット数を32bit floatに

TASCAMのWebページを見ると、ここにはデュアルADコンバーターなるものが搭載されていることが紹介されている。ハイゲインのままAD変換するコンバーターと、ゲインを絞ってAD変換することで莫大な音でも音割れすることなく確実に録れるようにするコンバーターの2種類を装備することで、ほぼ無限に近いダイナミックレンジを持つADコンバーターを実現。この2つをうまく組み合わせることで、小さい音も繊細に録れ、大きい音も確実に録れるようにする、というものだ。

TASCAMのWebページより

では、本当にそんなことが可能なのだろうか。

Portacapture X8の入力ゲインを大きくした状態で、マイクからすぐのところで思い切り大きい声で「バーン」と叫んでみて、これを録音した。

当然モニター音は割れており、これまでの常識でいえば、完全なレベルオーバーで当たり前のように録音失敗だ。実際、録音したWAVファイルを「SOUND FORGE PRO 15」で開いてみると、レベルオーバーになっているし、再生すればピークを越えているから音は歪んでいる。

レベルオーバーの様子

でも、それが失敗にならないのが32bit floatレコーディングのすごいところ。この状態から40dB下げる変換を行なってみると……、なんとキレイに波形が現れ、「バーン」という声がキレイに聴こえてくるのだ。

40dB下げる変換を行なうと……
キレイな波形に!

-6dBで半分の音、-12dBで1/4、-18dBで1/8……だからー40dBともなると1/70くらいまで音量を下げて、この波形がでてきたのだから、なんとも驚異的。“何があっても、事故らないレコーダー”といえるわけだ。絶対失敗してはいけない現場に持っていって保険として録音しておく……といった使い方もありそうだ。

ほかにもPCとUSB接続すればmicroSDの中身を見れたり、オーディオインターフェイスになる機能があるなど、とにかく多彩な機能を持つレコーダー。

PCに接続するとmicroSD内のファイルが確認可能
オーディオインターフェイス機能も搭載する

オプションとして、Bluetoothアダプター「AK-BT1」なるものが発売されているのもユニークなところ。これをPortacapture X8に組み込むと、スマホとの通信が可能になり、スマホでほぼすべての機能をコントロールできるようになる。

オプションのBTアダプタ「AK-BT1」
BT接続でスマホからコントロールできるようになる

具体的にはPortacpture ContorlというiOS/Androidアプリをインストールし、Bluetoothで接続。Portacapture X8の画面とほぼ同じものがスマホ上に現れ、完全に同期するのだ。そのためスマホ側で操作ができるし、レベルメーターなどのチェックも可能。レコーダーを三脚などに設置した状態で、少し離れたところから操作することで、ノイズなく録音するといったことも可能になる。

アプリ「Portacpture Contorl」を使用すれば、レコーダーと同期できる

このような豊富な機能に加え、32bit float対応ということもあり、今後広く普及していくレコーダーになるのではないだろうか。

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto